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第二章
15 王子様とペットの対峙
「……ノアのその『友だち』は魔獣じゃないよね?」
サミュエルがノアの膝に乗っているヴェイルを指差しながら尋ねてくる。
ヴェイルはフワフワの体毛に覆われた仔犬の姿で、たまに王宮にもついて来るようになった。人前では姿を隠していることが多いが、サミュエルは早々にヴェイルの存在に気が付いてしまった。
すると、ヴェイルも開き直ったのか、ノアがサミュエルと面会するときは堂々と現れるようになり、サミュエルがノアに触れようとすると睨み付けて威嚇するような態度を見せるようになった。おかげでサミュエルが魔力提供を求めてくる回数はかなり減った。最近は『浄化』の特訓よりも単なる雑談やお茶会の時間の方が長くなっている。サミュエルの役に立てなくてノアとしては不満なのだが、ヴェイルを宥める方が難しくて諦めた。
「多分違うと思います。野良で出会ったので詳細は分かりませんが……」
「飼うなら一応魔獣登録をした方がいい。見たところかなり高位の魔獣か幻獣っぽいし」
魔獣登録というのは魔獣や幻獣を飼育する際に必要な手続きだ。野生種の場合は例外も多いが、基本的に王国領内で管理下にある動物系魔物は全種類登録が義務づけられている。凶暴性がある大型肉食魔獣や幻獣の一部など危険と判断された個体には特別な印を刻む必要があるが、小型犬型の魔獣なら問題ないだろう。もちろんヴェイルが許せばだが。
サミュエルの助言に、ヴェイルは牙を剥き出しにして唸っている。ふざけるなと激怒しているようだ。
「……私はかなり嫌われてるようだね」
「申し訳ございません。殿下に対しては特に攻撃的になるので困っているんです」
ノアは眉尻を下げる。普段は文句を垂れながらもノアの言うことを比較的素直に聞くヴェイルだが、サミュエルを相手にするときだけ態度が変わる。サミュエルが触ろうとした瞬間に鋭い爪が飛び出るので油断できない。
「……言葉を発することは出来ないけど、こちらの言ってることは理解してるよね?私の『治癒』も簡単に受け入れたし、普通の魔獣や魔物とは明らかに違うと思うけど」
「えっと……」
ヴェイルは普通に言葉を理解し、人語を操ることができるが、ノア以外の前では決して喋らない。普通の獣のフリをしている。サミュエルにどう説明しようか迷って黙り込むと、膝の上のヴェイルが不機嫌そうな唸り声をあげた。
「ごめん。嫌なら話さなくていいよ。踏み込みすぎたね」
サミュエルは苦笑して首を横に振った。そして視線をノアからヴェイルへと移す。
「ノアはとても賢くて真面目だけど、どこか放っておくと儚くなってしまいそうで危ういから。……ノアの傍にいてくれるのならお願いするよ」
サミュエルの台詞にヴェイルが口を大きく開けて吠えた。肯定なのか否定なのかいまいち分からないが、サミュエルは安心したように微笑んでいる。そしてその笑顔をノアに向ける。
「もしよければその子の名前を教えてくれないかな」
「はい……」
ノアは一瞬だけ迷った。魔族にとって名前は大事なものだ。ノアに教えてくれた『ヴェイル』が仮の名前なら良いのだが、もし真名だったら教えるのはまずいかもしれない。
「『ポチ』です」
「ポチ?」
サミュエルの質問に答えると同時にヴェイルがノアの脚にガブリと噛み付いてきた。痛い。本気ではないが歯形はついただろう。
サミュエル自身は笑いを堪えているように見える。
「……そうか。ポチか。よろしくな」
ヴェイルはチラッとサミュエルを一瞥した後、プイと顔を背けた。失礼過ぎる態度にノアはヴェイルを小突く。サミュエルは面白そうに笑っていたが、ノアは後でヴェイルをしばいてやろうと心に決めた。
「そろそろ時間だけど……ノア、今日は王宮内を散歩したり図書館へは行かず帰宅した方がいい。クライヴが王宮に来ているらしい。君やポチが見つかると面倒なことになる。迎えが来るまではここにいなさい」
サミュエルは時計を見て立ち上がりながらそう告げた。
クライヴ・スペンサーは、宮廷魔術師の一人でサミュエルの護衛兼教育係を任されている男だ。普段は国立魔術研究所で研究に勤しんでいるらしいが、定期的に王宮へ出向いている。闇属性の魔術を研究している彼は、常に闇属性の魔力を探して嗅ぎ回っていると聞いたことがある。彼の研究熱心さはやや異常だとか。ちなみに自分自身は闇属性の魔力を持ち合わせていないらしい。
ノアは王宮へ呼び出された際はほぼ毎回国立図書館へ赴いている。蔵書の充実ぶりは群を抜いており、魔術の専門書も豊富だ。目的のために闇属性の魔術に関する様々な資料を集めているノアは時間を忘れて没頭してしまう。そのため迎えの馬車が来るギリギリまで滞在することが多い。
