異世界転移女子大生、もふもふ通訳になって世界を救う~魔王を倒して、銀狼騎士団長に嫁ぎます!~

卯崎瑛珠

文字の大きさ
3 / 54
はじまり

第3話 それが、任務

しおりを挟む


 ジャスパーは、夕食の準備をしていたらしい。

「ま、食えば元気になんじゃね?」
 杏葉の手を取って、降りるのを手伝ってくれた――気になってちろりと後ろを見ると、自分が寝ていたのは馬車の荷台だったと分かった。白い天井は、ほろだったのだ。
 近くに大きな木が立っていて、馬が繋いであり、桶に顔を突っ込んで水を飲んでいる。


 ――異世界だ、とまた杏葉は実感してしまった。
 馬や馬車など、見る機会は滅多になかったのだから。


「あじゅ、どしたー?」
「あー、ジャス、アズハはな」
「アズハ?」
「はい、アズハです。異世界人です」
「へえ。……へ!?」

 お手本みたいな、綺麗な二度見だ。
 
「あーうん。それなんだが、ジャスはまだいいが、他の人間には言わない方がいい」
 ダンが渋い顔をする。
「……そっすね。あじゅ、言ったらダメだぞー」
 ジャスパーが同意した。呼び方は変えないようだし、扱いがなんだか……と杏葉が思っていると
「ジャス、アズハは十九だぞ」
 ダンが言ってくれた。
「へえ。……へ!?」

 二度見二回目。

「まーじかあー」
「ダメですか?」
「……あーいや、そのー」
 ジャスパーが言い淀むと
「アズハ。この世界は危険が多い。異世界人ということと、その、十九ということは、黙っておこう」
 ダンがキッパリ言った。
「誰に何を聞かれても、しばらくは俺の娘で通す。いいな」
「ういっす」
「分かりました」
「あじゅー、娘ってことは、喋り方」
「……うん、分かった」
「おお、賢い」
 ジャスパーにも頭を撫でられた。

 まるで子供扱いだな、と思って二人をよく見たら、二人とも身体が大きい。
 この世界では、自分は小柄なのだろうか。胸も……そんなにないしな、と杏葉は元彼に『色気がない』と言われたことをまた思い出してしまった。今はもうまるで遠い昔のようだ。

「ま、とりあえず食おうぜえ」
 
 ジャスパーがずいっと目の前に差し出してくれたのは、スープと肉の串。
 
「……口に合うかは、わかんねーけど!」
「ありがとう。いただきます」
「いただきます?」
「あ、食べる時の挨拶なの」
 興味津々だったので、説明した杏葉に対して
「へー! いただきます!」
 すぐにマネしてみせるジャスパー。
「ふふ」

 明るくて良い人だな、と杏葉は安心した。
 スープは温かく、野菜をよく煮込んだ味がして、美味しかった。

「あれだな、あじゅは、平和なとっから来たんだなー。それは、分かった」
 
 ジャスパーが、杏葉の食べっぷりを見ながら言う。

「初対面の人間からもらった食いもん、ためらいなく食うんだもんな。なんか入ってたらどうするよ」
「ひっ」
「ジャス……脅すな」
「だってさあ」
「はあ。まあ、気をつけるに越したことはない、てことだな」
「……分かった」

 しばらく無言で、口を動かす。
 杏葉の気持ちは、どこかずっと、フワフワしている。
 寝て起きたら、夢だったらいいのに、などと思っている。

「あの、ダンさん」
「ん?」
「なんて呼べば? お父さん?」

 んぐ! んげほごほ!
 と、一通りむせた後に。

「あーいや、そのままでいいぞ」
「ダンさん、で良いの?」
「おお」
「そっか」
「慣れてからお父さんにすればいーんじゃん」
 ジャスパーが、横からフォローしてくれる。
「……うん」

 じわり、とまた涙がにじんでしまう。

「無理しなくていい」
「うん、大丈夫。あの、任務って何か、聞いてもい?」

 涙を誤魔化したくて、杏葉は聞いてみる。
 肉の串はボリュームがあって(何の肉かは、怖くて聞けない)、すぐにお腹いっぱいになった。

「ああ、そうだったな」
 ダンは、肉の串に残った最後の欠片を噛みちぎると、串を焚き火の中に放りいれた。
「ここは、獣人の国リュコスだって話したな」
「うん」
「さっきの、川の向こうが人間の国ソピア」
「うん」
「今、その二つの国で、戦争が起きようとしている」
「ほえっ!?」
「お、戦争って言葉は、知ってるのなー」
 ジャスパーがのほほんと言って、スープを飲み干すその横で、ダンが渋い顔をする。
「この世界では、人間と獣人は、仲が悪い。というか、言葉が通じないから、全く交流ができなくてな。それでも別々の国として、無関係に成り立ってきたんだが……」

 ジャスパーが、二の句を継げないダンの代わりに告げたのは、
「ある日国境で、人間が死んだ。多分、獣人に殺された」
 という衝撃の事実だった。
 
「ころ……され?」
「……ジャスパー」
「十九は、大人だぜ?」
「あー……とにかくそれで終わらず、今度はキツネの獣人が死んで、人間、ウサギ……と続いてな。どちらからともなく川を挟んで、お互いの騎士団が睨み合う状況になってしまった」
「まー、獣人の国には、鉱石が豊富に取れる山があるらしくてさ。ぶっちゃけると王様は、そこが欲しいってわけ」
 ジャスパーが、焚き火に木を足しながら、言う。
 
 気づくと日が暮れてきていた。風が冷たく頬を撫でる。
 幸い着ていた服はそのままだったので、パーカーの前をぐいと引っ張って、風が入らないように身体を丸めた。
 
「王様、って?」
「人間の国で一番偉いやつだな」
 
 ダンが、懐から取り出した葉巻の端を口で嚙みちぎってブッと草むらに吐いてから、焚火に屈んで器用に火をつけた。
 ぷかぷかと何度か吸って吐いてを繰り返すと、大量の煙で表情が見えなくなった。
 
「獣人にも、いる?」
「行ってみにゃわからん」
 
 ふうー、と大きく吐いた煙が、暗くなっていく空気を白く染めている。
 
「俺らはさ、戦争なんてしたくねーのよん。で、やめろ! って王様に逆らった結果がさ」
 ジャスパーが、軽い口調で言うと
「獣人を説得してこい、だと。言葉が通じないんだが」
 と、ダンもそれに合わせた。
「王様、が?」
「「王様が」」
「二人だけで?」
「「二人だけで」」
「酷い!」
 杏葉が憤って叫ぶと
「っくく」
「ははは!」
 二人が笑う。
「何がおかしいの!」
「あーわりい、やっぱあじゅ、異世界人だわ!」
 ジャスパーが、杏葉の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「おう、俺も確信した」
 ダンがまた、ふいー、と煙を吐く。

「王様の命令は絶対だし、逆らったらすぐに、さ」
 
 ジャスパーがウインクする。――それだけで、杏葉には分かった。
 
「だからアズハ、もしもソピアに帰れたら」
 ダンが、短くなった葉巻を焚き火に放り入れる。
「……絶対に王に逆らうようなことは、言うな」
「わ、わかった……」
「ま、最悪あじゅだけでも帰せるように頑張るから、安心しなよ」
 

 もしかしたら、この二人は……

 
 杏葉は二人の瞳の中に、覚悟が見えた気がした。
 ならば。


「じゃ、獣人の言葉が分かる異世界人の私が、通訳して戦争回避! それが、私の任務ね!」
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

処理中です...