人違いなので離してください。

フジミサヤ

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【番外編1】

「あと一回」※

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※攻視点です。【弐】と【参】の間の話です。全編R18。










「……あと一回いいか?」


 腕の中で意識を失い眠る男に小さな声で呼びかけると、僅かに身動ぎした。閉じられていた瞼が薄く開き、ぼんやりとした蒼色の瞳が覗く。その美しい目元を指でなぞるとくすぐったそうに顔を逸らされた。

 そのまま頬を掌で包み込むように撫でると、猫のように擦り寄ってくる。思わず笑みを零しながら額に口づけを落とすと、彼は心地良さげに目を閉じた。



「……どこまでが、一回?お前、……ずっと、……中にいるし」

 目を閉じたまま、彼は掠れた声で小さく文句を言うが、それは照れ隠しだと分かっている。



「すまない。まだ繋がっていたい……嫌だったか?」
「……嫌、じゃないけど」

 素直に詫びると、彼は恥ずかしそうに目を伏せたまま首を振った。俺は彼の唇に軽く口づけを落とすと、彼の身体を抱き寄せながら、再びゆっくりと腰を動かし始めた。彼は小さく吐息を漏らすが抵抗はしない。彼の中は熱く潤んでいて柔らかく俺を包み込んでくれていた。その感触に再び熱が集まっていく。俺は彼の腰を抱え直し、より深く繋がろうと彼の身体を持ち上げた。

「あぁっ……」

 彼は小さく悲鳴を上げて、俺の背にしがみついた。その仕草が愛しくて、思わず口元が緩む。そのまま彼を膝の上に座らせるようにすると、自重で繋がりが深くなるのを感じたのか彼は切なげに眉を寄せて悶えた。

「や……深、い……」
「痛いか?」
「……違、……けど……怖い……」

 彼は涙で潤んだ瞳で俺を見つめてきた。いつも気丈だった彼がこんな風に甘える仕草を見せるのは珍しい。俺は胸が締め付けられるような心地になり、思わず彼の身体を抱き締めていた。

「大丈夫だ、怖くない。……離れないようしがみついていろ」
「ん……」

 彼は素直に頷くと、俺の背に回していた腕に力を入れ、肩口に顔を埋めた。反応がいじらしい。
 俺がゆっくりと下から突き上げ始めると、彼は甘く啼きながら俺の耳元で吐息混じりの声を漏らす。その声はひどく艶めいていて、俺を興奮させるには充分だった。

「あぁっ……んぁっ……」
「気持ちいいか?」
「んっ……いい……気持ちいいっ……」

 彼は素直に答えて俺に縋り付いてくる。その反応に煽られ、俺は彼の腰を抱え直して激しく突き上げた。彼は悲鳴のような声を上げて身動ぎするが、俺は構わずに彼の奥深くを穿った。

「んっ……あぁああっ」

 彼は一際高く啼くと、身体を震わせて精を吐き出した。同時に俺を強く締め付ける。その刺激で俺も彼の中で果てた。彼の中に全て注ぎ込むように何度か腰を揺する。その度彼が小さく喘ぎを漏らした。その吐息すら逃すのが惜しくなり、俺は彼を抱き寄せ唇を重ねた。彼は苦しげな息を漏らしながらも、目を閉じたまま懸命に応えてくれる。

 


「ルシア」

 口付けの合間に、思わず彼の名を呼んだ。彼はゆっくりと瞼を開いた。その蒼い瞳の中に俺の姿が映り込む。俺は彼の頬に手を添えて優しく撫で上げた。彼は目を細めてそれを享受していたが、やがて俺の手に自分の手を重ねて微笑んだ。






「……ジラルド」  


 彼は掠れた、しかし柔らかな声で俺の名を呼んだ。もう二度と聞くことはないと思っていた懐かしい声が俺の耳朶を打つ。

 俺は堪らずに彼の身体を強く抱き締めると、その唇に噛み付くように口づけた。彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに目を閉じて俺の舌を受け入れ、自ら舌を絡ませてきた。

 俺は夢中で彼の口内を貪った。息継ぎの為に時折唇を離すが、またすぐに彼を求めてしまう。彼は少し苦しげに眉根を寄せていたが、それでもなお俺を受け入れてくれた。彼は俺の首に腕を回して抱きついてくる。お互いの呼吸が混ざり合うほど密着すると、それだけで頭が真っ白になるような快感を覚えた。

 もっと深く繋がりたい。ひとつになりたい。そんな衝動に駆られ、俺は彼の身体を強く抱き締めた。



「ジラルド、……苦しい」

 彼は俺の背中を軽く叩いて抗議してきたが、それでも腕の力を弱めることはできなかった。離したくない。このままずっとこうしていたい。



 




 あの日、ルシアが行方不明だと聞かされた時、俺の世界は色を失った。
 「一緒に逃げてくれ」と弱音を吐かれたとき、自分がどんなに嬉しかったか、彼はきっと知らないだろう。




 やっと捕まえたのだ。もう二度と離したくない。



「すまない。もう少し、このままでいてくれ」
 
 俺は懇願するように彼の耳に囁いた。彼は少し笑うと、黙って俺の身体を抱きしめ返してきた。 
  

「……いいよ、お前の腕の中なら、……いつまででも……」

 彼は優しい声で囁くと、俺の肩に顔をすり寄せて、寝息をたて始めた。やたら素直だと思ったら寝惚けてたのか。

 俺は小さく笑いを漏らす。
 彼の身体を抱き寄せたまま、再び緩やかに腰を動かすと、腕の中の彼は無意識なのか俺にしがみついてきた。その仕草が愛おしくて堪らない。






 『人違い』でないことは、再会した瞬間から分かっていた。

 外見だけじゃない。彼は他人のフリをしようとしていたが、俺を見つめる瞳も、仕草も、口調も、声も、俺のよく知る、愛しい『ルシア』と寸分違わなかった。


 それでも彼が新しい人生を歩みたくて、違う名前で呼んで欲しいのなら、俺はそれを受け入れるつもりでいた。


 何か事情があって身体を売っているのかと愕然としたが、彼に導かれるまま触れてみれば、彼が慣れておらず強がっていただけだとすぐに分かった。
 震える身体で、それでも俺を誘い、俺を受け入れてくれたのは、彼自身の意思だ。それが分かるから、もう二度とこの愛しい存在を離すことができなくなった。


 俺は彼の身体を掻き抱くと、その最奥へと再び熱を放った。彼は一瞬身体を強ばらせたが、すぐに弛緩し俺の腕の中へ身を預けてくる。その重みすら愛しかった。



「……ルシア、愛してる」

 俺は彼の額に、瞼に、頬に、口付けながら囁いた。彼は少しくすぐったそうに身動ぎした後、俺の腰にゆっくりと両脚を絡めてきた。まるで離れたくないと訴えているようで、胸が熱くなる。


「……ジラルド」

 寝惚けているせいか、幼さを感じる口調で彼は俺の名を呼んだ。無意識なのか意識的なのかは分からなかったが、その声音は甘く俺の鼓膜を震わせた。





 彼は、俺の名を尋ねなかった。
 俺も、彼に名を告げなかった。


 それなのに、彼が俺の名を呼ぶことが出来るのは、彼が俺の名を最初から知っていたということだ。




「……あと一回いいか?」

 耳元で囁くが、彼は目を閉じたまま答えてくれない。穏やかな寝息が返ってくるだけだ。

 俺は腕の中にいる愛しい存在を抱き寄せたまま口付けると、再びゆっくりと腰を動かし始めた。





‐‐‐‐‐‐‐
あと1話、本編後の番外編投稿予定です。
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