「ご忠告ありがとうございます。今日は図書館には寄らずに帰宅いたします」
「そうだね、そうしてくれ。じゃあ、また連絡する」
「はい」
軽く挨拶を交わすと、サミュエルは執務室のドアノブに手を伸ばす。そのまま、何故かふと振り返った。
「ノア。今日は寄り道せずにちゃんとまっすぐ帰るんだぞ?」
まるで幼子に言い聞かせるような優しい口調に、ノアは兄を思い出して思わず笑ってしまいそうになる。しかしすぐにハッと口元を押さえて俯く。
「……御心配には及びません」
俯いたまま、素直に返事をするとサミュエルがふっと微笑んだような気がした。
扉の開く音が響き渡りノアはようやく顔を上げた。既にそこにサミュエルの姿はなく部屋は静寂に包まれている。
「ノア。お前サミュエルの前で絶対笑うなよ?」
「迂闊だった、気をつける。それよりヴェイル、俺は寄り道するぞ。ターゲットに接触するチャンスだ」
淡々と言い放つとノアはヴェイルを抱えて立ち上がる。ヴェイルはそんなノアを見上げて溜息をついた。
「コレばかりは忠告通り、サミュエルの言うことを素直に聞いていた方が無難だと思うがな……」
呆れたような台詞と共にヴェイルが頭を振った。だがノアはその発言を遮るように彼を抱き締める。毛玉のようなフワフワの塊がノアの胸の中で蠢いている。本当は危険なため、ヴェイルを置いて一人で動きたいのだが、どうしてもヴェイルが離れる気はなさそうなので諦めて連れ回すことになる。
お茶会の直ぐ後、『助けてくれたお礼』のためにクライヴ・スペンサーの自宅を訪問しようと計画していたノアだったが、ヴェイルが大反対してきた上に、父である公爵からも控えるように厳重に警告されてしまったのだ。恐らくクライヴは相当ヤバい奴なのだろう。
しかし、ノアは彼の闇属性の魔術に関する研究資料が必要だった。
彼は勤務している国立魔術研究所とは別に王宮の地下に個人の研究施設を有しているとの情報がある。何度か王宮内を散歩して目星はつけてある。そこに潜入して闇属性魔術に関する研究資料を確認するのが今回の目的だ。ついでにヴェイルを抹消しようとした奴に報復できれは尚良いがそれは次回以降でも構わない。
「ノア。お前勝手に入り込んでるが、ここは客人は立入禁止区域だぞ?見つかったらどうするんだ?」
ヴェイルが床のタイルの模様を見ながら、尋ねてくる。コの字型になっている王宮建物は中央部分が広場となっており、左右両サイドのそれぞれに南側と北側の棟がある。ノア達が居るのは北側の棟に当たる。
南側と比べて人が少なく静かではあるが、一般開放されている庭園エリアから見ると鬱蒼とした暗い森のように映るため普段はあまり近付く者がいない。
「そのときは迷子になったということで通すしかないな。あっちの方に地下への入り口が二つあったはずだ。右側の方が多分研究施設だ」
「待て待て。迂闊に近付くな。罠の可能性もあるぞ」
「普段は入れないようになっているが、今日はスペンサー氏が王宮に出向いているから施錠されていないかもしれない」
ヴェイルの抗議の声をまるっと無視してノアはさらに奥へ進んでいく。周囲を確認して周囲に人影がないことを確かめると、急いで建物の壁まで辿り着く。
ノアがここを研究施設だと予想している理由は単純だ。魔物の気配がするからだ。通常であれば王宮内で魔物の気配を感じることはほとんどあり得ない。闇属性を持つノアは魔物の気配や魔術の痕跡に敏感なので感知しやすい。
闇の魔力を収集するのに、一番楽な方法は魔物を狩るか捕獲することだ。魔物の血や体液には特殊な魔力が含まれており、闇属性の魔術の研究材料となる。そういう観点から、恐らく地下空間では魔物を使った魔術実験を行っているのではないかと推測していた。
人目もない立入禁止区域で、中枢部から離れているとは言え、王宮内の敷地内にこんな場所があるなんておかしい。権限のある人物が、秘密裏に何かを企んでいるとしか思えなかった。あやしさ全開である。
いつもは施錠されているはずの鉄格子製の扉が僅かに開いている。鍵が不自然に破壊されていることに気が付き、ノアは目を細めた。自分より先に誰かが侵入した形跡がある。このタイミングで他の誰かが同じことをしているのは厄介だが。
「ノア、中止だ。……その鍵、破壊した奴は魔術師だな」
「ちょうどいい。中にスペンサー氏の研究資料か手掛かりがあるかもしれない。入ってみよう」
「おいおい。下手したら地下には魔物や盗賊団の類がいるかもしれないんだぞ?」
「その時はその時だ。サッサと逃げるぞ」
「……はぁぁぁぁーーーー」
ヴェイルがわざとらしく大きな溜息をつく。ノアは彼の言うことを一切無視して扉を押し開けた。
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