静かな夜をさがして

左衛木りん

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第6章 会戦

神の煌(★)

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街道筋の丘陵地一帯は早朝から濃い霧に包まれていた。

その霧の中を黒衣と黒い鎧姿の人間と煌人、そして魔獣使いに御された魔獣たちがゆっくりと進んでいる。目的地である大森林はもう目と鼻の先だが、その足取りには警戒感が満ち、表情は不安げだ。進めば進むほど霧は両肩に迫ってくるようで、隊列は仲間を見失ってはぐれぬように自然と固まっていった。

やがて正面の霧の奥に何かの影が見え、馬に跨がった一団が姿を現した。俄と瞬の率いる騎馬隊である。

黒い軍団は行進をぴたりと止めた。

武装した優雅な騎馬隊は黒い軍団に静々と近づくと、その先鋒隊に対して互いの声が十分に届くほどの距離を置いたところで停止した。

俄が太く堂々たる声で誰何した。

「許可なく街道の往来を妨げ原礎の本拠地に攻め入ろうとするのは誰だ?」

すると先頭の露払いの者が答えた。

「我々の栄光への道の邪魔をするおまえらこそ誰だ?」

「小者に用はない」

俄と馬を並べた瞬がぴしゃりと跳ねつけた。

かしらを出せ!」

その麗しい顔に燃える瞋恚に先頭の者たちがすくみ上がっていると、黒い馬に乗った武者が彼らを押しのけて前に出てきた。斜に構えた不遜な態度で、ふんと鼻を鳴らす。

「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀だろう」

眉を吊り上げ反発しようとした瞬を制し、俄は顔色も変えずに答えた。

「私は大森林の総大将で十二礎主のひとり、珠鉄・レンウィック・俄だ」

「俺は黒将軍。黄泉様の代理人にして総大将だ。人間としての名は…まあ、別にいいだろう」

下品な低い笑いが方々から上がる。俄の忍耐と礼節を足蹴にするようなあしらい方に、さしもの俄も目つきが険しくなる。

「此度の進軍の目的をお聞かせ願おうか」

「我々のもとを逃げ出してそちらが手なずけた我々の飼い犬を、その牙ごと返していただきたい。詫びの印に極上の逸品を添えて」

黒将軍の顔から笑みが消え、凶悪な光がその眼に宿る。

「静夜と迦楼羅、そして天地神煌の宿主をよこせ。そうすれば大森林への侵攻は見合わせてもいい」

「断る。二人とも我々の大切な同胞であり、迦楼羅も今は我々の管理下にある。そちらこそ諦めて引き返せば我々も事を荒立てはしない」

今ぶつかるか、しばし先送りにするかーー後者の可能性はどちらも考えになかったが、いずれにしろ一歩も譲らないという息も詰まるような沈黙を経て、黒将軍は唇の両端を不敵な形に歪めた。

「…それは大変残念だ…」

その言葉を合図に、空気ががらりと入れ替わる。

黒衣の兵士たちが次々と火天の柄を握り、俄の騎兵が角笛を高らかに吹き鳴らした。その音が白い幻霧をつんざき丘陵地帯をどよもして響き渡ると、辺り一面の霧は風にさらわれるようにたちまち吹き散らされ、その向こうに待ち構えていた大軍勢の影を次第にはっきりと際立たせた。

「なっ…何だ!?」

黒い軍団に動揺が走ったときにはもう遅い。彼らはすでに囲まれていた。前後左右、どの方角を見ても美しい原礎の軍隊がぐるりと取り巻いている。慌てた魔獣使いが怪鳥の群れを空に放ったが、すぐさま銀の矢が飛来してことごとく地面に射落とされた。

