ペット霊探偵に、なっちゃった!

卯崎瑛珠

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二話 野良猫の恩返し

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「先生?」
 
 池ちゃん先生が、空中で箸を止めたまま黙っているので、心配になった。

「……ああいや、うん。大丈夫だよ」

 無理やり笑った、と私でも分かる顔で、池ちゃん先生はレジャーシートの上にお弁当箱と箸を置く。

「橋本。ちゃんと座って食べよう」
「池ちゃん先生! 昔、猫飼ってたよね⁉︎ 名前は、ダイコク!」

 ソウは空気を読まない、というより興奮している。

「ちょっと、ソウ!」

 私が思わず強く言うと、先生はいつもと変わらない口調で言った。
 
「橋本。落ち着け」
「っ、ごめんなさい先生、でも」
「うん。大黒だいこくが、どうしたんだい?」
「先生に、もう大丈夫って伝えたいんだって。いつまでも、悪いと思っちゃダメだよって。だから呼んだんだって」
 
 勢いのまま言い切ったソウの言葉を、先生はちゃんと聞いて、頷いたように見えた。
 けれども、何も喋らない。
 黙って、手元の箸を見つめている。

 ソウがシートの上に正座をして、先生の顔を心配そうに覗き込んでいる。考えていることは、私でも分かる。
 ――早く伝えなくちゃ、って焦ったけれど、もしかして悪いことしちゃったのかな。
 不安になるのは、とてもよく分かる。動物の霊が見え始めた私が、大人にどうしたの? と聞かれて、思ったのと同じような気持ち。
 私は話して後悔したけれど、ソウには後悔して欲しくない。

(何かフォローしなくちゃ。なんて言えばいいんだろう)
 
 私がハラハラしているのを見て、先生は困ったように笑った。
 
「……そっか。なんか、遠足はここにしなくちゃって思ったんだよ。大黒が呼んだからだったんだね」
 
 パッとソウが顔を上げる。

「ありがとう、橋本。そっか、もう大丈夫かあ」
「うん! 今、そう言ってる」
「先生……?」
 
 ソウはホッとしているけれど、私は違う。
 いつも穏やかな先生の声が震えていて、苦しそうに見えた。そしてその膝に、黒猫が前足を載せて小さく鳴いている。ふかふかの黒い毛と、綺麗な金色の目。長いシッポがゆっくりと揺れていて、まるで慰めているみたいだ。

「心配しないでいいよ、浜崎さん。先生の家は、田舎のちょっと変わったお家でね。猫神ねこがみ様を祀っていたんだよ。猫の神様」
「猫の、神様?」
「へえ!」

 よいしょ、と池ちゃん先生は座り直して、お弁当を食べようと促した。
 ソウは安心したからか、いそいそとリュックサックから弁当箱を取り出している。それから、大きなおにぎりも。

「きっと、ネズミが出たら困るようなお家……そうだな、お米農家や、養蚕ようさんといってね。かいこという虫から絹糸を作っているようなお家は、猫を神様として崇めていたんだ。先生のお家は、養蚕家だった」
「カイコ……」
「カイコガの幼虫だね。白くてうねうねしてる。ほら、これだよ」

 先生のスマホの画面には白い虫。

「ヒッ! あ、ごめんなさいっ」
「はは。いやいや。先生も虫は苦手」
 
 私の悲鳴で、なぜか先生の肩から力が抜けたみたいに見える。いつもの優しい、池ちゃん先生だ。
 
「もう今は数えるほどしかない、貴重な産業なんだよ。だけど先生はね、本当に嫌で。なんでこんな気持ち悪いのを育ててるんだろうって思っていたんだ」
「私も、そう思っちゃいます」
「ふふ。先生はある日、先生のお父さんと大喧嘩してね。学校の先生になりたいって言ったら、家を継げって大反対されたから。それで自棄やけを起こして、猫神様の石像を壊してしまった。親は焦ったよね、祟りがあるかもって」

