毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

文字の大きさ
3 / 43
嫁入り

嫁ぎ先が、決まりました

しおりを挟む


「ああああの、助けて頂きありがたく存じますうぅ」

 二の腕を掴まれたまま、ずりずり容赦なく絨毯敷きの廊下を引きずられる私は、素直に従いつつ何とかお礼の言葉を吐き出した。
 掴まれている部分は、痛そうに見えてそうでもない。実はこれは、彼なりのエスコートなのかな? と思い直した。
 
「おう。お前、カールソンとこのだろ?」

 
 ――カールソン、は我が家名ですね。合ってますね。
 
 
「はひ!? はい……」
「送ってってやる」
「ぎゃわん!」
「ぶは、なんだその声。くっくっく」

 
 ――笑うと目がなくなるのね。かわ……
 

「いいから乗ってけ。馬車手配すんのも面倒だろ」
「そ、ですね……ありがたく存じます」
「……おう」


 ――あ、優しい顔。
 

 王宮の馬車止めにある、黒い馬と黒い馬車には、大きく蛇の紋章が入った装飾がしてある。

「ああ!?」

 私はそれを見て、大声を上げてしまった。はしたない。すみません。

「あんだよ」
「ユリシーズって、あの、ユリシーズ!?」
「んあ?」
「蛇侯爵! ユリシーズ・エーデルブラート!」
 
 ユリシーズは目をまんまるくしてから、
「おう、そのご本人様だな」
 にやっと笑った。


  ――どうやら、我が王国の大魔法使いに、助けられちゃったようです。
 
 

 ◇ ◇ ◇

 

 私は家に帰るや否や、父の執務室に即刻閉じ込められてしまった。扉前にメイドを立たせるぐらいの徹底っぷりの、まさに『監禁状態』である。
 致し方なく、びくびくしながら大人しくしていると
 
「えぇい、どうしてこうなった!」

 バン! と扉が開き、息荒くドスドスと入室してきて憤慨するのは、私の父、アウリス・カールソン侯爵だ。鼻の下で綺麗に切り揃えられた焦げ茶の口髭を、しきりに触っている。
 
「しゅびばっしぇん」

 父の私室で説教されるのは何回目だろう。数えきれない。
 どかりと座った執務机に両肘を突いて、深い溜息をかれるのも何回目だろう。本当に、数えきれない。

「エーデルブラート卿には、私から十分礼を言っておいた。陛下へは後日直接謝罪に伺う」
「いやだから無実」
「黙れ」

 
 ――ひいいい、ご立腹メーターが振り切っていらっしゃる!

 
「セラ! だからあれほど隙を見せるなと言っただろう!」
「見せてないですし、勝手に来て勝手に」
「黙れ」


 ――言い訳ぐらい、させてよ!


「はあ。とりあえずしばらく謹慎しろ」
「げえ……」

 ぎ、と目で睨まれた。


 ――おちちうえ めでころすのは やめてほしい


 一句みながら、すごすごと自室へ戻った。


 
 ◇ ◇ ◇

 

「お嬢様」

 ナイトドレスに着替えて、ドレッサーの前で髪をかす私にナイトティーを持ってきてくれたのは、メイド長のサマンサだ。

「サマンサ……私、無実なんだけど」
「ええ。お嬢様はぼうっとしていらっしゃるから」
「ううう」
 
 サマンサは、ガラス小瓶から椿油つばきあぶらをほんの数滴手のひらに取り、髪になじませてくれる。
 庭に咲いていた椿から大量の種が取れたので、私が抽出したものだ。料理にも使える。

「それにしても、本当に素晴らしいですわね、この椿油」
「へへ~! みんなの分は、まだ残っているかしら?」
「ええ。メイドの皆、手荒れは治るし良い香りだし、髪がつややかになって殿方に声を掛けられる、と喜んでいますのよ」
「嬉しいわ!」
「こう言っては怒られるかもしれませんが」

 丁寧に髪をかしつつ、幼いころから見守ってくれているメイド長は、眉尻を下げて言う。

「お嬢様が婚約者に選ばれなくて、よかったと思っておりますの」
「サマンサ……」
「でも『強欲』なんていう二つ名は、頂けませんね?」
「えーん! 家の中では自由にしていいよね?」
「ふふ。ほどほどにしてくださいませ」
 
 さすがサマンサ。
 私の憂鬱ゆううつな心を、会話だけで軽くしてくれた。



 ◇ ◇ ◇



 後日、改めて父の執務室に呼び出された私は
「ユリシーズ・エーデルブラート侯爵のことをどう思う?」
 と、唐突に問われた。

 応接ソファで、サマンサの入れた美味しい紅茶を飲みながらだったので、私はごきゅりと喉を鳴らしてしまった。
 
「先日会っただろう。若くして、大魔法使いとあがめられているお方だ」
「ええっと、どうと言われましても。助けて頂いて感謝しておりますが、顔怖いけど良い人だったなー? ぐらいです」

 
 この世界に魔法はあれど、唱えられる人間は指で数えるほどしかいない。
 先天的に『神からの贈り物』として与えられ、『特権階級』として大切にされている。それは王国に翻意ほんいを起こさせないため、と貴族教育で習うため、この王国貴族の間ではだ。
 その一握りの魔法使いたちの中でも、能力がべらぼうに抜きんでているのが、エーデルブラート侯爵で『大魔法使い』と呼ばれている。

「うん。セラ。そこへ嫁いでくれるか」
「っ」
「すまない。これが、私がお前にしてやれる精一杯だ」
「……分かっております」

 私にも幸か不幸かその『贈り物』があったが――父が今まで、ひた隠しにしてきた。『特権階級』の危うさを良く知っている侯爵という地位だからこそ、娘をそうしたくはなかったと聞かされているし、今まで自由に生きてこられて感謝している。
 
「実はけいには、以前からセラのことを相談していてな」
「魔法のこと……ですか」

 だからあの時「カールソンのとこの」と言ったのか。なるほど。
 
のことも、だ」
「っ!」
「黙っていてすまなかった。だがエーデルブラートきょうは、信頼に足る人物だよ。それこそ、あの王子と比べ物にならないぐらいにな。ただ」
「性格に難あり」

 はあと自分の父が大きな溜息をくのを見るのは、なかなか辛い。

「卿も陛下から結婚しろとせっつかれて、困っているらしくてな。白い結婚で良いと言ってくれている」
「っ! それは、ありがたいです!」

 白い結婚、というのは書類上だけで、夫婦としてのをしないことだ。偽装結婚と言ってもいい。

「では、話を進めるからそのつもりで」


 ――この世界で私が幸せに生きてこられたのは、愛情でもって厳しい父と、母のように接してくれるメイド長のおかげだ(母は私の産後、肥立ちが悪く帰らぬ人になってしまった)。
 
 の私を、温かく育ててくれてありがとう。
 十八歳は、この国では成人だ。
 父は、私の嫁ぎ先に苦慮していたわけだけれど、まさか『蛇侯爵』に嫁ぐことになるだなんて――
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

異世界シンママ ~モブ顔シングルマザーと銀獅子将軍~【完結】

多摩ゆら
恋愛
「神様お星様。モブ顔アラサーバツイチ子持ちにドッキリイベントは望んでません!」 シングルマザーのケイは、娘のココと共にオケアノスという国に異世界転移してしまう。助けてくれたのは、銀獅子将軍と呼ばれるヴォルク侯爵。 異世界での仕事と子育てに奔走するシンママ介護士と、激渋イケオジ将軍との間に恋愛は成立するのか!? ・同じ世界観の新作「未婚のギャル母は堅物眼鏡を翻弄する」連載中! ・表紙イラストは蒼獅郎様、タイトルロゴは猫埜かきあげ様に制作していただきました。画像・文章ともAI学習禁止。 ・ファンタジー世界ですが不思議要素はありません。 ・※マークの話には性描写を含みます。苦手な方は読み飛ばしていただいても本筋に影響はありません。 ・エブリスタにて恋愛ファンタジートレンドランキング1位獲得

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...