「とっくに網の中というわけか!」

黒将軍が叫び、一斉に火天が抜かれると同時に原礎の軍勢も各々の攻撃の態勢を取る。今こそと俄は抜き身のアイグネアを晴れ渡る空に高々と掲げた。

「戦端は開かれた!我が同胞たちよ、星と善良なる人間のために戦え!礎の怒りと情けを今ここに示せ!」

原礎の軍勢は俄の号令一下、闘志を鼓舞する鬨の声を上げて攻勢に打って出た。白いフードに顔を隠し迦楼羅を背負った静夜もレーヴンホルトを抜き放ち、先陣を切って暁良たちを導いた。黒い軍団も負けじと応戦してここに両軍がぶつかり合い、ついに戦いの火蓋が切って落とされた。

その光景を玻璃の尖塔の頂上に空けられた物見のための岩穴から見守っていた久遠は思わず息を呑んだ。

「とうとう始まった…!」

背後にいる者たちも同じく驚嘆の声を漏らしたり身を乗り出したりして戦況を見つめている。霧の幻術や封結界に長けた雲居の術師たち、久遠を補佐するために選抜された一団だ。しかし、その面々の中に姉の顔はない。

永遠は結局姿を見せず、今どこにいるかもわかっていなかった。

久遠はだんだん不安と焦りを募らせていた。

(何してるんだよ、姉さん…!煌気の聴覚にも反応しないし、誰も伝言すら聞いてないって言うし…もし僕ひとりの手に負えなくなったら、いったい…)

そこで久遠ははっとした。今度の作戦は自分ができると言って始めたものだ。その前提のもとで皆が、何より愛する静夜が命の危険に身をさらして戦っている。姉がいないからできないかもしれないなどというのは言い訳にすらならない。引き受けたことは責任を持って最後までーー久遠はいつかのあの日心に芽生えた小さな勇気を思い出し、冷静な己に立ち返った。

(大丈夫、僕はひとりでもちゃんとできる…でも、まだ…もう少し包囲を狭めないと…!頼む、頑張ってくれ静夜…みんな…!)

眼下の丘陵地での原礎と人間、そして煌人と魔獣の入り乱れる戦いは早くも熾烈を極めていた。二つの大隊の最前列の猛者たちは火天を持つ人間と煌人に手を焼き犠牲を出しながらもより多くを討ち取り、後列の隊は遁走を許さぬよう包囲を固めながら天地神煌の発動を待っている。

「火天に気をつけろ!煌人は殺すな!」

「囲い込め!大森林には一歩も近づけるな!」

俄は馬を駆りながら当たるを幸い魔獣を斬り捨て、瞬は俄を援護しつつ向かってくる煌人に碧縄を投げている。二人は傷ひとつ、装いには泥染みひとつなく、その動き方と戦い方は洗練されて華麗だ。その二人をさらに第一大隊の十二礎の戦士と術師たちが守るように囲みながら持てる力を揮って戦っている。

「…はっ!」

ヴィエルジュが十字に閃き、傭兵がばたりと倒れ伏す。黒鳥兵団の一個小隊を率いる曜は向かうところ敵なしの強さを披露していた。

「見たか、日頃の鍛練の成果を!もっとも私の真の目標はおまえたちのような雑魚ではないからな!」

と、息巻くその背後に忍び寄る影が。

「!」

ヒュンッ!…ザンッ!

曜が振り向きざま一撃を加えようとすると、氷槍に背中から貫かれた兵士はその場に崩れ落ちた。

「自分に酔ってボーッとしてちゃ駄目だよ。気をつけて」

「い、言われなくてもわかってる!…おまえこそな、界」

界はフンと軽く鼻を鳴らすとちょこまかと駆けていった。

麗は内股になってぶるぶる震えながら巨大な魔狼と相対していた。

「グルアアアアッ!!」

「いやああ!!こ、来ないでぇぇ!!」

ガシッ!ゴキッ!!…ブンッ!!

「うわああああっ!!」

たまたまそこにいた黒衣の人間たちは突然投げつけられた魔狼の巨体をもろに受けて吹っ飛ばされ、ぴくりとも動かなくなる。魔狼は首を折られてすでに息絶えていた。

「ああ、怖かったぁ…ううん、怖がっちゃダメよあたし!みんな一生懸命戦ってるんだから!…せいっ!」

自分で自分を奮い立たせて魔獣と取っ組み合う麗を微笑みとともに横目にして疾風の如く馳せる謎の戦士がいた。彼はフードに顔を隠し、細身の長剣を操っていた。白衣の裾をはためかせ、襲いかかる煌人の脇の下をかいくぐり、人間も魔獣も一閃のもとに次々と斬り伏せていく。謎の白い戦士に遭遇した敵兵は、彼が背負う奇妙な大剣に気づくと一瞬はっと目を奪われたが、確かめようとしたときにはそこには誰もいなかった。

味方が優勢で戦況が計画どおりに運んでいるのを見た久遠はついにそのときが来たと判断し、雲居の術師たちに言った。

「雲居の先輩方、もうすぐ天地神煌を使います。封結界の準備をお願いします」

「わかった」

返事を受けて久遠は天地神煌の発動の準備に入った。

自軍が劣勢のままどんどん包囲を狭められていく様を輪の中央に守られて見ていた黒将軍は、原礎たちの想像以上の激しい抵抗に地団駄を踏んで悔しがっていた。だが彼にはいざというときのための隠し玉があった。

「おい!を連れてこい!」

命じられた煌人たちはのっそりと動き、前線の兵士と同じ黒衣を頭から爪先まですっぽりと被った人々を引っ張ってきて前面にずらりと押し出した。ざっと見て四、五十人はいる。

「何だ…?」

「補充の兵だろう?」

しかしその者たちは完全に丸腰で、しかも身体がすくんだり細かく震えたりしているように見える。原礎たちは強く訝しみ、身構えて次の出方を伺う。もちろん礎主たちと静夜たち、久遠も警戒して注視している。黒将軍はにやりといやらしい笑みを浮かべ、上げた腕を振り下ろした。煌人のいかつい手でその者たちの黒衣が剥ぎ取られた。

その下から現れたのは、ぼろをまとい衰弱しきった原礎たちだった。

『!!!!』

大森林の軍勢は震撼し、驚きと混乱に見舞われた。とりわけ珠鉄、石動、土門の兵士は自分の肉親や友人、夫や妻をその中に見つけて金切り声を上げた。皆、星養いの旅の途中で煌狩りにさらわれ、黄泉の工房や作業場で酷使された挙句、生身の盾にするために連行されてきていたのだ。静夜と暁良たちはフードの陰で歯を食いしばり、黒将軍を睨みつけている。

「罠にはめたつもりか?だがこれで手も足も出まい!ははははははっ!!」

有頂天になり大笑する黒将軍に、俄は怒りを露わにした。

「弱って戦えぬ者を戦場に連れてきて盾にするとは…なんと卑劣な…!!」

これを契機に黒い軍団は形勢逆転とばかりに反転攻勢に出た。原礎の軍勢は人質を前に戦意を挫かれて手が出せず、逆に押し戻され始めた。

雲居の術師が久遠に尋ねた。

「久遠、このままでは我が軍が不利だ。どうする?」

表情を固く詰めて熟考していた久遠は煌気の聴覚を開いて静夜に呼びかけた。

「静夜、聴こえてる?」

「ああ、聴こえる」

敵陣に斬り込む機会を探っていた静夜はフードの耳許に手をやって応えた。

『作戦変更だ。僕は吸い上げた煌気を弱った同胞たちに分配して回復させる。その代わり先におまえに、迦楼羅に溜めた天地神煌を火天にぶち込んで破壊してもらいたいんだけど、できる?』

「もちろん。君が欲しいと言うなら、いくらでも喜んで」

久遠の声が聴こえていない暁良は静夜が発した言葉にぎょっとした。

「ありがと。頼む!」

静夜との会話を切った久遠は雲居の術師たちに言った。

「今言ったとおりです。静夜が火天を破壊したら僕は天地神煌を使いますが、回復した同胞たちも保護しなきゃいけなくなったので、予定外ですが超極大の封結界をお願いします」

「承知した」

「やりましょう。雲居の名にかけて」

久遠と術師たちは決意を込めてうなずき合った。

戦場の静夜はレーヴンホルトを戻すと暁良たちを呼び集めた。

「予定が変わり、俺が迦楼羅で火天を破壊することになった。ついてはもう少し戦場の中央付近まで出ていきたい。護衛を頼めるか?」

破壊の精度を高めるには対象が分布する範囲のより中心近くで発動するのが望ましいのだ。瞬時にそれを理解した暁良たちは大きくうなずいた。

「もちろんです!」

「静夜さんが行くとこなら、どこにでもご一緒しますよ」

「ありがとう。頼む。…では、行くぞ!」

合図とともに暁良と数人が先頭を切り、静夜と他の者が続く。静夜が走りながらフードを後ろにさっと払うと、束ねた黒髪の長い房がこぼれ落ちて風に流れた。

「悲しむのはまだ早い!彼らは久遠が必ず救う。そのためにも今は包囲の手を緩めるな!」

悲嘆に暮れて防戦一方になる同胞たちを勇気づけながら、立ち塞がる敵を薙ぎ倒して戦場を突き進む。けして悲観することなく希望をつなぎ続けようとする静夜の姿を見た原礎たちは、表情を少しずつ明るくして再び顔を上げ、敵に立ち向かっていった。

「これから迦楼羅を使う。五呼吸分だけ防いでくれ」

「わかりました。静夜さんをお守りしろ!」

『はい!!』

目標地点に到達した暁良たちは三重の円形の布陣になり、静夜の周りに壁を作る。

静夜は背中の迦楼羅の柄をしっかりと握った。彼の掌に包まれると鞘の中の剣身はたちどころに覚醒し、わずかに引き抜き始めたときにはすでに七色に爆ぜる天地神煌の光輝を帯びている。生まれ落ちると同時に彼に深い業を背負わせた迦楼羅は今、彼にとって最も忠実で強力な相棒となっていた。彼が望み、命じれば、為せぬ技などないのである。

ましてそこに宿る力が、久遠から分け与えられた天地神煌という究極の煌であれば。

陽光の中に迦楼羅を抜き放ち、水平に構えて目を閉じ、この戦場の端々まで届けと祈りを注ぐ。そして、あの日、永遠が命じたのと同じように静夜は叫んだ。

「砕け散れ!!!!」

迦楼羅から七色にきらめく金色の渦が巻き起こり、波紋状の嵐と化して平原を荒れ狂った。解放された天地神煌は火天に絡みつくように凝集してそれらを普く破壊し尽くし、耳の割れるような激しい破砕音で大気と大地を震動させた。

黒将軍や黒衣の兵士たちが突然火天が手の中から消え失せたことにあんぐりとし、静夜が火天を破壊するとは予想していなかった原礎たちが度肝を抜かれた次の瞬間だった。

玻璃の尖塔でそれを確認した久遠は組み合わせた両手をそっと胸の上に置いた。

「ギル…それにさらわれた同胞や人間のみんな…今まで助けてあげられなくてごめん。でも、今苦しんでる人たちは僕が絶対に助けるから…見ていて…!!」

思いが高まるにつれ、天地神煌の煌源のあるその胸が輝きを放ち始める。宿主が狙いを定めた煌源や煌気を支配下に置く力が発動した証だ。それは今眼下の戦場に散らばった三百あまりの煌人を捉えていた。

