異世界転移女子大生、もふもふ通訳になって世界を救う~魔王を倒して、銀狼騎士団長に嫁ぎます!~

卯崎瑛珠

文字の大きさ
47 / 54
世界のおわり

第47話 喜び、悲しみ、燃え尽きる

しおりを挟む


 ふと、クロッツの鼻先をかすめたのは、独特のお香の香りだった。ウネグも嗅ぎ取ったようだ。動揺している。

「え、この匂い……やっぱり、辿り着いてた……?」
「ウネグ。しっ」
「っ」

 勝利に酔いしれ、また疲労で倒れ込む人々の喧騒の中、クロッツは耳と鼻に神経を集中させる。

「あっちか!」

 走り出したクロッツに、ウネグはすぐさまついていく。
 粉々に崩れている外門の脇にある、奇跡的に残った詰め所の裏から、かすかに泣き声が聞こえた。
 
「っ……! セル……」
「え、え?」

 怪我をして泣いている人間の少年に覆いかぶさるように、セル・ノアが倒れていた。
 黒い炎が背中を焼いたのか、黒焦げの状態だ。クロッツがゆっくりと近づくと、少年はセル・ノアを庇うように必死に抱きしめ首をイヤイヤと振る。

「大丈夫。何もしないよ。ちょっと見せてね」

 クロッツは優しく声を掛けて、地面に膝を突いて様子を見る。手首に触れると――まだ温かい。だいぶ弱いが脈が取れた。

「っ! っっ……!」

 少年は声が出ないようだが、助けを求めているのは明白だ。
 クロッツは、セル・ノアが人間の少年を庇ったことに対する驚きを隠したまま、なるべく冷静な声で告げる。

「ウネグ。セル・ノアはまだ生きてるよ。どうする?」
「え……どうする、て」
「ロドリグが死んだのは、ノア親子のせいだからね。罰したいなら、それもいいと思って」
「っ!」

 ウネグは、思わず息を止めた。
 彼を見上げるクロッツの目は、あくまでも静かで、何も映していないかのようだ。
 
「ウネグが復讐のために頑張ったの、知ってるからさ。ボクはウネグに任せたいなって思う」
 
 唐突にクロッツに突き付けられた現実は、ウネグの思考を一瞬でぐちゃぐちゃにした。

「え……え……」
「もし助けたいんなら――あんまり時間はないかなぁ」
「っ、助けます!」
「いいの? 後悔しない?」
「助けてから、後悔します」

 クロッツは、ウネグを振り返らないで立ち上がり、空を見上げる。
 黒い雲が徐々に晴れてきて、ソピアにとって何日ぶりなのか分からないぐらい、久しぶりの日差しが地面に降り注ぎ始めている。

「まいったね。狐のくせに、善人なんだよなあ。ロドリグもウネグも」

 その眩しい光で、クロッツは顔を歪ませた。
 
「クロッツ様は、犬なのに悪人ですよね」
「はは! そだねえ。……あおおおおおおおん!」

 
 ――あおおおおおおん!


「!? クロッツが呼んでいる。怪我人のようだ。ワビー、すまないが」
「はい、ガウルさん。一緒に行きましょう」
「頼む……アズハ?」

 杏葉が繋いでいる手を離さないことに、ガウルは気づいた。
 
「あ。えっと……」
「……むごい状態かもしれない。それでも一緒に行くか?」
「はい。ごめんなさい、足でまと……いっ!?」

 ガウルは有無を言わさず杏葉を背負った。

「急がねばならない。いくぞ」
「あの遠吠えの方向ですね。走りますよー!」
 
 ワビーは身軽にしゅたた、と時に飛び跳ねながら走っていく。
 がれきや遺体を避けながら、ガウルも走る。
 杏葉はとても地面を見ることはできず、空だけを見ていた。

「クロッツ! それは……」
「あ、団長! まだ生きてまして」

 すかさずワビーも地面に膝を突いて、回復魔法を唱える。

「……黒い炎の影響は、回復魔法でもどうかな……」 

 青い顔で、それでも何度も唱えるワビー。それを不安そうに見つめる人間の少年の目には、涙が溜まっている。

「あなたも、怪我をしているのね」
 だが少年はふるふると頭を振って、セル・ノアを指さす。
「大丈夫。あなたにも回復魔法、唱えさせてね」

 そのやり取りを見守っていた杏葉は、ガウルの背から降り、意を決した様子でウネグに話しかける。
「ウネグさん……あの……」
「はい」
「お兄さんのこと……その……」

 前魔王の記憶と力を受け継ぎ、精霊たちが見てきた真実を得た杏葉は、マードックとセル・ノアの所業を全て把握していた。
 求められれば、それを告げようと思っているからこその発言であったが、ウネグは意外にも首を振った。

