毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

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もっと甘い呪縛

未来を切り拓(ひら)く 後

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 私の部屋にウエディングドレスが届いたのを見て、ユリシーズが眉尻を下げる。
 
「式場、ほんとによかったのか?」
「うん」

 王都に何度も下見に行ったけれど、しっくり来なかったので、私は魔法学校の大講堂を指定した。
 青晶石を練り込んだ白と薄いブルーの大理石の床が素敵だし(夜も照明が少なくて済む工夫だよ!)、大きく取られた窓はステンドグラスで、湖を飛ぶエーデルバードをモチーフにしている。
 とんがり屋根の裏には、授業の開始と終了を知らせる釣り鐘もある。これ以上最適な会場はないのでは? と思ったのだ。
 
「良いじゃない。魔法学校の初代校長先生が結婚式をした場所、ってずっと生徒たちに語り継がれるの。素敵だよね」
「セラ……」
「それに、みんなに見てもらいたいんだ。すごいでしょ、エーデルブラート! って自慢する!」

 ユリシーズが、私の腰をそっと抱き寄せておでこにキスを落とす。
 
「ああ。自慢しよう」

 従僕とメイドが増えたことで、来客の受け入れも可能になったのはありがたかった。
 私たちの本邸とは別にあったいくつかの屋敷を整え、ゲストハウスとして使うことにして――そのうち、裏庭から徒歩ですぐの距離にある館にディーデたちが滞在することになった。

「セラー!」
「ひさしぶりね、ディー」
「うん。ちょっと痩せた?」
「そう?」
「でもなんか、もっと綺麗になった!」
「ふふ。ありがとう」

 白虎の王子には、さすがのアンジェロも少し腰が引けていた。

「顔は似てないけど、セラと似たような匂いがするきみ。誰?」
「私の弟なの」
「あ、あ、アンジェロ、と申します」

 戸惑いつつも、綺麗なボウ・アンド・スクレープをするのはさすが。
 
「へえ! ぼくはディーデ。ナートゥラの三番目の王子なんだけど、セラの友だちだから。気楽にしてね、アンジェロ」
「は、はい。うわぁ」
「うん?」
「えっ、あの、申し訳ございません、思わず……!」
「ふふ。いーよー! 気軽になんでも言ってよ」
「あの……か、可愛いです……」
「わあ! ありがとー! (にぱっ)」
「っっっ」
 
 ――さすがディーデ。安定のあざと可愛さ。アンジェロが悶絶してるの、初めて見た!

「さすが姉弟だな」

 ユリシーズの言葉に、ディーデが耳をぴるぴる動かす。
 
「獣人好きなの、嬉しいな! 騎士団は割と犬族が多いんだ。団長が狼だから。本国にはもっとたくさんいるんだよ」
「それは、行ってみたいです」
「うん、是非おいでよ!」

 私は思わず周辺をキョロキョロする。

「今日、レイヨさんは?」
「一応周辺を見て回っているよ。そろそろ戻ってくるはず……あ、ほら」

 黒系の騎士服に帯剣をした白狼の騎士団長が、ざくざくと歩いてきた。白いブリーチズに、黒いニーハイブーツを身に着けている。

「レイヨさん!」
「お久しぶりです」
 
 カッと踵を付けてビシッとした騎士礼をしてくれた。
 
「紹介するわね、私の弟のアンジェロ。アンジェロ、騎士団長のレイヨさん」
「アンジェロ・カールソンだ」
「レイヨと申します」
「……」

 途端に黙りこくったアンジェロは、ふるふると肩を震わせてから言った。
 
「その凛々しさを、分けていただきたい……」
「え。は。その、光栄です?」
「いいじゃん! アンジェロは可愛い系だもん~」
 
 私が横からがばりと抱き着くと、
「嫌なんですよ、その子ども扱いが!」
 拗ねた。そういうところだぞ!

 そうして和やかに挨拶を済ませたところで、ユリシーズが「是非本邸に寄ってくれ。お茶でもしよう」と誘った。
 

 自慢の中庭のガゼボは、さすがに肌寒いので側に鉄製の簡易ストーブを置いて火を焚いてある。
 そしてそこには――

「お久しぶりでございますわ」

 マージェリーお姉様が、支度を整えて待ってくれていた。



 ◇ ◇ ◇



「この茶葉はね、それほど香りがきつくないの。その代わり、体が温まるのよ。あとディーデが好きな焼き菓子を用意したわ!」
「うわあ、美味しそう!」

 ユリシーズとマージェリーお姉様、それからディーデの四人でのお茶会。
 アンジェロは執務がある、と屋敷へ引っ込み、レイヨさんが護衛、リニとミンケが側仕えとして控えている。
 