「その力は本来君たちが持つべきものじゃない。奪われた者たちへ、その煌気、返してもらう!!」

玻璃の尖塔の頂が太陽よりもまぶしく輝いた。と、皆がその方を振り向いたのとほとんど同時に煌人たちの全身から金色の煌が頭上に噴き上がり、それが戦場の辺り一面で一度に発生したため、あたかも地から天へと逆向きに落ちる巨大かつ長大な瀑布が出現したかのようだった。強制的に吸い上げられる煌の中で煌人たちの筋骨隆々としていた肉体はみるみるうちにひ弱な人間の姿に戻っていき、取り除かれた煌気は呆気に取られ不安がる捕虜の原礎たちに恵みの雨のように降り注いで彼らを癒した。

「ありがとう…ありがとう…!!」

「すごい…あれが、天地神煌…!」

捕虜たちだけでなく兵士たちからも歓声が上がった。一方瞬と俄は驚愕に胸を打たれてその光景を見つめていた。

「久遠…とっさに戦術を変えてこんな離れ業を…」

「未熟ゆえに自由で、型にはまらない柔軟な力の使い方ができるのか…久遠は遅咲きの天才肌なのかもしれんな…」

そこへ間髪入れず雲居の術師たちが超極大の封結界を展開させ、煌人から戻った人間たちと捕虜だった丸腰の原礎たち、そして負傷した兵士たちまでをも中に閉じ込めて浮上させ、十分な高度まで隔離した。これで原礎たちを悩まし攻撃を手控えさせる因子は消えたのだった。

「火天は破壊され、傷ついた者たちは安全な場所に移された。さあ、同胞たち!今こそその真の力を発揮せよ!」

俄の激励と号令に奮起した原礎たちは、火天と煌人と捕虜を一遍に失った大打撃に慌てふためく人間たちに怒濤のように襲いかかった。人間たちは予備の剣を抜いて迎え撃ったが、希望と勇気に勢いづいた原礎たちの猛攻はとどまることを知らない。かくして戦況は再び一気に逆転した。

瞬と氷雨の礎主は縦横無尽に馬を走らせ攻撃しながら兵士たちの戦意を高揚させた。

「向かってくる者は容赦なく討ち取れ!躊躇うな!」

「南の方角は防備を固めろ!逃げる者には北へ道を開けろ!深追いはするな!」

(父さん、母さん…二人が命をかけて守ろうとしたこの剣を俺がこんなふうに使うことを、二人は許してくれないかもしれない…でも、どうかわかってください…俺は今、俺を助けてくれた大切な人たちを守りたいのです…)

迦楼羅を抜いた静夜の前にもはや敵はいなかった。彼はこの戦いに自身の力量と経験を活かせることに運命めいたものを感じていた。天地神煌に満たされた迦楼羅は主の手の中で黒い咆哮を上げ、待ち焦がれたように嬉々として相手の首をかき裂き、心臓を食い破った。しかし彼は返り血をほとんど浴びず、衣は真っ白のままだった。動きがあまりに俊敏で血しぶきの方が間に合わないからだ。

「か…迦楼羅だ!」

「静夜だ!」

「煌喰いの悪魔!叛逆者が現れたぞ!」

「生け捕りにしろ!特級の手柄だぞ!!」

静夜に気づいた人間たちは色めき立ち、数にものを言わせて殺到した。しかしこのときとばかりに静夜は戦場に舞い降りた剣神の如く凄まじい気迫と華麗な絶技で雪崩を打って押し寄せる黒衣の軍団を単身圧倒した。