「生きて、償わせたいです」
「っ」

 ぼたぼたと、杏葉の頬を涙が伝う。
 苦しいほどのウネグの気持ちが分かったからだ。兄への後悔と、自分がしてきたことへの懺悔。
 正解はどこにもなく、今は自分の信じるがまま振る舞うしかないのだ。

「なら。一緒に願ってください」

 杏葉は、ウネグの手を取る。茶色くて固い毛に埋もれた、鋭い爪。両手で優しく包んで、目をじっと見つめた。

「助かって欲しい、と。願いこそが力だって、言ってたから」
「わかり、ました」

 クロッツとワビーがセル・ノアから離れ、代わりに杏葉とウネグが傍らに膝を突いた。

「助かって」
「生きろ、セル」

 ふたりが結んだ手から、白い光が溢れた。

 
 
 ◇ ◇ ◇

 

 数日後、獣人王国リュコスの王城に戻ったレーウは、そこで多くの獣人たちに迎えられ、致し方なしに執務室に入った。
 建物はなんとか残っているものの、もちろん中は激しい戦闘の痕跡を残したままだ。復興には多大な労力と時間を要するであろうことは、間違いない。
 
「んだあーから、俺は国王辞めたって言ったろーガオッ」
「し、しかし、こうもぐしゃぐしゃとあっては、誰かが」
「ガアアアアアアオンッ」

 びくっと震える虎獣人。
 かつて愛用していた自身の椅子に座ったまま、これでもかと睨みつけるレーウは、不本意だろうがやはり金獅子王である。
 
「勝手ばっか言いやがって。おめーが好きにすりゃいいだろが。強いやつが正義なんだろ? ああん? 腕っぷしで一国まとめあげてみろや。俺は知らん」
「わー。結構根に持つ性格だぁ……」
「なんか言ったかクロッツ」
「根に持つ性格って言いましたぁ。こいつには無理って分かってるくせにー」
「いい度胸だなゴラ」
「アズアズが悲しみますよ」
「あ?」

 クロッツは大きく息を吸って、うるうるした瞳でレーウにお願いポーズをする。
 
「獣人さんたち、大変ですよね。リュコス、なくなっちゃったんですか!?」
「うぐ」
「ソピアとリュコス、これからは仲良くできたら嬉しいです!!」
「ぐぐぐぐぐ」
「ね?」
「気色悪い裏声ヤメロ。似てねえ!」
「えへへ~」
「はああ~俺もアズハには弱いんだよなあ~~~~」
 
 たてがみの中に、嬉しそうにうずまる杏葉は、可愛いのだ。
 もふもふ~! とキャッキャされると、まんざらでもないから困っている。

「しゃあねえ。建て直すかあ。その代わりクロッツ。おめえがしばらく宰相代理やれ」
「うっげええええええ!」
「セルが復帰するまでだ。犬で我慢してやる」
「上から目線!」
「わし、じゃなかった余は国王であるからな。フハハハハ」
 
 
 ――あおおおおおおん!


 金獅子王、再び玉座に! は、大変明るいニュースとしてリュコスを駆け巡り、復興が破竹の勢いで進んでいくことになる。
 
 
 
 ◇ ◇ ◇



 アンディとネロ、ダンとジャスパーは人間王国ソピアの王都に留まり、杏葉はガウルたちと共にフォーサイス伯爵領へ向かうことになった。
 魔王と相対した『白き魔王』の存在は、人間の騎士たちの目に明らか。影響を鑑みて、しばらく人間の国からは離れていた方が、というアンディの判断だった。

「世界を救ってくれた存在に、大変申し訳ないが」

 アンディ自ら平身低頭、心を尽くして話してくれたことだけで杏葉は満足だったが
「アンディ。排除だけではまた誤解や軋轢を生む。どうしていくか、時間をかけてでも考えていこう」
 とガウルが代わりに訴えてくれた。
「もちろんだ。私は、ミラルバ手記やこの事実を後世へ正しく伝えたい。そのための記録の編纂へんさんを、共にできたらと考えている」
「それは是非協力したいですわ、殿下。でもまずは復興を、ですわね……たくさんの命が、失われてしまった……」
「ブランカ嬢。その通りだ」
 
 
 少しずつ、元通りにすべく動き始めた人たち。
 皆が懸命に動いている中、杏葉は――


「杏葉様、本日もお食事、お召し上がりになれませんか? 皆が心配していますよ」
「オウィスさん……せっかく……ごめんなさい……」
「それは構わないのですが」
 
 
 フォーサイス伯爵邸で、ベッドから起き上がれなくなっていた。
 

 -----------------------------

 お読み頂き、ありがとうございました。
 残り二話となりました。最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。宜しくお願い致します。
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

処理中です...