 ふーっと大きな息を吐きながら、先生は空を見上げる。

「そしたら、飼い猫の大黒が、いなくなったんだ」
「えっ」
『にゃあん』
「むぐ、そっか、だから大丈夫って言いに来たんだ!」

 それまで黙って話を聞いていたソウが、キラキラした目で私たちを見ている。

「橋本は、不思議だなあ。ありえないことなのに、大黒の名前を知っているんだから」
「だって、名乗ってくれたから」
「そっか。それで、大丈夫の他に、なんて言っているんだ?」

 私もそれが知りたくて、黒猫の顔を見つめたら、目を細められた。
 
「えーっとね。難しいな。ゆっくり喋ってよ? えー……『野良猫の自分を、拾ってくれてありがとう。猫神様も、野良猫を助けた人間だからと、許してくれている』んだって」

 それからソウは、大きく息を吸い込んだ。重要なセリフを言うぞ、と意気込んでいるのが、態度だけで伝わってくる。
 
「でね、『自分が猫又になって見守ってるから、安心してね』て。大黒が猫神様になったんだ! すげえ」
『にゃあん!』
「あ? えっ! 大黒って拾われた時、もう寿命切れちゃってたんだって。『サトルが優しいから、寿命より長く生きて、神様になれた』んだって。すごいんだな~猫って」

 ソウは感動しきった顔で、今度は私を見つめた。
 
「サトルって、池ちゃん先生の名前だよ」
「そっか」
「大黒、神様になったから、鳥居のあるところなら来れるかも! ってお願いしたんだって。ここの神様も、優しいんだな!」
 
 私はソウのその言葉を聞いて、急いでリュックサックの中に手を突っ込んだ。ガサゴソとまさぐって、すぐにハンカチを取り出す。まだ使っていない、洗い立てのもの。
 汚れていないか一応さっと表裏を確かめてから、先生に差し出す。
 
「先生、これ」

 先生は、少し躊躇って息を止めた後で、やっぱり耐え切れなかったのか――
 
「っ……大黒……」

 ハンカチを手に取った。
 俯いた先生の眼鏡のレンズに、水滴がいっぱい溜まっていた。
 
   ◇◇◇

「浜崎は、気にせずのびのびしていたらいいんだよ。先生の家は田舎だったから、不思議な話もいっぱいあった」

 遠足の帰り道、ワイワイ騒ぐ列の一番後ろで、私は先生の隣を歩いている。
 ソウはやっぱりヒナに捕まっていて――本当に、二の腕をがっしり掴まれている――こちらを振り向く余裕もない。どうやら、一緒にお弁当を食べようと言われていたのにこちらへ来たから、文句を言われているみたい。

「不思議な話?」
「神隠しとか、祟りとか、座敷童とかね」
「え、すご」

 動物霊が見えることなんか、たいしたことないって思ってしまうラインナップだ。
 
「ソウは、三年生の時だったかな? 動物の気持ちが分かる、飼育小屋のうさぎが暑くて死にそうだって言ってる、って騒いだことがあってね」
「え!」
「他の先生たちは聞き流していたけど、あまりにも具体的だったからさ。僕ぐらいは、信じていようかなって思った」

 隣を見上げると、池ちゃん先生が、ニコニコと笑っている。
 目の端と鼻の頭は赤いけれど、なんかスッキリした顔をしている。心のどこかで、ずっと大黒のことを心配していたのかもしれない。
 
「浜崎も、何か不思議な力があるんだろう? 前の学校の先生に、聞いたよ。それに、ずっと僕の膝のあたり、見ていたもんね」
「……はい」
「いろいろな大人がいるから、前の先生のことなんか、忘れちゃっていいよ」

 ニコニコが、ニヤ、に変わった。悪い顔をしている池ちゃん先生は、初めて見た。

「今は僕が、浜崎さんの先生だからね」
「っ、はい」

 今度は私が、先生のハンカチを貸してもらった。
 
 
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