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09 偽物

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「樹、明日の飲み会どこであるの?迎えに行くから、連絡して」
 蓮はテレビを見ている俺を背後から包み込むように抱きしめ、耳に唇を押し付けてくる。こんなことにもすっかり慣れてしまった自分が恐ろしい。


 オメガには3ヶ月に一度、発情期が訪れる。その期間は3日から1週間ほど続き、その間性欲以外の全ての欲求を忘れてしまうそうだ。発情期にアルファと性行為を行えば、高確率で妊娠するという。

 媚薬や催淫剤を利用して、それっぽく装うか考えたこともあるが、「無理だな」と即却下した。自分にそんな恥ずかしい振る舞いができる気がしない。

 この偽りがいつまで持つか不明だが、今のところ、蓮からは俺に発情期が訪れないことに関して何も言われない。




「いらない。1人で帰れるって」

 俺は蓮に背を預けたまま答えた。帰宅が遅くなるときは事前に蓮に伝えているが、何故かこの男は成人男性である俺を心配する節がある。

 あまり無下にすると「……やっぱり樹と同じ大学に編入し直すか」などと怖いことを言いだすので、適度に相手しないと面倒なことになる。

「心配なんだよ」
 蓮は俺の耳元で甘く囁き、俺の首筋に鼻を埋めると、そのまま吸い付いてきた。

「……お前は母さんか」
 くすぐったくて、笑いながら思わず首を竦めた。蓮は俺の項に軽く歯を立ててから、ゆっくりと舌で舐め上げてきた。その感触に肌が粟立つ。

「樹」
 咎めるように名前を呼ばれて振り返ると、噛みつくような口づけをされた。舌が絡み合い、息が苦しい。蓮は何度も角度を変えて、執拗に唇を合わせた後、名残惜しそうに唇を離して俺を見つめてくる。

「いいから連絡しろ。飲み会なんか行ったらお前絶対酔っ払って可愛い顔晒して襲われるだろ。とりあえず2杯以上飲むなよ。迎えに行く」

「お前何言ってんの?どんだけ過保護なんだよ」
 俺は呆れて溜め息をつく。
 
 蓮は俺を「護られるべき弱い存在」と見なしている。俺が自分の性を偽っているからだと思えば仕方ない。そう考えると、罪悪感に苛まれてしまう。


「……心配してくれてんのは嬉しいよ。ありがとうな」
 蓮の頬に手を添え、視線をあわせて告げると、蓮は切なげに眉を顰めた。


「樹、好きだよ。ずっと俺の側に居てよ」
 蓮は絞り出すような声で呟くと、俺の身体を強く抱きしめ直した。

「……俺も好きだよ」
 自分を抱く男の頭を撫でつつ返事を返した。いつまでこのやり取りを続けられるのだろう。

 本物の『運命の番』だったら、永遠に一緒に居ることが出来るのかもしれない。
 俺が偽物だと判明したら、蓮は俺にどんな視線を向けるのだろう。その瞬間を想像して、いつも胸が苦しくなる。
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