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第3章
34 代償
しおりを挟むルカとオスカーは、エリオットに連れられて王宮内の礼拝堂から隣接する大庭園の中の建物へと移動した。一般客は立ち入りが制限されている場所のようだ。庭園内には季節の花々が咲き誇り、手入れが行き届いている。大庭園の中央には小さな噴水があり、その水飛沫が陽の光に煌めいて美しい。
「やあ、ルカ。久しぶりだね。会いたかったよ」
ルカとオスカーが案内されたのは、庭園を一望できる建物の最上階の豪華な一室だった。落ち着いた雰囲気の応接室で、柔らかい日差しが室内を照らし出している。
部屋の奥のソファでは青年が一人、ルカたちの訪問を待ち構えていた。透き通るようなサラサラとした金髪に碧い瞳、中性的で端正な顔立ち。青年はどこか浮世離れした美しさがある。
彼は柔和な笑顔を浮かべながら立ち上がり、両手を拡げてルカに向かって歓迎の意を表した。
「……えーと」
なんだろう、このポーズ。抱きつくのが礼儀なのか?青年の正体に心当たりがあるルカは、困惑してその笑顔を見つめた。勿論、ルカはその胸に飛び込んだりなどしない。
「あれ?恥ずかしがってる?君は私の愛人になったんだろう?遠慮せずに私の胸に飛び込んでおいで」
「いえ、遠慮します」
ルカはきっぱりと断った。彼との抱擁は魔力暴走を誘発して大変なことになりそうだから遠慮したい。この、一見爽やかな笑顔を振り撒く金髪碧眼の好青年っぽい人物は、恐らくこの国の本物の第二王子、サミュエルその人であろう。この様子では、サミュエル自身も学園内の様子は把握しているようだ。ルカはなんだか頭痛がしてきた。
「ひょっとして本物の王子様か?普通に生きてたみたいだな。つか、すげえレオに似てるじゃねえか」
オスカーが小声でルカに耳打ちした。確かに改めて見れば顔の造形や背格好がレオにそっくりだ。レオと兄弟だと言われても違和感はない。
しかし、本物のサミュエルがここにいると言うことは、レオは何処にいるのだろうか。ルカは思わずキョロキョロと周囲を見渡したが、それらしき姿は見つけられなかった。
「レオは今この場にいないけど、今のところ無事だから安心してくれ」
サミュエルはルカの懸念を察したように先回りして、穏やかに返答した。エリオットはサミュエルの隣に静かに控えている。
自分をじっと睨みつけているルカの視線に気が付き、サミュエルが苦笑した。
「……何か私に言いたいことがあるようだね。遠慮せずに何でも聞いてくれて構わないよ」
サミュエルはルカにソファへ座るように勧め、自らもその向かい側のソファに腰を下ろした。オスカーもルカの隣に座る。エリオットは立ったまま待機するようだ。
「……あの、レオはどうして殿下の身代わりに?あと、殿下は何故学園を休まれているのですか?」
ルカはまず一番尋ねたかったことを口にした。
「レオは外見も私にそっくりだし、あらゆる面で優秀だ。少し影武者をさせてみたらなかなかの出来だったから、暫く私の身代わりとして働いてもらうことにした。半分囮だな。私が学園を休んでいる理由は、……色々あって、少し自由に動ける時間が欲しくてね」
サミュエルは言葉を濁した。ルカは口を尖らして不満を露にする。
「レオの意志は無視ですか?」
「そうではない。そもそも取引はレオから持ちかけてきたんだ。影武者になる代わりに、探して欲しい人物と物があるから手伝って欲しいと。私はその提案を受け入れただけだよ」
ルカの非難を込めた眼差しに、サミュエルはにっこりと微笑んだ。
「探して欲しい人物って?」
サミュエルの言葉に反応したのはオスカーだった。サミュエルはオスカーに向かって頷く。
「レオが探していた人物は三人。一人は最初から居場所が分かっていた。二人目も、名字は違っていたけれど、最近見つかった。だけど、最後の一人は六年前から行方不明のままだ。残念ながら恐らく既に死亡していると思われる」
オスカーの問いに対してサミュエルは淡々と答えた。
六年前は、ルカが最初の人生を思い出した時期だ。ルカはごくりと息を呑んだ。何だか嫌な予感がする。
「……その、行方不明の人って、クライヴ・スペンサーですか?」
ルカは恐る恐る尋ねた。サミュエルは、意味深な眼差しをルカに向けている。
