四竜皇国斎王記 〜火の章〜

卯崎瑛珠

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三章 業火、舞い上がる

十六話 呪詛返し

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「謀略とは、なんのことですか」
 琴乃には、さっぱり意味が分からない。
 さきほどまでいつも通りだった充輝が、悪い顔をしているのもだ。
「琴は充輝を良い奴だと思っているかもしれんがな。俺からすると、性格最悪だし性根も極悪だ。罪人と言ってもいいぐらいだぞ」
「ええ⁉︎」
 慌てて見やるが、そこには綺麗な姿勢で座している、水色の狩衣姿の充輝しかいない。精悍で、凛々しい顔つきの武人だ。
「このつらでどれだけ人の心を弄んでいるか」
「焔様、それ以上はおやめください。わが主人あるじが黙っていられなくなりますゆえ」
「ちっ」
 琴乃は、思わず妹子と顔を見合わせた。
 充輝の主人とは、誰のことだろうか。焔がこれほど嫌がる相手となると――
「焔様のせいで話が逸れました。さて、安心するがよい、妹子。相手が持っていったのは、別人の髪。巫女殿の大事な御髪おぐしは、これへ」
「え⁉︎」
 けろりとのたまいながら充輝が指差すのは、鍵のかかる厨子棚の開き扉だ。とはいえ、充輝は気軽に開けたり閉めたりしている。まさかそこにあるとは、である。
「本当に御髪を奪われていたなら、巫女殿は先ほどの火鉢で、強い呪いを受けただろう。火には火でなどと、まさしく傲慢さゆえだな」
 なんでもないかのように言い放ってから、にっこり微笑む充輝が、恐ろしい。
 だが琴乃にはそれよりも驚きが勝っていた。
「あれは、術だったのですか!」
「ええ。だから春姫が消えたのにも、気づかなかった」
「なるほど……でも気持ち悪かったのです。もしや、そういった感覚がわたくしにあるのは、前に仰っていた」
「その通り。焔様が巫女殿を守るため授けた『火の守り』が効いたからである。過剰なぐらい守られているゆえ、本来我の護衛など不要なのだよ」
「おいこら充輝。余計なことは言うな」
 琴乃は瞠目どうもくして焔を振り返った。すると、ぷいっと顔を逸らされる。
 毒の時も、火鉢の術も、嫌悪感で近づきたくはなかった。それらが、焔が自分を守る術を施していたためだったとは。
「焔様……ありがとうございます」
 そうして守ろうとしてくれていることが何よりも嬉しく、琴乃の目には喜びの涙が浮かんだ。
 一方で顔を青くするのは、妹子だ。
「にせ、もの……ならば我が妹は……」
 妹子を安心させるためか、充輝がきっぱりと否定する。
「大丈夫だ。そなたの家人ごと、兵衛府ひょうえふかくまっている」
「ああっ、ありがとう存じます……!」
「いや、妹子にはすまなかった。そして、感謝している」
「滅相もございません。それに、感謝とは?」
「陰陽術には、呪詛じゅそ返しというものがあってな。弾き返すのが一番相手に打撃を与えられるのだ」
 充輝が言い終わるや否や、人の気配がひとつ増え、のんびりとした低い声を放つ。
「そうやって、お気軽に言いますけどねえ」
阿萬あまん殿!」
 琴乃が思わずその名を呼ぶと、真っ暗闇の中から簀子すのこ縁に姿を現した阿萬は、坊主頭をぺちぺちと叩いて微笑んだ。
「やあやあ巫女殿。また会えて嬉しいですよ」
 ふわりと座る阿萬から香ってくるのは、風ノ竜に会った時に嗅いだ香りとよく似ている。
「わたくしもです。あの、白檀びゃくだんですか?」
「よくご存知ですね。悪しきものをはらう効能があるのですよ」
 にっこり笑って答えた後、焔の許しもなく勝手に簀子縁にあぐらをかいた阿萬は、すぐさま厳しい顔をし、左人差し指と中指を剣に見立て顎下に添え、右手には護符のようなものを持った。
「陛下。すぐに対処を」
「おう」
 焔は脇息から身を起こし、視線を鋭くし宙を睨む。
「充輝。皆でその几帳の奥にいろ」
「は」
 室内に立てられた几帳は、野筋のすじと呼ばれる赤い飾り布が絹布一枚ごとに垂らしてある。布の面は金色の鳳凰と登り竜が刺繍されていて、まさに『火ノ竜』のものという感じがする。
 琴乃と妹子は、充輝に従い几帳の裏へと移動した。それを阿萬は目で確かめてから、準備ができたとばかりに口を開く。
「さあて。やりますかねえ陛下」
「めんどくさい。さっさと終わらせる」
「同感です。儂も巫女殿の酌で飲みたいですねえ」
 ただの雑談に聞こえるが、しゅさりしゅさりと鳴る衣擦きぬずれが、緊迫した空気を震わせている。 
「竜皇の名の元に、けがれなど許さん」
「オン ア ビラ ウン……」
 呼吸の合ったふたりの声が、几帳越しに聞こえてくる。
 琴乃は、じっと待つことしかできないことに、もどかしさを感じていた。それを見透かした充輝が「貴女は巫女だ。修行をすれば、祓いぐらいはできるようになる」と慰める。
「祓い?」
よこしまなものを清める行為だ」
「修行します!」
 巫女について学んだ後は、修行。
 事態は不穏であるが、目的ができたことは、琴乃にとって嬉しいことである。
「ただし修行は、焔様のお許しを得てからだ。我には得られそうもないから、頑張って自分で、だがな」
 くくくと意地悪な笑みを浮かべる充輝を、琴乃ははじめて「性格が悪い」と思ったのだった。

   ❖

 呪詛返しは、つつがなく終わったらしい。
「さて、もう良いですよ」
「ふん、これしきの術で火の巫女に害をもたらそうなどと」
 几帳越しに疲れたふたりの声が聞こえ、充輝が顔を出して確認した後で、ようやく琴乃と妹子は部屋へ戻ることを許された。
 焔の様子に代わりはないが、 
「陛下はそうおっしゃいますけどねえ」
 阿萬の顔には、さすがに疲労の色が浮かんでいる。
「お疲れ様でございました。阿萬殿。よろしければ何か召し上がりますか」
 琴乃が声を掛けると、ぺしぺしと坊主頭を叩いた後で「いや、陰陽寮に帰るよ」と固辞された。
 琴乃が意外だという顔をしていると、阿萬は苦笑を返した。
「残念だが、まだやることがあるんでねえ。また今度、酌をしてくれるかな」
「もちろんにございます」
「嬉しいねえ」
 ところが焔は、ぎろりと阿萬を睨んでいる。
「おい琴。こいつに気を許すな」
「おやまあ。嫉妬とは」
「違う! 貴様は、油断ならん」
「心外ですねえ」
 飄々と笑いながら部屋を辞する阿萬はだが、気配が鋭いままである。
 琴乃にはそれが、心配でたまらなかった。
「大丈夫でしょうか……」
「心配無用だ」
 焔の言葉を補足するように、充輝も頷く。
「ええ。焔様のもとで行う阿萬殿の術ほど、恐ろしいものはない。今頃相手は苦しんでいる。絶命させないために、見に行ったのだ」
 琴乃は、思わず妹子の手を握った。想像するだけで恐ろしく、耐えきれなかったからだ。妹子もやはり恐ろしいのだろう、手に冷たい汗をかいている。
 焔は再び脇息きょうそくにだらりと身をもたせかけた。
「相手も、俺と阿萬がすぐに組むとは思っていなかったはずだ。次は、心してかからんとならんぞ」
「は」
 綺麗に礼を返す充輝を見つつ、琴乃はやはり修行しようと心に決めたのだった。
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