【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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1  情けは無用である。  穂高side

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 僕が通う私立梓浜学園は男女共学の中高一貫校だ。
 有名大学への進学率が高いが、両家の子息が多く通うことから、比較的穏やかな校風で、平和な学び舎という印象がある。ただ、生徒の顔触れが六年間ほぼ変わらないので、代り映えのしない日常にクラスメイトは少し退屈を持て余している雰囲気ではあった。

 クラス編成は成績順だ。中等部三年の学年末テストで僕は九位だったから、高等部に上がってもA組をキープできそう。生徒に支給されているモバイルに順位表が出ていて、それを見る限り、一年A組の顔触れは中等部三年A組のメンツと同じっぽい。
 中等部から高等部に上がるとき、校舎を移ることになる。学園への入り口は中等部も高等部も同じ通学路を使うから、あまり変化はないけどね。
 敷地の中ほどで道が東西に分かれ、そこが中等部と高等部の境になる。突き当りには、僕が所属している園芸部が手をかけている立派な花壇があるのだが、まぁ、それはともかく。
 つまり、高校生になったからといって、制服が学ランからジャケットになるだけの、なにも変わらぬ日々だ。と、僕は入学式の日までそう思っていたのだ。

 僕はいつも西側に曲がっていた道を東側に曲がり、高等部の敷地に足を踏み入れた。
 とはいえ、別に高等部の敷地にはじめて入るわけではない。中等部と高等部の園芸部はつながりがあって、一緒に活動したこともあって、それで互いの校舎を行き来したこともあったし。説明会や新一年の物品購入などでも入ったからね。
 でもまぁ、目に映る光景は若干違って、中等部の校舎は近代的な四角いものだったが、高等部の校舎は外国の教会みたいなたたずまいで、ちょっとオシャレなのだ。
 校舎内の様相は、下駄箱が少し大きめ、天井が高い、とか。少しだけ変わっているかな? って感じ。
 そんなふうにいろいろ見て回りながら、一年A組に入っていく。

 するとそこには見慣れない人物がいた。

 美しい彼のルックスに、男子生徒は呆気にとられ、女子生徒は早くも魅了されている。
 すぐに担任が入ってきて、生徒は入学式が行われる講堂に移動となり、見慣れぬ彼が誰なのかはみんなわからないでいたが。その彼が、入学式の壇上で、在校生を差し置いて総代として新入生挨拶をしたから。

 代り映えしない日々に安穏としていたクラスメイトたちは度肝を抜かれたのだった。

 その彼こそ、藤代永輝である。
 僕の目から見て、藤代は非の打ちどころのない完璧人間だった。
 彼の顔は、神が時間をかけて細部にまでこだわり抜いて作ったかのような美しさがあり、全体像はもちろん、パーツを抜き出して見ても、唸るほどに綺麗なのだった。
 スタイルもよく、長い手足を切れよく動かすので、スポーツも万能だった。
 総代なのだから、この学年の誰よりも賢く。性格も明るく気さくだ。

「親の仕事の都合でこちらに引っ越してきました。そう、ここから二駅先の、新しくできた藤代総合病院。よく知っているね? あぁ、ご近所さんなんだ。俺も医者になって跡を継ぐ予定だから、将来は藤代永輝医師を指名してくれよな」
 男子生徒も女子生徒も、編入していきなり総代になったニューフェイスに興味津々だ。彼の机の周りにいっぱい集まる生徒たちに、藤代は気安くも華やかな印象でそう話したのだった。
 誰もが注目する彼の気を引こうと、みんなはこぞって彼に話しかける。

 でも、僕は違った。

 僕はチビでガリでメガネで、なんの特徴もないし。運動も苦手だし。勉強はそこそこできるが、藤代のように学年トップなんて取ったことはない。かろうじて十位圏内をキープしている感じだ。
 なにも特筆すべきところがないのだから、せめて性格くらいは良くあれ、とは思うけど。残念ながら、僕はコンプレックスのかたまりだった。
 自分の身長も体格も顔も成績も、まったく満足できるものじゃない。
 だからさ、僕が欲しいと思うものすべてをクリアしている藤代には、嫉妬心しかないよ。
 医者になりたいという夢までかぶっているじゃないか。なんだか、嫌だなぁ。
 きっと彼は、僕ががんばってがんばって、一生懸命勉強したあげくようやく入れる難関大学に、努力しなくても入れちゃうんだろう。そういう人種だよ。たぶん。おそらく。

 そんなふうに勝手に妄想して、勝手に彼に怒りを募らせていた。
 思春期だから。わかっているよ。なんか、こじらせちゃっているってさ。
 でも、思わずにはいられないのも、思春期なのっ。
 その感情が、醜い妬みだったり、ないものねだりだったり、歪んだ憧れだったり、心の中にあるどす黒いものだって承知している。
 その自分の醜い部分をむき出しにしたくないから、僕は彼にあまり関わりたくない、ってわけ。

 近くにいなければ。
 昨日男友達とカラオケではしゃいだと教室で話していた彼が、小テストで自分より上の点数でも許せるし。
 体育のサッカーで、僕は下手だからって外されているのに、彼がシュートを決めて派手に活躍しても、他人事で拍手を送れるし。
 微笑みひとつでクラスの女子のハートを鷲掴みにしても、へぇ、すごいねぇって思えるし。
 テレビの中のアイドルを見るような、遠めの心の位置で彼を視界に映していられる。

 そう、藤代永輝は僕とは関りのない人。同級生だけど遠い人。それで良かった。

 なのに。ある二時間目終了後の休み時間。
「穂高、次は教室移動だろう? 化学室、一緒に行こう」
 廊下側最後尾にある自分の席で教科書をそろえていたら、藤代に突然声をかけられて。
 僕はぴゃ、っと。
 驚いてちょっと飛んだ。椅子がガタッと、派手に音を立てたよ。

「あ、ごめん。驚かせちゃった?」
 藤代は爽やかイケメンな感じで、ヘラっと軽く笑う。
 そんなきらめく笑顔を安売りするな。僕が女子だったら恋しちゃうぞ。
 と、心の中で文句を言ってみる。

「大丈夫、だけど…」
 僕は化学の教科書を腕に抱き、彼の後ろを見やった。
 もし。もしも、藤代がひとりだったなら。一緒に化学室に行ったかもしれない。ボッチは可哀想だもん。
 でも藤代の背後には、彼と一緒に化学室に行こうと思っている集団が十人ほどもいたのだ。
 ってことはさ。なに? 僕がボッチ認定だったんじゃない?
 それって、屈辱ぅぅ。
 いや、藤代にはそんな気はなくて、これは僕のねたみからのそねみから生まれた穿った考えだってわかっているけどぉ。

 情けは無用である。

「ごめん…トイレに寄ってから行く。化学室にはみんなと行って」
 嫌味にならないように、ひらりと手を振り、ササッと廊下に出た。こういうとき、廊下側は便利だね。
 なんとか彼への嫌悪感は出さずに、自然にかわせたとは思う。でも、後味が悪くて長いため息が出た。

 そんなふうに、たまに藤代の方から僕に声をかけてくることがあった。僕はその都度驚いて、シャッと逃げるわけなのだけど。
 なんで僕の名前知ってんの?
 まぁ、入学初日にクラス全員で自己紹介をしたから、名前を知っていてもおかしくはないけど。僕は藤代の席に近づいたことないんだからな。お取り巻きの人たちの名前をまず覚えなよね。
 っていうか、僕は藤代に近寄りたくないんだから、来ないでよね。
 そんなこと、藤代に面と向かっては言えないけどぉ。

 だからこそ、困るんだよね。まったくぅ。

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