55 / 76
第二章 大迷宮バルキオン
5話 探索適性試験〜前編
しおりを挟む
深く深く続いていく薄暗で、広大な洞窟。
頼りの光源は岩肌にまばらに埋まっている魔晄石か、事前に用意していた松明のみ。
どこの大迷宮も最初の方は何ら代わり映えしない。
初めて潜った大迷宮バルキオンの中は至って見覚えのある景色が広がっていた。
「おっしゃあ! フライだかなんだか知らねえがとりあえずモンスターと戦うぞ!!」
「はっはっはっ。本当に子供は元気だな~」
「だから僕は子供じゃない! 何度言ったら分かるんだオッサン!」
意気揚々と赤毛の少年エルバートが大迷宮の中を闊歩していく。
それを少し離れた後ろの位置から俺とロドリゴが見守る。
うーん。
元気があって大変よろしいけど、探索中はやたらむやみに大声を出すのはお兄さん感心しないぞ?
もう少し緊張感を持とうね。
現在、大迷宮バルキオン第1階層。
まだ潜り始めて一時間も経っていない。
一番上の階層と言うこともあってここら辺は探索者の数が多い。特に新人だな。
厳かで静黙。
凶暴なモンスターの息遣いが充満している。
なんてイメージの大迷宮だが、この第1階層はそれが当てはまらない。
比較的、人間独特の喧騒で満ちている。
そして人が多いということは、狩場の争奪戦、探索する箇所ごとに人の気配が絶えない。
探索者同士のトラブルが色々と発生しやすい。
ゆっくりと探索なんてできたもんじゃない。
今もそこら辺で新人と思わしき探索者のクラン2組がモンスターの狩場を巡って口論している。
そんなこともあってかここら辺はまだ大迷宮の中と言った感覚が軽薄になる。
「はえ~……」
だが俺たちの前を先行している少年エルバートはそんなこと露にも思わず、キョロキョロと首を右往左往へ巡らせて初めて足を踏み入れた大迷宮に感動している。
まあ彼のこの反応も分かる。
というか、初めて大迷宮に潜った探索者はみんなこんな感じだ。
これから始まる夢と希望の大冒険に目を輝かせない男なんてのはいない。
俺も最初はあんな感じだった。
「おい! チンたらしてないでさっさと歩けよ! 置いてっちまうぞ!!」
「へいへい」
少年エルバートの反応に親近感を覚えていると、彼はこちらに首を振り向かせて叱責してくる。
そうして再びずんずんと大迷宮の奥へと歩き始める。
「はっはっはっ。いやー楽しそうだな~」
「そうですね」
呑気なロドリゴに相槌をうってエルバートの背中を追いかける。
とりあえず目的地である第5階層までは一緒に潜っていく。
いくら試験で、個人の能力を見ると言っても大迷宮の中をまともに探索したことも無い人間を一人で歩かせる訳には行かない。
監督官のロドリゴも協力するなとは言っていいない。
その場の急ごしらえで集まった探索者同士で大迷宮を探索するのも必要な能力だ。
さて、エルバートと離れすぎないように注意しながら試験の内容を再確認しよう。
ロドリゴが提示した課題は、
燦然と輝く陽光一匹の捕獲。
制限時間は今日の夕刻6時までだ。
ロドリゴから聞いたところ、大迷宮バルキンでの燦然と輝く陽光の主な生息域は第5~8階層の間。
エルバートはこの課題を「簡単だ!」と言ったが決してそんなことは無い。寧ろ、熟練の探索者でもこの課題は苦戦するだろう。
理由は簡単。
この『燦然と輝く陽光』と言うモンスターは、数が圧倒的に少なく安定した捕獲方法がないのだ。
燦然と輝く陽光の概要は以下の通り。
・虫型のモンスターでその見た目は羽が虹色に淡く発光する蝶。
・大きさは一般的な蝶々そのモノで、モンスターと呼ばれてはいるものの温厚な性質で攻撃力も皆無。危険性はない。
・羽が虹色に発行すると言う珍しい性質を持っており、死んでもその羽は輝きを失わない。
・虹色に発光する羽はとても美しく装飾品やアクセサリーとしての素材として重宝され、一部のコレクターからは標本としての需要もある。
・しかしそのか弱さ故にこのモンスターは、他に凶暴なモンスター跋扈する大迷宮に於いて安全な縄張りも持てず、数が圧倒的に少ない。
その珍しい羽の性質から需要はあるが、生命としての生存力は低く、数が圧倒的に少なく、決まった縄張りも持たない。
上の階層のモンスター、弱いモンスターの捕獲だからと言ってエルバートが思っているほど一筋縄でいくようなものでは無いのだ。
