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プロローグ
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「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!」
響き渡るのは怒号にも似た雄叫び、何かが弾ける爆発音、苦痛に喘ぐ絶叫、そして鳴り止まぬ事の無い剣戟の音。
そこは何もない不毛な大地。広がるのは荒野ばかりで、緑のひとつなんて見当たりもしない。
遮るものも無く、強い風が常に吹き付ける。風で巻き上がった砂埃で視界は悪く、酷ければ少し先を見通すことさえ難しくなってしまう。
「怯むなッ!全軍突撃ぃいいいいいいッ!」
けれどそんなことなど気にせずに数千にも及ぶ人間が津波のようにひた走る。
彼らの正面に聳えるのは同じように雄叫びを上げて走ってくる数千の軍勢。そのどれもが殺気立っており、少しでも怯み、隙を見せれば押しつぶさんばかりだ。
───常在戦場、常に我が身は剣戟鳴り止まぬこの世界に在る。それこそが極地へと至る術也。
一人の男が心の中で唱えた。
それは男が生まれ育った故郷にある道場の教訓であり、志すべき道標。
確かに、状況を考えれば男はこの教えを守り、「戦争」なんて言う闘争が絶えない死地に身を投じていた。しかし、果たしてこの状況は彼が望んで身を投じた世界であったのだろうか。
「本当に……ここが?」
否。答えは断じて否である。
何が悲しくて自分に何の関係もない国と国同士の戦争を、捨て駒として無情な死しか待ち受けていない不毛な争いに身を投じなければならないのか。
男は甚だ疑問であり、ここに投げ込まれて5年目になる今でも全くもって納得などしていなかった。
それでも男に残された選択肢は戦うということだけであった。
「死ねぇぇぇええええぇえええッ!」
既に両軍は衝突し、乱戦状態へと突入していた。
また一人、勇ましくも絶望の色をその貧相な顔に浮かべて襲いかかってくる敵兵士。そんな兵士を見て男は呑気にこんなことを考える。
───こいつも同じように堕ちたんだ。
そう思うと親近感が湧いてくるし、同情もする。敵なのに肩を組んで小躍りしたい気分だ。
「本当にどうして───」
「あぁ……」
だが、男は腰に差した刀を抜き放ち、目の前の兵士を一瞬で斬り伏せる。絶命の声に遅れて、刀の柄頭に付いた鈴の音が凛と鳴る。
「はあ……」
男はうんざりしたように深く溜息を吐いた。
別にいまさら誰かを殺すことになんて抵抗はなかった。昔からそういう世界には居たし、幼い頃から殺しをする為の技術を磨いてきた。しかし、だからと言ってその技術をこんなところで披露するつもりは毛頭なかった。
────本当にどうしてこんなつまらない世界に俺は在るのか?
教えを信じ、それを道標に刀を振るってきた。その顛末がこれなのか?
男はそう思わずには居られなかった。心底、がっかりで仕方がなかった。
戦場には男を満足させられるほどの〈強者〉は存在しなかったのだ。
────心底、楽しくない。
弱者を圧倒して無用に殺すことほどつまらないことは無い。
命のやり取りをするのならば自分よりも圧倒的な強者と立ち会ってこそ、その技術は洗練されていき磨かれていくものだ。
そう、不本意な世界であっても自身の渇望を満たしてくれるほどの強者が居れば、それはそれで男は自らに降り掛かった不幸にも納得が行ったかもしれない。
「はぁ…………」
しかし、実際はそうはならなかった。男はそれが悲しくて、つまらなくて仕方がなかった。
「うぐぁッ!!」
また一つ弱者の命を無用に刈り取り、振るった刀が鈍く錆び付いていくような感覚に襲われる。心はどんどん腐敗して行った。こんな世界にずっと居れば彼の剣は簡単に死んでしまうだろう。
───いつかこんな生き地獄は終わってくれるだろうか?
それでも目の前に立ちはだかった人間を殺すしかない。弱者を痛めつける趣味は持ち合わせていないが、だからと言ってむざむざと自身より弱い人間に殺される気も無い。
そうして、男はいったいどれほどの人間を殺したのか。時間の感覚は希薄になり、もう幾つの夜を超えたのかも分からなくなった頃だ。
「たった今、貴様らの王は我らが軍門に下った!!大人しく武器を捨て、降伏しろ!」
敵方の騎士団長らしき男が勝鬨を上げた。
「───」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、少しして理解した。
「───負けたのか」
それは全く何の思い入れの無い男が属していた国が戦争に敗れたのだ。
前述の通り、「負けた」と理解した瞬間に男は特に感情の起伏などは起きなかった。
ただ漠然と思考に浮かんだのは───
「これでこの地獄も終わるのか」
───少なからずの解放の喜びであった。
しかし、現実とはそんな簡単に話が進む訳では無い。いるかも分からない神は彼の地獄からの解放を許しはしなかった。
男が属していた国は敗れた。
つまり、敗戦国の奴隷である彼の身柄は何一つ自由になる予定など無く。加えて命の保証なんてものも全く無い。
当然の話であったが、男はこの瞬間はそんなことなどすっかりと頭から抜け落ちていた。この後、直ぐに男は今抱いている少しの喜びを泥へと投げ捨てることになる。
けれども何も全てが男の今後に悪いように働くことは無い。寧ろ、この出来事は男にとってとても喜ばしいことであったかもしれない。
「願わくば───」
何故ならばこれから男は自身が望んでいた世界へと身を投じることができるのだから。
これは一人の奴隷堕ちしたサムライが最強《つわもの》共を求め続け、追い続けた極地《セカイ》へと至る話。
────願わくば、次の死地は血湧き肉躍る強者との死合いを。
響き渡るのは怒号にも似た雄叫び、何かが弾ける爆発音、苦痛に喘ぐ絶叫、そして鳴り止まぬ事の無い剣戟の音。
そこは何もない不毛な大地。広がるのは荒野ばかりで、緑のひとつなんて見当たりもしない。
遮るものも無く、強い風が常に吹き付ける。風で巻き上がった砂埃で視界は悪く、酷ければ少し先を見通すことさえ難しくなってしまう。
「怯むなッ!全軍突撃ぃいいいいいいッ!」
けれどそんなことなど気にせずに数千にも及ぶ人間が津波のようにひた走る。
彼らの正面に聳えるのは同じように雄叫びを上げて走ってくる数千の軍勢。そのどれもが殺気立っており、少しでも怯み、隙を見せれば押しつぶさんばかりだ。
───常在戦場、常に我が身は剣戟鳴り止まぬこの世界に在る。それこそが極地へと至る術也。
一人の男が心の中で唱えた。
それは男が生まれ育った故郷にある道場の教訓であり、志すべき道標。
確かに、状況を考えれば男はこの教えを守り、「戦争」なんて言う闘争が絶えない死地に身を投じていた。しかし、果たしてこの状況は彼が望んで身を投じた世界であったのだろうか。
「本当に……ここが?」
否。答えは断じて否である。
何が悲しくて自分に何の関係もない国と国同士の戦争を、捨て駒として無情な死しか待ち受けていない不毛な争いに身を投じなければならないのか。
男は甚だ疑問であり、ここに投げ込まれて5年目になる今でも全くもって納得などしていなかった。
それでも男に残された選択肢は戦うということだけであった。
「死ねぇぇぇええええぇえええッ!」
既に両軍は衝突し、乱戦状態へと突入していた。
また一人、勇ましくも絶望の色をその貧相な顔に浮かべて襲いかかってくる敵兵士。そんな兵士を見て男は呑気にこんなことを考える。
───こいつも同じように堕ちたんだ。
そう思うと親近感が湧いてくるし、同情もする。敵なのに肩を組んで小躍りしたい気分だ。
「本当にどうして───」
「あぁ……」
だが、男は腰に差した刀を抜き放ち、目の前の兵士を一瞬で斬り伏せる。絶命の声に遅れて、刀の柄頭に付いた鈴の音が凛と鳴る。
「はあ……」
男はうんざりしたように深く溜息を吐いた。
別にいまさら誰かを殺すことになんて抵抗はなかった。昔からそういう世界には居たし、幼い頃から殺しをする為の技術を磨いてきた。しかし、だからと言ってその技術をこんなところで披露するつもりは毛頭なかった。
────本当にどうしてこんなつまらない世界に俺は在るのか?
教えを信じ、それを道標に刀を振るってきた。その顛末がこれなのか?
男はそう思わずには居られなかった。心底、がっかりで仕方がなかった。
戦場には男を満足させられるほどの〈強者〉は存在しなかったのだ。
────心底、楽しくない。
弱者を圧倒して無用に殺すことほどつまらないことは無い。
命のやり取りをするのならば自分よりも圧倒的な強者と立ち会ってこそ、その技術は洗練されていき磨かれていくものだ。
そう、不本意な世界であっても自身の渇望を満たしてくれるほどの強者が居れば、それはそれで男は自らに降り掛かった不幸にも納得が行ったかもしれない。
「はぁ…………」
しかし、実際はそうはならなかった。男はそれが悲しくて、つまらなくて仕方がなかった。
「うぐぁッ!!」
また一つ弱者の命を無用に刈り取り、振るった刀が鈍く錆び付いていくような感覚に襲われる。心はどんどん腐敗して行った。こんな世界にずっと居れば彼の剣は簡単に死んでしまうだろう。
───いつかこんな生き地獄は終わってくれるだろうか?
それでも目の前に立ちはだかった人間を殺すしかない。弱者を痛めつける趣味は持ち合わせていないが、だからと言ってむざむざと自身より弱い人間に殺される気も無い。
そうして、男はいったいどれほどの人間を殺したのか。時間の感覚は希薄になり、もう幾つの夜を超えたのかも分からなくなった頃だ。
「たった今、貴様らの王は我らが軍門に下った!!大人しく武器を捨て、降伏しろ!」
敵方の騎士団長らしき男が勝鬨を上げた。
「───」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、少しして理解した。
「───負けたのか」
それは全く何の思い入れの無い男が属していた国が戦争に敗れたのだ。
前述の通り、「負けた」と理解した瞬間に男は特に感情の起伏などは起きなかった。
ただ漠然と思考に浮かんだのは───
「これでこの地獄も終わるのか」
───少なからずの解放の喜びであった。
しかし、現実とはそんな簡単に話が進む訳では無い。いるかも分からない神は彼の地獄からの解放を許しはしなかった。
男が属していた国は敗れた。
つまり、敗戦国の奴隷である彼の身柄は何一つ自由になる予定など無く。加えて命の保証なんてものも全く無い。
当然の話であったが、男はこの瞬間はそんなことなどすっかりと頭から抜け落ちていた。この後、直ぐに男は今抱いている少しの喜びを泥へと投げ捨てることになる。
けれども何も全てが男の今後に悪いように働くことは無い。寧ろ、この出来事は男にとってとても喜ばしいことであったかもしれない。
「願わくば───」
何故ならばこれから男は自身が望んでいた世界へと身を投じることができるのだから。
これは一人の奴隷堕ちしたサムライが最強《つわもの》共を求め続け、追い続けた極地《セカイ》へと至る話。
────願わくば、次の死地は血湧き肉躍る強者との死合いを。
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