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魔王降臨
第23話 銀狼、戻る
しおりを挟む杏葉を客室へ寝かせた後で下りて来たガウルが、困った顔で歩いていく先は、エルフの里の広場だ。
騎士団員たちは広場の地面に直接座り込んで、エルフたちから手当てを受けている。ほとんどが、ブーイとの衝突での傷だ。全員が暴走を止めようと体を張った結果なので、ただの内輪揉めと言えなくもないが、中には血を流している者も。
ランヴァイリーはガウルに
【バッファロー、起きてまた暴れてるみたいだから、そっち行くネー】
と託して場を離れ、ガウルは深々と頭を下げた。
無傷のクロッツが
【団長!】
と呼ぶのに対して、
【俺は、罷免されたはずだが】
ガウルは思わずそう返してしまった。若干八つ当たりしてしまったな、と大きく息を吐くと
【あくまでも宰相の独断でした。陛下が認めないって、めちゃくちゃ怒っています】
そう耳を垂らす男爵に、申し訳ない気持ちになる。
【……そうか。なら、俺には貴様らを率いる責任が、まだ残っているということだな】
ぐるるる、と喉を鳴らす銀狼に
【団長がいないとっ】
悲痛な声を上げるのは、黒鷲の獣人であるアクイラだ。
ガウルは歩み寄って、その肩を優しく撫でる。
【騎士団が、あっという間にめちゃくちゃになって!】
【めちゃくちゃ、とは?】
おそらくもっとも若手であるアクイラは、むしろ臆することなく意見を言える立場にあるのかもしれないな、とガウルは皆の様子を見ながら予想した。
【強さが正義だって。小型のウサギやリスの獣人たちを足蹴にするようになったんです!】
【なんだと!】
がう! と漏れ出る覇気に恐れをなして首を垂らすのは、いわゆる大型の獣人たち。この程度の威嚇で萎れるぐらいなら、大人しくしておけ! と言わんばかりに、後ろめたさを感じる団員らを次々と睨むガウル。
よく見ると、集団が真っ二つに分かれている。これでは、騎士団としての結束が乱れていると言わざるをえない。
【ブーイめ……】
バッファロー自身は草食動物だが、戦闘力や速さは肉食動物に匹敵する。
群れを成すことに慣れていることから、部下を制御する性質も長けていると見ての抜擢だったが、ガウルの前では忠実なふりをしていたようだ。
【団長に……戻るにゃね?】
リリが、ガウルの感情をいち早く察知した。
【リリ……】
【アタイは、団長についていくだけにゃよ!】
【すまない。これを放置するわけにはいかない。自由に生きるのは、全てを片付けてからにしよう】
【はいにゃっ】
アクイラが、喜びでその羽根をぶわりと羽ばたかせる。
【戻ってくださるのですか!】
【もちろんだ。このような事態、とても見捨てられないし、レーウ――国王陛下には逆らえないからな】
ガウルの脳裏には、怒りのあまり逆立って質量が増しまくりな、金色のたてがみが思い浮かんでいる。
背筋を走る寒気を払うため、ぷるぷると頭を振ると、ガウルの顔周りの毛も一瞬逆立った。杏葉が見たらまた「もふもふ!」と騒いでくれるに違いないと思ったが、今彼女がここにいないことが――どうしようもなく寂しい。
【さあ皆。今までに何があったのか、話してくれ。それから、これからどうするかを考えよう】
誇り高き銀狼の帰還に、団員たちはようやく気を抜くことができ、少しずつ笑顔が戻っていく。
【んっとに役立たず男爵にゃね! 置いてきた意味ないにゃ!】
【うわーほんとだ! 僕、結局なんにもしてない!】
リリの尻尾でゲシゲシ脚を払われるクロッツだけが、涙目だった。
◇ ◇ ◇
【アタシ、マホウ、オシエル】
杏葉をベッドに寝かせた後、そのツリーハウスのダイニングで、ダンの娘のエリンがそう宣言した。
エルフの里の長であるシュナが、杏葉のこの状態は魔力が使われず、体の中で膨れていることに原因があると言うので(会話はエリンのカタコト通訳でなんとかなった)、魔法を使って消費するのが一番手っ取り早いという結論に達した。
「エリンは、魔法が得意なんだ」
「俺もエリンに教わったんす」
ダンとジャスパーが賛成するので、杏葉の目が覚め次第、練習することになった。
念のためエリンが杏葉と同室で休み、ダンとジャスパー、ガウルやリリにも部屋が割り振られ、しばらく休息を取ることにした一行。
ガウルとリリが、ランヴァイリーの迎え入れた騎士団の様子を見てくる、と家を出て行ったあとで、一人焦るエリンだけが落ち着かない。
「エリン……」
ダンが、それに寄り添う。
エリンが言うには、密かに半郷に出入りしている、人間の国ソピアに住む仲間が、魔王降臨の儀式がされたという噂を持ってきたのだという。
大量の人間の遺体が、とある教会で見つかったという情報だ。ついに『古の黒の魔術師団』が始動したと、人々は恐れを抱いている。冒険者ギルドにも要人や商人の護衛任務が次々と舞い込んでいて、人手が足りないのだそうだ。
「まさか、父さんが獣人の国に来ているなんて!」
「意図的な策略を感じるっすねー」
「ギルマスとサブマスを排除すれば、冒険者ギルドは大きな問題に太刀打ちできないだろうからな。戦力にならないだろう――儀式を止めたくとも」
「冒険者って基本、個人主義っすからね。ダンさんが動かない限り、誰も指揮なんかしない」
「あたし! 父さんに言って、仲間集めて止めさせなきゃって! でも、これじゃ間に合わないっ」
言葉が通じない今、それを話しているのは人間の三人だけだが、シュナはその緊迫している空気を読み
【焦らず。まずは休め】
とお茶と食料を置いていってくれた。
エリンは子供の世話もある。体力を温存するに、越したことはないのだ。
「事情は分かったよ、エリン」
「うん。安心しなよ」
「父さん、ジャス」
「魔法をアズハに教えて、エリンを半郷に送り届けたら、次はソピアだ」
「そっすね。戦争じゃなかった、魔王に備えてた! って言うだけ言ってみましょう。ガウルさん来てくれるっすかねー」
「……頼むしか、ない」
ダンは、眉間に深いしわを寄せた。
「今度こそ、帰り道のない旅かもしれんが、な」
「っすね……」
「じゃ、アズハ? が目覚めるまで、共通語、教えるわ」
「「!!」」
「魔力を使うの。ふたりなら、できる! いい、いくわよっ」
思わず顔を見合わせるダンとジャスパーが、
「暴走娘」
「母ちゃんになっても、強引なの変わんねーな!」
と溜息をついた後、色々諦めて素直に従った。
アーリンは、何度か母乳を飲みつつも、ずっと寝続けてくれた。
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