そもそも、この燦然と輝く陽光の捕獲なんてやろうと思ってするものでは無い。
縄張りを持たない、その虚弱性から寿命なんてあってないようなもの。
見つけようと思って見つけられるものでは無いのだ。
寧ろ、見つけることが出来たら幸運。
しばらくは遊んで暮らせる。
聞くことろによると燦然と輝く陽光の素材は想像を絶する程の高値で取引され、市場に出回れば素材を巡って激しい争奪戦が勃発すると言う。
まあ、何が言いたいかって言うとこの課題はイカれてるってことだ。
「はぁ……」
「おいおい、坊主に比べてファイクは元気がないな。なんだ、腹でも痛いか?」
「違いますよ……この無理難題な課題に絶望してたんです。どう考えても運の要素が強すぎる。
ロドリゴさん。さては悪魔ですね?」
「はっはっはっ。悪魔か! 確かにこの課題は悪魔だな~」
俺の言葉に納得して快活に笑ロドリゴに若干の苛立ちを覚える。
今、俺の眉間は盛大にシワが寄っていることだろう。
「……まあ。運の要素が強くてもそれを掴み取るのも探索者の資質だ。俺は君にならそれが出来ると思ってこの課題を出したつもりだ。諦めずに頑張ってくれよ」
「はあ……」
続けられたロドリゴのおだてるような言葉で俺の不満満載な表情は晴れる訳もなく。
気の抜けた返事しかできない。
「おい! ペース落ちてるぞ!!」
依然として現状の深刻さを理解していないエルバートの怒声が迷宮内に響き渡る。
ぺちゃくちゃとお喋りをして、歩くのが遅い俺たちに相当ご立腹の様子だ。
無知というのは時には罪になりうる。
しかし、彼はまだ探索者の「た」の字も知らない少年だ。
何も言うまいね。
俺は心を仏にして足早に先へ進もうとする少年を追いかける。
・
・
・
大迷宮バルキオンに入ってから5時間が経過した。
懐中時計で時刻を確認してみれば午後の2時を半分が過ぎたあたりだ。
現在、大迷宮バルキオン第5階層。中流域。
昼頃に5階層に到着してセーフティポイントで適当に腹ごしらえ、目的地に着いて探索を初めてから2時間ほど経っただろうか。
俺は久しぶりに疲労感を覚えていた。
「何度言えば分かるんだエルバート。他の探索者の狩場に乱入しちゃダメだって言ってるだろ?」
「なんでだよ! あいつらだって苦戦しているみたいだった! それを助けて何がいけないってんだよ!!」
俺の咎めるような言葉にエルバートは臆することなく、食ってかかってくる。
そんな少年の反応を見て痛くもない頭を抑える。
これで何度目の説明か……。
なんて思いながら俺は口を開く。
「アレのどこが苦戦をしてるって?お前の目がどんな節穴をしているかは知らんが、さっきの戦闘に助けは必要なかった。寧ろお前が下手に手を出して混乱を招いたじゃないか。お前はただ自分が戦いたいだけだろう……」
先程の通りすがりの探索者クランの戦闘を思い出す。
彼らは確実にエルバートに迷惑そうな視線を向けていた。
試験課題の燦然と輝く陽光が生息していると言われる第5階層へと向かう道中と、着いてからの探索の間、エルバートは何度も他の探索者とモンスターとの戦闘に乱入した。
どうやら彼の探索者の認識として
『モンスターと戦う』という行動は上位に来るらしく。
視界に入ったモンスターに片っ端からちょっかいをかけた。
そのちょっかいをかけたモンスターがまだフリーの手付かずのモンスターだったら良いのだが、エルバートが向かって行ってたのは全部他の探索者と戦闘中のものばかりだった。
やれ、「僕達も加勢しよう!!」だとか。
やれ、「今助けるぞ!!」だとか。
やれ、「この天才魔法使いに任せろ」だとか。
エルバートは意気揚々と他の探索者達とモンスターの間に割って入ろうとした。
一見、正義感溢れる素晴らしい行動に思われるかもしれないが全くそんなことは無い。
寧ろ、迷惑極まりない、マナー違反も甚だしい行為だ。
大迷宮の探索するにあたって、探索者の間では数多のルールが存在する。
それは不要なトラブルを招かないための暗黙の了解だ。
その中の一つに緊急性が無い限り他の探索者の戦闘には干渉しないというものがある。
この理由として、説明の必要は無いかもしれないが、討伐した後のモンスターの素材やドロップ品の所有権を巡ってのトラブルを避けるためのルールである。