「いよいよふたりの結婚式かあ。あっという間だったね」

 ディーデがニコニコとティーカップを持ち上げる。

「ああ。色々尽力してくれたのを感謝している」
「こちらこそだよ、ユリシーズ」

 尽力? と少しマージェリーお姉様が首を傾げる。
 私はもう、ワクワクドキドキしてしまって、顔を上げられない。

「おいセラ。普通にしろ」
「だって~」
「あは。かわいいね、セラ! じゃあ早速……」

 ディーデは居住まいを正すと、マージェリーお姉様をまっすぐに見つめた。
 
「マージェリー嬢。ナートゥラ王国第三王子、ディーデ・ナートゥラから貴女にお願いしたいことがあるのだが」

 マージェリーお姉様の、エメラルドの瞳が見開かれる。
 同時に、ディーデの後ろに立っているレイヨさんの青い瞳も。

「……なんでございましょう」
「少し困ったことがあってね」
「困ったこと?」
「うん。貴女が助けた、子猫――サーバルキャットの獣人を覚えているかな」
「もちろんですわ」
「ヤコ、という名前なんだけれど。君に会いたくて毎日泣いて暮らしている」
「まあ!」
「それでね、僕は思ったんだ」

 ディーデは、両肘をテーブルに突いて手を組み、マージェリーお姉様をじっと見据えた。

「セラが人間の孤児院をやっているだろう? 獣人にも、孤児院が必要だって。僕らにとっても子どもは、宝物だからね」
「!」
「でも僕たちには、その手法が分からない。聞いたら、貴女は王都の孤児院で教師をしていたと」
「え、ええ」
「だから、僕の別荘のあるここの隣町で、まず第一号の獣人孤児院を運営して欲しいと思った」
「わ、たくし、が……?」
「もちろん、エーデルブラートとスーク……その町の名前なんだけど、は、自由に行ったり来たりして良いよ。どうかな?」
 
 マージェリーお姉様が、ゆっくりとユリシーズと私の顔を見る。

「無理強いはしない。マージの思う通りに」
「お兄様……」

 私は、こっそりとその耳に囁いた。
 
「お姉様。私の前世には『逆プロポーズ』という言葉があるんですよ」
「!!」

 意を決した様子のマージェリーお姉様はスッと椅子から立ち上がり、後ろに下がったかと思うと、ディーデに向かってそれはそれは美しいカーテシーをしてみせた。

「殿下。わたくしめにそのような重要な役目をお任せいただけるとのこと。大変嬉しゅう存じます」
「うん。ヤコから話を聞いて、君にしかできないと思ったんだ。是非子どもたちへ、獣人と人間とが共に生きる未来を、教えてあげて欲しい」
「……一点、条件を付けてもよろしいでしょうか」
「もちろん」

 カーテシーから上体を起こし、マージェリーお姉様がディーデをまっすぐ見つめる。

「いきなり見知らぬ土地に一人で、は不安でございます」
「うん。そうだよね」
「十分な警備を、お願いしとうございます」
「当然ちゃんと厳選した、騎士団の分隊を配備するよ」
「……その分隊。そちらの団長様に指揮していただきたいですわ」
「団長、自ら?」
「難しいでしょうか」

 マージェリーお姉様から言えるのはきっと、これが精いっぱいなのだ。
 だって小さなころから貴族令嬢としてしっかりとした教育を受けた方だから。

「どうしよっかな~。首都が手薄になっちゃうもんね」
「殿下」

 レイヨさんが静かに進み出たかと思うと、左胸に右手を当てディーデに向かって頭を下げる。

「どうか、その任務をわたくしめに」
「うーん。じゃあ~な~」
 
 私はいつの間にか、隣に座っているユリシーズの手を握りしめていた。
 ああもう、ドキドキして胸が壊れちゃいそう!
 
 見守る私たちの前で、レイヨさんは――マージェリーお姉様に歩み寄って、ひざまずいた。

「いいえ。任務だけでなく、このお方の伴侶として、お側にいさせていただきたい」
「っ!」

 マージェリーお姉様が絶句するのに、レイヨさんは眉尻を下げた。
 ぶんぶん、と首を振るお姉様の前で立ち上がり、レイヨさんはそっとその両手を持ちながら覗きこむ。まるで壊れやすい宝物のように。

「……ダメだろうか」
「わた、くしは。もう二十五ですのよ」
「わたしは二十九です」
「気が強くて」
「良いですね」
「意地っ張りで」
「素敵です」
「肌も」
「つやつやですね」
「お酒もいっぱい飲みます」
「いいですね。ワインはお好きですか」

 ぼたぼたと、エメラルドから涙が落ちていく。

「好き、です!」
「はは。良い銘柄がありますよ」
「あなたが!」
 
 途端にぶんぶんと白い大きな尻尾が振られたかと思ったら――レイヨさんは、マージェリーお姉様を抱きしめた。

「わたしもです」

 思わず涙ぐんでしまった私の頬を、横からユリシーズが撫でる。
 ディーデがそれを見て「いいなあ」と呟いた。

「はい。じゃあこれ、書類の数々です! 膨大ですが、頑張って読んで書いてくださいね!! なにせ、種族をまたいだ婚姻は、初めてなんですから!」

 いつの間にか来ていたアンジェロが、ぷりぷりしながら大量の紙の束をテーブルに置いて、またすぐ立ち去って行った。

「ぶっふ。あいつ、俺が面倒全部押し付けたの根に持ってやがる」
「え!」


 ――そりゃあこれだけたくさんの書類……うわぁ。

 
「あーあー。ゴホン。それ以上はちょっと目の毒かな~。ふたりで散歩でもしてきたらどう? 湖は、あっちだよ!」
 
 
 ディーデに促されて真っ赤になったふたりは、それでも素直にいそいそとお散歩に出かけたので、私たちはそれから、楽しくお茶をした。
 
 
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