婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第一章

02 王子様の愛する人2

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 ……失敗した。
 これは非常に不味い。やらかしてしまった。何故自分はいつも上手く立ち回れないのか。寄宿舎の自室に戻ってきたノア・オルコットは、頭を抱えて自らの行動を心底後悔し、反省していた。

 自分は今日、あの男に謝罪をするだけの目的でわざわざ学園に立ち寄ったのに。しかし蓋を開けてみればこれだ。『第二王子サミュエル』を名乗る男の不埒な言動を見過ごせなかった。彼が『サミュエル』の名をわざと貶めているようで我慢ならなかったのだ。だがしかし、だからといって自分の行動は褒められたものではない。公衆の面前で『第二王子』に対して批判的な態度を取ってしまうなんてどうかしている。
 いやそもそも自分との婚約などという虚言を持ち出すあの男が悪いんじゃないか。だが、それも恐らくノアの立場を慮った結果の措置なのだろうと思えば、自分の言動は相手に対する配慮を欠いている。ノアは深い溜息をついた。 

「ノア様、顔色が悪いですが大丈夫ですか? 」

 先ほどの一部始終をみていた雇われ執事モドキのシモンが笑いを噛み殺し震えながら聞いてきた。こいつ絶対楽しんでいるだろう。

 執事といってもシモンは学生の身分だ。公爵家がこの男の稀有な才能に注目して給与を支払いながら見習い扱いで働かせているのであって、完全有機栽培な専属執事でもなんでもない。ただの金欠な学生である。
 濃紺の髪にターコイズブルーの瞳を持つ年齢不詳の美青年だが、性格は非常に腹黒い。普段は美形好きの姉カロリーナにこき使われているが、今日はノアの復学の日なので側仕えのようにノアに従ってくれている。恐らくノアの父親である公爵に見張りを指示されたのであろう。

「問題ない」

 ぶっきらぼうに答えると、シモンは含み笑いしながらも素直に引き下がった。

「勇気を出して貴方に決闘を申し込んだルカさんは、ノア様に断られて今にも泣きそうな顔をしていましたよ。可哀想に」

 シモンが面白がって付け加えた発言に、ノアは盛大に顔を顰めた。

「大勢の観衆が見ている前で、無様に負ける俺を晒し者にしたいだけだろう」

 苛立たしげに呟けば、シモンは片眉を上げた。

「おや?ルカさんじゃなく、ノア様が負ける想定なのですか?魔術戦で?」

「先程もそう言っただろう。実力差があり過ぎる。ルカ・クラルヴァインの方が魔術師としては格上だ。奴は魔力制御が下手くそで要領が悪いから卑怯な手を使えば簡単に勝てるが、正々堂々と戦えば俺に勝ち目はない」

 ノアは自室の荷物を整理しながら、淡々と答えた。シモンは「なるほど」と小さく頷きながらも楽しげに目を細める。

「ノア様はご自身がどう見られているか分かっておらず、言葉が足りないようですね。先程のルカさんに対する貴方の言い方では、ルカさんを格下として相手にせず、侮って見下しているようにしか聞こえませんでしたよ」

「……何だと」

「周囲も彼自身もそう捉えていましたよ?ルカさんもさぞ傷ついたことでしょう」

 ノアは制服を脱ぎながら無言になった。どうやらまたもやらかしてしまっていたようだ。自分では全く意図していないのだが、口下手なのか他人とのコミュニケーションが壊滅的に苦手なのだ。シモンに言われた通りだとしたら確かに失言だ。弁明をすべきか?しかし今更そんなことをしても言い訳じみて聞こえるのではないだろうか。

「それでも、貴方は『卑怯な手』とやらを使えば、魔術戦でもルカさんに勝てる自信があるんですよね?」
「当たり前だ」

 シモンの問いかけに、ノアは下着姿のまま即答する。そこには一切の迷いがない。事前に用意周到に罠を張り巡らせればいくらでもやりようはある。あの単純バカ相手なら負ける気がしない。

「それを何故実行しないんですか?決闘を受けても勝てるんでしょ?」
「……卑怯な手を使って勝って何になる。そんな不名誉な称号が欲しいか?」

 ノアの問いに対しシモンは肩を竦める。そして呆れたように小さく息を吐いた。
 他人に厳しく潔癖すぎるノアの性質は、周囲との軋轢を生む。それ以上に自分に厳しく努力も怠らないとしてもだ。まったくこのお坊っちゃんはどうしてこう不器用なのか。魔術の腕も学力も人並外れているというのに。何故こうもプライドばかり高くて馬鹿真面目で素直じゃないのか。このままでは生きづらいだろうに。

「はぁ……。やはりノア様は生意気で面倒臭い方ですね」
「うるさい」

 ノアは不快そうに顔を顰めるが、特に反論はなかった。その辺はノア自身も自覚があるのかもしれない。

「……じゃあ、俺はもう行くから。先程の食堂での茶番劇を聞き付けた姉が、怒り狂いながら突撃してくるかもしれんが、適当に撒いて逃げてくれ」
「了解しました。……ところでノア様」
「何だ」
「その恰好は一体どうしたのです?」
「……やはりおかしいか?」
「いえ、非常によくお似合いですけど」

 ノアが身に付けているのは、女性物のシンプルなワンピースだった。胸元は詰襟になっているため体型が目立ちにくいデザインだが、腰回りのラインはくっきりと出ており、彼自身が華奢な身体つきであることがわかる。そして膝下までの丈は短すぎず長すぎずという絶妙な長さを保っていた。全体的に落ち着いた色合いで派手過ぎないデザインになっており清楚な印象を与えている。