他にも色々とプライドだの、上下関係だの面倒くさいしがらみが存在するのが今は割愛。
とにかくそんなルールがあって、
「助けてくれ」と言われない限り他の探索者の戦闘に乱入するのはマナー違反となる。
しかしエルバートはさっきも言った通り、変な正義感を効かせて目に付いた戦闘の探索者の一団に次々と乱入して行った。
勿論、助けなど全く乞われていない。
なんならエルバートが乱入しなければ余裕を持って勝利を収めることが出来るレベルだ。
それをエルバートは何を勘違いしたのか突っ込んで行った。
「うっ……うるせぇ! 探索者と言ったらモンスターとの苛烈な戦いだろ!? 僕は強いモンスターと戦いたくて探索者になるんだ! それの何がいけないってんだよ!!」
俺の言葉に苦い顔をして反論するエルバート。
全然理由になっていない。
……まあエルバートの言いたいこともわかることには分かる。
俺も最初はそんなもんだった。
それに5階層までは人が多くてフリーなモンスターがいなかった。
俺たちはまともな戦闘を一つもせずにここまで来た。
モンスターとの戦闘を夢見ていた彼はそれが我慢できず、他の戦闘に乱入してしまったのだろう。
それも分かる。
分かるには分かるが、それを見過ごしていい訳では無い。
寧ろ、一時的にクランを組んでいる俺はそれを咎めなければいけない。
大迷宮とはいつ死んでもおかしくない場所である。
強力で危険なモンスター、一つ踏み抜けば四肢を失い最悪の場合は死ぬ。そんな死と隣り合わせの状態だ。
1~5階層と言った上層はそういう感覚が麻痺して忘れてしまいがちだが、大迷宮には死線が張り巡っている。
自分一人の責任で全てを処理、最悪の場合請け負うことが出来るのならば好き勝手やってもどうにかなる。
だがエルバートにはそれができない。
無闇矢鱈に周りを死に追いやる死神だ。
それを止めて咎めない方がおかしいだろう。
この試験に合格すればカレも晴れて探索者の仲間入りだ。
その前に必要最低限のルールやマナーは教えておいた方がいいだろう。
とまあ、エルバートからしてみればありがた迷惑もいい所の小言や注意をしている訳だが、このクソガキは全くそれを聞き入れず学ぼうとしない。
今のやり取りを見ていただければ一目瞭然だろう。
「はあ…………あの、普通こういうのって監督官であるロドリゴさんの仕事ですよね? なんで注意するどころか我関せずな態度なんですか。職務放棄ですか? いい根性してますね? 探協にクレーム入れますよ?」
俺のお小言から逃れようとするエルバートの首根っこ掴みつつ、呑気に欠伸をしているロドリゴに睨みを利かせてみる。
しかしロドリゴはそれに全く動じ様子はない。
「おいおい、そんな怖い顔すんなって~。子供は元気が1番だ…………まあ少しおいたが過ぎる場面もあったが幸い大事にはなってないんだから良しとしようや。坊主もこれから探索者のイロハを覚えていけばいいんだしよ」
「……今の発言。忘れないでくださいね? しっかりとこの試験が終わった後で報告させていただきますので」
「じょ、冗談だ、冗談に決まってんじゃんか~。
おい坊主。そろそろ俺も怒っちゃうぞ」
何が「怒っちゃうぞ」だ。
そんな気など全く無いくせに。
ほれ見てみろ、アンタの事を舐め腐った態度で見ているエルバートのあの顔を。
「はあ……もういいです。
エルバート。次、勝手なことしたら容赦しないからな?」
「ハッ! 何が容赦しないだ! 誰が間抜けにトレジャーバッチを失くすバカの言うことなんて聞くもんか!!」
首根っこを掴まれて軽く宙を浮いているエルバートはロドリゴにしていた煽るようなムカつく顔をこっちに向けてくる。
クッソこのガキャア、こっちが下手に出てるからって調子に乗りやがって……。
てめぇが今誰のおかげで何の問題もなくここに立ててると思ってるんだ。
情けなくもエルバートの挑発をまんまと喰らって、腹の奥底が煮えたぎるような感覚を覚える。
だがここでそれを表に出せば俺の負けだ。
俺は無闇矢鱈に怒鳴りつけたりはしないのだ。
なるべく穏便に諭すように、理解を求めるのだ。
「バカでもなんでもいいが、お前のその考え無しの行動で誰かが死ぬかもしれないってことは覚えとけよ?
