27 / 33
第四章
26 彼と王子様の楽しい旅路4
しおりを挟むホテルの一階で朝食を取り、その後、宿の前に停めてあった幌付きの小型馬車に乗り込んだ。サミュエルがホテルに頼んでチャーターしてくれたらしい。
地方貴族が所有している自家用車両で、一般的には観光客が乗るためのサービスではないだろう。王族なのに手際が良い。どうやって手配したのか甚だしく疑問だ。
療養院のある街ヘミングへ行く途中、魔物が出没する森を通過することになるそうだ。ホテルのコンシェルジュからは、迂回ルートを行くか、護衛を雇って進むかを推奨されたのだが、サミュエルは即座に「護衛は要らない」と却下した。結果、目的地までは一直線で移動することとなった。
時間がかかるのは避けたいし、自分がサミュエルを護衛すれば十分だろうと、ノアは判断していた。魔物が出現しても、ドラゴンとかのヤバい奴でなければノアひとりで対処可能だ。
しかし、馬車が動き出してすぐ、ノアは失態に気が付いた。ノアの手首には、サミュエルによって手枷が嵌められたままであり、今のノアは魔術が使えない。完全に忘れていた。
このままではまずいので、サミュエルに再度交渉を試みることにした。
「殿下、申し訳ございませんが、このままでは私は魔術が使えず、万一の場合に対応できません。手枷を外していただけませんか」
「大丈夫。ノアは私が守ってあげるよ。そんなことよりおやつ食べる?」
「……いえ、いらないです」
ノアの申し出は、ピクニック気分のサミュエルにバッサリ斬り捨てられた。
ノアが守るべきはサミュエルのほうである。彼の戦闘力はよく知らないが、仮にも一国の王子を自ら戦わせるような愚挙を犯すわけにはいかない。
一抹の不安を感じつつも、説得は一旦諦めて大人しく従うことにした。
ノアは体術や護身術はあまり得意ではなく、魔術の使えない状態での戦闘能力はかなり低い。最悪、自分が犠牲になり魔物を引き付けて、サミュエルだけは安全な場所に避難させる手段を講じるしかないだろう。
馬車がトニトルス市街を抜けると、次第に人家が減っていく。森に入ったところで馬車は速度を落とし、ゆっくり進んでいくようになった。整備された道を進むにつれ、陽射しも遮られ薄暗くなってくる。木々が鬱蒼と茂る薄暗い道をひたすら進んでいく。
木々のざわめきや鳥の鳴き声さえ凶兆に感じられた。
「ノアは前世とか信じる?」
突然サミュエルからそんな質問を投げかけられて、ノアは一瞬言葉に詰まった。
何度かヴェイルにその話題を持ち出されたが、ノア自身に前世とやらの記憶はなく、ヴェイルの語っていたことも、正直最初は信じていなかった。
だが、サミュエルまでその手の話を始めるとなると、ますます胡散臭いように感じる。
「……信じておりません」
ノアは小さな声で答えた。
「普通はそうだよね。私もだよ。前世の記憶なんてないし、その『前世』とやらの記憶で説教する輩には辟易する」
「……」
ノアの否定の言葉に、サミュエルは同意を示してくれる。それならば、何故このような話題を持ち出してきたのか疑問だった。
しかし、彼の発言に引っ掛かりを感じていた。
ノアにとってのヴェイルがそうだったように、サミュエルの周囲にも『前世』を信じている異常者がいたという意味だろうか。
「……殿下のご友人に『前世』の知識を持つと宣言されている方がいらっしゃるのですか?」
「友人じゃない。だけど私の近くで常に『前世』のことを騒ぎ立てている奴はいるね。本人曰く、『前世』の私はとんでもない悪人の王様だったらしくて。そのきっかけは私の兄であるユリウスの死だって言い張ってるんだ。前世の兄は闇の呪詛により殺されたそうだ。腹が立つ話なんだけど。だから、今世では私が悪人になるのを防ぐために協力してくれたらしい。変な奴だよ」
サミュエルは可笑しそうに笑いながらノアに教えてくれた。しかし、ノアは笑えない。
今、ユリウス王太子は生きていて、昔患っていた病も完治して成長し、精力的に公務をこなしている。派閥争いが完全になくなった訳ではないが、順当にいけばユリウスが王位継承権第一位でもあるため、次代の国王となるはずだ。それを阻む者は今のところいない。
現時点でサミュエルの立太子はなく、サミュエルが将来王座に就くことは無いだろう。
それでも、サミュエルにとってはそのほうが幸せなのだろう。彼の様子からもそれは分かる。
「……殿下は、結局、その方を信じたのですよね?」
「うん、胡散臭いと思いながらも、助けてくれたからね」
サミュエルはとても穏やかな顔で柔らかく微笑んだ。その表情を見れば、彼の心に確かな信頼関係があることは明白だ。
(きっと、大切な方なのだろう)
羨ましいと素直に思った。サミュエルの信頼を手に入れることができた人物が。そのような関係に自分もなりたかった、と強く思う。もちろんそんな資格は既にノアにはないのだが。
「ノアも同じじゃないか?」
サミュエルの静かな問に、ノアは顔をあげた。心の奥底まで見透かされたような気がして、冷や汗が流れ落ちる。
「……どういう意味ですか?」
