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第一章 大迷宮クレバス
15話 胃もたれを起こすには早い
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探索者協会。
通称『探協』は国が保有する大迷宮を管理する機関。ラビリル大陸一の国家ラグナフォールの首都ライゼノンを本拠地とし、そこから各迷宮都市に支部を置いている。迷宮内の情報や、国や一般人からの依頼の斡旋、迷宮入場の管理などその仕事は様々。
基本的に大迷宮に入るには探協の許可が必要となり、探協からの許可が貰えたもののことを『探索者』と呼ぶ。
モンスターの死骸や迷宮内で出土した魔導具や財宝は基本的に探協が良い値で取引をしてくれ、その素材や財宝を求めて世界中から各迷宮都市に有名な商会の商人達が集まる。
管理しているとは言うものの、どの大迷宮もまだ完全な攻略はされていないので探協は日夜迷宮内で起こる不確定な管理上のトラブルに手を焼いている。
そのためか日々探協はけたたましい喧騒に包まれている。
今日もそれは変わることなく探協内はたくさんの人で賑わっており物凄い騒がしさだ。
「お待たせしましたファイクさん。こちら『スパイキーウルフ』と『キングスパイキーウルフ』の素材の買取額です、ご確認ください」
「ありがとうございます、マリーカさん」
カウンターに布袋に入り切らないほどの金が置かれる。
俺はそれらをざっと確認して査定兼勘定をしてくれた受付嬢にお礼を言う。
昨日の『静剣』様の誤解を解いてから一日が経ち、俺は影の中に入っていたモンスターの残骸を探協に売却しに来ていた。
「いや~、まさか10階層の上層に『キングスパイキーウルフ』が出たとは驚きました。これはまた上に報告しなければいけませんね~……」
金を影の中にしまい込んでいると目の前の受付嬢が頬杖を付きながら気だるそうにする。
現在の時刻は午前9時をちょうど回ったところ。
探協は今も言った通りたくさんの人でごった返しているが、それは建物内の半分を占める依頼の受注や迷宮に入るための手続きをするメインカウンターであり、素材や魔導具を買い取ってくれる建物内の隅っこにあるサブカウンターには関係の無い話だった。
このサブカウンターが忙しくなるのはもう少し先……それこそ探索者達が迷宮の探索から帰ってくる夕方頃であり、現在このカウンターを利用している探索者は俺一人。だからか2、3人カウンターに在中している受付嬢達は暇そうに欠伸をしている。
「あはは、ご苦労様です」
「全くです! こんな毎日朝から晩まで仕事をしてたらいつか過労死しちゃいます。というかそれよりも! よく『キングスパイキーウルフ』なんて倒せましたねファイクさん!」
俺は対応をしてくれた目の前の女性に労いの言葉をかけると、彼女は少しでもこの暇を潰そうと自然な流れで愚痴をこぼし世間話を始めようとする。
彼女の名前はマリーカ・ヨーフェル、この探協で5年ほど働いている受付嬢である。
綺麗な亜麻色の長髪を邪魔にならないようにと後ろに纏めたお団子髪と大きな丸メガネが特徴的な女性だ。探協の赤と黒を基調にした制服に身を包みその姿はとても大人びて見える。まあ実際に21歳と俺の5つ上で立派な大人の女性なわけなのだが、それはまあいいだろう。
「いやー、まだ進化したてだったからなのか運良く勝てましたね~」
俺は興奮気味にカウンターから身を乗り出して質問してくるマリーカに適当な答えを返す。
「いやもうホントにFランクですか? Cランクの探索者が5人がかりでも倒せるか怪しいモンスターを一人で倒しちゃうなんて……相当強くて素晴らしい魔導具を見つけられたんですね」
「あはは……まあそんなところですね~」
彼女は疑問が次から次へと浮かんでくるようで俺はそれに適当に返事をする。
一見大人しくお淑やかに見える彼女だが実の所、大のお喋り好きでこうして世間話になることが何度かあるのだが、その時間も段々と長くなってきている。
クランに入っていた時は素材の換金が終わったあとは一言二言言葉を交わして終わりだったが、ソロで活動するようになってからはよくこうして質問されることが増えた。
まあ確かにこの前までクランの『荷物持ち』をしてた奴がいきなりソロで、それも毎日かなりの数のモンスターの素材を持ち込んで来ていたらどうしたものかと勘ぐりたくなるのは、受付嬢の彼女ならばなおさらであろう。
俺はその度にこうしてあやふやな返事をしている。
別に正直に話してもいいのだが、如何せん事情が事情なので説明したところで信じて貰えないだろうし、何よりどう説明していいか分からない、あと面倒くさい。
なので何か聞かれても適当な答えをするようにしている。
「もう十分にランクアップする条件はあるはずですし、どうです? ランクアップしませんか?」
