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其之六:伊賀者と荒木又右衛門
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熱田宿での熱田神宮参り。
――そうか、つい、うっかりしていたな。
熱田神宮に詣でる際に、ふと、今回の旅の目的を見失っていた事に気づいた。
「幕府の影」として旅回っていたせいか、自ずと「目立たないように」動いていたのだ。今回はそうではない。「柳生十兵衛三厳」そのものを餌として、賊をおびき寄せなければならないのだ。であれば、これまでとは逆に、人気の多いところ、多くの人がよるであろうところに、意図的に訪れ、「柳生十兵衛ここにあり」と喧伝して旅をしなくてはならない。もちろん、実際に大騒ぎするわけにはいかぬが、賊が見つけやすいように行動しなくては意味がないのだ。兵庫助殿の奥方の「熱田様へお参り」との言葉も、そういう意図を伝えたかったのだろう。
旅先として名跡があれば訪れる。さすれば、賊も俺を見つけやすい。解りやすい街道で江戸へ向かう。自ずと賊との接触機会も増えよう。
はたして路銀が足りるだろうか。俺はふとそんなことを考えてしまった。
「柳生十兵衛殿とお見受けいたす」
藤川宿から東に歩いていた街道上で、一人の侍に声をかけられた。俺と同じく旅脚絆姿。
「いかにも」俺は答えた。「して、お手前様のお名前は」
侍は俺の問いに答えず、ニヤリと笑うと、右手を挙げた。
とたんに、俺を取り囲む十幾人の侍。やっと俺を襲いにきたか。しかし、このように自らの立場も明らかにせずに、俺を取り囲むような事をする家がどこかにあったろうか。そもそも、これまでの「始末」の「仇」であれば、何も、隠れている必要はない。家名も含め、堂々と名乗れば良いのだ。自らを名乗らず抜刀し襲いかかるとは。侍の体をなしているが、やはりこれは賊か。俺を狙う、お菊と同じ賊であるか。しからば、今回の敵は、やはり旗本等の大名筋ではない、ということか。俺の予想はおおよそ当たっていたものと見える。だとすると、相手は――。
賊の中に顔を隠している一人の偉丈夫がいた。記憶のある風体。そして、その構えは新陰流。
「又右衛門か?」俺はその偉丈夫に誰何の声を上げる。
その大男は、苦渋の決断をするように俺に剣を向けた。むろん、その体ではまともに剣術も扱えない。そもそも新陰流は自分から相手に刀は向けない。
その大男の力のない一撃を躱し、再び詰問した。
「おぬし、荒木又右衛門であろう?何故、俺を狙うのだ?」
大男は、むむむむと、苦悶の声を上げ、逃げ出した。
残った残党が俺を取り囲む。彼奴が荒木又右衛門であるのなら、この賊は伊賀者。そうだとするのなら、何故に伊賀者は俺を狙うのか。まぁ、理由はわからねど、立ち会うてる賊が伊賀者なのは理解した。刀を返し、伊賀者の攻撃を待つ。又右衛門相手なら苦労する事柄であるが、その又右衛門らしき人物は遁走した。であるならば、こやつらを峰にて打ち倒すのは容易い。
「いやぁ!」
賊の一人が俺に打ちかかってくる。それを躱して典太の峰にて一撃を浴びせ、その賊を昏倒させた。さて、あと何人打ち倒せばこやつらは退散してくれるのか。
倒した伊賀者の懐を探る。まぁ、峰打ちにて昏倒させた故、半刻もすれば目が覚めるだろう。倒した彼奴らを道の脇へと動かす。このまま放っておいて、馬にでも踏まれたら寝覚めが悪い。気絶した重い賊の身体を路肩へと移動させる。俺は何をしているのだろう。刺客の命の大事を考えるなんて。しかし彼奴らの中にお菊の父がいたら問題である。斬れないのは致し方の無いことだ、と自分に言い聞かせた。彼奴らの懐からは予想した通り、伊賀者の棒手裏剣が出てきた。俺を狙うのは伊賀者か。しかし、理由がわからん。又右衛門まで俺に剣を向けるようにさせるほど、柳生が伊賀者に何かしたのであろうか?しかし、俺は廃嫡の身。柳生の家の不始末が原因であるのあるのなら、俺は関係がないはずなのだが。江戸の柳生が何かをしたという話も聞かない。そうであれば又十郎の耳に入っているはずだ。しかし、そういった情報はなかった。幕命にて伊賀者を「始末」した記憶もない。そもそも伊賀者は幕府側の忍びではないか。これはいったいどういうことだ。
棒手裏剣を懐に納めると、俺は再び東へと向かった。何かしら引っかかるものがある。伊賀者が敵であるのなら、尾張までの道中での牽制の仕合の理由がわからない。同時に襲いかかってくればいいのだ。なぜ、互いに牽制したのだ。他に敵がいるのか。伊賀者の中で仲違いをしている派閥があるというのか。伊賀者の争いに俺が巻き込まれている、ということなのか。この事態、もう少し調べてみる必要がありそうだ。
「柳生十兵衛殿とお見受けいたします」通りすがりに商人に声をかけられる。こやつはやはり忍びであったか。彼らは常人とは脚の運び違い、静かすぎるのだ。襲いかかるのなら、そういった点をもう少し警戒するべきだろう。俺ごときに簡単に見破られてどうするのだ。
「いかにも」と答えるや否や、わらわらと現れる男たち。ふうむ。先ほどの伊賀者とは構えも違えば、あの偉丈夫もいない。先ほどの刺客とは別の派閥のものか。故に、これまでの道中で牽制しあっていたと推測できる。しかし、先ほどの連中といい、こやつらは一体何者だ?正直、将軍家の忍びに狙われる理由が思いつかない。当然、彼らの内部抗争の理由も。そこに俺が関わっている理由も全くわからない。
俺はゆっくりを典太を抜く。
――おっと。これはいかん。
俺は抜き身にした典太の刃を返した。襲いかかってくる賊にお菊の父親がいる可能性があるのだ。簡単に賊を斬る事は出来ない。お菊の父親を見つけるまでは、刺客は峰打ちにて気絶させるしかない。これは意外とめんどくさい事であるが、お菊と約束したのだ。俺はその約定を破るわけにはいかんのだ。
最初に打ちかかってきた賊の喉を典太の柄で突き昏倒させた。それがこの連中との戦いの合図だった。二人目の斬撃を半身にて躱す。と同時に峰にて首筋を叩いて昏倒させた。残りの賊も、すべて昏倒しなければいけない。意外と骨が折れる事だ。
気絶させた賊たちを路肩に寄せて、その懐を探る。二人目の懐から棒手裏剣が出てきた。これが困った事に、今度は伊賀のものとは違い、その特徴は甲賀のものであった。
――ふむ。今度は甲賀者であったか……。
正直、わけがわからん。敵をおびき寄せる意味で江戸に向かっていたのだから、襲われるのはわかる。それがこちらの狙いであったのだから。しかし、なぜ、伊賀者と甲賀者に「同時に」狙われなければいけないのか。どちらか一方なら、理由わからずとも、相手も根城も特定できるのだが、これでは、どちらに狙いを定めればいいのかも、首謀者もわからん。もしかすると、さらに背後に何者かがいるのかもしれない。それにしても、何故本来反目しているはずの、伊賀者、甲賀者が同時に俺を狙うのか。お菊のその技倆から、今回の敵が忍びであることはなんとなく推測していたのだが、まさか、伊賀と甲賀の両方に狙われている、ということはさすがに想像していなかった。尾張までの道中の牽制のしあいは、伊賀者と甲賀者がしていた、ということなのだろうか。最初に襲ってきた伊賀者の中にお菊の父がいると思ったのだが、それすらもわからなくなってきた。はたして、誰を、何処を根城と考えて狙いにいけば良いのか。まさか風魔や戸隠、根来衆などの他の忍びまでも敵として俺に襲いかかってくるのか。俺の心は混乱してきた。
――ふむ。これは俺ごときが考えてもわからん事態のようだな……やはり、あの方に相談しに行くか。丁度、江戸にて住職になられたと聞いておるしな。
