【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠

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第四章 別離?? 決意!? 溺愛!!

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 レナートとボジェクが演習場に降り立つ。
 私の心臓は、壊れそうなくらいにバクバクしている。緊張に耐えられなくて、ロザンナの二の腕に抱きついたら「なあに、大丈夫さ」と手の甲をポンポンされた。

「ねえヤンは」
「ん? っこらしょ」

 私がロザンナに抱きついたので、ヤンは私の隣に移動してくれた。
 
「どっちが勝つと思う? やっぱりボジェク?」
「団長が本気出したところ、見たことないからなあ。分からない」
「そっか……」
「でも団長、相当強いよ」

 思わず振り返ったら、珍しく真剣な目で前を見ていた。凛々しいヤンの横顔は――違和感たっぷりで戸惑う。

「強いかどうかって、見て分かるの?」
「だいたいね。おー、同じ武器選ぶかあ」

 レナートも剣ではなく、長い槍を持っている。

「同じ武器の方が良いの?」
「んー? そうとは限らないけど、少将とやるなら――やっぱり槍選ぶかなあ」
「なん……」

 で? という質問は、
「では、御前試合の最終試合を行う! 元メレランド騎士団団長、レナート! ブルザーク帝国海軍少将、ボジェク!」
 というヨナターンの声に打ち消された。
「では、双方構え……」

 ボジェクはにやりと笑い、レナートはいつも通り眉間にしわ。

「はじめ!」

 ピィン、と音が聞こえるくらいに張り詰めた空気。
 レナートもボジェクも、槍を構えた姿勢のまま、一歩も動かない。

 ごくり、と唾を飲み下す音まで聞こえそうなくらいの静寂を、最初に破ったのはボジェクだ。

 ざ! と鉄の靴が砂を蹴る音まで鮮明に聞こえる。

「っせい!」

 ぶおん、とやはり不穏な音を鳴らして、長槍がしなる。
 
「っ」

 紙一重で、レナートは上体を反らせて避ける。
 が、ボジェクは続けざま突く、突く、ぐるりと位置を変えてまた突く。
 レナートは右に左に半身を翻し、時にはしゃがんだり、仰け反ったりして避ける一方だ。
 演習場全体を使って、レナートは逃げ回っているように見える。

「おらあっ!」

 ボジェクは、頭上でぐるりと槍を回したかと思うと、深く踏み込んで、突いた。
 
 レナートはその強力な攻撃の風圧で体勢を崩したように見えた。
 が、地面に槍ごと手を突いて器用に身体を回転させ、ボジェクが踏み込んでいる方の脚の――

「しいっ」

 膝を、刃先の腹で、打った。

 バシィンッ!

「やるじゃねえかあ!」

 ぶわ、とボジェクの殺気が溢れ、私はその邪悪さに思わず目をつぶりかけたのに、レナートは口角を上げて笑っている。

「あー、バレた」
「ヤン?」
「少将の古傷。昔、デカい魔獣に脚、食いちぎられそうになったんすよ」

 サラッとすごいこと言う!

 レナートは、槍を持ち直したかと思うと、下半身を重点的に狙いはじめ、ボジェクの動きも鈍ってきた。

「疲れた……?」
「疲れと痛みっすね。意外と団長、性格ねちこい!」
「へ!?」
「同じ箇所ばっか。ほらまた」

 パシン!
 と軽い音がするのは、ボジェクの膝に当たるレナートの槍の音だと気づいた。

 二人とも、この闘いに熱中している。

 そして観客たちも夢中で、食い入るように観ている。

 私はなんだか、胸が締め付けられた。
 穏やかで、無愛想で。眉間に皺を寄せて書類を睨んだり。温かいお茶を飲んでふっと笑ったりするレナート、知らなかった。
 
 私全然、知らなかったよ、レナート。

 ――貴方もそうやって戦う人なんだね。そうだよね、騎士だもんね。

 
「あ」

 ヤンの声で顔を上げると、ぶお、と再びボジェクの槍が唸った。

 連撃が、レナートを襲っている。
 
 キキッ、シルシル、ゴキャンッドコンッ。
 キキッ、シュルシッ、ガンッガガンッ。

 聞いたこともない音が、私の鼓膜を叩く。
 乱れたレナートの薄茶色の髪が、ただただ揺れ動くのを観ている。

 バシィンッ!

「ひゅっ」

 レナートがボジェクの連撃の隙をついて、膝を強く打ったかと思うと後ろに回り込み、槍の持ち手でその太い首を締めるように羽交い締めにした。
 
 が、ボジェクは。

「うがァァァ!」

 咆哮したかと思うと自身の槍を投げ捨て、レナートの両拳の上から拳ごと槍を握り締め、

 ――ボッ、メキャ

 折った。

「ふは!」

 後ろに飛びずさり、よろめきながら、レナートは笑う。

 ざん、と鉄靴の後ろ足で砂を蹴って、かろうじて体勢を整える彼は、折れた槍を空に掲げ、

「まいったあ!」

 大声で、まるで勝ちどきみたいに叫んだ。
 その顔は、今までにないぐらいに充実していて。
 
 私は、嬉しいのに、知らない人を観ているみたいで……切なくなった――


 
 ◇ ◇ ◇



 御前試合は、大好評のうちに幕を閉じた。
 アルソス国王も王太子も、ヨナターンも、賞賛の言葉を騎士たち、軍人たちに掛けていて……全員の表情が満たされているのを見て、安心できた。
 あんなことがあって皆暗かったけれど、少しは憂いや後悔を消化できたかな、と思う。

 レナートは、騎士団員たちはもちろんのこと、帝国軍人たちからも大絶賛で、ボジェクに「酒だ、飲むぞー!」と肩をがっちり掴まれて誘われていて、タウンハウスには帰れそうになかった。
 代わりにロランが
「僕は興味無いから」
 と送ってくれることになり、ロザンナとメリンダに別れを告げて、帰ってきた。

「さて。どしたの? キーラ」
「……」

 帰りに軽食を買って、交互にシャワーを済ませた後。
 タウンハウスのキッチンで、お湯を沸かす私のところにやってきたロランが、木の椅子を引き寄せてどかりと足を組んで座る。
 
「僕で良かったら、聞くよ。もちろん秘密は守る。こう見えて、銀狐って呼ばれる策略家だからね」
「……詐欺師って言われてたよ」
「うわ! まいったなあ」
「ロラン……私、レナートのこと、何も知らなかった」
「うん」

 優しいロランの顔を見たら、なんだか全部……

「忘れてあげるから、全部吐いちゃいなよ」

 溢れちゃった。
 そして、子どもみたいに号泣して、涙が止まらなくて、ロランが「特別だよ、僕のお姫様」て綺麗な顔で笑いながら、部屋に横抱きのまま連れて行ってくれて。

 ベッドの脇で手を握ってくれたので――眠りについた。


 無理矢理笑った私が、困ったように笑うレナートに、別れを告げる。

 
 そんな、悲しい夢を見た。
 



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お読み頂き、ありがとうございました。
「きゃー、強いー! かっこいいー!」
とはならないヒロインの、葛藤でした。
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