「あー……っと今日は遠慮しときます。直ぐに迷宮に潜らないといけないんで……」
マリーカは自然な流れで提案をしてくるが、俺はそれを断る。
そろそろ迷宮に向かわなければ現在進行形で影の中で威圧感を放ってくるクソジジイが暴れだしそうだからだ。
「そうですか~? まあDランクまでのランクアップなら簡単にできるので気が向いた時にでも是非していってくださいね~」
「どうも。それじゃあ失礼します、まだ暇な時間が続きそうですけどお仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。ファイクさんもお気を付けて!」
俺は簡単な挨拶をして話を切り上げる。
そうしてマリーカに見送られながら、クソジジイに怒鳴られる前に急ぎ足で迷宮へと向かう。
"さっさとしろ、お前があの女と無駄話をしていたおかげで今日の俺の中の予定がだいぶ狂ってる"
外に出るとスカーの偉そうな声がする。
「知るかよ、お前が影の中を整理しろって言うから探協でモンスターの素材とかを売ることになったんだろうが」
俺は走りながら偉そうなクソジジイにそう反論する。
昨日は迷宮から帰って以降、スカーが起きることはなかった。今日の朝になって何事もなかったかのようにスカーは朝早く俺を叩き起すと、いきなり「影の中を片付けろ」と言ってきた。
「昨日はどうした?」とジジイに何故あの後ずっと寝ていたのか聞いてみても詳しい説明はされず「疲れていた」の簡潔な答えしか帰ってこなかった。
何かもっと具体的な理由があるような気がしたがスカーは全く答える気がないので、俺はそれ以上の理由を聞くことはできない。
そうして腑に落ちないまま、スカーの言う通りに影の中を整理するために探協でモンスターの素材を売却をしていたらこの言われようだ。マジで納得がいかない。
"もっと早くそれを終わらすことはできなかったのかと言っているんだ。今日は朝から無駄なことをし過ぎだ。もうこんなに陽が登ってしまっているではないか"
「……仕方ないだろうが、まさか朝から出待ちを喰らうなんて思っても見なかったんだから……」
怯むことなく放たれたスカーの言葉に俺は思わず、気が滅入る。
スカーが言っているのは今の探協での事ではなく数時間前の『箱庭亭』でのことである。
「昨日俺が寝てる間に何があったかは知らんし、聞く気もない。だが今のお前が女にかまけている暇があるかどうかよく考えるんだな」
「……分かってる」
「ふん! それならいい」
俺の返事にスカーは鼻を鳴らすとそれ以降は何も言わなくなる。
そこで俺はふと朝のことがフラッシュバックする。
何があったか簡単に説明すると早朝に『静剣』アイリス・ブルームに出待ちドッキリを喰らったのである。
昨日の話し合いを経て、無事(?)に俺とアイリスの関係は『お友達』という事で確定した。アイリス本人はこの事に心底納得いかない様子であったが何とかご理解いただけた。「お友達からどうでしょうか?」とは何と情けない申し出でだと、自分でも思ったがあの時あの瞬間の最善手はこの答えしか思いつかなかった。
変なことに巻き込んだ手前、誤解が解けたら『他人』と言うのは人としてどうかと思うし、かと言ってあのままノリで『結婚』という訳にもいかない。そもそも今の俺にそんな暇はない。やらなければいけないことが多すぎるし、夢が叶うまでは考えることではない。
まあそんな色々な思いが交錯し『お友達』ということでその場は御開となってとりあえず事は収束へと向かった。これにより、俺は完全に今までの肩の荷が降り安心しきっていた。
これで再び平穏な日常が取り戻せたと思っていた。しかしどうやらそういうわけでもなかったらしい。
どういう訳か御開となった次の日……まあ今日なのだが、アイリスは朝早くから『箱庭亭』の前で俺の事を待っていたのだ。
突然の遭遇に俺が驚くのは語る必要も無いのだが、それよりも驚かされたのはアイリスが何のために朝早くに俺のところを訪れたかという理由だった。
「ファイク様のことをずっと考えていたら会いたくなって胸が苦しくなったので、会いに来ました」
短く、簡潔に放たれたのはそんな理由。普通であればその言葉に胸がトキメキ、恋に落ちてしまうなんて訳ないのだろう。
だが俺は彼女のしっとりとまとわりつく様な甘い声色を聞いた瞬間に謎の恐怖感を覚えた。
じっくりと逃さないかのように向けられるその深く青い瞳に背筋が凍った。
いや、ただ怖い訳ではない。
彼女の言葉に不覚にもときめいたし、めちゃくちゃ可愛いと思った。あんな自分勝手なことをして、それでも本当に好いてくれていることが嬉しかった。
しかし、彼女の発する言葉の数々、放たれるオーラが何だか重いのだ。一般的に想像する純愛とはかけ離れているのだ。いや、これが本当の純愛なのか?
甘すぎて、重くて、一口でも飲み込めば胃もたれを起こしそうな愛情表現なのだ。
そんな朝から重すぎる彼女と遭遇し俺はその対応に時間を有してしまった。
まあほぼ何もできなくて途中でそれを見兼ねたメリッサが助けてくれてたのだが……。
あの二人は組み合わせが宜しくないらしく。
昨日の時点でそれは薄々感じていたが、今日も目が会った瞬間に一触即発の並々ならぬ達人の間合いを繰り広げていた。
その隙に俺はその場から逃げて素材の売却を済ませた訳だ。
我ながらクズすぎる。
「……と、着いたな」
今朝の出来事を思い出しながら走っているといつの間にか迷宮の入口へと着く。
本日も大迷宮クレバスの出入口付近は沢山の人で賑わっている。
今から迷宮に潜る探索者に、そんな探索者達の気を引こうと出店を構えて声をかける商人達、その活気溢れる雰囲気を実際に肌で感じようとする観光客。目的は様々だ。
"気持ちを切り替えていけよ。今からそんな疲れた顔をしていたら死ぬぞ?"
スカーは迷宮に入る前からナーバスな俺を煽ってくる。
「……わかってらあ……」
それに俺は気のない返事をする。
俺の脳内ではまだ今朝のことがフラッシュバックして上手く気持ちをいい状態に持っていくことができない。
"……本当か?"
珍しく不安そうな老人の声がするが今の俺はそれに反応するほどの余裕はなかった。
今日も楽しい修行の始まりだ。
通称『探協』は国が保有する大迷宮を管理する機関。ラビリル大陸一の国家ラグナフォールの首都ライゼノンを本拠地とし、そこから各迷宮都市に支部を置いている。迷宮内の情報や、国や一般人からの依頼の斡旋、迷宮入場の管理などその仕事は様々。
基本的に大迷宮に入るには探協の許可が必要となり、探協からの許可が貰えたもののことを『探索者』と呼ぶ。
モンスターの死骸や迷宮内で出土した魔導具や財宝は基本的に探協が良い値で取引をしてくれ、その素材や財宝を求めて世界中から各迷宮都市に有名な商会の商人達が集まる。
管理しているとは言うものの、どの大迷宮もまだ完全な攻略はされていないので探協は日夜迷宮内で起こる不確定な管理上のトラブルに手を焼いている。
そのためか日々探協はけたたましい喧騒に包まれている。
今日もそれは変わることなく探協内はたくさんの人で賑わっており物凄い騒がしさだ。
「お待たせしましたファイクさん。こちら『スパイキーウルフ』と『キングスパイキーウルフ』の素材の買取額です、ご確認ください」
「ありがとうございます、マリーカさん」
カウンターに布袋に入り切らないほどの金が置かれる。
俺はそれらをざっと確認して査定兼勘定をしてくれた受付嬢にお礼を言う。
昨日の『静剣』様の誤解を解いてから一日が経ち、俺は影の中に入っていたモンスターの残骸を探協に売却しに来ていた。
「いや~、まさか10階層の上層に『キングスパイキーウルフ』が出たとは驚きました。これはまた上に報告しなければいけませんね~……」
金を影の中にしまい込んでいると目の前の受付嬢が頬杖を付きながら気だるそうにする。
現在の時刻は午前9時をちょうど回ったところ。
探協は今も言った通りたくさんの人でごった返しているが、それは建物内の半分を占める依頼の受注や迷宮に入るための手続きをするメインカウンターであり、素材や魔導具を買い取ってくれる建物内の隅っこにあるサブカウンターには関係の無い話だった。
このサブカウンターが忙しくなるのはもう少し先……それこそ探索者達が迷宮の探索から帰ってくる夕方頃であり、現在このカウンターを利用している探索者は俺一人。だからか2、3人カウンターに在中している受付嬢達は暇そうに欠伸をしている。
「あはは、ご苦労様です」
「全くです! こんな毎日朝から晩まで仕事をしてたらいつか過労死しちゃいます。というかそれよりも! よく『キングスパイキーウルフ』なんて倒せましたねファイクさん!」
俺は対応をしてくれた目の前の女性に労いの言葉をかけると、彼女は少しでもこの暇を潰そうと自然な流れで愚痴をこぼし世間話を始めようとする。
彼女の名前はマリーカ・ヨーフェル、この探協で5年ほど働いている受付嬢である。
