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第四章
27 療養院で母と対峙1
しおりを挟むレッドサーペントの素材はとりあえず異空間倉庫に収納し、先に進むことにする。馬車は無事だったが、肝心の御者のほうが恐怖のあまり使い物にならなくなり、退職届を出してしまった。このため、サミュエルは馬車ごと、御者を引き返させて街へ戻してしまう。
まさか、ここからは徒歩で目的地を目指すつもりなのだろうか。
「ノアとの婚前旅行も終わりかあ。もう少し楽しみたかったんだけど、仕方ないな。あんまり遅くなると先方に迷惑になるしね」
残念そうな顔で呟きながら、サミュエルはノアに嵌めた手枷を何故か外しはじめた。魔力が身体に漲ってくる感覚に安堵感を覚えるが、急な方針転換についていけず、ノアは混乱してしまう。
「あの、殿下?何故急に?」
「ノアの母上がいる療養院の座標だ。君は転移魔法を使えるだろう?」
魔道具なのか、正確な位置情報の載った立体的な地図を見せられ目が点になる。これがあれば、訪れたことのない場所でもたしかに転移可能だ。しかしサミュエルはこれをどこで手に入れたのか。昨日の母についての情報といい、ノアにとっては未知のナゾの情報網を持っているのかもしれない。
というか、最初からこの地図の存在を教えてもらえれば、長時間列車に乗ったり、こんな山道を馬車で進んだりする必要はなかったのではなかろうか。
隣にいる爽やかな笑顔の被告人がサミュエルでなければ、ノアは相手を罵倒しながら絞め殺しにかかっているところである。
馬車の中で途中となってしまった会話の件も含め色々聞きたいことはあるが、今は置いておくべきだ。余計なトラブルを呼び込む前に早く移動しなければ。
「では、目的地に向けて転移しますが、よろしいでしょうか?」
ノアの提案にサミュエルは大きく頷く。ノアは目を閉じてイメージを集中する。
魔力を放出し周囲に拡散させる。一瞬視界がブラックアウトした後、目の前の景色が切り替わった。
***
療養院は崖に面した静謐な空気漂う高級保養施設のような趣だった。
正面玄関に近づくと、なぜか見知った顔の青年が出迎えてくれた。濃紺の髪にターコイズブルーの瞳をした胡散臭い優男が微笑みかけてくる。学園の制服ではなく、洒落たスーツ姿ということが新鮮に映る。
ノアと一緒に現れたサミュエルの姿を認めたその男は瞠目した後、意味深な笑みを浮かべた。
「お待ちしておりました。随分遅かったですね。もっと早く来られると思っていたのですが」
二日前、学園で別れたシモンは、いつもの飄々とした態度で二人を迎えてくれた。
「……なぜお前がここにいる?」
ノアは苛立ち混じりの声で問い質す。まさかこいつも密かについてきたのだろうか?そういえばコイツは過去、ノアを尾行したり監視してたりしたことがある。ストーカーか変態なのかもしれない。サミュエルの手前があるので、声に出して罵詈雑言を浴びせかけるのは控える。
「ノア様が奥様に会いに来られるというので、旦那様に命じられて尾行……あいや、転移魔法で先回りしていました。まあ、まさか本当にこちらの療養院へいらっしゃるとは驚きましたけど」
ノアの罵倒的な思念に気付いているのかいないのか、シモンは憎たらしいまでの笑顔を振り撒いてきた。何処まで本当なのか怪しすぎる。
「父にチクったのか……?」
ノアの責めるような眼差しを受け流し、シモンは朗らかに答える。
「いえ、そもそも旦那様はすべて最初から承知していますよ。そちらの殿下が一緒にいらしてくださることは想定外でしたが……。貴方が何か危険なことに巻き込まれたりしないよう、見張っておくよう指示されておりました」
ノアの睨みをどこ吹く風といった感じで受け流すシモン。余裕綽々の態度が小憎らしい。
「結局お前も父上の手先ということか。俺がまた何かやらかさないか見張るために、監視役として寄越された訳だ」
ノアの吐き捨てるような言葉に、シモンはやれやれと言った様子で両手を広げる。
「旦那様は普通にノア様のことを心配されております。単なる親心ですよ」
「余計なお世話だ」
「そういう貴方の意固地な態度と旦那様の無愛想な対応もあって、親子喧嘩が延々と続くのですよねぇ……」
「喧嘩などしたことがない」
「あー、そうですか。それはそれで、……本当に貴方たちは困ったものですね」
「うるさいぞ、黙れ」
不機嫌を隠さないノアの態度にも、シモンは面白そうに笑うだけだった。なんとも腹立たしい男である。
「ノア。もうその辺にしておきなさい。君は公爵と少し話し合う必要がありそうだ。まぁ、それも帰宅してからだけと。それでいいね?」
今まで黙って成り行きを見守っていたサミュエルが嗜めるように口を開いた。穏やかな表情をしているが有無を言わせぬ威圧感がある。
「はい、わかりました」
サミュエルにそう言われれば、従わざるを得ない。ノアは素直に項いた。
大人しくサミュエルの言葉に従ったノアを見て、シモンが驚愕に満ちた顔で目を見開き、何故かサミュエルを尊敬と畏怖が入り混じった複雑な表情で凝視している。
「猛獣使いですか……流石王族ですね……」
シモンが小声で呟いた台詞はしっかりと聞こえていた。不敬すぎるので後で殴り飛ばそうと思う。
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