お前はまだ探索者でも何でもないただのガキで、これは試験だ。
だからと言ってお前の所為で誰かが死んだ場合、誰もお前の事を許さない。知らぬ存ぜぬは通じない。そのことは肝に銘じておけ、分かったな?」
「…………チッ! わーってるよ!」
エルバートは煽るような顔を不機嫌なものに変えると、あさっての方向に顔を逸らす。
うん。
分かってくれればいいんだ。
分かってくれればね。
その言葉が口だけではない事を期待しているよ。
「てかいつまで掴んでんだよ! さっさと下ろせ! ガキ扱いすんな!!」
「おっと、失礼」
エルバートの不機嫌な声に反射的に首根っこを離す。
少年は急に中空に放られたにも関わらず、全く動揺せずに難なく地面に着地した。
「さて話は終わったな。
それなら探索を再開しよう。制限時間は後4時間を切っているからな~。早く見つけないと2人とも不合格だぞ~」
「何もしてない癖に偉そうだなジジイ!」
「そりゃ偉いからな~」
「本当かよ……」
ロドリゴとエルバートはそんなやり取りをしながら再び歩き始める。
「なに突っ立ってんだマヌケ! ボケっとしてんなら置いてくぞ!」
「マヌケって……まあいいか……」
数歩進んで急かすように振り返る赤毛の少年の背中を追う。
未だ、試験課題である燦然と輝く陽光は見つかっていない。
頼りの光源は岩肌にまばらに埋まっている魔晄石か、事前に用意していた松明のみ。
どこの大迷宮も最初の方は何ら代わり映えしない。
初めて潜った大迷宮バルキオンの中は至って見覚えのある景色が広がっていた。
「おっしゃあ! フライだかなんだか知らねえがとりあえずモンスターと戦うぞ!!」
「はっはっはっ。本当に子供は元気だな~」
「だから僕は子供じゃない! 何度言ったら分かるんだオッサン!」
意気揚々と赤毛の少年エルバートが大迷宮の中を闊歩していく。
それを少し離れた後ろの位置から俺とロドリゴが見守る。
うーん。
元気があって大変よろしいけど、探索中はやたらむやみに大声を出すのはお兄さん感心しないぞ?