「つ…強い…!」

断末魔のつぶやきを漏らすことができた者は稀で、黒い剣と白い衣の駆け抜けた跡には黒衣の人間と魔獣の屍が無言のまま累々と積み重なった。

獅子奮迅の快進撃で戦場の真ん中に躍り出た俄は黒将軍に肉薄し、ついにここに総大将同士が相見えた。

「静夜と迦楼羅と天地神煌の宿主をよこせ!そいつらさえ手に入れば俺は人間だけの新しい組織を作り上げ、黄泉に取って代われるのだ!」

「断る。おまえの罪深く欲にまみれた野望は今日ここで潰えるのだ。…あの首領の明夜と同じように」

「吹けば飛ぶような短い命を生きる間にひとときの幸福に浴したいと思うことの何が罪なのだ!!」

「誰かの苦痛や犠牲の上に成り立つ幸福など我々は断じて認めん!!」

火天を失いやぶれかぶれになった黒将軍は予備の粗悪な剣を振りかざして俄に向かっていったが、虐げられた珠鉄の憤怒の前になす術もなく討ち取られた。

「黒将軍は討ち死にした!我々大森林の勝利である!これ以上の戦いはもはや無意味!人間たちは武器を捨て投降せよ!」

人間たちの間に動揺と焦りが走った。瞬と氷雨の礎主が馬上から叫びながら触れ回る姿が視界に入ると、静夜はまだしつこく斬りかかってくる者を弾き返しながらも攻撃の手を止めた。暁良が、曜が、界が、そして麗がはっと顔を上げ、玻璃の尖塔の久遠も思わず目を凝らした。勝利を確信した原礎たちは威勢良く誇らしげに勝ち鬨を上げた。

しかしそのとき新たな別の陰謀がその仮面を剥いだ。

「ふん…やはり使い物にはならなかったな」

騒然とする戦場にいた黒衣のひとりの兵士が手にしていた長剣を投げ捨て、助走なしに猛然と走り出した。風に吹き払われた黒い頭巾の下から銀髪と青白い肌と真紅の瞳が露出した。予期せぬ遭遇の恐怖にとっさに道を開ける原礎を逃げ惑う人間もろともさらに追い立てるように紅旋で進路を薙ぎ払いながら黄泉は疾走した。ーーそう、黒将軍の側近に身をやつして出陣してきていたのは黄泉本人だったのだ。

「よ、黄泉だ!!」

「早く!雹陣と青嵐を…!うわああああっ!!」

破壊的な威力の紅旋の熱風に巻かれて原礎たちは次々と斃れていく。

「静夜、久遠!!見ているだろう、この光景を!!これ以上仲間の屍を増やしたくなければ私の前に姿を見せるがいい!!」

黄泉の不敵な挑発に、それぞれ離れた場所にいる久遠と静夜はそこから駆けつけようとしたが、既の所で仲間に力ずくで止められた。二人と迦楼羅を奪われれば真鍮の砦と同じ轍では済まされず、それこそ一巻の終わりだからだ。

「…しかたがないな」

二人の反応がないと判断すると黄泉は次の手段に出た。

赤索をシュルシュルと伸ばし、虫の息で地面に這いつくばった原礎たちを数人縛り上げて見世物よろしく宙に高く持ち上げる。久遠と静夜は何が行われるのかを即座に悟ってゾッとした。

反撃すべく急行してきた俄と瞬と氷雨の礎主たち騎兵隊も立ち止まる。原礎も人間も、敵も味方も無関係に、戦場に立つ者全員がそこに注目した。

「私にここまでさせる気か?」

黄泉の空いた手に、実体のない炎の剣、煉牙れんがが出現する。吊るされた数人のうちひとりがかろうじて目を開け、燃え盛る炎の剣を見て顎をガクガク震わせた。

「やめろ、黄泉!!」

制止する仲間の腕の中で久遠と静夜は激しくもがいた。黄泉はことさらゆっくりとした動作で煉牙を構え、人質の首の高さに持っていった。そしてニヤリと笑んだ直後、数個の首をひと息に斬り落とした。血しぶきと頭が飛び、悲鳴と絶叫が平原に谺した。

久遠の心に張り詰めていた弦がぶつりと切れ、彼は自制心を喪失した。エメラルドのその瞳に煌気の焔がカッと燃え上がった。

「…黄泉…貴様ああああーーっ!!!!」

静夜が仲間を跳ね飛ばそうとした瞬間、雲居の術師たちを押しのけた久遠が玻璃の尖塔から金色の焔をまとった小柄な身体ひとつで飛翔した。地上にいた者たちはその常人ならざる姿と動きに仰天してどよめいた。彼らの知る浮葉の術や他の礎の族が使う飛翔術とは次元の異なる飛び方なのだ。黄泉は得たりとほくそ笑み、人質の首のない屍をもう用はないとばかりに投げ捨てて赤索を引っ込める。

「現れたな…天地神煌の宿主!」

迎え撃つべく逆巻く炎を両足に燃やして飛び上がった黄泉のもとに久遠が煌に包まれたまま一直線に飛来し、両者はそのまま一騎打ちに突入した。金色の煌と緋色の煌が鬼気迫る闘気を放って空中で激しくぶつかり合う様を、地上に残された戦士たちはただ呆然と見守った。皆、この二人の決着が即ちこの合戦の決着になると直感しているのだ。

「まずはおまえからだ!!」

黄泉は赤索を飛ばしたが、久遠が投げた煌の鞭に絡め取られ瞬時に灼き尽くされる。碧縄とは異なり蔓や草葉などの実体を用いない、いわば“煌器”とも呼べる武器だ。極限まで高まった集中の中で瞬時に煌気を練成しながら獲物を猛追するはやぶさのように急降下して黄泉の間合いに飛び込んだ。

「黄泉、おまえはあまりにも殺しすぎた…どんな謝罪も償いも、もう受け入れることはできない!!」

物質ではない煌剣と煉牙が煌を撒き散らして噛み合い、互いに弾き合ってまた離れる。身を翻し宙を舞う久遠の手の中の煌剣は無意識のうちに彼の背丈ほどもある巨大な弓に変形している。

「目的のために殺すなら静夜とて同じだぞ!あいつの手はとうに血まみれ…おまえの仲間とやらの血でな!」

「静夜は軽々しく命を取ったりもてあそんだりしない!!静夜が戦うのは大切なものを守るためだ!!おまえには愛が…誰かのために自分を捧げようとする優しい心がこれっぽっちもないんだよ!!」

煌の矢が放たれ、外れるのを確かめることなくすぐさま再び煌剣に変えて輝く尾を引く流星のように久遠は宙を疾る。黄泉も彼に引けを取らない熟練の技と忌まわしい炎の力で渡り合い、赤索で捕らえる隙を待っている。

「騙して支配して、奪い取って殺して…それで得たものをいったい誰と喜び合うつもりなんだ!?」

「久遠…」

静夜は頭上で繰り広げられる人智を超えた死闘に言葉を失っていたが、それ以上じっとしていられなくなり迦楼羅を握ったまま走り出そうとしたが、その彼を曜が押さえて止めた。

「おまえは近づくな!赤索で一網打尽にされるぞ!…それにおまえが加勢しなくても、今の久遠ならこのまま黄泉を倒せるかも…」

「…でも…」

久遠を見つめる静夜のまなざしに不安が浮かぶ。不可解なことに気づいたからだ。

(くそっ…!なんで…!)

煌器を駆使して競り合いながら次第に理性的思考を取り戻しつつある久遠も、同時に疑問と焦燥に苛まれ始めていた。先ほどから何度も黄泉の煌源を掌握しようとしているのに、どうしてもできないのだ。煌人の浄化のときに標的として想定しなかったから気づかずにまんまとすり抜けたのかと最初は思ったが、どうも様子がおかしい。

もしや、天地神煌の浄化作用を黄泉の炎叢の煌源はそもそも受けつけないのかもしれないーー!!

(久遠…なぜ天地神煌による浄化を試みないんだ…)

久遠の心中をまだ知らない静夜の背後に、いくつかの影が忍び寄ろうとしていた。
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都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
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国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

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