【完結】しゃにむに社畜をしていたら、王の虜囚になりました。

北川晶

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18 寵姫の証

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     ◆寵姫の証

 柔らかく体が沈み込むソファに、私は今、腰かけています。
「どうだ? おまえを二度と離さないという言葉が、本気であったと理解できたか?」
 私の隣には、くつろいだ様子でソファに体を預けるラダウィがいて。私の肩をしっかりと抱いて言う。
 その手の力強さに本気度が表れていて、彼にうなずきを返した。
「ラダウィ様の行動力には、舌を巻いています。まさか、今日私を連れて移動するなんて…」

 ここは、機内。シマーム国王の専用ジェット機の中だ。
 しかし、大理石の床に、座席と言うのもはばかられる極上のソファセット。白い壁には植物様の彫刻が細工されていて、とてもゴージャス。
 どう見てもリビングルームにしか見えない内装だ。
 王族の屋敷で世話になったとはいえ、国王のプライベートジェットに乗る機会などあるわけもなく。その豪華さは、私が知る環境より一段も二段もグレードアップしていた。

「長く待つ気はない、とも言っただろう? おまえが会社を辞めたくないから時間をくれと言ったのだ。なら、会社は辞めなければいい。その環境で、おまえを私の手元に呼び寄せればいいだけのことだ」
 それは、そうなのですが。
 私は華月と連絡を取る時間が欲しかったのです。
 会社の契約が無事に調印し。そのあとは、華月を王の元へ向かわせれば、丸くおさまる。はずだったのに。
 そんな私の稚拙な思惑は、実現しなかった。

 なので、今はとにかく。
 自分が蓮月だとラダウィに気づかれないようにして、彼と親交を深める…。
 その、ムサファの指示に従っています。

 会社の計画も、少しは進んだ状態でないと。
 せめて、契約撤回できないくらいにプロジェクトが進まないと。
 私の失態で王が機嫌を損ねて、契約は反故ということになってしまうかもしれません。
 会社に迷惑がかからないところまでは、なんとか誤魔化せると良いのですが。

「シマームに足を踏み入れた直後から、おまえは私の伴侶になる」
 上機嫌なラダウィが、私のこめかみにキスする。
 その愛情のこもった仕草に、胸が高鳴ります…が。
 彼の重い言葉に。やはりうろたえてしまう。

「伴侶…結婚ですか?」
「わが国では同性の婚姻はできない。だから、私はおまえを所有する、ということになる」
「…所有」
 ある意味、屈辱的なことなのかもしれません。
 もしかしたら華月は『人格無視かよ、ふざけんなっ』とか言い、怒り狂ってしまうかも。
 ですが私自身は、所有と言われてホッとした。
 それならば、ラダウィの籍に傷がつきません。
 そして、私には。そばにいてもいいという資格、許可が与えられる。

 正式な結婚でなければ、いつか華月と入れ替わる日が来ても、少なくとも書面偽証などの騒動にはならないでしょう。

「それとも、伴侶ではなく虜囚が良いか? 首に鎖をつないで、私の部屋でおまえを飼うのも悪くはないが?」
 猫の喉を撫でるみたいに、王が私の顎を指先でくすぐる。
 これは、私を怖がらせて楽しむ、いつもの意地悪です。

「恐れながら…困ります」
 仕事で来ているのに、部屋で監禁されたら働けないではないですか?
「おまえ、全く恐れ入っていないだろうが。ふふ、ままならぬのも、おまえの魅力ではあるがな?」
 そう言うが、楽しげな様子は変わらず。王が高らかに手を打つ。

 すると部屋に、シマームの民族衣装を着た世話係が数名入ってきた。
 部屋の様相も、周囲の人物も、すでにシマーム色に染まっている。
 つい数時間前まで日本にいたのが、嘘のようですね。

「所有、虜囚、伴侶、肩書や名前がどうであれ、おまえはもう私のものだ」
 使用人の手には、ノートパソコンほどの大きさのケースがあり。
 ビロードに包まれたそのケースを王が開けると、腕輪が入っている。
 幅が十センチほどの純金製。透かし彫りで王家の紋章があしらわれていた。

「これは、私の寵姫ちょうきであるという証だ」
 ラダウィは私の手を取り、左腕のシャツとスーツの袖をまくり上げ。腕輪をつけてくれる。
 ちょっとだけ、私は彼と結ばれる夢を見てしまった。
 愛し愛され、喜びの中でプロポーズをされたなら。天にも昇る心地だろう。
 温かい気持ちが体中にあふれ。
 金色に輝く腕輪、その見事な彫刻を、うっとりみつめた。

 いずれ、この腕輪も華月の手に渡ってしまうのでしょうが。
 今だけ。この瞬間だけ。
 寵姫の証、彼のものになったその喜びに、心を弾ませる。

「…始めろ」
 王の言葉で、使用人が動き。なにかの機材で素早くなにかをされて。そしてサッと使用人は出て行った。
 あまりの早業で、よくわからなかったが。
 ちょっと、腕輪が熱い? ですかね?

「今のは、なんですか?」
「腕輪を外せなくする細工をしたのだ。王家の刻印が入った大事なものだからな。紛失したり、誰かに盗まれて悪用されないようにした」
 えっ、と思い。腕輪を見やると。
 本当に、留め金部分が熱で溶かされて潰されていた。
 はわわっ。これではもう外せません。

 これはいつか、華月が受け取るべきものなのに。
 どうしたらいいのかと、オドオドして。私はムサファに目をやるが。
 彼はそっと視線を外した。
 味方だって、言ってくれたのに。スルーですか、先生っ。
 でも、ラダウィが私の肩を抱いている以上、彼の元へは向かえなかった。
 うぅ、どうしたらいいのか、という問題が積み重なっていくようです。

「この腕輪があれば、私の寵姫として、あらゆる優遇を受けられるだろう。その代わり、私の許可なく国外には出られぬ。王都からも、王宮からも。私から、決して逃れられないということだ」
 ということは、私がアメリカへ行き、華月と入れ替わることもできない、のですね。
 しかし、よくよく考えれば。
 もう、穏便に華月と入れ替わることなどできないのです。
 ラダウィが帰国したとき、私が一社員だったら。会社とは関係ない華月がシマームへ入ってもおかしくはなかったでしょうが。
 今の私は、三峰とシマームの間を取り持つ調整役ですから。三峰の仕事を、部外者の華月にはさせられませんからね。

 私が華月と入れ替わるときは。嘘がバレて、私がラダウィに断罪されるとき。

 ムサファの言う通り。国と会社に迷惑をかけないよう。嘘を継続し。
 時が来たら、彼に殺される。
 私の運命は、それしかないようです。

「なにを考えていた?」
 ラダウィは私の左手を恭しく手にし、腕輪にくちづけながら聞く。
「ラダウィ様の寵姫になれて、嬉しいです」
「ふふ、もう逃げられぬというのに、可愛い奴め」
「逃げない、逆らわないと、お約束しました」
「裏切らない、も、だろう?」
 微笑みをかたどる王の唇にキスされて。荒々しくかき抱かれた。

 裏切らない、は。約束できません。
 いつか貴方あなたは私の嘘を知り。裏切られたと思うでしょう。
 だけど。もしも貴方がそう思ったときは。

 部屋に鎖でつないで、虜囚にしてください。

 王の腕の中、とろけるようなくちづけを受けながら、そう思った。
「昔…飛行機の中は空気が薄いから、息を止めないとならないと言っていたな? ここは実行するべきだ」
 にやりと笑い、ラダウィはソファの背を倒して、私を押し倒す。そして唇で唇をふさぎ、たっぷりと濃密なキスを楽しんだ。

 それを言ったのは、華月です。

 些細な言葉が、チクチクと胸に突き刺さる。
 その痛みを隠して、私は彼の背中に手を回した。
 彼の目に映るのは、自分のようで、自分ではない。
 小さな嘘。けれど、大きな嘘。
 人をあざむくことが、こんなにもつらいことだとは思わなかった。

 後悔と罪悪感の中で受けるキスは…にがかった。

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