もう少し緊張感を持とうね。
現在、大迷宮バルキオン第1階層。
まだ潜り始めて一時間も経っていない。
一番上の階層と言うこともあってここら辺は探索者の数が多い。特に新人だな。
厳かで静黙。
凶暴なモンスターの息遣いが充満している。
なんてイメージの大迷宮だが、この第1階層はそれが当てはまらない。
比較的、人間独特の喧騒で満ちている。
そして人が多いということは、狩場の争奪戦、探索する箇所ごとに人の気配が絶えない。
探索者同士のトラブルが色々と発生しやすい。
ゆっくりと探索なんてできたもんじゃない。
今もそこら辺で新人と思わしき探索者のクラン2組がモンスターの狩場を巡って口論している。
そんなこともあってかここら辺はまだ大迷宮の中と言った感覚が軽薄になる。
「はえ~……」
だが俺たちの前を先行している少年エルバートはそんなこと露にも思わず、キョロキョロと首を右往左往へ巡らせて初めて足を踏み入れた大迷宮に感動している。
まあ彼のこの反応も分かる。
というか、初めて大迷宮に潜った探索者はみんなこんな感じだ。
これから始まる夢と希望の大冒険に目を輝かせない男なんてのはいない。
俺も最初はあんな感じだった。
「おい! チンたらしてないでさっさと歩けよ! 置いてっちまうぞ!!」
「へいへい」
少年エルバートの反応に親近感を覚えていると、彼はこちらに首を振り向かせて叱責してくる。
そうして再びずんずんと大迷宮の奥へと歩き始める。
「はっはっはっ。いやー楽しそうだな~」
「そうですね」
呑気なロドリゴに相槌をうってエルバートの背中を追いかける。
とりあえず目的地である第5階層までは一緒に潜っていく。
いくら試験で、個人の能力を見ると言っても大迷宮の中をまともに探索したことも無い人間を一人で歩かせる訳には行かない。
監督官のロドリゴも協力するなとは言っていいない。
その場の急ごしらえで集まった探索者同士で大迷宮を探索するのも必要な能力だ。
さて、エルバートと離れすぎないように注意しながら試験の内容を再確認しよう。
ロドリゴが提示した課題は、
燦然と輝く陽光一匹の捕獲。
制限時間は今日の夕刻6時までだ。
ロドリゴから聞いたところ、大迷宮バルキンでの燦然と輝く陽光の主な生息域は第5~8階層の間。
エルバートはこの課題を「簡単だ!」と言ったが決してそんなことは無い。寧ろ、熟練の探索者でもこの課題は苦戦するだろう。
理由は簡単。
この『燦然と輝く陽光』と言うモンスターは、数が圧倒的に少なく安定した捕獲方法がないのだ。
燦然と輝く陽光の概要は以下の通り。
・虫型のモンスターでその見た目は羽が虹色に淡く発光する蝶。
・大きさは一般的な蝶々そのモノで、モンスターと呼ばれてはいるものの温厚な性質で攻撃力も皆無。危険性はない。
・羽が虹色に発行すると言う珍しい性質を持っており、死んでもその羽は輝きを失わない。
・虹色に発光する羽はとても美しく装飾品やアクセサリーとしての素材として重宝され、一部のコレクターからは標本としての需要もある。
・しかしそのか弱さ故にこのモンスターは、他に凶暴なモンスター跋扈する大迷宮に於いて安全な縄張りも持てず、数が圧倒的に少ない。
その珍しい羽の性質から需要はあるが、生命としての生存力は低く、数が圧倒的に少なく、決まった縄張りも持たない。
上の階層のモンスター、弱いモンスターの捕獲だからと言ってエルバートが思っているほど一筋縄でいくようなものでは無いのだ。
そもそも、この燦然と輝く陽光の捕獲なんてやろうと思ってするものでは無い。
縄張りを持たない、その虚弱性から寿命なんてあってないようなもの。
見つけようと思って見つけられるものでは無いのだ。
寧ろ、見つけることが出来たら幸運。
しばらくは遊んで暮らせる。
聞くことろによると燦然と輝く陽光の素材は想像を絶する程の高値で取引され、市場に出回れば素材を巡って激しい争奪戦が勃発すると言う。
まあ、何が言いたいかって言うとこの課題はイカれてるってことだ。
「はぁ……」
「おいおい、坊主に比べてファイクは元気がないな。なんだ、腹でも痛いか?」
「違いますよ……この無理難題な課題に絶望してたんです。どう考えても運の要素が強すぎる。
ロドリゴさん。さては悪魔ですね?」
「はっはっはっ。悪魔か! 確かにこの課題は悪魔だな~」
俺の言葉に納得して快活に笑ロドリゴに若干の苛立ちを覚える。
今、俺の眉間は盛大にシワが寄っていることだろう。