「変装だ。王都を出るまでは目立つ訳にはいかないからな」

 誰かに入れ知恵されたのか、ノアは誇らしげにさらりと言ってのけたが、ぶっちゃけかなり目立っている。
 元々の素材が良いので違和感なく着こなせてしまっているのが怖い。男にしては線が細く小柄で肌も白いので、どこか中性的な雰囲気があったのだが、女装することでその魅力が倍増していた。所作や言動からすぐに貴族だとバレるだろうし、こんな清楚なお嬢様が護衛もつけずに一人で歩いていたら、すぐに攫われそうだ。シモンは頭を抱えた。
 本当に勘弁して欲しい。なんでこのお坊っちゃんはこんな無防備なのか。しかも本人に自覚がないから余計に始末に負えない。

「私の外套を貸します。認識阻害の魔術を込めたものなので多少の効果はあるはずです」
「いらん」
「ダメです。とにかく王都を出るまではそれを着ていてください。絶対にです。言うことを聞きなさい」
「……わかった」

 シモンの有無を言わせぬ迫力に押されて渋々了承したものの、ノアは唇を尖らせて不服そうにしている。シモンは苦笑しながらノアの頭をポンッと軽く叩いた。普段の凛とした振る舞いとは裏腹に、時折見せる子供っぽい仕草は普通に可愛らしいと感じてしまうのだ。

「……世話になった」
「気をつけて下さいね。ノア様」
「わかっている」

 ノアは小さく頷くと、寄宿舎の自室の窓枠に足をかけた。
 学園に復学した当日に、真面目なノアが授業にも出席せずに寄宿舎を抜け出そうとしている理由は、勿論サボりではない。

「……ノア様。奥様に面会したあと、明後日までにはこちらの寄宿舎に戻るとお約束したこと、間違いありませんね?」

 シモンに念を押すように確認されて、ノアは一瞬押し黙ったあとゆっくりと首肯し、視線を逸らした。明らかにあやしい。シモンは疑わしげに目を細める。

 ノアが休学中は、ファーレンホルスト公爵領にある実家に軟禁同然で療養させられていた。
 領地の屋敷に閉じ込められて外界との接触を絶たれていたが、医療関係者や教師などは頻繁に出入りしていた。家族はノアの自死を警戒していたようだ。閉じ込められた当初は何度か逃亡を試みたが尽く阻止された。逃げ出すことは不可能。正式に公爵家の籍を抜いて平民となり市井に下る意思も父に却下された。

 八方塞がりのノアは以前のように仮面を被ることを決めた。従順で素直な良い子の仮面を。医療スタッフや教育担当者が望むような模範的な振る舞いをし、「自分は前向きな気持ちになった」と装った。実際にノアが反省の意を示す態度を崩さなかったので、次第にノアを疑う人物はいなくなった。彼らが安心して油断し始めるまで時間をかけて待った。そして遂に今日、外出の許可が得られ学園に復学することができたのである。この機会を逃すわけにはいかない。

「……明後日までには必ず戻る。約束する。今は時間がない」
「わかりました」

 意外にもアッサリうなずくシモンを見てノアは少し拍子抜けする。絶対に尋問されると思っていたのだ。

「一人で寂しくありませんか?」
「……一人ではなくなるから大丈夫だ」

 ノアは淡々と答えた。ノアの問題発言にシモンは眉根を寄せる。

「それは……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。迷子になってるみたいだから迎えにいく。それだけだ。じゃあな」

 呼び止める間を与えず、ノアは窓枠から飛び降りた。スカートが風に煽られてひるがえるがノアに気にした様子はない。落下速度を緩和する風魔法をかけているのか地面に衝突するようなヘマもしなかった。
 
 ノアの背中には、今は何も纏わりついていない。

 初対面の頃からずっとノアの傍に潜んでいた得体のしれない存在に、シモンは気がついていた。普通の人間には見えないよう姿を隠していたようだが、恐らく特殊な魔物の類だろう。ノアに直接忠告しても一笑されて相手にされなかったが、気に入られて憑かれていたのは事実だ。あるいはノア自身が飼っていたのか。しかし、今はその気配がないということは、喧嘩別れでもしたのだろうか。

 少なくとも邪悪な瘴気を漂わせているわけではなかったので、シモンも特にツッコまなかった。しかし、それよりも。

「……下に人がいたら、確実に下着が見えてただろうなぁ」

 シモンは遠い目をして呟いた。
 清楚系女子の見た目でパンチラするのはアウトだと思うが、当の本人は全く羞恥心を感じていないのだろう。そもそも自分が女装していることすら忘れてそうである。

「追跡は楽そうですけど、ターゲットがあの調子なら、護衛は面倒くさそうだなぁ」

 シモンは小さく息を吐いた。
 シモンの役割はノアの身の安全を確保しつつ行動を監視することだった。危険の度合いによってはノアを強制的に保護し連れ戻すことを許可されているが、基本的にはノアを自由にさせることに意義があるらしい。

「ノア様のご家族の複雑な事情に巻き込まれるのは遠慮したいのですけどねぇ」

 破格の報酬を提示されているとはいえ気が進まない。しかしシモン自身がノアを放っておけないのも事実で。雇い主の意向に沿うつもりもあった。それに。

「きっとまた、何か良からぬことを企んでるんでしょうね」

 シモンの独り言は誰にも届かないまま宙に消えていった。
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