綺麗な亜麻色の長髪を邪魔にならないようにと後ろに纏めたお団子髪と大きな丸メガネが特徴的な女性だ。探協の赤と黒を基調にした制服に身を包みその姿はとても大人びて見える。まあ実際に21歳と俺の5つ上で立派な大人の女性なわけなのだが、それはまあいいだろう。
「いやー、まだ進化したてだったからなのか運良く勝てましたね~」
俺は興奮気味にカウンターから身を乗り出して質問してくるマリーカに適当な答えを返す。
「いやもうホントにFランクですか? Cランクの探索者が5人がかりでも倒せるか怪しいモンスターを一人で倒しちゃうなんて……相当強くて素晴らしい魔導具を見つけられたんですね」
「あはは……まあそんなところですね~」
彼女は疑問が次から次へと浮かんでくるようで俺はそれに適当に返事をする。
一見大人しくお淑やかに見える彼女だが実の所、大のお喋り好きでこうして世間話になることが何度かあるのだが、その時間も段々と長くなってきている。
クランに入っていた時は素材の換金が終わったあとは一言二言言葉を交わして終わりだったが、ソロで活動するようになってからはよくこうして質問されることが増えた。
まあ確かにこの前までクランの『荷物持ち』をしてた奴がいきなりソロで、それも毎日かなりの数のモンスターの素材を持ち込んで来ていたらどうしたものかと勘ぐりたくなるのは、受付嬢の彼女ならばなおさらであろう。
俺はその度にこうしてあやふやな返事をしている。
別に正直に話してもいいのだが、如何せん事情が事情なので説明したところで信じて貰えないだろうし、何よりどう説明していいか分からない、あと面倒くさい。
なので何か聞かれても適当な答えをするようにしている。
「もう十分にランクアップする条件はあるはずですし、どうです? ランクアップしませんか?」
「あー……っと今日は遠慮しときます。直ぐに迷宮に潜らないといけないんで……」
マリーカは自然な流れで提案をしてくるが、俺はそれを断る。
そろそろ迷宮に向かわなければ現在進行形で影の中で威圧感を放ってくるクソジジイが暴れだしそうだからだ。
「そうですか~? まあDランクまでのランクアップなら簡単にできるので気が向いた時にでも是非していってくださいね~」
「どうも。それじゃあ失礼します、まだ暇な時間が続きそうですけどお仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。ファイクさんもお気を付けて!」
俺は簡単な挨拶をして話を切り上げる。
そうしてマリーカに見送られながら、クソジジイに怒鳴られる前に急ぎ足で迷宮へと向かう。
"さっさとしろ、お前があの女と無駄話をしていたおかげで今日の俺の中の予定がだいぶ狂ってる"
外に出るとスカーの偉そうな声がする。
「知るかよ、お前が影の中を整理しろって言うから探協でモンスターの素材とかを売ることになったんだろうが」
俺は走りながら偉そうなクソジジイにそう反論する。
昨日は迷宮から帰って以降、スカーが起きることはなかった。今日の朝になって何事もなかったかのようにスカーは朝早く俺を叩き起すと、いきなり「影の中を片付けろ」と言ってきた。
「昨日はどうした?」とジジイに何故あの後ずっと寝ていたのか聞いてみても詳しい説明はされず「疲れていた」の簡潔な答えしか帰ってこなかった。
何かもっと具体的な理由があるような気がしたがスカーは全く答える気がないので、俺はそれ以上の理由を聞くことはできない。
そうして腑に落ちないまま、スカーの言う通りに影の中を整理するために探協でモンスターの素材を売却をしていたらこの言われようだ。マジで納得がいかない。
"もっと早くそれを終わらすことはできなかったのかと言っているんだ。今日は朝から無駄なことをし過ぎだ。もうこんなに陽が登ってしまっているではないか"
「……仕方ないだろうが、まさか朝から出待ちを喰らうなんて思っても見なかったんだから……」
怯むことなく放たれたスカーの言葉に俺は思わず、気が滅入る。
スカーが言っているのは今の探協での事ではなく数時間前の『箱庭亭』でのことである。
「昨日俺が寝てる間に何があったかは知らんし、聞く気もない。だが今のお前が女にかまけている暇があるかどうかよく考えるんだな」
「……分かってる」
「ふん! それならいい」
俺の返事にスカーは鼻を鳴らすとそれ以降は何も言わなくなる。
そこで俺はふと朝のことがフラッシュバックする。
何があったか簡単に説明すると早朝に『静剣』アイリス・ブルームに出待ちドッキリを喰らったのである。
昨日の話し合いを経て、無事(?)に俺とアイリスの関係は『お友達』という事で確定した。アイリス本人はこの事に心底納得いかない様子であったが何とかご理解いただけた。「お友達からどうでしょうか?」とは何と情けない申し出でだと、自分でも思ったがあの時あの瞬間の最善手はこの答えしか思いつかなかった。
変なことに巻き込んだ手前、誤解が解けたら『他人』と言うのは人としてどうかと思うし、かと言ってあのままノリで『結婚』という訳にもいかない。そもそも今の俺にそんな暇はない。やらなければいけないことが多すぎるし、夢が叶うまでは考えることではない。
まあそんな色々な思いが交錯し『お友達』ということでその場は御開となってとりあえず事は収束へと向かった。これにより、俺は完全に今までの肩の荷が降り安心しきっていた。
これで再び平穏な日常が取り戻せたと思っていた。しかしどうやらそういうわけでもなかったらしい。
どういう訳か御開となった次の日……まあ今日なのだが、アイリスは朝早くから『箱庭亭』の前で俺の事を待っていたのだ。
突然の遭遇に俺が驚くのは語る必要も無いのだが、それよりも驚かされたのはアイリスが何のために朝早くに俺のところを訪れたかという理由だった。
「ファイク様のことをずっと考えていたら会いたくなって胸が苦しくなったので、会いに来ました」
短く、簡潔に放たれたのはそんな理由。普通であればその言葉に胸がトキメキ、恋に落ちてしまうなんて訳ないのだろう。
だが俺は彼女のしっとりとまとわりつく様な甘い声色を聞いた瞬間に謎の恐怖感を覚えた。
じっくりと逃さないかのように向けられるその深く青い瞳に背筋が凍った。
いや、ただ怖い訳ではない。
彼女の言葉に不覚にもときめいたし、めちゃくちゃ可愛いと思った。あんな自分勝手なことをして、それでも本当に好いてくれていることが嬉しかった。
しかし、彼女の発する言葉の数々、放たれるオーラが何だか重いのだ。一般的に想像する純愛とはかけ離れているのだ。いや、これが本当の純愛なのか?
甘すぎて、重くて、一口でも飲み込めば胃もたれを起こしそうな愛情表現なのだ。
そんな朝から重すぎる彼女と遭遇し俺はその対応に時間を有してしまった。
まあほぼ何もできなくて途中でそれを見兼ねたメリッサが助けてくれてたのだが……。
あの二人は組み合わせが宜しくないらしく。
昨日の時点でそれは薄々感じていたが、今日も目が会った瞬間に一触即発の並々ならぬ達人の間合いを繰り広げていた。
その隙に俺はその場から逃げて素材の売却を済ませた訳だ。
我ながらクズすぎる。
「……と、着いたな」
今朝の出来事を思い出しながら走っているといつの間にか迷宮の入口へと着く。
本日も大迷宮クレバスの出入口付近は沢山の人で賑わっている。
今から迷宮に潜る探索者に、そんな探索者達の気を引こうと出店を構えて声をかける商人達、その活気溢れる雰囲気を実際に肌で感じようとする観光客。目的は様々だ。
"気持ちを切り替えていけよ。今からそんな疲れた顔をしていたら死ぬぞ?"
スカーは迷宮に入る前からナーバスな俺を煽ってくる。
「……わかってらあ……」
それに俺は気のない返事をする。
俺の脳内ではまだ今朝のことがフラッシュバックして上手く気持ちをいい状態に持っていくことができない。
"……本当か?"
珍しく不安そうな老人の声がするが今の俺はそれに反応するほどの余裕はなかった。
今日も楽しい修行の始まりだ。
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