「……まあ。運の要素が強くてもそれを掴み取るのも探索者の資質だ。俺は君にならそれが出来ると思ってこの課題を出したつもりだ。諦めずに頑張ってくれよ」
「はあ……」
続けられたロドリゴのおだてるような言葉で俺の不満満載な表情は晴れる訳もなく。
気の抜けた返事しかできない。
「おい! ペース落ちてるぞ!!」
依然として現状の深刻さを理解していないエルバートの怒声が迷宮内に響き渡る。
ぺちゃくちゃとお喋りをして、歩くのが遅い俺たちに相当ご立腹の様子だ。
無知というのは時には罪になりうる。
しかし、彼はまだ探索者の「た」の字も知らない少年だ。
何も言うまいね。
俺は心を仏にして足早に先へ進もうとする少年を追いかける。
・
・
・
大迷宮バルキオンに入ってから5時間が経過した。
懐中時計で時刻を確認してみれば午後の2時を半分が過ぎたあたりだ。
現在、大迷宮バルキオン第5階層。中流域。
昼頃に5階層に到着してセーフティポイントで適当に腹ごしらえ、目的地に着いて探索を初めてから2時間ほど経っただろうか。
俺は久しぶりに疲労感を覚えていた。
「何度言えば分かるんだエルバート。他の探索者の狩場に乱入しちゃダメだって言ってるだろ?」
「なんでだよ! あいつらだって苦戦しているみたいだった! それを助けて何がいけないってんだよ!!」
俺の咎めるような言葉にエルバートは臆することなく、食ってかかってくる。
そんな少年の反応を見て痛くもない頭を抑える。
これで何度目の説明か……。
なんて思いながら俺は口を開く。
「アレのどこが苦戦をしてるって?お前の目がどんな節穴をしているかは知らんが、さっきの戦闘に助けは必要なかった。寧ろお前が下手に手を出して混乱を招いたじゃないか。お前はただ自分が戦いたいだけだろう……」
先程の通りすがりの探索者クランの戦闘を思い出す。
彼らは確実にエルバートに迷惑そうな視線を向けていた。
試験課題の燦然と輝く陽光が生息していると言われる第5階層へと向かう道中と、着いてからの探索の間、エルバートは何度も他の探索者とモンスターとの戦闘に乱入した。
どうやら彼の探索者の認識として
『モンスターと戦う』という行動は上位に来るらしく。
視界に入ったモンスターに片っ端からちょっかいをかけた。
そのちょっかいをかけたモンスターがまだフリーの手付かずのモンスターだったら良いのだが、エルバートが向かって行ってたのは全部他の探索者と戦闘中のものばかりだった。
やれ、「僕達も加勢しよう!!」だとか。
やれ、「今助けるぞ!!」だとか。
やれ、「この天才魔法使いに任せろ」だとか。
エルバートは意気揚々と他の探索者達とモンスターの間に割って入ろうとした。
一見、正義感溢れる素晴らしい行動に思われるかもしれないが全くそんなことは無い。
寧ろ、迷惑極まりない、マナー違反も甚だしい行為だ。
大迷宮の探索するにあたって、探索者の間では数多のルールが存在する。
それは不要なトラブルを招かないための暗黙の了解だ。
その中の一つに緊急性が無い限り他の探索者の戦闘には干渉しないというものがある。
この理由として、説明の必要は無いかもしれないが、討伐した後のモンスターの素材やドロップ品の所有権を巡ってのトラブルを避けるためのルールである。
他にも色々とプライドだの、上下関係だの面倒くさいしがらみが存在するのが今は割愛。
とにかくそんなルールがあって、
「助けてくれ」と言われない限り他の探索者の戦闘に乱入するのはマナー違反となる。
しかしエルバートはさっきも言った通り、変な正義感を効かせて目に付いた戦闘の探索者の一団に次々と乱入して行った。
勿論、助けなど全く乞われていない。
なんならエルバートが乱入しなければ余裕を持って勝利を収めることが出来るレベルだ。
それをエルバートは何を勘違いしたのか突っ込んで行った。
「うっ……うるせぇ! 探索者と言ったらモンスターとの苛烈な戦いだろ!? 僕は強いモンスターと戦いたくて探索者になるんだ! それの何がいけないってんだよ!!」
俺の言葉に苦い顔をして反論するエルバート。
全然理由になっていない。
……まあエルバートの言いたいこともわかることには分かる。
俺も最初はそんなもんだった。
それに5階層までは人が多くてフリーなモンスターがいなかった。
俺たちはまともな戦闘を一つもせずにここまで来た。
モンスターとの戦闘を夢見ていた彼はそれが我慢できず、他の戦闘に乱入してしまったのだろう。
