元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第二章 大迷宮バルキオン

5話 探索適性試験〜前編

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 深く深く続いていく薄暗で、広大な洞窟。
 頼りの光源は岩肌にまばらに埋まっている魔晄石か、事前に用意していた松明のみ。

 どこの大迷宮も最初の方は何ら代わり映えしない。
 初めて潜った大迷宮バルキオンの中は至って見覚えのある景色が広がっていた。

「おっしゃあ! フライだかなんだか知らねえがとりあえずモンスターと戦うぞ!!」

「はっはっはっ。本当に子供は元気だな~」

「だから僕は子供じゃない! 何度言ったら分かるんだオッサン!」

 意気揚々と赤毛の少年エルバートが大迷宮の中を闊歩していく。
 それを少し離れた後ろの位置から俺とロドリゴが見守る。

 うーん。
 元気があって大変よろしいけど、探索中はやたらむやみに大声を出すのはお兄さん感心しないぞ?
 もう少し緊張感を持とうね。

 現在、大迷宮バルキオン第1階層。
 まだ潜り始めて一時間も経っていない。
 一番上の階層と言うこともあってここら辺は探索者の数が多い。特に新人だな。

 厳かで静黙。
 凶暴なモンスターの息遣いが充満している。
 なんてイメージの大迷宮だが、この第1階層はそれが当てはまらない。
 比較的、人間独特の喧騒で満ちている。

 そして人が多いということは、狩場の争奪戦、探索する箇所ごとに人の気配が絶えない。
 探索者同士のトラブルが色々と発生しやすい。
 ゆっくりと探索なんてできたもんじゃない。

 今もそこら辺で新人と思わしき探索者のクラン2組がモンスターの狩場を巡って口論している。
 そんなこともあってかここら辺はまだ大迷宮の中と言った感覚が軽薄になる。

「はえ~……」

 だが俺たちの前を先行している少年エルバートはそんなこと露にも思わず、キョロキョロと首を右往左往へ巡らせて初めて足を踏み入れた大迷宮に感動している。

 まあ彼のこの反応も分かる。
 というか、初めて大迷宮に潜った探索者はみんなこんな感じだ。
 これから始まる夢と希望の大冒険に目を輝かせない男なんてのはいない。
 俺も最初はあんな感じだった。

「おい! チンたらしてないでさっさと歩けよ! 置いてっちまうぞ!!」

「へいへい」

 少年エルバートの反応に親近感を覚えていると、彼はこちらに首を振り向かせて叱責してくる。
 そうして再びずんずんと大迷宮の奥へと歩き始める。

「はっはっはっ。いやー楽しそうだな~」

「そうですね」

 呑気なロドリゴに相槌をうってエルバートの背中を追いかける。

 とりあえず目的地である第5階層までは一緒に潜っていく。

 いくら試験で、個人の能力を見ると言っても大迷宮の中をまともに探索したことも無い人間を一人で歩かせる訳には行かない。
 監督官のロドリゴも協力するなとは言っていいない。
 その場の急ごしらえで集まった探索者同士で大迷宮を探索するのも必要な能力だ。


 さて、エルバートと離れすぎないように注意しながら試験の内容を再確認しよう。

 ロドリゴが提示した課題は、
 燦然と輝く陽光レディアント・フライ一匹の捕獲。
 制限時間は今日の夕刻6時までだ。

 ロドリゴから聞いたところ、大迷宮バルキンでの燦然と輝く陽光の主な生息域は第5~8階層の間。
 エルバートはこの課題を「簡単だ!」と言ったが決してそんなことは無い。寧ろ、熟練の探索者でもこの課題は苦戦するだろう。