「君自身が信じていないなら、君の周囲に『前世』を持ち出して、忠告してくる者はいなかった?君はあの日、……建国記念祭の日に多数の魔物を王宮に召喚したよね?あの日以降、北部辺境での魔物の発生が極端に抑えられている。それは……君自身が意図したこと?それとも……」
サミュエルの言葉は途中で途切れた。
その瞬間、突然馬車が急停止する。御者が悲鳴を上げて飛び降りる音がして、ガタガタと車内が不安定に揺れる。ノアは本能的に魔力を練り上げようと身構えたが、己の手首に嵌められた手枷を思い出して舌打ちした。手枷の金属がかちゃりと冷たく鳴る。
**ズドオオオン!**
轟音と共に大地が抉れた。直径五メートルほどの巨岩が車輪のすぐ脇を粉砕して地面にめり込んでいる。
馬車の外に視線を向けると、黒い鱗に覆われた巨大な影が枝を押し退けて現れる。全長二十メートル超の大蛇型魔獣だ。血走った金色の双眸が獲物を探すように蠢いている。毒液を滴らせた長い牙が剥き出しになっていた。
「デカ過ぎんだろっ!!」
サミュエルが近くにいるのに、ノアは思わず乱暴な言葉で叫んでしまった。いや、ちょっとこれはない。ありえない。
「レッドサーペントだね。気候が暖かいからかな。北部のものよりかなり大型だ」
ノアの絶叫とは裏腹に、サミュエルは涼しい顔で分析している。冗談ではない。この巨体が襲ってきたら馬車ごとぺしゃんこだ。
さらに悪いことに魔獣は車輪を狙って尾を叩きつけようと準備動作に入っていた。このままだと数秒後に車体が爆散して、中にいる二人が挽肉製造機の餌食になる未来は確定的だ。
「殿下、避けてください!!」
「うん?」
返事より速くサミュエルは動き出していた。ノアを抱き寄せて座席の隅へ押し倒す。刹那——
暴風雨のような勢いで魔獣の尾が馬車を直撃した。
「……」
衝撃音はない。馬車は微動だにしていない。ただし前方に透明な水泡のような防御膜が展開しており、尾の一撃を完全に吸収していた。
「ごめん、ちょっと乱暴だったね。大丈夫だった?」
サミュエルが笑顔で謝罪する。
ノアが跳ね起きると、彼の右手が水面に漬かっているようなエフェクトを纏っていた。水属性の高位防御魔法だ。しかも反作用のない指向性保護を実現している——
「すごい……」
「でも反撃はこれからだよ」
サミュエルは悠然と馬車から降り立つ。右手で握り拳を作ると空中に無数の水滴が浮かび上がった。それは細長い針のように鋭く尖っていく。
百を超える水の槍が放射状に展開する光景にノアは息を呑んだ。
「穿け」
低く澄んだ声と共に閃光が奔る。水の槍が扇状に発射され、レッドサーペントの全身に次々と突き刺さった。巨体が痙攣し咆哮を上げる。しかし致命傷には至らない。表皮が硬すぎるようだ。
サミュエルは左手で短刀を抜き放った。水色の刃文を持つ宝刀だ。鞘から解き放たれる瞬間に水霧が迸る。
魔獣の突進を彼は水鏡のような障壁で防ぐ。障壁が波紋を描き歪む中、サミュエルは逆方向へ滑るように踏み込み——
流れる動作で短刀を振るう。剣閃が青白い水流となり、魔獣の胴体を縦一直線に切り裂いた。
血飛沫ではなく大量の水柱が噴出する。切断面から蒸気が上がり、切り口が急速に凍結していく。
「………氷結補助付与?」
「うん、そう。切断後の出血多量も凍らせれば即死コースだ。魔物の血で周囲も汚さないから後片付けも楽だよ」
サミュエルは得意げに語る。巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。戦闘開始からわずか三分足らずの早業であった。
ノアは呆然と立ち尽くすしかなかった。
サミュエルの魔力属性は光と水。通常は支援・治癒が主流だ。攻撃性能が低い分類とされる。
なのに彼は——防御・精密攻撃・補助・追加ダメージまで全てこなしている。こんな使い方があったなんて。何よりも恐るべきは膨大な魔力量だ。常識外れの維持時間を要する高位魔法群を連発しながら、顔色一つ変えない。
「一応S級クラスの冒険者資格持ってるからね。安心して任せてくれ」
王族って冒険者登録できたんだ……しかもS級ってどういうことだろう。ノアは眩暈がしてきた。
多分、ノアの手枷は外してもらえない気がしてきた。
341
あなたにおすすめの小説
妹に婚約者を取られるなんてよくある話
龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。
そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。
結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。
さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。
家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。
いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。
*ご都合主義です
*更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる