僕が勇者に殺された件。

フジミサヤ

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第3章

32 禁句

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 魔法省捜査局保安課のアデリナは、かつて上官だった魔術師の執務室を訪れていた。短時間にはなるが、今日は珍しく彼が王宮に出勤していると聞き、是非とも意見を聞かせて欲しかったのだ。


「……何だよ、お前まで説得しに来たのかよ。何度言われても今日の建国記念祭は出席しねえぞ。面倒くせぇ」
 
 救国の魔術師こと、宮廷魔術師団長ファルシュ・シルフォードはアデリナを見るなり、心底嫌そうな顔をした。長い黒髪を無造作に束ねた、精悍で端整な顔立ちの美丈夫である。
 しかしアデリナもそんなことで怯むような可愛い娘ではない。

「いえ、説得は他の者がするそうなので。私は別件です」

 アデリナは予め用意しておいた書類をバサっとテーブルに載せた。それを見たファルシュは更に顔をしかめたが、諦めたように溜め息を吐いて椅子に座り直したのだった。

「アストレア学園の入学式の日に、学園に魔物が現れ第二王子が襲撃された事件についての報告書です。魔物を操っていたのは闇属性持ちの魔術師と思われたのですが……」

 アデリナは書類の束を指でなぞりながらファルシュに述べ始めた。あの魔物襲撃事件から数日、アデリナは事件の詳細を調べていた。

「……なんで俺に報告する?捜査局の管轄だろ?俺は今、お前の上司じゃねえぞ。関係ないだろ」
 ファルシュは怪訝な顔でアデリナに問いかけた。アデリナは調査書類をめくりながら答える。

「直属の上司には既に報告済みです。個人的にご興味があるかと思い、現状を報告に参りました。あと、ご意見が聞きたくて」
「別に興味ねえよ。……で、その闇属性の魔術師とやらは結局誰だったんだ?」

 ファルシュは面倒臭そうに頭を掻きながら尋ねた。

「それはまだ特定できておりませんが、現場に描かれていた魔法陣の発動に、闇属性の魔力を込めた魔道具が使われていました。王都で闇属性の魔力を付与できる魔道具を取り扱う店は表向きございません。……一応、流通ルートから犯人を特定できないかと捜査しているところです」

 アデリナは書類の束をまた一枚めくりながら答えた。すると、ファルシュが何か思い付いたように問い返した。

「捜査局でも使ってんだろ?『自白』の魔道具を特注して公爵家から仕入れてるらしいじゃねえか。お前ら内部の関係者が横流ししてんじゃねえのか?」
「厳重に管理されてますし、一般の捜査局職員は使用許可がおりません」

 アデリナは書類をめくる手を動かしながら、ファルシュの指摘を即座に否定した。『自白』の魔道具とは、その名の通り、尋問時に相手の口を割らせることができる魔道具である。しかしその発動には複雑な手順があり、一般には流通していない。

 ファルシュは興味なさそうに、書類から目を逸らしている。

「で?何の意見が聞きたいって?さっさと要点言えよ」
「現場に残された魔法陣の術式についてですが、クライヴ・スペンサー博士の文献に類似する術式がありました。彼は現在行方不明ですが、もとは闇属性の術を研究する魔術師です。かなり高度な術式が記されていました。今回学園に描かれていた魔法陣は、召喚術、死霊術の一種かと」

 アデリナは書類をもう一度見直して、魔法陣の紋様を指差した。

「犯人は、第二王子を対価に何かを召喚しようとしていたようです。結局召喚は失敗したようですが」
「へえ、そりゃまた随分と大それた計画だな。魔界から魔王でも召喚するつもりだったのかね?……で?お前、何故それを俺に報告する?」

 ファルシュはようやくアデリナに視線を戻した。アデリナは書類をテーブルに置いて、ファルシュの目を真っ直ぐ見つめた。

「……スペンサー博士の文献によれば、光属性の者を対価にすれば、死者を蘇らせることができると。本当にできると貴方は思われますか?」

 アデリナは試すようにファルシュに尋ねた。しかし、彼は表情一つ変えない。

「俺を疑ってんのかよ?」
「いえ、そのような意味ではありませんが」

 アデリナは少しバツが悪くなって目を逸らした。ただ疑問に思い、この男の見解を尋ねたかっただけなのだが、確かにそう聞こえても仕方がない言い方をしてしまったかもしれない。

「……この魔法陣だと、死者を蘇らせることはできないな。少なくとも俺には無理だ。死んでしまったらどうしようもない。死んだ者を再び召喚できたとしたら、それはもう別人だ。もし、そんなことを抜かす悪魔がいたら、普通に騙されてると思った方がいい。そんな奴はぶん殴ってやれと助言する」

 ファルシュは淡々とした調子で答えた。アデリナも同意見だ。そんな都合の良い事が起こるなら、誰も苦労しない。



  

「それより、お前はこっちに戻ってくるつもりはないのか?お前にその気があるなら、俺の後釜に据えてやってもいいぞ」

 ファルシュは突然話を逸らした。アデリナはその申し出に顔を顰めながら首を横に振る。

「以前もお伝えしましたが、貴方の部下としてなら、いつでも戻ります。しかし、貴方のいない宮廷魔術師団など、正直魅力がないので戻りません」
 アデリナはきっぱり断った。ファルシュは肩を竦めている。

「……一応、まだいるけど」
「国王陛下に無理矢理引き止められているだけで、殆ど引退状態じゃないですか。北部辺境の魔物討伐が完全に終わったら、もう復帰しないつもりですよね?私は貴方程の魔術師を知らないので、残念ですが」

 アデリナはファルシュに復帰を促した。彼の魔術と戦術の巧みさには舌を巻くものがあり、性格はアレだがアデリナは彼を尊敬している。出来ることならずっと現役でいて欲しいのだが……。

「まあ、気が向いたらな」
 しかし、ファルシュは素っ気ない返事だ。この様子じゃ期待薄だろう。アデリナは溜め息を吐いた。

 
「……あと、他の者が説得がてら報告に来ると思いますが、今年の建国記念祭は、どうやら第二王子サミュエル殿下も御出席されるそうです。……ファルシュ様の御欠席がさらに目立ちますね」
「嫌味かよ」
 ファルシュは嫌そうにアデリナを睨んだ。

「いえ、そういうつもりでは……。それから、もうひとつ」
「まだあんのかよ?」
 ファルシュはゲンナリした表情を見せている。

「はい。……これは、私の個人的な、単なる興味でお聞きしたいのですが。第二王子を助けた少年、ルカ・クラルヴァインは、貴方の弟子なのですか?」

 アデリナは質問を続けた。どんなに請われても弟子など一人もとらなかったこの男が、その少年を学園に編入させるために推薦状を書いたのだ。どういう風の吹き回しなのか、非常に気になっていた。

「弟子ではねえな。拾ったんだ」
 
 ファルシュは面倒臭そうに答えた。その答えにアデリナは絶句し、混乱した。
 拾った?この捻くれ男が、まさかそんな野良猫みたいな。単なる気まぐれか?親切心?いや、この男に関してそれはあり得ない。絶対何かあるはずだ。
 
「一体、何を企んでいるんですか?」
「……なんか、前も同じようなことを誰かさんに言われたな」

 眉を吊り上げたアデリナの鋭い追及に、何故かファルシュは遠い目をした。


 

「まあ、どうでもいいや。面倒くさい連中が来る前に俺はもう帰るぞ。じゃあな」

 ファルシュは一方的に話を切り上げて立ち上がった。本当に建国記念祭には出席しないつもりのようだ。
 彼の邸は一応王都の郊外にあると言われているが、仮の邸らしく本当は何処に住んでいるのか不明だ。何でも熱狂的な彼の信者に家がバレて、追いかけ回されるのが嫌だから辺鄙な場所に移り住んだらしい。何処に住もうが彼にしてみれば転移魔法を使えば一瞬だ。人間嫌いのこの男らしいといえば、この男らしい。
 
 そう考えると、あのルカという少年のことだけが異質なのだ。今まで誰にも興味を持たなかったこの男が、何故。

 アデリナは書類を纏めて立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとするファルシュの背に向かって問いかけた。少しだけこの男の反応が気になったのだ。

「サミュエル殿下にお会いしなくて良いのですか?」
「関係ねえだろ」
 ファルシュは振り返らずに即答した。しかし、アデリナは言葉を重ねる。

「殿下は自分を助けてくれたルカ少年を非常にお気に召したようで、人目も憚らず溺愛なさっているそうです。恐らく卒業後は、彼を王宮に迎え入れるおつもりではないかと。それでもお会いにならないので?」

 アデリナはわざと誤解を招くような言い回しをした。ファルシュの足が止まり、ゆっくり振り返る。その顔は能面のように無表情だった。

「……関係ねえって言ったろ」 

 ファルシュは地を這うような冷酷な声でそれだけ言い捨てると、即座に転移魔法で消えてしまった。
 
 残されたアデリナは、その場に崩れ落ちた。身体の震えが止まらず、両手で顔を覆う。視線だけで殺されるかと思った。何だ今の、怖すぎるのだが。
 
「……ヤバい、私死ぬかもしれない」
 
 どうやら、この話題は禁句だったらしい。


 
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