俺は改めて東へと足を向けた。
――そうか、つい、うっかりしていたな。
熱田神宮に詣でる際に、ふと、今回の旅の目的を見失っていた事に気づいた。
「幕府の影」として旅回っていたせいか、自ずと「目立たないように」動いていたのだ。今回はそうではない。「柳生十兵衛三厳」そのものを餌として、賊をおびき寄せなければならないのだ。であれば、これまでとは逆に、人気の多いところ、多くの人がよるであろうところに、意図的に訪れ、「柳生十兵衛ここにあり」と喧伝して旅をしなくてはならない。もちろん、実際に大騒ぎするわけにはいかぬが、賊が見つけやすいように行動しなくては意味がないのだ。兵庫助殿の奥方の「熱田様へお参り」との言葉も、そういう意図を伝えたかったのだろう。
旅先として名跡があれば訪れる。さすれば、賊も俺を見つけやすい。解りやすい街道で江戸へ向かう。自ずと賊との接触機会も増えよう。
はたして路銀が足りるだろうか。俺はふとそんなことを考えてしまった。
「柳生十兵衛殿とお見受けいたす」
藤川宿から東に歩いていた街道上で、一人の侍に声をかけられた。俺と同じく旅脚絆姿。
「いかにも」俺は答えた。「して、お手前様のお名前は」
侍は俺の問いに答えず、ニヤリと笑うと、右手を挙げた。
とたんに、俺を取り囲む十幾人の侍。やっと俺を襲いにきたか。しかし、このように自らの立場も明らかにせずに、俺を取り囲むような事をする家がどこかにあったろうか。そもそも、これまでの「始末」の「仇」であれば、何も、隠れている必要はない。家名も含め、堂々と名乗れば良いのだ。自らを名乗らず抜刀し襲いかかるとは。侍の体をなしているが、やはりこれは賊か。俺を狙う、お菊と同じ賊であるか。しからば、今回の敵は、やはり旗本等の大名筋ではない、ということか。俺の予想はおおよそ当たっていたものと見える。だとすると、相手は――。
賊の中に顔を隠している一人の偉丈夫がいた。記憶のある風体。そして、その構えは新陰流。
「又右衛門か?」俺はその偉丈夫に誰何の声を上げる。
その大男は、苦渋の決断をするように俺に剣を向けた。むろん、その体ではまともに剣術も扱えない。そもそも新陰流は自分から相手に刀は向けない。
その大男の力のない一撃を躱し、再び詰問した。
「おぬし、荒木又右衛門であろう?何故、俺を狙うのだ?」
大男は、むむむむと、苦悶の声を上げ、逃げ出した。
残った残党が俺を取り囲む。彼奴が荒木又右衛門であるのなら、この賊は伊賀者。そうだとするのなら、何故に伊賀者は俺を狙うのか。まぁ、理由はわからねど、立ち会うてる賊が伊賀者なのは理解した。刀を返し、伊賀者の攻撃を待つ。又右衛門相手なら苦労する事柄であるが、その又右衛門らしき人物は遁走した。であるならば、こやつらを峰にて打ち倒すのは容易い。
「いやぁ!」
賊の一人が俺に打ちかかってくる。それを躱して典太の峰にて一撃を浴びせ、その賊を昏倒させた。さて、あと何人打ち倒せばこやつらは退散してくれるのか。
倒した伊賀者の懐を探る。まぁ、峰打ちにて昏倒させた故、半刻もすれば目が覚めるだろう。倒した彼奴らを道の脇へと動かす。このまま放っておいて、馬にでも踏まれたら寝覚めが悪い。気絶した重い賊の身体を路肩へと移動させる。俺は何をしているのだろう。刺客の命の大事を考えるなんて。しかし彼奴らの中にお菊の父がいたら問題である。斬れないのは致し方の無いことだ、と自分に言い聞かせた。彼奴らの懐からは予想した通り、伊賀者の棒手裏剣が出てきた。俺を狙うのは伊賀者か。しかし、理由がわからん。又右衛門まで俺に剣を向けるようにさせるほど、柳生が伊賀者に何かしたのであろうか?しかし、俺は廃嫡の身。柳生の家の不始末が原因であるのあるのなら、俺は関係がないはずなのだが。江戸の柳生が何かをしたという話も聞かない。そうであれば又十郎の耳に入っているはずだ。しかし、そういった情報はなかった。幕命にて伊賀者を「始末」した記憶もない。そもそも伊賀者は幕府側の忍びではないか。これはいったいどういうことだ。
棒手裏剣を懐に納めると、俺は再び東へと向かった。何かしら引っかかるものがある。伊賀者が敵であるのなら、尾張までの道中での牽制の仕合の理由がわからない。同時に襲いかかってくればいいのだ。なぜ、互いに牽制したのだ。他に敵がいるのか。伊賀者の中で仲違いをしている派閥があるというのか。伊賀者の争いに俺が巻き込まれている、ということなのか。この事態、もう少し調べてみる必要がありそうだ。
「柳生十兵衛殿とお見受けいたします」通りすがりに商人に声をかけられる。こやつはやはり忍びであったか。彼らは常人とは脚の運び違い、静かすぎるのだ。襲いかかるのなら、そういった点をもう少し警戒するべきだろう。俺ごときに簡単に見破られてどうするのだ。
「いかにも」と答えるや否や、わらわらと現れる男たち。ふうむ。先ほどの伊賀者とは構えも違えば、あの偉丈夫もいない。先ほどの刺客とは別の派閥のものか。故に、これまでの道中で牽制しあっていたと推測できる。しかし、先ほどの連中といい、こやつらは一体何者だ?正直、将軍家の忍びに狙われる理由が思いつかない。当然、彼らの内部抗争の理由も。そこに俺が関わっている理由も全くわからない。
俺はゆっくりを典太を抜く。
――おっと。これはいかん。
俺は抜き身にした典太の刃を返した。襲いかかってくる賊にお菊の父親がいる可能性があるのだ。簡単に賊を斬る事は出来ない。お菊の父親を見つけるまでは、刺客は峰打ちにて気絶させるしかない。これは意外とめんどくさい事であるが、お菊と約束したのだ。俺はその約定を破るわけにはいかんのだ。
最初に打ちかかってきた賊の喉を典太の柄で突き昏倒させた。それがこの連中との戦いの合図だった。二人目の斬撃を半身にて躱す。と同時に峰にて首筋を叩いて昏倒させた。残りの賊も、すべて昏倒しなければいけない。意外と骨が折れる事だ。
気絶させた賊たちを路肩に寄せて、その懐を探る。二人目の懐から棒手裏剣が出てきた。これが困った事に、今度は伊賀のものとは違い、その特徴は甲賀のものであった。
――ふむ。今度は甲賀者であったか……。
正直、わけがわからん。敵をおびき寄せる意味で江戸に向かっていたのだから、襲われるのはわかる。それがこちらの狙いであったのだから。しかし、なぜ、伊賀者と甲賀者に「同時に」狙われなければいけないのか。どちらか一方なら、理由わからずとも、相手も根城も特定できるのだが、これでは、どちらに狙いを定めればいいのかも、首謀者もわからん。もしかすると、さらに背後に何者かがいるのかもしれない。それにしても、何故本来反目しているはずの、伊賀者、甲賀者が同時に俺を狙うのか。お菊のその技倆から、今回の敵が忍びであることはなんとなく推測していたのだが、まさか、伊賀と甲賀の両方に狙われている、ということはさすがに想像していなかった。尾張までの道中の牽制のしあいは、伊賀者と甲賀者がしていた、ということなのだろうか。最初に襲ってきた伊賀者の中にお菊の父がいると思ったのだが、それすらもわからなくなってきた。はたして、誰を、何処を根城と考えて狙いにいけば良いのか。まさか風魔や戸隠、根来衆などの他の忍びまでも敵として俺に襲いかかってくるのか。俺の心は混乱してきた。
――ふむ。これは俺ごときが考えてもわからん事態のようだな……やはり、あの方に相談しに行くか。丁度、江戸にて住職になられたと聞いておるしな。
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