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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈93〉砂漠の王子26
しおりを挟む――夜も明けきらない早朝。滔々と絶え間なく流れていた祝詞が途絶えたことに、見張りの騎士二人は気づいたが、部屋の中に入る勇気が出ず、お互いにお互いをチラチラ見ては泣きそうになっていた。
ハーリドは、学院での捕縛以来、一切の会話を拒否し、虚空を見つめて、闘神シュルークへ祈りの言葉を捧げるのみだった。
その尋常ではない様と、さらに騎士団長ゲルルフの不用意な発言によって、騎士ですら部屋の中を窺うのを躊躇している状況。そのため、皮肉にもハーリドの祝詞こそ、無事そこに居る、という証左となっていた。
それが、途絶えた。
「おい……」
「どどどうする!? どうしよ!?」
ただでさえ人目に付かない場所に作られている、檻付きの休養室である。二人以外の人影は見当たらないし、気軽に助けを呼べる場所でもない。
「みみ見に行くしかないだろお!」
なんでよりにもよって、俺の時なんだよお、と恨み言を呟きつつ、田舎の妹には、子供が産まれたばかりなんだ! 俺が仕送りしてやらないと! と彼はゴキュリと無理矢理唾を飲み込む。
「お前が死んだら誰が仕送りすんだよ……」
「クビになったらそれこそ終わりなんだよおっ」
騎士は、任務中に死んだら高額な見舞い金が出る。
職務怠慢で辞めさせられたら――無一文。
背に腹はかえられぬ、と彼が覚悟を決めて中に入ると……やはりハーリドの姿が忽然と消えているではないか。
「な! い、いないっ!? いないぞおっ!!」
「え! ききき緊急っ!」
呪いの焔を左手に燃え上がらせた狂信者の姿が、消えた――当然のごとく騎士団本部は大騒ぎとなり。
また。
「おいっ、どこに行った!?」
「さっきまで後ろにいたのに!」
「え!? 前だろ!?」
「は!?」
他国とはいえ王族相手。拘束具が使えない代わりに、前後を近衛騎士で挟んで移動していたはずの、アザリー第一王子の姿が、いつの間にか消えたのだった。
※ ※ ※
「いかがするか、オーギュスト」
国王の間に呼びつけられたピオジェ公爵オーギュストは、額に汗を浮かべて国王の言葉を聞いたものの、あ……う……と答えが出ない。
「ゲルルフは」
「……」
「やれやれ。本番は明日だ。今決めずしてなんとする」
アザリー第一王子ザウバアに、宰相暗殺未遂容疑が掛けられた、と法務大臣のクラウスから通達があった時は、誰もが冗談かと思った。
しかしながら、フィリベルトから提出された訴状は時系列がしっかりしており、文句の付けようがなかった。かつまた闇属性魔法の使用記録が添えられていた。学院でアザリー第九王子襲撃に及んだ、アザリーからの侵入者と接した第三騎士団員が記録した魔道具も添えられ、第八王子タウィーザの証言もある。そのため、この一連のアザリー関連事件は、マーカムとして重く受け止めざるを得なくなっていた。
国王は、ただちに公開演習の陣頭指揮者であるピオジェ公爵オーギュストと、騎士団長ゲルルフを呼びつけ――アザリーの演習参加の是非を問うたわけだが、二人とも結論を出せずにいた。
単純だ。
ピオジェ公爵は後で外交問題に発展した場合に、責任を取りたくない。
騎士団長ゲルルフは、自分の見せ場がなくなるのは嫌。だが対外的には参加を認められないのでは、と、二人とも王国のためではなく、私目的でしか公開演習という行事を捉えていないからだ。
「ベルナルドは、どこだ」
宰相暗殺未遂というからには無事なはずだが――
「恐れながら、陛下」
アリスター第一王子が、横から言う。
「申せ」
「は。所在不明です。フィリベルトは把握しているようですが、念のため公開演習終了まで、表に出るつもりはないとのこと」
「はぁ……だそうだぞ。昼までには結論を出して通達するように」
やはり、替えるべきではなかったなあ。
声高に愚痴を叫びたい、国王ゴドフリーであった。
※ ※ ※
ハーリドは、青黒い焔がジワジワと侵食していく自身の左手の様を、まるで他人事のように見ていた。
死蝶は元々、『悲恋の禁呪』と呼ばれていた。
ある男に恋焦がれ、だが叶わなかった女が、ならばともに死んで死後結ばれたいと願った。
そんな女の想いに心を打たれた、闇属性を持つ術師が練りあげた呪術が発端であり、密かに口伝されてきた禁呪のうちの一つ。
術者は自身の命を贄として、対象を道連れにする。つまり、無理心中なのである。
フィリベルトもタウィーザも、手首を掴まれている。
呪うには、対象に直接触れ、自身の闇へ引きずり込む必要があるからだ。
アドワはザウバアに、ハーリドはシュルークに焦がれていた。
アドワは、ザウバアのために死蝶をその身に宿し、国王ラブトを引きずり込むことに成功した。今はただ静かに終の時を、マーカムの牢獄で待っている。本国へ帰ったとしても斬首。マーカムでは宰相暗殺未遂で縛り首。今となっては、死蝶が早いか、刑が早いか、だ。
ハーリドは、シュルークを王とするためその障害を排除し、自身は信仰に殉じるため、その身に死蝶を受けた。だが、もう今は虚無感しか残っていない。
かつて兄は王に殺される直前、全てをシュルークに捧げられる、満足だ、と綺麗に笑っていた。
そのことにハーリドは、強烈に憧れた。
俺も、神に命を捧げたい!
だが、シュルークにあれだけの怒りと拒絶を向けられて……改めて畏怖する一方、兄と自分の生き様は何だったのか? と考えてしまうのだ。
「また死蝶が破られた、と?」
「はい」
――心の臓を焼かれるくらいに、闘神に全てを捧げたいと願ったあの情熱は、今はもうない。恐らく自分も、あとはただ死を待つだけだろう。タウィーザを道連れにしたのだって、ただの衝動的な八つ当たりだ。
「忌々しい薔薇魔女……禁呪を二度も……」
宿主が、横でギリギリと歯ぎしりをしている。
ハーリドは、ぼうっとした頭でレオナのことを思い返した。
学院に潜入し調理人として働いていたハーリドに、目を向ける貴族の子息などいなかったし、その方が都合が良かった。間近でシュルークを見る喜びさえ得られれば満足。時が来るまで側に侍り、揺さぶり、アザリーの王となってもらうことを夢見ていた。
だが、周りの学生達に『薔薇魔女』と蔑まれているマーカムの公爵令嬢は、それを意に介さず常に凛としていて、ハーリドに『お料理を考えてみましたの。お忙しいところ申し訳ないのだけれど、良かったらお手伝いして下さらない?』と申し訳なさそうに頼んできた。命令ではなく、依頼。ハーリドは、そのことにまず衝撃を受けた。
最初は、シュルークの情報を少しでも得ようと近づいた。食材や昼食の配達も、公爵家やその他の面々に顔が利くようになれば便利かもしれないと考えたからだ。実際、様々な情報を得られた。
そんなハーリドを、レオナはいつも屈託なく『まあ、ハリーさんて、本当にお料理がお上手ですわね!』『この間のお茶とても美味しかったわ!』『いつもありがとう、ハリーさん』と褒めてくれた。目を合わせて、礼を言ってくれた。
自然と、笑顔になる。
するとどうだろう、学生達から話しかけられるようになった。今日のおすすめは? 昨日のあれ美味しかった。甘いの、また食べたい! など。他愛もない日常会話に、なぜかお昼が待ち遠しくなった。お腹すいたー! 美味しそう! と、自分の作ったものを食べて、嬉しそうにする学生達を見るのが楽しくなった。
――ハーリドォ、お前が本当にやりたいことは、なんだ?
うるさい。うるさい。うるさい!
俺はもう、戻れないのだ!
「どちらにしろ――、……、な」
もう何も頭に入って来ない。
「ハーリド?」
俺ももう恐らく、誰も引きずり込めない。
共に死んでくれる者すら、いない。
その事実に、打ちのめされる。
――全ては己に返ってくるぞォ
「承知致しております。全ては、御心のままに」
どうかどうか、我儘を承知で。
せめて最期は。
「薔薇魔女に、死蝶を」
――自身の信念に、殉じたい。
※ ※ ※
「ジンは、真面目だな」
「そういうゼルさんは、優しいですよ」
「そうか?」
「ええ。ゼルさんのお陰で、虐めてくる奴ら、だいぶ減りました。感謝してます」
「……俺はなにもしていないぞ?」
「ええ~! じゃああの威嚇は?」
「そんなことして……るのか。ああいうのは、見てるだけで腹が立つだけだがな」
「ははは! 無意識っすか」
学院の中庭を、二人で歩く。
午前中は、ゼルの部屋のダイニングテーブルで課題を開いてはいたものの、ほとんど雑談になってしまっていた。
それで、身体もなまるし一汗かきたいな、と屋外演習場へ向かっていた。汗をかいたら、食堂で軽く食べて部屋に戻ろう、と。
最初の頃は萎縮していたジンライだが、王子と分かってもまるで遠慮のないヒューゴーやテオに感化され、今やすっかり打ち解けた。未だ敬語なのは、『ギルドは上下関係厳しいんすよ……』だそうだ。
「付き合わせて悪いな。休んでていいぞ?」
「大丈夫すよ」
公開演習前日の今日、ヒューゴーは「わりぃ、野暮用。テオも借りていく」と朝早くから出て行った。「ジン、結界頼んだ」と。もちろん今も持ち歩いている。
演習場に着くなりストレッチを始めたゼルは
「とはいえ、恐ろしいだろう。明日を乗り切ればきっと」
とジンライを気遣う。
「いえいえ。怖いのは確かですけど、俺がやりたくてやってますから」
「やりたくて?」
「そっす。俺の魔力が誰かの役に立つって、実績っていうか自信ていうか……そういうのが欲しかったんす。だから、お礼とかいらないんすよ」
「そうか……」
「ゼルさんは?」
ジンライは、少し躊躇い、だが意を決して問う。
「もう怖くないです?」
ゼルは、少し考えてから、ゆっくりと答える。
「ああ。俺が怖かったのは……命を狙われている、ということよりも、孤独なことだったのかもしれん」
静かなゼルのその言葉に、ジンライは唇をぎゅっと引き結んだ後、ぽろりと涙を落とした。
「うお? はは、泣き虫だなぁ、ジンは」
「分かるんすよ……俺も両親いないんで……はっ」
バッ!
「!?」
ジンライが突如ものすごい顔で、あらぬ方向を睨んでいる。
「どうしたジンッ」
「……結界を破ろうとしてます」
簡易だが、守護結界石を使っていたものの。
「!!」
「ゼルさん、逃げて……」
ジンライはこめかみに青筋を浮き立たせながら、脂汗が吹き出ている。
「ぐ……なんだこれ……」
必死に意識を保とうとするが、抗えない何かに侵食されているように、目が開けなくなり、立っていられなくなり、――やがて膝をつくなり、どさりと砂地に突っ伏した。
「ジンッ! くそっ」
ゼルはジンライを素早く横向きに寝かせ、命に別状がないことをさっと確かめると、いつでも闘えるよう、すくっと立って身構えた。
「ふぃー、ギリギリなんとか間に合ったようやな」
「!?」
すると全身黒装束のひょろりとした男が、いつの間にか隣に立っていた。
「誰だ」
その男は、悪びれもせず言う。
「ヒューゴーの友達やで~。蛇って呼んでえなぁ」
「ナジャ? ヒューゴーの友達だと?」
「うん。えっとなぁ、ヒューは……ぬるい紅茶と汚いシーツが大嫌い。やろ?」
「ブハッ」
思わずゼルは吹いた。
「まだまだあるんやけど、話しとる暇ないねんなあ」
「……その喋り方!」
「ヒルバーアやろ?」
「知ってるのか!?」
「ちーっとね」
バチィンッ!
蛇ことリンジーは、敵の拳を、凝った装飾の金属の手甲で難なく受け止めた。
「ゼル君は、絶対奴に触ったらあかんで」
「っ」
左の肘下まで青黒く染まっている、その敵は。
「ハーリドッ!」
ゼルがその名を叫ぶと、泣きそうな顔で、はい、と返事をした。
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*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
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