 理由は簡単。
 この『燦然と輝く陽光』と言うモンスターは、数が圧倒的に少なく安定した捕獲方法がないのだ。

 燦然と輝く陽光の概要は以下の通り。

 ・虫型のモンスターでその見た目は羽が虹色に淡く発光する蝶。
 ・大きさは一般的な蝶々そのモノで、モンスターと呼ばれてはいるものの温厚な性質で攻撃力も皆無。危険性はない。
 ・羽が虹色に発行すると言う珍しい性質を持っており、死んでもその羽は輝きを失わない。
 ・虹色に発光する羽はとても美しく装飾品やアクセサリーとしての素材として重宝され、一部のコレクターからは標本としての需要もある。
 ・しかしそのか弱さ故にこのモンスターは、他に凶暴なモンスター跋扈する大迷宮に於いて安全な縄張りも持てず、数が圧倒的に少ない。

 その珍しい羽の性質から需要はあるが、生命としての生存力は低く、数が圧倒的に少なく、決まった縄張りも持たない。
 上の階層のモンスター、弱いモンスターの捕獲だからと言ってエルバートが思っているほど一筋縄でいくようなものでは無いのだ。

 そもそも、この燦然と輝く陽光の捕獲なんてやろうと思ってするものでは無い。
 縄張りを持たない、その虚弱性から寿命なんてあってないようなもの。
 見つけようと思って見つけられるものでは無いのだ。

 寧ろ、見つけることが出来たら幸運。
 しばらくは遊んで暮らせる。

 聞くことろによると燦然と輝く陽光の素材は想像を絶する程の高値で取引され、市場に出回れば素材を巡って激しい争奪戦が勃発すると言う。

 まあ、何が言いたいかって言うとこの課題はイカれてるってことだ。

「はぁ……」

「おいおい、坊主に比べてファイクは元気がないな。なんだ、腹でも痛いか?」

「違いますよ……この無理難題な課題に絶望してたんです。どう考えても運の要素が強すぎる。
 ロドリゴさん。さては悪魔ですね?」

「はっはっはっ。悪魔か! 確かにこの課題は悪魔だな~」

 俺の言葉に納得して快活に笑ロドリゴに若干の苛立ちを覚える。
 今、俺の眉間は盛大にシワが寄っていることだろう。

「……まあ。運の要素が強くてもそれを掴み取るのも探索者の資質だ。俺は君にならそれが出来ると思ってこの課題を出したつもりだ。諦めずに頑張ってくれよ」

「はあ……」

 続けられたロドリゴのおだてるような言葉で俺の不満満載な表情は晴れる訳もなく。
 気の抜けた返事しかできない。

「おい! ペース落ちてるぞ!!」

 依然として現状の深刻さを理解していないエルバートの怒声が迷宮内に響き渡る。
 ぺちゃくちゃとお喋りをして、歩くのが遅い俺たちに相当ご立腹の様子だ。

 無知というのは時には罪になりうる。
 しかし、彼はまだ探索者の「た」の字も知らない少年だ。
 何も言うまいね。

 俺は心を仏にして足早に先へ進もうとする少年を追いかける。

 ・
 ・
 ・

 大迷宮バルキオンに入ってから5時間が経過した。
 懐中時計で時刻を確認してみれば午後の2時を半分が過ぎたあたりだ。

 現在、大迷宮バルキオン第5階層。中流域。
 昼頃に5階層に到着してセーフティポイントで適当に腹ごしらえ、目的地に着いて探索を初めてから2時間ほど経っただろうか。

 俺は久しぶりに疲労感を覚えていた。

「何度言えば分かるんだエルバート。他の探索者の狩場に乱入しちゃダメだって言ってるだろ?」

「なんでだよ! あいつらだって苦戦しているみたいだった! それを助けて何がいけないってんだよ!!」

 俺の咎めるような言葉にエルバートは臆することなく、食ってかかってくる。

 そんな少年の反応を見て痛くもない頭を抑える。
 これで何度目の説明か……。
 なんて思いながら俺は口を開く。

「アレのどこが苦戦をしてるって?お前の目がどんな節穴をしているかは知らんが、さっきの戦闘に助けは必要なかった。寧ろお前が下手に手を出して混乱を招いたじゃないか。お前はただ自分が戦いたいだけだろう……」

 先程の通りすがりの探索者クランの戦闘を思い出す。
 彼らは確実にエルバートに迷惑そうな視線を向けていた。

 試験課題の燦然と輝く陽光が生息していると言われる第5階層へと向かう道中と、着いてからの探索の間、エルバートは何度も他の探索者とモンスターとの戦闘に乱入した。

 どうやら彼の探索者の認識として
『モンスターと戦う』という行動は上位に来るらしく。
 視界に入ったモンスターに片っ端からちょっかいをかけた。

 そのちょっかいをかけたモンスターがまだフリーの手付かずのモンスターだったら良いのだが、エルバートが向かって行ってたのは全部他の探索者と戦闘中のものばかりだった。

 やれ、「僕達も加勢しよう!!」だとか。
 やれ、「今助けるぞ!!」だとか。
 やれ、「この天才魔法使いに任せろ」だとか。

 エルバートは意気揚々と他の探索者達とモンスターの間に割って入ろうとした。

 一見、正義感溢れる素晴らしい行動に思われるかもしれないが全くそんなことは無い。
 寧ろ、迷惑極まりない、マナー違反も甚だしい行為だ。

 大迷宮の探索するにあたって、探索者の間では数多のルールが存在する。
 それは不要なトラブルを招かないための暗黙の了解だ。
 その中の一つに緊急性が無い限り他の探索者の戦闘には干渉しないというものがある。

 この理由として、説明の必要は無いかもしれないが、討伐した後のモンスターの素材やドロップ品の所有権を巡ってのトラブルを避けるためのルールである。

 他にも色々とプライドだの、上下関係だの面倒くさいしがらみが存在するのが今は割愛。
 とにかくそんなルールがあって、
「助けてくれ」と言われない限り他の探索者の戦闘に乱入するのはマナー違反となる。

 しかしエルバートはさっきも言った通り、変な正義感を効かせて目に付いた戦闘の探索者の一団に次々と乱入して行った。
 勿論、助けなど全く乞われていない。
 なんならエルバートが乱入しなければ余裕を持って勝利を収めることが出来るレベルだ。
 それをエルバートは何を勘違いしたのか突っ込んで行った。

「うっ……うるせぇ! 探索者と言ったらモンスターとの苛烈な戦いだろ!? 僕は強いモンスターと戦いたくて探索者になるんだ! それの何がいけないってんだよ!!」

 俺の言葉に苦い顔をして反論するエルバート。

 全然理由になっていない。
 ……まあエルバートの言いたいこともわかることには分かる。
 俺も最初はそんなもんだった。

 それに5階層までは人が多くてフリーなモンスターがいなかった。
 俺たちはまともな戦闘を一つもせずにここまで来た。
 モンスターとの戦闘を夢見ていた彼はそれが我慢できず、他の戦闘に乱入してしまったのだろう。

 それも分かる。
 分かるには分かるが、それを見過ごしていい訳では無い。
 寧ろ、一時的にクランを組んでいる俺はそれを咎めなければいけない。

 大迷宮とはいつ死んでもおかしくない場所である。
 強力で危険なモンスター、一つ踏み抜けば四肢を失い最悪の場合は死ぬ。そんな死と隣り合わせの状態だ。
 1~5階層と言った上層はそういう感覚が麻痺して忘れてしまいがちだが、大迷宮には死線が張り巡っている。

 自分一人の責任で全てを処理、最悪の場合請け負うことが出来るのならば好き勝手やってもどうにかなる。
 だがエルバートにはそれができない。
 無闇矢鱈に周りを死に追いやる死神だ。

 それを止めて咎めない方がおかしいだろう。
 この試験に合格すればカレも晴れて探索者の仲間入りだ。
 その前に必要最低限のルールやマナーは教えておいた方がいいだろう。


 とまあ、エルバートからしてみればありがた迷惑もいい所の小言や注意をしている訳だが、このクソガキは全くそれを聞き入れず学ぼうとしない。
 今のやり取りを見ていただければ一目瞭然だろう。

「はあ…………あの、普通こういうのって監督官であるロドリゴさんの仕事ですよね? なんで注意するどころか我関せずな態度なんですか。職務放棄ですか? いい根性してますね? 探協にクレーム入れますよ?」

 俺のお小言から逃れようとするエルバートの首根っこ掴みつつ、呑気に欠伸をしているロドリゴに睨みを利かせてみる。
 しかしロドリゴはそれに全く動じ様子はない。

「おいおい、そんな怖い顔すんなって~。子供は元気が1番だ…………まあ少しおいたが過ぎる場面もあったが幸い大事にはなってないんだから良しとしようや。坊主もこれから探索者のイロハを覚えていけばいいんだしよ」

「……今の発言。忘れないでくださいね? しっかりとこの試験が終わった後で報告させていただきますので」

「じょ、冗談だ、冗談に決まってんじゃんか~。
 おい坊主。そろそろ俺も怒っちゃうぞ」

 何が「怒っちゃうぞ」だ。
 そんな気など全く無いくせに。
 ほれ見てみろ、アンタの事を舐め腐った態度で見ているエルバートのあの顔を。

「はあ……もういいです。
 エルバート。次、勝手なことしたら容赦しないからな?」

「ハッ! 何が容赦しないだ! 誰が間抜けにトレジャーバッチを失くすバカの言うことなんて聞くもんか!!」

 首根っこを掴まれて軽く宙を浮いているエルバートはロドリゴにしていた煽るようなムカつく顔をこっちに向けてくる。

 クッソこのガキャア、こっちが下手に出てるからって調子に乗りやがって……。
 てめぇが今誰のおかげで何の問題もなくここに立ててると思ってるんだ。

 情けなくもエルバートの挑発をまんまと喰らって、腹の奥底が煮えたぎるような感覚を覚える。

 だがここでそれを表に出せば俺の負けだ。
 俺は無闇矢鱈に怒鳴りつけたりはしないのだ。
 なるべく穏便に諭すように、理解を求めるのだ。

「バカでもなんでもいいが、お前のその考え無しの行動で誰かが死ぬかもしれないってことは覚えとけよ?
 お前はまだ探索者でも何でもないただのガキで、これは試験だ。
 だからと言ってお前の所為で誰かが死んだ場合、誰もお前の事を許さない。知らぬ存ぜぬは通じない。そのことは肝に銘じておけ、分かったな?」

「…………チッ! わーってるよ!」

 エルバートは煽るような顔を不機嫌なものに変えると、あさっての方向に顔を逸らす。

 うん。
 分かってくれればいいんだ。
 分かってくれればね。
 その言葉が口だけではない事を期待しているよ。

「てかいつまで掴んでんだよ! さっさと下ろせ! ガキ扱いすんな!!」

「おっと、失礼」

 エルバートの不機嫌な声に反射的に首根っこを離す。
 少年は急に中空に放られたにも関わらず、全く動揺せずに難なく地面に着地した。

「さて話は終わったな。
 それなら探索を再開しよう。制限時間は後4時間を切っているからな~。早く見つけないと2人とも不合格だぞ~」

「何もしてない癖に偉そうだなジジイ!」

「そりゃ偉いからな~」

「本当かよ……」

 ロドリゴとエルバートはそんなやり取りをしながら再び歩き始める。

「なに突っ立ってんだマヌケ! ボケっとしてんなら置いてくぞ!」

「マヌケって……まあいいか……」

 数歩進んで急かすように振り返る赤毛の少年の背中を追う。

 未だ、試験課題である燦然と輝く陽光は見つかっていない。
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