【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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13 今までと、違う  藤代side

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 彼は花に水をまき終えると、その場にしゃがんでチューリップをみつめた。
 眼鏡の向こうの丸い瞳に、赤や白や黄色の色彩が反射しているように見え、俺はすごく綺麗だと思った。
「あの…」
 声をかけると、そのキラキラした瞳が俺を映し、なんか感動しちゃったな。
 つか、なんだか緊張してドキドキした。
 思えば俺は、自分から人に声をかけたことがなかったんだ。
 大抵困った顔してうろついていたら、誰かが話しかけてくれるからな。

「学校の受付に行きたいんだけど、迷っちゃって…」
 笑顔で、下手に出て言う。
 一度見たことは忘れない質なので、迷ったというのは嘘だ。すぐそこに受付があることは知っている。
 でも、俺はこの小さい彼と話がしたかったのだ。その言い訳、みたいな?

「僕がご案内します」
 思惑通り彼はうなずいて、立ち上がってくれた。
 彼の身長は俺の肩くらいの位置。見上げてくる目線の角度が、まるで子犬が首をかしげているように見え、可愛い。
 なんか、キュンとする。
 俺はそれだけで、なんだかものすごく彼を気に入ってしまった。

「ねぇ、君、名前は? 何年生?」
「穂高です。四月から、高等部一年A組の予定」
「予定? もうクラスが決まっているんだ?」
「えぇ、クラス編成は成績順なので。学年末テストで結果は出ていますよ」

 穂高は笑顔もないけど、質問には淡々と答えてくれた。
 でも、こういう愛想がない感じが良いんだよ。
 媚びたり、聞いてもいないのに個人情報アピったり、そういうガッついてこない感じがさ、普通の友達っぽい!
 つか、クラス割りが成績順なのだとしたら、新入生挨拶をする俺も一年A組なんじゃね?
 俺は穂高とクラスメイトになれることを密かに喜んだ。

「入学式の前なのに、学校に来て水まきなんかしているんだ? 真面目だな」
「中等部でも園芸部なので。入学式の前に花壇の整備を手伝ってって頼まれただけです。ここの職員玄関を入って左が事務の受付になります」
 手でうながされ、俺はもうついてしまったと、残念に思う。
「ありがとう、穂高くん」
 礼を言うと、彼は会釈して、小走りで花壇に戻ってしまった。
 あぁあ、そんなに急いで行かないでぇ。
 去り行く彼の背中を見ながら、俺はそう思っていたけど。

 ハッとして、気づく。
 穂高、俺の名前を聞いてこなかった。

 その事実に、俺は愕然としたのだった。

 普通の流れは大体、まず俺の名をたずね、相手が名乗り、年齢やメルアドや住所までもつまびらかにする。
 俺に用事があったら、そのタスクをこなしつつ、俺の趣味や、恋人の有無、どのあたりに住んでいるのかとか、行きつけの店はどこだとかまで聞き出そうとしてくる。ここまでがワンセットだ。

 でも穂高は、俺が聞いた以外のことを話さなかった。
 俺のことも、なにも聞いてこなかった。名前さえも。
 本来は、穂高の対応がスタンダードなのだろう。でも、俺にとっては由々しき事態だった。
 だって、通りすがりにメルアドの書かれたメモを渡されるような環境で育ってきたんだからな。

「初対面で名前を聞いてこない人にはじめて会ったぁぁ」

 ひと目で気に入った相手だからこそ、彼に見向きもされなかったのは、ちょっとショックだったけど。
 でも。今までの友達たちとは違う穂高の対応を見て、俺は心臓がドッキンと高鳴るのを感じた。

 今までと、違う。新たなる冒険の予感が、俺を心底ワクワクさせたのだ。

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