それも分かる。
分かるには分かるが、それを見過ごしていい訳では無い。
寧ろ、一時的にクランを組んでいる俺はそれを咎めなければいけない。
大迷宮とはいつ死んでもおかしくない場所である。
強力で危険なモンスター、一つ踏み抜けば四肢を失い最悪の場合は死ぬ。そんな死と隣り合わせの状態だ。
1~5階層と言った上層はそういう感覚が麻痺して忘れてしまいがちだが、大迷宮には死線が張り巡っている。
自分一人の責任で全てを処理、最悪の場合請け負うことが出来るのならば好き勝手やってもどうにかなる。
だがエルバートにはそれができない。
無闇矢鱈に周りを死に追いやる死神だ。
それを止めて咎めない方がおかしいだろう。
この試験に合格すればカレも晴れて探索者の仲間入りだ。
その前に必要最低限のルールやマナーは教えておいた方がいいだろう。
とまあ、エルバートからしてみればありがた迷惑もいい所の小言や注意をしている訳だが、このクソガキは全くそれを聞き入れず学ぼうとしない。
今のやり取りを見ていただければ一目瞭然だろう。
「はあ…………あの、普通こういうのって監督官であるロドリゴさんの仕事ですよね? なんで注意するどころか我関せずな態度なんですか。職務放棄ですか? いい根性してますね? 探協にクレーム入れますよ?」
俺のお小言から逃れようとするエルバートの首根っこ掴みつつ、呑気に欠伸をしているロドリゴに睨みを利かせてみる。
しかしロドリゴはそれに全く動じ様子はない。
「おいおい、そんな怖い顔すんなって~。子供は元気が1番だ…………まあ少しおいたが過ぎる場面もあったが幸い大事にはなってないんだから良しとしようや。坊主もこれから探索者のイロハを覚えていけばいいんだしよ」
「……今の発言。忘れないでくださいね? しっかりとこの試験が終わった後で報告させていただきますので」
「じょ、冗談だ、冗談に決まってんじゃんか~。
おい坊主。そろそろ俺も怒っちゃうぞ」
何が「怒っちゃうぞ」だ。
そんな気など全く無いくせに。
ほれ見てみろ、アンタの事を舐め腐った態度で見ているエルバートのあの顔を。
「はあ……もういいです。
エルバート。次、勝手なことしたら容赦しないからな?」
「ハッ! 何が容赦しないだ! 誰が間抜けにトレジャーバッチを失くすバカの言うことなんて聞くもんか!!」
首根っこを掴まれて軽く宙を浮いているエルバートはロドリゴにしていた煽るようなムカつく顔をこっちに向けてくる。
クッソこのガキャア、こっちが下手に出てるからって調子に乗りやがって……。
てめぇが今誰のおかげで何の問題もなくここに立ててると思ってるんだ。
情けなくもエルバートの挑発をまんまと喰らって、腹の奥底が煮えたぎるような感覚を覚える。
だがここでそれを表に出せば俺の負けだ。
俺は無闇矢鱈に怒鳴りつけたりはしないのだ。
なるべく穏便に諭すように、理解を求めるのだ。
「バカでもなんでもいいが、お前のその考え無しの行動で誰かが死ぬかもしれないってことは覚えとけよ?
お前はまだ探索者でも何でもないただのガキで、これは試験だ。
だからと言ってお前の所為で誰かが死んだ場合、誰もお前の事を許さない。知らぬ存ぜぬは通じない。そのことは肝に銘じておけ、分かったな?」
「…………チッ! わーってるよ!」
エルバートは煽るような顔を不機嫌なものに変えると、あさっての方向に顔を逸らす。
うん。
分かってくれればいいんだ。
分かってくれればね。
その言葉が口だけではない事を期待しているよ。
「てかいつまで掴んでんだよ! さっさと下ろせ! ガキ扱いすんな!!」
「おっと、失礼」
エルバートの不機嫌な声に反射的に首根っこを離す。
少年は急に中空に放られたにも関わらず、全く動揺せずに難なく地面に着地した。
「さて話は終わったな。
それなら探索を再開しよう。制限時間は後4時間を切っているからな~。早く見つけないと2人とも不合格だぞ~」
「何もしてない癖に偉そうだなジジイ!」
「そりゃ偉いからな~」
「本当かよ……」
ロドリゴとエルバートはそんなやり取りをしながら再び歩き始める。
「なに突っ立ってんだマヌケ! ボケっとしてんなら置いてくぞ!」
「マヌケって……まあいいか……」
数歩進んで急かすように振り返る赤毛の少年の背中を追う。
未だ、試験課題である燦然と輝く陽光は見つかっていない。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる