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1話 お父さん、転生したら無職だったよ。
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いつもと変わらない騒がしい朝。
コーヒーの香りと、子どもたちの騒ぐ声で一日が始まる。
焼きたてのトーストに目玉焼きを乗せて頬張る。
うまい、朝食はこれに限る。
テレビからは天気予報士の明るい声。
「本日は全国的に晴れ。ですが、ところにより雷雨の可能性も──」
「ほら、朝ごはん食べなさーい」
妻、理沙の掛け声で、子どもたちがキッチンに座りはじめる。
「パパ、箸とってー」
「ほら、早く食べな」
娘の葵、小学五年生だ。
この年頃でも、俺に話しかけてくれる。
俺の子ながら、とてもとても可愛い。
反抗期は一生来ないでくれ、頼む。
「お父さん、食べさせてー」
「もうすぐ小学生だろー、頑張って自分で食べなー」
駄々をこねているのは、息子の湊。
自分で出来るのに、やろうとしない。
手間のかかる年頃だ。
歯を磨いて、スーツに着替える。
今日のプレゼンは社運を賭けた一大プロジェクト。
上手くいけば、出世コース間違いなし。
家族の生活も安泰だ。
ネクタイを締める手にも自然と力が入る。
トイレでニュースをチェック、部長と話題になりそうなのは…。
すると、理沙の金切り声が飛んできた。
やばい、早く出ないと。
「陽介!希のオムツ変えてあげて!湊!遊ばないで着替えて!」
急いで、新しいオムツとおしり拭きを取り出す。
湊は、走り回ってふざけている。
「ほら!ちゃんとして!」
まずいぞ、理沙の怒りが頂点に達しそうだ。
「いい加減に──」
パチッ
何が弾けた。
視界が真っ白になる。
鼓膜を破りそうな轟音が地面を大きく揺らした。
あまりの衝撃に立っていられない。
みんなの悲鳴が響き渡る。
「今の雷、やばかったな」
「すぐそこに落ちたんじゃない?」
「パパ、怖い」
「まぁ大丈夫さ。ほら、二人とも、準備して出発するぞ」
手際良く希のオムツ交換を済ませ、玄関へ。
最後に身だしなみチェック…よし、完璧だな。
子どもたちも準備を済ませ、やってきた。
「じゃあ、行ってくるぞー」
キッチンの方に声をかける。
理沙は毎朝、玄関まで見送りに来てくれるのだ。
家族全員でハグしてから、出発するのがうちの習慣。
大切で幸せな瞬間だ。
「みんな、いってらっしゃい!」
「行ってくる」
「行ってきまーす」
ドアノブを掴み、扉を押す。
その先は、今日もいつもの景色──
……そのはずだった。
◇ ◇ ◇
扉を開けた瞬間、あまりの眩しさに視界が奪われる。
頬を撫でる風はいつもより軽く、草木の匂いが濃い。
足元はアスファルト──じゃなくて、石畳?
顔を上げると、石造りの家々が立つ街並み。
少し遠くには、デカい西洋風の城が見える。
まるでゲームの世界に放り込まれたようだった。
「なにこれ」
「お父さん、ここ、どこ?」
振り返ると、理沙。
そして、家のいつものリビング。
「おい、理沙、なんか変だ」
「なんなのこれ」
「いや、きっと夢だ。理沙、ほっぺみてくれ」
理沙は小さく頷くと、腕を振りかぶった。
バッチンッ!
頬を貫く衝撃。
「いっっったあぁぁっ!」
いや、“つねって”って言いましたよね?
日頃の不満も込めました?
「夢じゃ……ないわね」
理沙の表情は引きつっている。
大人たちの不安をよそに子どもたちは楽しそうに走り回っていた。
一体、何が起きたんだ?
家の外観もリビングも変わらない。
まさか家ごと別の場所に来た、のか?
「パパー、見て!この花!」
葵が手にしているのは、奇妙な形をした花。
透き通る青い花弁がドクドクと脈打っている。
「わけわからん物とってくるなよ」
花を取り上げて、遠くへ放り投げた。
落ちた瞬間に、ぼんと音を立てて消える。
「と、とりあえず家の中戻るぞ」
鍵をかけて、息を整える。
だけど、頭は追いついていない。
「い、いいか?みんな、お、落ち着け」
「パパが落ち着いてよー」
「いいから!みんな、身を守れそうな物とか使えそうな物持ってくるんだ」
家族みんなで家中を探し回る。
ヘルメットに、おもちゃの剣、おなべのふた。
うん、頼りない。
トン、トン。
誰が扉を叩いている。
やばい、誰か来た。
そーっと覗き窓から覗くと、金髪で煌びやかな服装の気高そうな人が立っている。
背筋は真っ直ぐで、纏う空気が違う。
「は、はーい」
恐る恐るドアを開けると、碧緑色の瞳がこちらを射抜く。
圧倒的な威圧感で、息ができない。
後ろには、腰に大剣を据えた屈強そうな男と、ローブを着てデカい杖を持つ女。
……なにもう、この人たち、全然普通じゃない。
「お前がここの住人か?」
低く、よく通る声。
その圧に思わず背筋が伸びる。
「お父さん、だれー?」
「湊は黙ってなさい」
「はい、何か御用ですか?」
「おお、そうか。散歩をしておったら、近くの住人が、『突然、変な家が現れたー』と騒いでいてな」
何が変な家だ。
こちとら、大手ハウスメーカーで建てた長期優良住宅だぞ。
間取りも一生懸命考えたんだ。
「それで、気になって来てみた、というわけだ」
「すみません、あなたは?」
「失礼。私は、ここ、ヴァルティア王国の第七代国王、アルヴェインだ」
「……この国の王様?」
「王だ」
「ほんとに?」
「本当に、王だ」
「ちょっと、失礼」
ゆっくりとドアを閉める。
「おい、理沙!王様が来た!」
「は!?どういうこと!?」
理沙は驚き、慌てて散らかった部屋を片付け始める。
「入っても良いかな」
ドアを半分開け、上半身だけの王。
「ど、どうぞ」
「うむ、悪いな」
「お付きの方も、どうぞお入りください」
その姿からは威厳という威厳が溢れ出ていて、うちの玄関には不釣り合いすぎる。
予想通りだが、土足のまま、家に入ってきた。
「すみません、靴、脱いでください」
「靴を脱ぐのか。そういうしきたりなのだな。失礼」
王は不慣れそうな動きで片足立ちになり、ぐらりと傾いた。
すかさず、屈強な男が支える。
「すまぬ、このような作法は初めてでな」
「いえ、うちも王様が来るのは初めてです」
◇ ◇ ◇
リビングで正座をする王。
付き人たちは後ろに立ったまま微動だにしない。
「あ、あの、足は伸ばしてください」
「床に座るということがないからな。お前たちの真似をしてみた」
「俺のことは気にせず、楽にしてください」
「それで、お前たちは何者だ?」
「何って言われても…」
「俺は──」
俺は自分たちのことを話した。
住んでいた町、生まれた国のこと。
人々の暮らし。
それから、今日のこと。
声は震えてぎこちなかったかもしれない。
だけど、王は真剣に耳を傾けてくれた。
なんだか俺たちに興味を持ってくれたようだ。
活きたか?俺の営業トーク。
「ドアを開けたら、この世界だったと……ふーむ、原因は分からんな」
「俺たちも何が何だか、さっぱりで」
ぐぅ~~。
誰かの腹が鳴る音。
「すまんすまん、腹が空いてきたようだ」
王も人間なんですね。
さすがに、一国の王をこのまま帰すわけにはいかない、よな?
「おい、理沙、何かあったっけ?」
「何って、昨日のカレー?だけど、火がないよ」
「火が必要か。リシテア、火を出してくれ」
女は俺にリビングの窓を開けさせると、杖を構えて何かを唱えた。
目の前をかすめる火球。
外の木にぶつかると、勢いよく燃え上がった。
……えぇ、火というか火事だよ、これ。
どうやって鍋温めるの?
リシテアという魔法使いは誇らしげな表情をしている。
なんでそんな顔ができんの?
無常にも俺の手にはカレーの入った鍋。
取手がやけに冷たい。
リビングから家族の声援が聞こえる。
行くしかないか…。
意を決して、炎の中へ飛び込む。
熱っっっつうぅぅい!
カレーの前に俺が上手に焼けそうだ。
くそ、どうしてこんな目に。
地獄の加熱作業を終えてリビングに戻る。
スーツはかなり焦げた。
リシテアが水を飛ばして消火していた。
辺り一体が焦げくさい。
「お味は、いかがでしょうか?」
「カレー、かなり美味だな。この白い粒も噛むほど美味い」
「これは、お米です。俺たちの国の主食ですね」
「飯が美味いのは、羨ましいな」
王は満足そうにスプーンを置いた。
「王よ、そろそろお時間です」
屈強な男が後ろから声をかける。
「うむ。邪魔したな、陽介よ。今度、城にくると良い」
「ありがとうございます」
「これは今日のお礼だ。受け取ってくれ」
王は懐から金貨を取り出し、テーブルに置いた。
全部で五枚、この国の通貨か?
「王よ、こんなに渡してはいけません」
屈強な男が慌てて止める。
「良いのだ。歓迎するぞ、異界の者たちよ」
王は立ち上がり、ローブを翻す。
その姿勢には威厳だけでなく、人としての温かさもあった。
玄関に座り、靴を履く王。
立ち上がり、去り際に言い残した。
「そうだ。職業鑑定を受けると良い。バルクス、この者たちの案内を頼む」
「私ですか!?わかりました」
王はリシテアと一緒に帰っていった。
その姿をみんなで見送る。
こちらに手を振っている二人は、なんだか楽しそうで、微笑ましい。
──ふぅ、なんとか終わった。
社長と対面したとき並みの緊張感だったが、無事に終わって一安心。
短く息を吐いて視線を戻すと、屈強な男が仁王立ちしている。
腕を組み、青色の瞳でこちらを睨んでいる。
だいぶ怖い。
王よりも凄みがすごい。
「バルクスだ。王の親衛隊長をやっている。よろしく頼む」
ガッチリとした手が差し出される。
握手を交わすと、岩みたいな手のひらで骨が砕けそうだ。
「バルクスさん、その“職業鑑定”って何ですか?」
「五歳になると、皆が受ける儀式だ。その結果で将来の仕事が変わってくる」
五歳までって…湊の人生まで、もう決まっちゃうの?
まだ、ランドセルも決めてないんだよ?
「いやぁ、すごいっすね…」
その歳でレール敷かれちゃうのか。
もし俺が「お前は向いてない」なんて言われたら、たぶん立ち直れない。
今だって、怪しい。
湊は大丈夫か?
でも、それを当然と受け入れてるこの世界の人たちは、きっと強いんだろう。
「では、ギルドへ向かうぞ。ついてこい」
◇ ◇ ◇
太陽を浴びた石造りの街並みは、まさにファンタジーの世界そのもの。
だけど、石畳を踏む感情はしっかり硬くて、夢じゃないと痛感させられる。
横で子どもたちは、はしゃいでいるが……ここは、テーマパークじゃないのよ。
すれ違う人々は、異世界アニメでよく見るような服装をしていて、全員がこちらを不審そうな目で見てくる。
「あの、俺らって、そんなに珍しいですか?みんな見てくるんですけど」
「あぁ、そうだな。黒い髪で黒い目のやつは、ここでは見ないな」
「そっすか」
黒い髪に黒い瞳、死神とか言われちゃうんじゃないの?これ。
「ここが、王都アルディアの中心街だ」
バルクスの言葉どおり、街は活気に満ちていた。
看板には、見たことない文字が書かれている。
だけど、不思議なことに読める。
自然と頭に入ってくるような感覚だった。
ご都合展開キター!
「お母さん、あのパン食べたーい」
湊がただをこね始めた。
君、さっきカレー食べてたじゃん。
「ぼうず、腹減ったのか?ちょっと待ってろ」
そう言うとバルクスは、子どもたちにパンを買ってきてくれた。
焼きたてで美味そうだ。
今度、買いに来よう。
「着いたぞ。ここがギルドだ」
立ち止まった先にあるのは、三階建てくらいの大きな建物。
外壁には剣と盾の紋章が描いてあり、まさにギルドという雰囲気を放っている。
大きな扉を開けると、温かな空気と賑やかな声が溢れ出す。
中は広いホールになっていて、掲示板らしき場所には無数の羊皮紙。
受付の向こうでは、何人もの職員が忙しそうに仕事をしている。
奥の方に目をやると、武装した冒険者っぽい人たちが談笑しながら、ジョッキを鳴らしている。
いいなぁ、早くビール飲みてぇ。
昼間からアルコールって最高だなぁ。
「本当にゲームの世界みたいだな」
「ねぇ、パパ!あの人、槍持ってるよ!カッコいい!」
葵が目を輝かせる。
「なんか、本当に別世界…」
理沙も呆然としながら呟いた。
希は変わらず、すやすや寝ている。
「お父さん、オレもあの剣欲しい!」
湊も楽しそうだ。
「また今度な」
バルクスが受付に向かい、一言だけ伝える。
「王の命令だ」
その一言が、ホールの喧騒を一瞬だけ止めた。
受付の女性は慌てて姿勢を正す。
「ご用件は何でしょうか?」
「この者たちの職業鑑定を頼む」
受付の女性は一瞬目を見開いた後、丁寧に頭を下げた。
「かしこまりました。これから準備いたします」
◇ ◇ ◇
受付の女性が奥の扉を開けて、俺たちを中へと案内した。
ギルドの奥は一転して静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
そして、ちょっと埃っぽい。
廊下の壁には鉄製のランプが等間隔で並ぶ。
優しく光っているが、これは魔法…か?
「こちらが鑑定室になります」
「よし、お前ら、入れ」
室内は円形で、床には淡く光る紋章。
部屋の中心には透明な水晶が浮かび、内部で脈打つように明滅している。
「うわぁ…キレイ…!」
葵が声を上げる。
湊も興味津々な様子で、手を伸ばしたが、理沙が腕を掴んだ。
「触っちゃダメ!壊れたら大変」
「そう簡単には壊れんよ」
そう笑いながら、奥から一人の老人が現れた。
「おぉ、バルクス、久しいな」
「久しぶりだな、じいさん。こいつらの鑑定を頼む」
「よかろう、鑑定するのは四人、じゃな」
老人が何かを囁くと、光の粒が宙を舞う。
「では、順番にこの水晶に手をかざすのじゃ。魂の波動を読み取って、天職を示してくれるぞい」
「魂の波動ねぇ…。なんか胡散臭いな」
「おい!そんなことを言うと──」
バルクスが何かを言いかけたが、受付の女が制した。
「誰からやろうかの?」
「はい!あたし、やりたい!」
葵が元気よく手を上げた。
「よかろう。では、魔法陣の真ん中に立つのじゃ。そして、水晶に手をかざしてみよ」
葵が恐る恐る魔法陣の中心に立ち、手をかざす。
すると、足元の紋章が光を放ち、水晶が深い緑色に輝いた。
「──これは、“槍使い”じゃな」
「やったー!カッコいー!」
葵は飛び跳ね、回りながら喜んでいる。
「新体操やってて良かったね」
理沙はなぜか安堵している。
え、そういうこと?
てか、槍使ってどうするの?
戦うの?
お父さん、許さないよ?
「次、オレやりたい!」
「よかろう。では、水晶に手をかざしてみよ」
湊が手をかざすと、水晶は水色に変わり、中心でもやが渦巻いている。
「──ぼうやは“戦士”じゃ。バルクスも最初は戦士じゃったな」
「ぼうず、やったな!」
湊は満面の笑みでバルクスとハイタッチしている。
あれ?いつの間にそんなに仲良くなってるの?
俺よりお父さんじゃん。
「次、私やっていい?」
「よいぞ。やってみよ」
理沙が手をかざすと、地面が震え出す。
水晶が黄色に変わると、これまでにないくらい強く輝いて、部屋の空気が渦巻いてうねった。
「おぉ、これは──」
老人が唸った。
そんなにすごい職業なのだろうか。
「おぬしは“雷鳴の魔導師”じゃ。いきなり上位職とは…」
「あんた、すげぇな。雷鳴の魔導師自体が、かなり珍しいぞ」
理沙は照れながら戻ってくる。
「雷…ね。ぴったりだな」
「どういう意味?」
「いや、なんでもない」
「…じゃあ、俺だな」
いよいよ、俺の番だ。
これで、俺の未来が決まる。
俺も力が欲しい。
家族を守れる力──それが一番、必要だ。
魔法陣の中心に立つ。
心臓の鼓動がやけに伝わる。
深呼吸して、ゆっくりと水晶に手を伸ばした。
…頼む。
部屋の空気が張り詰める。
一瞬、全員の呼吸が止まったような静寂。
………待っても何も起きない。
「あれ?」
水晶はただのガラス玉みたいに沈黙している。
「すいません、壊れたみたいなんですけど」
「そんなわけなかろう。もう一度やってみなさい」
もう一度、ゆっくり手をかざす。
……やはり何も起きない。
バルクスたちが目配せを交わし、ヒソヒソと話し始めた。
「これは…」「そうか…」
「あれ?俺、なんかやっちゃいました?」
老人が顔を上げ、重々しく口を開いた。
「これは、“無職”じゃ」
「無職…ってどういうこと?」
「職業は何もないということじゃ」
理沙が何か言いかけて口をつぐんだ。
子どもたちも下を向いている。
「いや、あれですよね?実は水晶には出ないすごい職業になってるとか?無職が実はすごい能力でしたーとかあるんですよね?」
「ない」
短く言い捨てる。
「そんな、だって──」
「そのようなことは断じて、ない」
……体の力が全て抜けた。
膝から崩れ落ちる。
乾いた笑いしか出ない。
嘘だろ?
俺だって昨日まで家族のために必死に働いてきたんだよ?
それがいきなり無職なんて…。
「ニートじゃないか」
「おお、よく知っておるな。この国では無職の事を“ニートゥー”と呼んでおるよ」
ニートっぽく呼んでんじゃねぇ。
ちっちゃい“ウ”つけたってかわいくねぇよ。
はぁ、終わった……。
◇ ◇ ◇
受付の天井から見える真っ赤な夕焼け。
悔しいほどきれいで、心が揺さぶられている自分が情けない。
「ねぇママ。パパ、なんか、かわいそうだね」
「……そっとしておこう。きっと、パパもショックなんだよ」
「陽介よ、大丈夫だ。無職でも、働くことはできる」
バルクスまで気遣ってくれている。
肩に置かれた手はゴツいけど、優しかった。
みんなの気遣いと配慮が空っぽになった心に刺さった。
あぁ、涙出そ。
「皆さんここで待っててくださいね!職業に応じて、お渡しする物があります」
「俺にはないんだろ?」
「ニートゥーにもありますよ」
「ニートゥーって呼ぶのやめて」
ホールで待っている間、子どもたちはバルクスと遊んでいる。
もう何も上手くいく気がしない。
理沙も混ざって、本物の家族みたいだ。
理沙さん。
病める時も健やかなる時も支え合うって誓いましたよね?
今、支えてくれませんか?
結構、病みそうです。
溜め息しか出なかった。
どうせなら、口から火球の一つでも出ればいいのに。
「みなさん、お待たせしました!」
受付の元気な声が腹立たしい。
彼女の背後には、色とりどりの装備が整然と並んでいる。
「これからお渡ししますね、最初は、槍使いの葵さん!」
机に置かれたのは、深緑色の装飾が施された細い槍。
持ち手が黒い鉱石でかっこいい。
さらに、フードのある淡いベージュのローブが添えられていた。
槍を構える葵の瞳は、これまでなく輝いていた。
「次は戦士の湊さん!」
淡い水色の刀身が美しい剣と黒い金属製の盾。
湊、二つも持てる?
一個貰おうか?
受け取った湊はバルクスと闘っている。
やっぱり、バルクスの方が良いのか…。
わかるよ、このおっさん、強そうだしな。
「雷鳴の魔導師さんは、すごいですよー?」
受付の女性が両手で慎重に抱える杖。
地面につくほどの高さで、木の幹のようにねじれた形。
先端には黒紫色の球体が嵌め込まれ、たまに小さな稲妻が走っている。
まるで杖そのものが生きているみたいだ。
「この杖は、カサンドーラ砂漠の唯一の大木──“雷鳴樹”から作った特注品です」
「あとは、このローブをどうぞ」
山吹色のローブを羽織り、杖を構える理沙は、もう魔法使いにしか見えない。
あーあ、これから喧嘩したら、リアル雷撃かぁ。
「最後にニー…、無職さん」
「無職も変わらないからな、陽介で頼む」
「では、陽介さん、こちらをどうぞ」
差し出されたのは、一枚の紙きれ。
風が吹けば簡単に飛んでしまいそう。
「…職業開発学校?」
「はい!ニートゥーの方でも、後天的に発現する場合もありますので!」
「ったく、それを早く言ってくれよ」
「えぇ、まぁ…一万人に一人くらいですが…」
「いや、可能性がゼロじゃないなら諦めねぇよ」
俺を横目にみんなは武器を披露して笑い合っている。
絶対に力を手に入れてやる。
この笑顔を守れるのは、守りたいと思っているのは──他の誰でもない、俺だ。
──家族は俺が守る。
無職でも、ちっぽけでも、俺なりに出来ることがあるはずだ。
絶対諦めねぇからな。
待ってろ、クソ異世界。
コーヒーの香りと、子どもたちの騒ぐ声で一日が始まる。
焼きたてのトーストに目玉焼きを乗せて頬張る。
うまい、朝食はこれに限る。
テレビからは天気予報士の明るい声。
「本日は全国的に晴れ。ですが、ところにより雷雨の可能性も──」
「ほら、朝ごはん食べなさーい」
妻、理沙の掛け声で、子どもたちがキッチンに座りはじめる。
「パパ、箸とってー」
「ほら、早く食べな」
娘の葵、小学五年生だ。
この年頃でも、俺に話しかけてくれる。
俺の子ながら、とてもとても可愛い。
反抗期は一生来ないでくれ、頼む。
「お父さん、食べさせてー」
「もうすぐ小学生だろー、頑張って自分で食べなー」
駄々をこねているのは、息子の湊。
自分で出来るのに、やろうとしない。
手間のかかる年頃だ。
歯を磨いて、スーツに着替える。
今日のプレゼンは社運を賭けた一大プロジェクト。
上手くいけば、出世コース間違いなし。
家族の生活も安泰だ。
ネクタイを締める手にも自然と力が入る。
トイレでニュースをチェック、部長と話題になりそうなのは…。
すると、理沙の金切り声が飛んできた。
やばい、早く出ないと。
「陽介!希のオムツ変えてあげて!湊!遊ばないで着替えて!」
急いで、新しいオムツとおしり拭きを取り出す。
湊は、走り回ってふざけている。
「ほら!ちゃんとして!」
まずいぞ、理沙の怒りが頂点に達しそうだ。
「いい加減に──」
パチッ
何が弾けた。
視界が真っ白になる。
鼓膜を破りそうな轟音が地面を大きく揺らした。
あまりの衝撃に立っていられない。
みんなの悲鳴が響き渡る。
「今の雷、やばかったな」
「すぐそこに落ちたんじゃない?」
「パパ、怖い」
「まぁ大丈夫さ。ほら、二人とも、準備して出発するぞ」
手際良く希のオムツ交換を済ませ、玄関へ。
最後に身だしなみチェック…よし、完璧だな。
子どもたちも準備を済ませ、やってきた。
「じゃあ、行ってくるぞー」
キッチンの方に声をかける。
理沙は毎朝、玄関まで見送りに来てくれるのだ。
家族全員でハグしてから、出発するのがうちの習慣。
大切で幸せな瞬間だ。
「みんな、いってらっしゃい!」
「行ってくる」
「行ってきまーす」
ドアノブを掴み、扉を押す。
その先は、今日もいつもの景色──
……そのはずだった。
◇ ◇ ◇
扉を開けた瞬間、あまりの眩しさに視界が奪われる。
頬を撫でる風はいつもより軽く、草木の匂いが濃い。
足元はアスファルト──じゃなくて、石畳?
顔を上げると、石造りの家々が立つ街並み。
少し遠くには、デカい西洋風の城が見える。
まるでゲームの世界に放り込まれたようだった。
「なにこれ」
「お父さん、ここ、どこ?」
振り返ると、理沙。
そして、家のいつものリビング。
「おい、理沙、なんか変だ」
「なんなのこれ」
「いや、きっと夢だ。理沙、ほっぺみてくれ」
理沙は小さく頷くと、腕を振りかぶった。
バッチンッ!
頬を貫く衝撃。
「いっっったあぁぁっ!」
いや、“つねって”って言いましたよね?
日頃の不満も込めました?
「夢じゃ……ないわね」
理沙の表情は引きつっている。
大人たちの不安をよそに子どもたちは楽しそうに走り回っていた。
一体、何が起きたんだ?
家の外観もリビングも変わらない。
まさか家ごと別の場所に来た、のか?
「パパー、見て!この花!」
葵が手にしているのは、奇妙な形をした花。
透き通る青い花弁がドクドクと脈打っている。
「わけわからん物とってくるなよ」
花を取り上げて、遠くへ放り投げた。
落ちた瞬間に、ぼんと音を立てて消える。
「と、とりあえず家の中戻るぞ」
鍵をかけて、息を整える。
だけど、頭は追いついていない。
「い、いいか?みんな、お、落ち着け」
「パパが落ち着いてよー」
「いいから!みんな、身を守れそうな物とか使えそうな物持ってくるんだ」
家族みんなで家中を探し回る。
ヘルメットに、おもちゃの剣、おなべのふた。
うん、頼りない。
トン、トン。
誰が扉を叩いている。
やばい、誰か来た。
そーっと覗き窓から覗くと、金髪で煌びやかな服装の気高そうな人が立っている。
背筋は真っ直ぐで、纏う空気が違う。
「は、はーい」
恐る恐るドアを開けると、碧緑色の瞳がこちらを射抜く。
圧倒的な威圧感で、息ができない。
後ろには、腰に大剣を据えた屈強そうな男と、ローブを着てデカい杖を持つ女。
……なにもう、この人たち、全然普通じゃない。
「お前がここの住人か?」
低く、よく通る声。
その圧に思わず背筋が伸びる。
「お父さん、だれー?」
「湊は黙ってなさい」
「はい、何か御用ですか?」
「おお、そうか。散歩をしておったら、近くの住人が、『突然、変な家が現れたー』と騒いでいてな」
何が変な家だ。
こちとら、大手ハウスメーカーで建てた長期優良住宅だぞ。
間取りも一生懸命考えたんだ。
「それで、気になって来てみた、というわけだ」
「すみません、あなたは?」
「失礼。私は、ここ、ヴァルティア王国の第七代国王、アルヴェインだ」
「……この国の王様?」
「王だ」
「ほんとに?」
「本当に、王だ」
「ちょっと、失礼」
ゆっくりとドアを閉める。
「おい、理沙!王様が来た!」
「は!?どういうこと!?」
理沙は驚き、慌てて散らかった部屋を片付け始める。
「入っても良いかな」
ドアを半分開け、上半身だけの王。
「ど、どうぞ」
「うむ、悪いな」
「お付きの方も、どうぞお入りください」
その姿からは威厳という威厳が溢れ出ていて、うちの玄関には不釣り合いすぎる。
予想通りだが、土足のまま、家に入ってきた。
「すみません、靴、脱いでください」
「靴を脱ぐのか。そういうしきたりなのだな。失礼」
王は不慣れそうな動きで片足立ちになり、ぐらりと傾いた。
すかさず、屈強な男が支える。
「すまぬ、このような作法は初めてでな」
「いえ、うちも王様が来るのは初めてです」
◇ ◇ ◇
リビングで正座をする王。
付き人たちは後ろに立ったまま微動だにしない。
「あ、あの、足は伸ばしてください」
「床に座るということがないからな。お前たちの真似をしてみた」
「俺のことは気にせず、楽にしてください」
「それで、お前たちは何者だ?」
「何って言われても…」
「俺は──」
俺は自分たちのことを話した。
住んでいた町、生まれた国のこと。
人々の暮らし。
それから、今日のこと。
声は震えてぎこちなかったかもしれない。
だけど、王は真剣に耳を傾けてくれた。
なんだか俺たちに興味を持ってくれたようだ。
活きたか?俺の営業トーク。
「ドアを開けたら、この世界だったと……ふーむ、原因は分からんな」
「俺たちも何が何だか、さっぱりで」
ぐぅ~~。
誰かの腹が鳴る音。
「すまんすまん、腹が空いてきたようだ」
王も人間なんですね。
さすがに、一国の王をこのまま帰すわけにはいかない、よな?
「おい、理沙、何かあったっけ?」
「何って、昨日のカレー?だけど、火がないよ」
「火が必要か。リシテア、火を出してくれ」
女は俺にリビングの窓を開けさせると、杖を構えて何かを唱えた。
目の前をかすめる火球。
外の木にぶつかると、勢いよく燃え上がった。
……えぇ、火というか火事だよ、これ。
どうやって鍋温めるの?
リシテアという魔法使いは誇らしげな表情をしている。
なんでそんな顔ができんの?
無常にも俺の手にはカレーの入った鍋。
取手がやけに冷たい。
リビングから家族の声援が聞こえる。
行くしかないか…。
意を決して、炎の中へ飛び込む。
熱っっっつうぅぅい!
カレーの前に俺が上手に焼けそうだ。
くそ、どうしてこんな目に。
地獄の加熱作業を終えてリビングに戻る。
スーツはかなり焦げた。
リシテアが水を飛ばして消火していた。
辺り一体が焦げくさい。
「お味は、いかがでしょうか?」
「カレー、かなり美味だな。この白い粒も噛むほど美味い」
「これは、お米です。俺たちの国の主食ですね」
「飯が美味いのは、羨ましいな」
王は満足そうにスプーンを置いた。
「王よ、そろそろお時間です」
屈強な男が後ろから声をかける。
「うむ。邪魔したな、陽介よ。今度、城にくると良い」
「ありがとうございます」
「これは今日のお礼だ。受け取ってくれ」
王は懐から金貨を取り出し、テーブルに置いた。
全部で五枚、この国の通貨か?
「王よ、こんなに渡してはいけません」
屈強な男が慌てて止める。
「良いのだ。歓迎するぞ、異界の者たちよ」
王は立ち上がり、ローブを翻す。
その姿勢には威厳だけでなく、人としての温かさもあった。
玄関に座り、靴を履く王。
立ち上がり、去り際に言い残した。
「そうだ。職業鑑定を受けると良い。バルクス、この者たちの案内を頼む」
「私ですか!?わかりました」
王はリシテアと一緒に帰っていった。
その姿をみんなで見送る。
こちらに手を振っている二人は、なんだか楽しそうで、微笑ましい。
──ふぅ、なんとか終わった。
社長と対面したとき並みの緊張感だったが、無事に終わって一安心。
短く息を吐いて視線を戻すと、屈強な男が仁王立ちしている。
腕を組み、青色の瞳でこちらを睨んでいる。
だいぶ怖い。
王よりも凄みがすごい。
「バルクスだ。王の親衛隊長をやっている。よろしく頼む」
ガッチリとした手が差し出される。
握手を交わすと、岩みたいな手のひらで骨が砕けそうだ。
「バルクスさん、その“職業鑑定”って何ですか?」
「五歳になると、皆が受ける儀式だ。その結果で将来の仕事が変わってくる」
五歳までって…湊の人生まで、もう決まっちゃうの?
まだ、ランドセルも決めてないんだよ?
「いやぁ、すごいっすね…」
その歳でレール敷かれちゃうのか。
もし俺が「お前は向いてない」なんて言われたら、たぶん立ち直れない。
今だって、怪しい。
湊は大丈夫か?
でも、それを当然と受け入れてるこの世界の人たちは、きっと強いんだろう。
「では、ギルドへ向かうぞ。ついてこい」
◇ ◇ ◇
太陽を浴びた石造りの街並みは、まさにファンタジーの世界そのもの。
だけど、石畳を踏む感情はしっかり硬くて、夢じゃないと痛感させられる。
横で子どもたちは、はしゃいでいるが……ここは、テーマパークじゃないのよ。
すれ違う人々は、異世界アニメでよく見るような服装をしていて、全員がこちらを不審そうな目で見てくる。
「あの、俺らって、そんなに珍しいですか?みんな見てくるんですけど」
「あぁ、そうだな。黒い髪で黒い目のやつは、ここでは見ないな」
「そっすか」
黒い髪に黒い瞳、死神とか言われちゃうんじゃないの?これ。
「ここが、王都アルディアの中心街だ」
バルクスの言葉どおり、街は活気に満ちていた。
看板には、見たことない文字が書かれている。
だけど、不思議なことに読める。
自然と頭に入ってくるような感覚だった。
ご都合展開キター!
「お母さん、あのパン食べたーい」
湊がただをこね始めた。
君、さっきカレー食べてたじゃん。
「ぼうず、腹減ったのか?ちょっと待ってろ」
そう言うとバルクスは、子どもたちにパンを買ってきてくれた。
焼きたてで美味そうだ。
今度、買いに来よう。
「着いたぞ。ここがギルドだ」
立ち止まった先にあるのは、三階建てくらいの大きな建物。
外壁には剣と盾の紋章が描いてあり、まさにギルドという雰囲気を放っている。
大きな扉を開けると、温かな空気と賑やかな声が溢れ出す。
中は広いホールになっていて、掲示板らしき場所には無数の羊皮紙。
受付の向こうでは、何人もの職員が忙しそうに仕事をしている。
奥の方に目をやると、武装した冒険者っぽい人たちが談笑しながら、ジョッキを鳴らしている。
いいなぁ、早くビール飲みてぇ。
昼間からアルコールって最高だなぁ。
「本当にゲームの世界みたいだな」
「ねぇ、パパ!あの人、槍持ってるよ!カッコいい!」
葵が目を輝かせる。
「なんか、本当に別世界…」
理沙も呆然としながら呟いた。
希は変わらず、すやすや寝ている。
「お父さん、オレもあの剣欲しい!」
湊も楽しそうだ。
「また今度な」
バルクスが受付に向かい、一言だけ伝える。
「王の命令だ」
その一言が、ホールの喧騒を一瞬だけ止めた。
受付の女性は慌てて姿勢を正す。
「ご用件は何でしょうか?」
「この者たちの職業鑑定を頼む」
受付の女性は一瞬目を見開いた後、丁寧に頭を下げた。
「かしこまりました。これから準備いたします」
◇ ◇ ◇
受付の女性が奥の扉を開けて、俺たちを中へと案内した。
ギルドの奥は一転して静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
そして、ちょっと埃っぽい。
廊下の壁には鉄製のランプが等間隔で並ぶ。
優しく光っているが、これは魔法…か?
「こちらが鑑定室になります」
「よし、お前ら、入れ」
室内は円形で、床には淡く光る紋章。
部屋の中心には透明な水晶が浮かび、内部で脈打つように明滅している。
「うわぁ…キレイ…!」
葵が声を上げる。
湊も興味津々な様子で、手を伸ばしたが、理沙が腕を掴んだ。
「触っちゃダメ!壊れたら大変」
「そう簡単には壊れんよ」
そう笑いながら、奥から一人の老人が現れた。
「おぉ、バルクス、久しいな」
「久しぶりだな、じいさん。こいつらの鑑定を頼む」
「よかろう、鑑定するのは四人、じゃな」
老人が何かを囁くと、光の粒が宙を舞う。
「では、順番にこの水晶に手をかざすのじゃ。魂の波動を読み取って、天職を示してくれるぞい」
「魂の波動ねぇ…。なんか胡散臭いな」
「おい!そんなことを言うと──」
バルクスが何かを言いかけたが、受付の女が制した。
「誰からやろうかの?」
「はい!あたし、やりたい!」
葵が元気よく手を上げた。
「よかろう。では、魔法陣の真ん中に立つのじゃ。そして、水晶に手をかざしてみよ」
葵が恐る恐る魔法陣の中心に立ち、手をかざす。
すると、足元の紋章が光を放ち、水晶が深い緑色に輝いた。
「──これは、“槍使い”じゃな」
「やったー!カッコいー!」
葵は飛び跳ね、回りながら喜んでいる。
「新体操やってて良かったね」
理沙はなぜか安堵している。
え、そういうこと?
てか、槍使ってどうするの?
戦うの?
お父さん、許さないよ?
「次、オレやりたい!」
「よかろう。では、水晶に手をかざしてみよ」
湊が手をかざすと、水晶は水色に変わり、中心でもやが渦巻いている。
「──ぼうやは“戦士”じゃ。バルクスも最初は戦士じゃったな」
「ぼうず、やったな!」
湊は満面の笑みでバルクスとハイタッチしている。
あれ?いつの間にそんなに仲良くなってるの?
