33 / 40
第3章
32 禁句
しおりを挟む魔法省捜査局保安課のアデリナは、かつて上官だった魔術師の執務室を訪れていた。短時間にはなるが、今日は珍しく彼が王宮に出勤していると聞き、是非とも意見を聞かせて欲しかったのだ。
「……何だよ、お前まで説得しに来たのかよ。何度言われても今日の建国記念祭は出席しねえぞ。面倒くせぇ」
救国の魔術師こと、宮廷魔術師団長ファルシュ・シルフォードはアデリナを見るなり、心底嫌そうな顔をした。長い黒髪を無造作に束ねた、精悍で端整な顔立ちの美丈夫である。
しかしアデリナもそんなことで怯むような可愛い娘ではない。
「いえ、説得は他の者がするそうなので。私は別件です」
アデリナは予め用意しておいた書類をバサっとテーブルに載せた。それを見たファルシュは更に顔をしかめたが、諦めたように溜め息を吐いて椅子に座り直したのだった。
「アストレア学園の入学式の日に、学園に魔物が現れ第二王子が襲撃された事件についての報告書です。魔物を操っていたのは闇属性持ちの魔術師と思われたのですが……」
アデリナは書類の束を指でなぞりながらファルシュに述べ始めた。あの魔物襲撃事件から数日、アデリナは事件の詳細を調べていた。
「……なんで俺に報告する?捜査局の管轄だろ?俺は今、お前の上司じゃねえぞ。関係ないだろ」
ファルシュは怪訝な顔でアデリナに問いかけた。アデリナは調査書類をめくりながら答える。
「直属の上司には既に報告済みです。個人的にご興味があるかと思い、現状を報告に参りました。あと、ご意見が聞きたくて」
「別に興味ねえよ。……で、その闇属性の魔術師とやらは結局誰だったんだ?」
ファルシュは面倒臭そうに頭を掻きながら尋ねた。
「それはまだ特定できておりませんが、現場に描かれていた魔法陣の発動に、闇属性の魔力を込めた魔道具が使われていました。王都で闇属性の魔力を付与できる魔道具を取り扱う店は表向きございません。……一応、流通ルートから犯人を特定できないかと捜査しているところです」
アデリナは書類の束をまた一枚めくりながら答えた。すると、ファルシュが何か思い付いたように問い返した。
「捜査局でも使ってんだろ?『自白』の魔道具を特注して公爵家から仕入れてるらしいじゃねえか。お前ら内部の関係者が横流ししてんじゃねえのか?」
「厳重に管理されてますし、一般の捜査局職員は使用許可がおりません」
アデリナは書類をめくる手を動かしながら、ファルシュの指摘を即座に否定した。『自白』の魔道具とは、その名の通り、尋問時に相手の口を割らせることができる魔道具である。しかしその発動には複雑な手順があり、一般には流通していない。
ファルシュは興味なさそうに、書類から目を逸らしている。
「で?何の意見が聞きたいって?さっさと要点言えよ」
「現場に残された魔法陣の術式についてですが、クライヴ・スペンサー博士の文献に類似する術式がありました。彼は現在行方不明ですが、もとは闇属性の術を研究する魔術師です。かなり高度な術式が記されていました。今回学園に描かれていた魔法陣は、召喚術、死霊術の一種かと」
アデリナは書類をもう一度見直して、魔法陣の紋様を指差した。
「犯人は、第二王子を対価に何かを召喚しようとしていたようです。結局召喚は失敗したようですが」
「へえ、そりゃまた随分と大それた計画だな。魔界から魔王でも召喚するつもりだったのかね?……で?お前、何故それを俺に報告する?」
ファルシュはようやくアデリナに視線を戻した。アデリナは書類をテーブルに置いて、ファルシュの目を真っ直ぐ見つめた。
「……スペンサー博士の文献によれば、光属性の者を対価にすれば、死者を蘇らせることができると。本当にできると貴方は思われますか?」
アデリナは試すようにファルシュに尋ねた。しかし、彼は表情一つ変えない。
「俺を疑ってんのかよ?」
「いえ、そのような意味ではありませんが」
アデリナは少しバツが悪くなって目を逸らした。ただ疑問に思い、この男の見解を尋ねたかっただけなのだが、確かにそう聞こえても仕方がない言い方をしてしまったかもしれない。
「……この魔法陣だと、死者を蘇らせることはできないな。少なくとも俺には無理だ。死んでしまったらどうしようもない。死んだ者を再び召喚できたとしたら、それはもう別人だ。もし、そんなことを抜かす悪魔がいたら、普通に騙されてると思った方がいい。そんな奴はぶん殴ってやれと助言する」
ファルシュは淡々とした調子で答えた。アデリナも同意見だ。そんな都合の良い事が起こるなら、誰も苦労しない。
「それより、お前はこっちに戻ってくるつもりはないのか?お前にその気があるなら、俺の後釜に据えてやってもいいぞ」
ファルシュは突然話を逸らした。アデリナはその申し出に顔を顰めながら首を横に振る。
「以前もお伝えしましたが、貴方の部下としてなら、いつでも戻ります。しかし、貴方のいない宮廷魔術師団など、正直魅力がないので戻りません」
アデリナはきっぱり断った。ファルシュは肩を竦めている。
「……一応、まだいるけど」
「国王陛下に無理矢理引き止められているだけで、殆ど引退状態じゃないですか。北部辺境の魔物討伐が完全に終わったら、もう復帰しないつもりですよね?私は貴方程の魔術師を知らないので、残念ですが」
アデリナはファルシュに復帰を促した。彼の魔術と戦術の巧みさには舌を巻くものがあり、性格はアレだがアデリナは彼を尊敬している。出来ることならずっと現役でいて欲しいのだが……。
「まあ、気が向いたらな」
しかし、ファルシュは素っ気ない返事だ。この様子じゃ期待薄だろう。アデリナは溜め息を吐いた。
「……あと、他の者が説得がてら報告に来ると思いますが、今年の建国記念祭は、どうやら第二王子サミュエル殿下も御出席されるそうです。……ファルシュ様の御欠席がさらに目立ちますね」
「嫌味かよ」
ファルシュは嫌そうにアデリナを睨んだ。
「いえ、そういうつもりでは……。それから、もうひとつ」
「まだあんのかよ?」
ファルシュはゲンナリした表情を見せている。
「はい。……これは、私の個人的な、単なる興味でお聞きしたいのですが。第二王子を助けた少年、ルカ・クラルヴァインは、貴方の弟子なのですか?」
アデリナは質問を続けた。どんなに請われても弟子など一人もとらなかったこの男が、その少年を学園に編入させるために推薦状を書いたのだ。どういう風の吹き回しなのか、非常に気になっていた。
「弟子ではねえな。拾ったんだ」
ファルシュは面倒臭そうに答えた。その答えにアデリナは絶句し、混乱した。
拾った?この捻くれ男が、まさかそんな野良猫みたいな。単なる気まぐれか?親切心?いや、この男に関してそれはあり得ない。絶対何かあるはずだ。
「一体、何を企んでいるんですか?」
「……なんか、前も同じようなことを誰かさんに言われたな」
眉を吊り上げたアデリナの鋭い追及に、何故かファルシュは遠い目をした。
「まあ、どうでもいいや。面倒くさい連中が来る前に俺はもう帰るぞ。じゃあな」
ファルシュは一方的に話を切り上げて立ち上がった。本当に建国記念祭には出席しないつもりのようだ。
彼の邸は一応王都の郊外にあると言われているが、仮の邸らしく本当は何処に住んでいるのか不明だ。何でも熱狂的な彼の信者に家がバレて、追いかけ回されるのが嫌だから辺鄙な場所に移り住んだらしい。何処に住もうが彼にしてみれば転移魔法を使えば一瞬だ。人間嫌いのこの男らしいといえば、この男らしい。
そう考えると、あのルカという少年のことだけが異質なのだ。今まで誰にも興味を持たなかったこの男が、何故。
アデリナは書類を纏めて立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとするファルシュの背に向かって問いかけた。少しだけこの男の反応が気になったのだ。
「サミュエル殿下にお会いしなくて良いのですか?」
「関係ねえだろ」
ファルシュは振り返らずに即答した。しかし、アデリナは言葉を重ねる。
「殿下は自分を助けてくれたルカ少年を非常にお気に召したようで、人目も憚らず溺愛なさっているそうです。恐らく卒業後は、彼を王宮に迎え入れるおつもりではないかと。それでもお会いにならないので?」
アデリナはわざと誤解を招くような言い回しをした。ファルシュの足が止まり、ゆっくり振り返る。その顔は能面のように無表情だった。
「……関係ねえって言ったろ」
ファルシュは地を這うような冷酷な声でそれだけ言い捨てると、即座に転移魔法で消えてしまった。
残されたアデリナは、その場に崩れ落ちた。身体の震えが止まらず、両手で顔を覆う。視線だけで殺されるかと思った。何だ今の、怖すぎるのだが。
「……ヤバい、私死ぬかもしれない」
どうやら、この話題は禁句だったらしい。
717
あなたにおすすめの小説
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる