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第2章
11 ルームメイト
しおりを挟む国立アストレア学園は、王都の外れに広大な敷地を持つ、魔術師養成に特化した教育機関である。平民にも門戸は開かれているが、入学するには相当な学力と技術に加えて財力も求められるため、実質貴族の子息が通うことが多い。アストレア学園の歴史は古く、名のある優秀な魔術師を数多く輩出していることで有名だ。もともと学園の設備や環境は整っており、教師も優秀な人材が多く最高峰の魔術教育が受けられる、名門中の名門である。
中等部からの内部進学が一般的だが、高等部からの編入も受け入れている。高等部からは全寮制で、学生の外出や面会には申請が必要なほど警備が厳しい。
編入試験は難関だが、例外もある。高名な魔術師の推薦状があれば試験免除で入学可能になるのだ。
ルカは前世と同じく試験免除になり、アッサリ編入が許可された。ご主人様がルカのために胡散臭いコネを使って準備した推薦状は、かなりの効力を発揮したようだ。
***
「天才魔術師の少年と同じ名前だね」
入学式の前日、ルカは学園の寄宿舎に到着した。
自室として割り当てられた扉を開けると、自分の同室者らしい先客が既にいた。寄宿舎は二人部屋だ。同室者を目にした瞬間、ルカは安堵に胸を撫で下ろした。
(……良かった。同室者は前世と違う人だ)
小柄なソバカスの男子生徒にとりあえず自己紹介をすれば、彼は人懐っこく笑いかけながら、栗毛の髪を指で弄りつつ、ルカに向かってそんな発言をした。
彼の学年はルカと同じはずだが、童顔のせいか、もう少し歳下に見える。
「……天才魔術師?」
意味が分からずルカが首を捻ると、彼は小首を傾げながらも、どこか得意気な表情を浮かべていた。
「あれ?知らない?数ヶ月前、史上最年少の15歳で一級魔術師試験に合格した少年のことだよ。魔法学園の生徒でもない一般人らしいってかなり話題になってたのに」
一級魔術師の資格があれば、将来はほぼ約束されたようなものだという。多くは安定を求めて魔法省などに入局する者が多いが、その資格を維持するだけで、国から破格の報酬を支給されるため、悠々自適に暮らす者も少なくない。
国家の存亡に関わる案件や大々的な戦闘などに問答無用で駆り出されることもあるそうだが、それすらも国から特別給金が与えられる。
ルカは前世でこの資格を取得した後、すぐに旅に出てその途中で死んでしまったので、ほとんど恩恵を授かっていない。
「南部の地方都市トニトルスの試験場に突然現れて、飛び入りで試験を受けたらしいんだけど、桁外れの魔力を見せつけられて、担当試験官が即合格を出したんだって。でも認定証を受け取った瞬間、師匠らしき人が現れて、転移魔法でどこかに連れ去られちゃったらしいよ」
ソバカスの少年は、聞いてもいないのにベラベラと説明を始める。
「僕らと歳も変わらないのにすごいよね。もしかして今は極秘任務中とかかな?だとしたカッコイイなぁ」
ルカは、熱っぽく語る少年の話を適当に聞き流しながら、部屋の中へと足を踏み入れた。寄宿舎の部屋はさほど広くない。二人分のベッドと、勉強机が二つあるだけで、スペースのほとんどは埋まってしまっている。
「自己紹介がまだだったね。僕はアベル・ゲルトナー。中等部からの内部生だから、何か分からないこととかあったら聞いてね」
ソバカスの少年、アベルは、人好きのする笑みを浮かべながらグローブを外し、右手をルカに向かって差し出した。
「……どうも」
ルカは軽く頭を下げて、自分はグローブを外すことなく、差し出された手をゆっくりと握り返した。
他人との接触に慣れていないため、こういう場面ではどうしても躊躇してしまう。
「あ、ごめん。苦手だった?」
「……いや」
アベルは申し訳なさそうにしながらすっと手を引っ込めた。どうやら気を遣わせてしまったらしい。
「僕、鈍感で魔力量が多くないから気にならないんだけど、ルカ君は敏感なタイプ?相性悪いかもしれないから、気をつけるね」
繊細な者は他人と接触することで相手の魔力を感じることができる。相性が良ければ魔力の受け渡しもできるが、相性が悪ければ拒絶反応を起こし、全身に激痛が走ることもある。
一番酷いときは、魔力暴走を引き起こしてしまう。王子様と接触した前世のルカのように。
このため、一般的に魔術師はグローブを嵌めて魔力を抑制し、他人との不要な接触を避けることが多い、らしい。