俺よりお父さんじゃん。
「次、私やっていい?」
「よいぞ。やってみよ」
理沙が手をかざすと、地面が震え出す。
水晶が黄色に変わると、これまでにないくらい強く輝いて、部屋の空気が渦巻いてうねった。
「おぉ、これは──」
老人が唸った。
そんなにすごい職業なのだろうか。
「おぬしは“雷鳴の魔導師”じゃ。いきなり上位職とは…」
「あんた、すげぇな。雷鳴の魔導師自体が、かなり珍しいぞ」
理沙は照れながら戻ってくる。
「雷…ね。ぴったりだな」
「どういう意味?」
「いや、なんでもない」
「…じゃあ、俺だな」
いよいよ、俺の番だ。
これで、俺の未来が決まる。
俺も力が欲しい。
家族を守れる力──それが一番、必要だ。
魔法陣の中心に立つ。
心臓の鼓動がやけに伝わる。
深呼吸して、ゆっくりと水晶に手を伸ばした。
…頼む。
部屋の空気が張り詰める。
一瞬、全員の呼吸が止まったような静寂。
………待っても何も起きない。
「あれ?」
水晶はただのガラス玉みたいに沈黙している。
「すいません、壊れたみたいなんですけど」
「そんなわけなかろう。もう一度やってみなさい」
もう一度、ゆっくり手をかざす。
……やはり何も起きない。
バルクスたちが目配せを交わし、ヒソヒソと話し始めた。
「これは…」「そうか…」
「あれ?俺、なんかやっちゃいました?」
老人が顔を上げ、重々しく口を開いた。
「これは、“無職”じゃ」
「無職…ってどういうこと?」
「職業は何もないということじゃ」
理沙が何か言いかけて口をつぐんだ。
子どもたちも下を向いている。
「いや、あれですよね?実は水晶には出ないすごい職業になってるとか?無職が実はすごい能力でしたーとかあるんですよね?」
「ない」
短く言い捨てる。
「そんな、だって──」
「そのようなことは断じて、ない」
……体の力が全て抜けた。
膝から崩れ落ちる。
乾いた笑いしか出ない。
嘘だろ?
俺だって昨日まで家族のために必死に働いてきたんだよ?
それがいきなり無職なんて…。
「ニートじゃないか」
「おお、よく知っておるな。この国では無職の事を“ニートゥー”と呼んでおるよ」
ニートっぽく呼んでんじゃねぇ。
ちっちゃい“ウ”つけたってかわいくねぇよ。
はぁ、終わった……。
◇ ◇ ◇
受付の天井から見える真っ赤な夕焼け。
悔しいほどきれいで、心が揺さぶられている自分が情けない。
「ねぇママ。パパ、なんか、かわいそうだね」
「……そっとしておこう。きっと、パパもショックなんだよ」
「陽介よ、大丈夫だ。無職でも、働くことはできる」
バルクスまで気遣ってくれている。
肩に置かれた手はゴツいけど、優しかった。
みんなの気遣いと配慮が空っぽになった心に刺さった。
あぁ、涙出そ。
「皆さんここで待っててくださいね!職業に応じて、お渡しする物があります」
「俺にはないんだろ?」
「ニートゥーにもありますよ」
「ニートゥーって呼ぶのやめて」
ホールで待っている間、子どもたちはバルクスと遊んでいる。
もう何も上手くいく気がしない。
理沙も混ざって、本物の家族みたいだ。
理沙さん。
病める時も健やかなる時も支え合うって誓いましたよね?
今、支えてくれませんか?
結構、病みそうです。
溜め息しか出なかった。
どうせなら、口から火球の一つでも出ればいいのに。
「みなさん、お待たせしました!」
受付の元気な声が腹立たしい。
彼女の背後には、色とりどりの装備が整然と並んでいる。
「これからお渡ししますね、最初は、槍使いの葵さん!」
机に置かれたのは、深緑色の装飾が施された細い槍。
持ち手が黒い鉱石でかっこいい。
さらに、フードのある淡いベージュのローブが添えられていた。
槍を構える葵の瞳は、これまでなく輝いていた。
「次は戦士の湊さん!」
淡い水色の刀身が美しい剣と黒い金属製の盾。
湊、二つも持てる?
一個貰おうか?
受け取った湊はバルクスと闘っている。
やっぱり、バルクスの方が良いのか…。
わかるよ、このおっさん、強そうだしな。
「雷鳴の魔導師さんは、すごいですよー?」
受付の女性が両手で慎重に抱える杖。
地面につくほどの高さで、木の幹のようにねじれた形。
先端には黒紫色の球体が嵌め込まれ、たまに小さな稲妻が走っている。
まるで杖そのものが生きているみたいだ。
「この杖は、カサンドーラ砂漠の唯一の大木──“雷鳴樹”から作った特注品です」
「あとは、このローブをどうぞ」
山吹色のローブを羽織り、杖を構える理沙は、もう魔法使いにしか見えない。
あーあ、これから喧嘩したら、リアル雷撃かぁ。
「最後にニー…、無職さん」
「無職も変わらないからな、陽介で頼む」
「では、陽介さん、こちらをどうぞ」
差し出されたのは、一枚の紙きれ。
風が吹けば簡単に飛んでしまいそう。
「…職業開発学校?」
「はい!ニートゥーの方でも、後天的に発現する場合もありますので!」
「ったく、それを早く言ってくれよ」
「えぇ、まぁ…一万人に一人くらいですが…」
「いや、可能性がゼロじゃないなら諦めねぇよ」
俺を横目にみんなは武器を披露して笑い合っている。
絶対に力を手に入れてやる。
この笑顔を守れるのは、守りたいと思っているのは──他の誰でもない、俺だ。
──家族は俺が守る。
無職でも、ちっぽけでも、俺なりに出来ることがあるはずだ。
絶対諦めねぇからな。
待ってろ、クソ異世界。
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