2 / 8
変な奴
しおりを挟む
空きっぱなしの窓から教室の中を除くと、男子生徒がスマホと睨めっこしながらテンポよく指を動かしていた。こちらに気づく気配は全くない。躊躇無くドアをノックすると、ビクッと反応して生徒がおずおず振り向いた。教師だと思ったらしい。
「ごめんね。ちょっと借りたいものがあるんだけど、いいかな」
微笑みながら声をかけた。
「い、良いけど。てかそれ、僕みたいなの相手でもするんだ」
それ?
「...なんのこと?」
「その『にこっ』てやつ。すごく変な顔」
「え?」
ほとんど話したことの無い相手に、唐突に皮肉を告げられ、俺はその無遠慮さに腹が立ちつつ、愛想笑いがばれたことに動揺した。
気を遣ったのに、そんなことを言われては俺が馬鹿みたいだ。
「別に、愛想良くしなくていいならしねぇよ」
俺はどう答えるか考えるのも面倒になって、近くの机にどっかりと座った。
「なにそれ、居直り強盗かよ。それで、僕のフルスコアを邪魔してまで、何がいるんだよ」
彼は小さな引き出しから、準備室の鍵を取り出した。いきなり失礼なことを言うやつだと思っていたけれど、ゲームを中断させたことに怒っていたらしい。
「ああ、生徒会でマスキングテープを使うから借りて来いって言われてさ」
「生徒会長ってパシる側じゃないのか?」
いちいち皮肉だ。
「まあ普段はそう。でも最近、結局自分でやった方が早いなって思ってさ」
「ああ、それは分かるな。頼むって行為がもう面倒」
「ははっ。お前のそれはコミュ障っていうんだよ」
「は?ちげーよ、俺は。クールなんだよ」
俺は笑いながら、机に寝そべった。家でもこんな口の利き方はしないから、何だか力が抜ける。天井を見上げた途端、急に重力がいつもの何倍もあるように感じられて、自分が思うより疲れていることに気がついた。
「テープは何個?」
「あるだけ全部」
「そんなに渡すわけ無いだろ、馬鹿か」
くるくると粘土ベラ型のキーチャームを回しながら、彼は教室を出た。
降り続いた雨が今朝はやみ、窓の外には群青が広がっている。六月にしてはあまりにも蒸し暑い。冷房の無い教室で、気休め程度に置かれた扇風機が唸っている。俺がそのまま寝かけていると、彼は片手にいっぱいのマスキングテープを抱えて帰ってきた。
「これで十分?」
「ああ、ありがとう」
彼はスマホを出して、座っていた席へと戻ろうとする。
「あ、ちょっと待てよ」
そう言うと彼は、面倒臭いです帰ってください、というふうな顔をして俺を見た。
「名前なんだったっけ」
「古川だよ。去年クラス同じだったろ」
「そうだったっけ」
返事も無く、古川はまたゲームを始めてしまった。扇風機の機械音が部外者を睨む番犬の唸りように聞こえる。これ以上皮肉を言われるのもごめんだから、俺は仕方なく教室を出た。
◇
パソコン室へ戻ってくると、先程より人が増えていた。時計は四時半を回ったところで、もうほとんどのクラスがホームルームを終えたのだろう。声をかけてきた一年生を探すと、絹と一緒に作業をしていた。歳は二つも違うのに、背中の大きさが変わらない。声をかけると二人は同時にこちらを向いた。
「はい、これで足りそう?」
そう言って俺は片手いっぱいのマスキングテープを差し出す。カラフルなそれを見ていると先程の古川の不躾な態度がありありと目に浮かんでくる。初対面であんな態度をとる人間は、俺の人生後にも先にも奴だけだろう。そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、絹が俺の顔をじっと見ている。向日葵は太陽の悪事を見てしまった、そう思わせるように向きを変えることは無い。俺が気づいたのにもお構い無しに。
「福田さん…?俺の顔に何か付いてる?」
「…あっ、ううん。屋島君の笑顔、久しぶりに見たから」
彼女はそう言うと、何かあったの?と尋ねるように首を傾ける。
…俺の笑顔?そんなもの、彼女はいつも見ているはずだ。
「最近は前にも増して、疲れてるように見えたから。ちょっと安心したよ」
彼女はそういって寂しそうに笑う。この顔にははっきりと見覚えがあった。あの日と同じだ。
「…そうかな。全然元気なんだけど、ほら、最近暑いから夏バテしてたのかも」
「うん、まだ六月なのにね」
会話が詰まる。どんな顔をすればいいか分からない。やっぱり俺は、付き合い以上に踏み込むのも踏み込まれるのも苦手だ。
「テープありがとう」
「ああ、うん」
顔が強ばって上手く笑えず、俺は文字通り『変な顔』で絹を見つめるしか無かった。
「ごめんね。ちょっと借りたいものがあるんだけど、いいかな」
微笑みながら声をかけた。
「い、良いけど。てかそれ、僕みたいなの相手でもするんだ」
それ?