他人との接触が怖いルカにとって、魔術師の一般的な習慣は、とてもありがたいものだった。
「……、直接触れなければ、大丈夫だ」
「そう?ごめんね。僕ちょっと無神経なところがあるみたいでさ、よく言われるんだよね。魔術を学んでるくせに、人との距離が近すぎるって」
アベルはホッとしたように胸を撫で下ろすと、再び笑顔を浮かべた。
「改めて、よろしく。学園のこととか、色々分からないことがあったら教えるし、僕にできることがあったら何でも言ってね」
アベルの言葉に、ルカは自分に課せられた任務を改めて思い出した。一応、確認する必要があるのかもしれない。
「……じゃあ、教えて欲しいんだけど」
小さな声で切り出したルカの言葉に、アベルは「うん、何?」と少し嬉しそうに首を傾げる。
「第二王子をこっそり観察したいんだけど、何か良い方法知ってる?」
ルカのストレートな質問に、アベルは笑みを引っ込めて怪訝そうに眉を寄せた。
「……それって殿下とのコネを作りたいってこと?」
「いや、コネは要らない。ただ毎日観察したい」
「観察……?え、ルカ君、殿下のストーカー志望なの?」
「違う。相手に気が付かれないよう、遠くから観察したいだけだ」
「それストーカーの常套句だよね?」
「……違う、と思う」
ルカはやや焦っていた。何故ならアベルの顔がどんどん険しくなっているからだ。
「えっと、殿下に興味があるのは分かったけど……。ストーカーは良くないと思うよ」
アベルはルカから一歩距離を置きながら、遠慮がちに言った。
「……それに、ルカ君、平民でしょ?この学園には殿下の信奉者が多いから、不興を買えばただじゃ済まないよ。目を付けられたらかなり面倒くさいから、殿下に近づくのは止めといた方がいいと思う」
「……」
わざわざ言われなくても、王子様に近づくつもりはない。ご主人様に任務を言い渡されたから、仕方なく遠くからコッソリ観察するだけのつもりだ。
しかし、ルカの主張はアベルに上手く伝わらなかったようだ。
ちなみに、ご主人様がルカに命じたのは、第二王子の監視だったのだが、ルカは監視と観察の違いをよく理解していなかった。
「学園内では身分平等が謳われてはいるけど、現実は違うからね。殿下の信奉者は、彼に変な虫がつかないように目を光らせてるし、殿下に近づく者を厳しく取り締まってるんだ。大人しくしておいた方がいいと思うけど」
言われなくても知っている。
第二王子の信奉者は、王子様を神格化しているほど盲目的で熱心な信者が多い。
前世では、王子様とルカは一応知り合いだった。ルカは、学園内で王子様と接しないよう常に注意を払っていなければならず、全く気が休まらなかった。
前世の王子様はとにかく空気が読めなかったため、ルカを発見すると、周囲の刺すような視線も気にせず嬉しげな笑顔を浮かべて堂々とルカに絡んできたのだ。
案の定、王子様の信奉者にルカは目を付けられてしまい、教科書を燃やされたり、靴に画鋲を仕込まれたり、階段から落とされたり、泥水をかけられたり、とにかく散々な目にあった。
ルカは精神的な限界が来てしまい、残った魔力のカケラからいじめっ子たちを何とか特定し、同じことが100倍になって自分にはね返る悪夢を毎夜見るよう『夢幻』という闇属性の魔術をかけておいたところ、効果があり過ぎたのか、いじめっ子たちはルカを見ると悲鳴をあげてブルブル震えて失禁するようになり、何人か退学していった。そのまま放置するといじめっ子が廃人に成りかねなかったので、きちんと解術はしたはずだが、ルカも余裕がなかったのであまり記憶がない。
今考えると、前世のルカ自身も少し病んでたのかもしれない。
「殿下は学園の生徒会長も務めていらっしゃるから、明日の入学式の挨拶でご尊顔を拝することができるよ。まあ、遠くからしか見られないだろうけど」
世間知らずのルカに、身分違いの希望など抱かない方がいいと言いたいのだろうか。アベルは幼い子に諭すような口調でそう告げた。
アベルの声音に、最初にはなかった失望が僅かに滲んでいるのを、ルカは感じ取った。好意的だったアベルの態度が、何故か急によそよそしくなった気がする。
どうやらルカは現世でも最初の一歩で友人作りに失敗をしてしまったらしい。
人間同士の意思疎通って難しい。ルカは溜め息をついた。
そしてこの現状を挽回させる技量を、自分が一切持ち合わせていないことも、ルカは自覚している。
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