「……残念ながら違うかな。私は彼が今何処にいるのか、生きているのかも知らない。私が知っているのは、レオと私の取引が成立した直後、スペンサーは何者かに精神を破壊されたようだということだけだ。まあ、詳しくは後でレオから聞いてくれ」
サミュエルはそう言って、ルカの問いをはぐらかした。その言葉にルカは絶句した。何だか物騒な単語が聞こえてきた気がする。
「……じゃあ、……レオが探していた人物は?」
「一人目はルカ。君だね。二人目はオスカー・ブルクハルト」
「俺?」
突然自分の名前を呼ばれたオスカーは、驚いたようにサミュエルを見返した。サミュエルは頷く。
「そして三人目は……」
サミュエルはルカとオスカーを順番に見遣ってから、今度はその視線を窓の方に向けた。誰か外にいるのだろうか。窓から見える王宮の大庭園では、盛大なお茶会が開催中だ。
「……三人目は、マティアス・オルコット」
サミュエルはそう呟いた。ルカの心臓がどくんと跳ねる。まさか、ここでマティアスの名が出るとは。
その三人の共通点は、前世で勇者と共に魔王討伐の旅をしたメンバーだと推測された。何故レオが、この三人を探そうとしていたのか。それよりも。
「……オルコット?」
「オルコットってことは、ファーレンホルスト公爵家の者か?俺とルカはレオと同じ孤児院出身だからまだ分かるが、公爵家の奴とレオはいつ知り合いになったんだ?養子に行ってからか?」
オスカーが首を傾げた。前世のことを知らないので当然の反応だろう。今世では、まだレオとマティアスは全く接点がない。サミュエルは「私もそこは詳しくは知らない」とボヤいてから、再びルカとオスカーに向き合った。
「レオの探していたマティアスは、六年前のとある新月の日、弟と数百年に一度の流星群を見に、王都郊外の遺跡が有名な丘に出かけたらしい。そこで運悪く魔物に襲われて、弟を庇ったマティアスは重傷を負ったそうだ。残されていたのは錯乱した弟だけで、マティアスは行方不明。弟の様子から、マティアスは魔物に攫われて、恐らくもう生きていないだろうという結論に達した」
サミュエルの淡々とした説明に、ルカの呼吸はいつの間にか浅くなっていた。
「……それじゃあ、新月の夜、そのマティアスさんとやらは弟を庇って魔物に襲われて、亡くなった訳か。……残された弟も気の毒だな」
オスカーは同情したように呟いた。サミュエルは「……恐らくね」と頷いた。ルカは絶句し、意識が遠のいた。
前世でのマティアスの職業は神官。彼は常に笑顔で穏やかな物腰の人物だった。光属性で『治癒』のスペシャリスト。一般的に光属性は王族か、それに近しい者にしか現れない希少な属性だ。マティアスが公爵家の出身だとルカは知らなかったが、その出自が高貴なものだと聞かされても、納得できてしまう。
数百年に一度、幾千もの流れ星が落ちる新月の日。
この日を忘れるはずがない。一度目の人生では、この魔物が跋扈する日、ルカとレオは流星群を見に行き光属性のレオがルカを庇って襲われた。だから、今世ではレオが魔物に襲われるのを避けるため、ルカは王都郊外のあの遺跡の丘に近づかなかった。ただ、レオを守りたい一心だった。
ただ、あの日、流星群を見に出かけたのは、ルカとレオだけではなかったのだ。
自分が行動を変化させたことで、誰かが不幸になるなんて考えたこともなかった。今世では、ルカがあの日外出を拒んだせいで、レオは魔物に襲われずに助かったが、身代わりとしてマティアスが魔物に襲われて死んでしまったというのだろうか。
ルカのあの日の行動が、マティアスと彼の運命を変化させ、彼らを不幸に導いた。
ルカはふらりとよろけて、壁に手をついた。顔が真っ青になっているだろう。
「ルカ、大丈夫か?お前、また顔色が……」
オスカーが慌ててルカの背中を擦った。窓の外では大庭園のお茶会が盛り上がりを見せている。
「ただ、マティアスの弟は、兄の死を受け入れていない。だから……」
サミュエルの言葉が途中で途切れた。窓の外から甲高い悲鳴がいくつも聞こえたからだ。
「なんだ?」
オスカーが驚いて窓の外を見る。ルカも弾かれたように立ち上がり、窓に駆け寄った。そして庭園を見渡す。そこには黒い靄のような魔物の群れが、王都の上空に出現していた。
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