「...なんのこと?」
「その『にこっ』てやつ。すごく変な顔」
「え?」
ほとんど話したことの無い相手に、唐突に皮肉を告げられ、俺はその無遠慮さに腹が立ちつつ、愛想笑いがばれたことに動揺した。
気を遣ったのに、そんなことを言われては俺が馬鹿みたいだ。
「別に、愛想良くしなくていいならしねぇよ」
俺はどう答えるか考えるのも面倒になって、近くの机にどっかりと座った。
「なにそれ、居直り強盗かよ。それで、僕のフルスコアを邪魔してまで、何がいるんだよ」
彼は小さな引き出しから、準備室の鍵を取り出した。いきなり失礼なことを言うやつだと思っていたけれど、ゲームを中断させたことに怒っていたらしい。
「ああ、生徒会でマスキングテープを使うから借りて来いって言われてさ」
「生徒会長ってパシる側じゃないのか?」
いちいち皮肉だ。
「まあ普段はそう。でも最近、結局自分でやった方が早いなって思ってさ」
「ああ、それは分かるな。頼むって行為がもう面倒」
「ははっ。お前のそれはコミュ障っていうんだよ」
「は?ちげーよ、俺は。クールなんだよ」
俺は笑いながら、机に寝そべった。家でもこんな口の利き方はしないから、何だか力が抜ける。天井を見上げた途端、急に重力がいつもの何倍もあるように感じられて、自分が思うより疲れていることに気がついた。
「テープは何個?」
「あるだけ全部」
「そんなに渡すわけ無いだろ、馬鹿か」
くるくると粘土ベラ型のキーチャームを回しながら、彼は教室を出た。
降り続いた雨が今朝はやみ、窓の外には群青が広がっている。六月にしてはあまりにも蒸し暑い。冷房の無い教室で、気休め程度に置かれた扇風機が唸っている。俺がそのまま寝かけていると、彼は片手にいっぱいのマスキングテープを抱えて帰ってきた。
「これで十分?」
「ああ、ありがとう」
彼はスマホを出して、座っていた席へと戻ろうとする。
「あ、ちょっと待てよ」
そう言うと彼は、面倒臭いです帰ってください、というふうな顔をして俺を見た。
「名前なんだったっけ」
「古川だよ。去年クラス同じだったろ」
「そうだったっけ」
返事も無く、古川はまたゲームを始めてしまった。扇風機の機械音が部外者を睨む番犬の唸りように聞こえる。これ以上皮肉を言われるのもごめんだから、俺は仕方なく教室を出た。
◇
パソコン室へ戻ってくると、先程より人が増えていた。時計は四時半を回ったところで、もうほとんどのクラスがホームルームを終えたのだろう。声をかけてきた一年生を探すと、絹と一緒に作業をしていた。歳は二つも違うのに、背中の大きさが変わらない。声をかけると二人は同時にこちらを向いた。
「はい、これで足りそう?」
そう言って俺は片手いっぱいのマスキングテープを差し出す。カラフルなそれを見ていると先程の古川の不躾な態度がありありと目に浮かんでくる。初対面であんな態度をとる人間は、俺の人生後にも先にも奴だけだろう。そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、絹が俺の顔をじっと見ている。向日葵は太陽の悪事を見てしまった、そう思わせるように向きを変えることは無い。俺が気づいたのにもお構い無しに。
「福田さん…?俺の顔に何か付いてる?」
「…あっ、ううん。屋島君の笑顔、久しぶりに見たから」
彼女はそう言うと、何かあったの?と尋ねるように首を傾ける。
…俺の笑顔?そんなもの、彼女はいつも見ているはずだ。
「最近は前にも増して、疲れてるように見えたから。ちょっと安心したよ」
彼女はそういって寂しそうに笑う。この顔にははっきりと見覚えがあった。あの日と同じだ。
「…そうかな。全然元気なんだけど、ほら、最近暑いから夏バテしてたのかも」
「うん、まだ六月なのにね」
会話が詰まる。どんな顔をすればいいか分からない。やっぱり俺は、付き合い以上に踏み込むのも踏み込まれるのも苦手だ。
「テープありがとう」
「ああ、うん」
顔が強ばって上手く笑えず、俺は文字通り『変な顔』で絹を見つめるしか無かった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる