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エピローグ ③ 最終回
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ムサファと、寝ている華月を部屋に残し。
私は王の私室に足を踏み入れた。
砂漠の国とは思えない、緑豊かな庭を見渡せる部屋。
居間にあたる、その部屋の中央にある寝椅子に、王は寄りかかっていた。
「ラダウィ様、お呼びですか?」
たずねると、王が両手を広げるので。私は寝椅子に近寄り、彼の腕の中に身を預けた。
当たり前のように彼と抱き合える、この現状が甘くて。
胸の奥をくすぐられているように感じ、私はふんわりとした笑みを浮かべて彼をみつめた。
「ハナとの話し合いはどうなった? 弟に反対されても、私への気持ちは変わっていないだろうな?」
少しうかがうような目で見やるラダウィに、私は表情を引き締めて言う。
「いいえ、変わりました」
私の言葉に、王は眉を跳ね上げたが。
「ますます強く、貴方から離れたくないと思うようになりました」
「…こいつめ」
再び笑顔を向けると、ラダウィはニヤリと笑い。
お仕置きみたいにして私の唇をカプリと齧った。
すみません、悪戯して、調子に乗りました。
「ムサファが、華月と私の部屋にいるのですが。大丈夫でしょうか?」
弟を愛していると言うムサファが、華月に無体な真似はしないと思うけれど。
彼は油断のならない男だと、認識を新たにした。
見かけは変わらず、優しいお兄さん。でも、もうその認識だけでは駄目で。
彼は王の初恋すら切り札として使う、狡猾な人なのだ。
だから、兄として少しだけ不安になる。
「あいつはしたたかな男だ。おそらくここまでが計画の内だったのだろう」
「計画、ですか?」
「レンを私の伴侶に迎える手配をするという、私がムサファに課した条件のことだ。おまえが私の元で暮らすように仕向けるのが、第一。心も通じ合えれば、尚良い。だがムサファはそこに己の望みを加えた」
元々私はラダウィに好意を持っていました。それを、ムサファは懐柔されたときに華月から聞いていたと思います。
私がシマームに足を踏み入れた時点でラダウィの条件はほぼ成就する、とムサファは知っていたはずです。
ムサファが、真実を明かすタイミングをどうするつもりだったのかはわからない。
けれど、華月が王宮に来たとき。私を呼びに来たムサファは怒っていたように見えました。
だからムサファは、華月がシマームへ来ることは不本意だったのだろうと思って…。
いえ、そういえば。
私がアメリカに電話したのは傍受されていたと言っていましたね?
「ムサファは、ハナちゃんに連絡を取った私を怒っていたのに。電話を傍受していたのなら、なぜ空港でハナちゃんを足止めしなかったのですか?」
「止めるわけない。ハナをシマームへ呼び寄せたかったのだからな」
王は私の肩を抱いて、楽しげな遊びの計画を立てているみたいな、愉快な様子で私の耳に囁く。
「まんまとハナをおびき寄せられて、あいつはほくそ笑んでいたはずだ。レンに怒って見せたのは、脅かして楽しんでいたのだろう。本当に悪い男だよなぁ? ムサファは…」
ラダウィはクスクス笑っているが、察しの悪い私は、まだピンと来なくて。
問いかけを重ねてしまう。
「ハナちゃんをシマームへ呼びたかった? ということですか?」
「そうだ。五年前におまえたちと疎遠になったという話は、ムサファと華月のことだと言っただろう? ムサファは私の父と兄を陥れて国外追放にしたのだが。そのごたごたのときに、恋人のハナと音信不通になったのだ。ムサファも私同様、この五年間は国政を整えるために身動きが取れなくて。ハナの消息を探せなかった」
そう言われれば。
華月は大学を卒業と同時に転居して、電話もメルアドもなにもかも一新した時期がありました。
けれど入社と同じくして環境が変わることはよくあることだから、私はあまり気にしなかったのですが。
まさか、そのときにムサファと距離を置いたのですか?
「さっきムサファは。ハナちゃんが先に裏切った、なんて言って。私はよくわからなかったのですけど。ハナちゃんがムサファとお別れしたということですか?」
「ありていに言えば、そうだな。ハナはフェードアウト破局を狙ったようだが、ムサファは納得していない。まぁ、あいつらがごたついたおかげで、私はレンの情報が手に入ったので。むしろ良かったが」
私の首筋に、ラダウィはチュッと音を鳴らしながらくちづけて。
好き、愛してる、という感情が伝わって、私は嬉しくなる。
「つまりムサファは。私の要求を叶えるこの機に乗じて。彼の望み、ハナと復縁するところまでを視野に入れていたのだ。嘘に耐えられなくなったレンが、ハナをシマームへ呼び寄せる。そこまでがワンセット。レンの心の動きまで、ムサファは計算していたということだな」
ということは、日本で私がムサファに泣きつき。
彼の指示通り、蓮月だということを誰にも言わずにシマームへ行き。
正体を明かすタイミングは私にお任せください、と彼が言ったのは。
私が華月をシマームに呼ぶまで待っていた?
全部、彼の思惑通りだったというわけなのですか?
え? いつから? シマームの一団が日本へ来る前から、計画は進んでいたのですか?
「国王の伴侶におまえを据えるのに、この国では多大な困難があっただろうが。どんな逆境も己のメリットに転化するのだから。末恐ろしくてしたたかな奴なんだ」
「ムサファとハナちゃんが…復縁っ?」
無意識に声が震えます。
華月がラダウィと付き合っていた、と思っていたときは。すんなり納得できたのです。
男同士の恋愛も、自分がラダウィに好意を寄せていたから、気に留めなかった。
けれど、相手がムサファだと思うと、胸騒ぎがして仕方がありません。
だって、私とラダウィがお互いに想い合っていると知ったなら。会社を巻き込むことなく、普通にシマームに呼び寄せても良かったではありませんか?
誤解を解けば、すぐにも私たちの想いは通じ合ったはずです。
ムサファだって、私に華月の連絡先を聞いて、普通に彼と復縁すれば良かったのでは?
なのに、わざわざこのような大仕掛けをして、大きな契約もして。スケールが大きすぎて、私の目はグルグルですけど。
とにかく、ムサファは大それた男ではありませんかっ?
彼を兄と慕っていたときが、もう遥か彼方へ行ってしまいました。
それに華月は。私にラダウィを近づけさせない、という理由でムサファと…恋人になった? みたいですが。
弟のこの仕打ちは容認できませんけど、それはひとまず置いておいて。
華月の恋愛対象は、もしかしたら異性なのでは?
ムサファと一度距離を置いたのはそういうことなのでは?
十代のとき、兄思いの弟の気持ちを利用して、ムサファが言いくるめたのではありませんか?
したたかで頭脳派の彼なら、やりかねないから怖いです。
よもや、乱暴に弟の体に触れてはいないでしょうねっ?
兄は、オコで、心配です。
「どうした? 弟があの悪辣な男に捕まるのが心配か?」
ラダウィに目をのぞき込まれ。私はハッとする。
「…ちょっと」
それはそれは心配です、と思っていると。
ラダウィは苦笑して言うのだ。
「同じ心配を、ハナもしているのではないか? 凶悪な男に兄が穢されるとな。だが、おまえは聞く耳持たないのだろう?」
なるほど、華月はこういう心境なのですね?
私はようやく、弟の気持ちを察したような気がした。
華月の目には、ラダウィが乱暴で凶悪な王に見えている。
私の目に、ムサファが姑息で悪辣で計算高い男に見えているように。
けれど私は、どれほどラダウィが脅威の王であろうとも、彼から離れられません。
それに、ラダウィの言うように。もう自分の気持ちを曲げられない。
弟に思いとどまるよう諫められても、聞けないのです。
「恋愛は、互いにしかわからないことがある。私とおまえのようにな。だから、捨て置け」
私とラダウィは、嘘や誤解の中で少しずつ歩み寄って、愛情を、絆を、紡いでいった。
華月から見たら、私はラダウィに強引に絡め取られているように見えるのでしょうが。
私は彼の、砂嵐のような激しさに奪われたいし。
ラダウィは、そんな己のそばでおとなしく寄り添う私を望んでいる。
互いを欲する理由、それはふたりにしかわからないもの。
今は、穏やかで波風のない恋愛を好む人が多いから。激しさや熱さを求める私は、少し変わっているのでしょう。
ですが少数派でも、お互いが求め合っている。それが一番大事なことで。私たちの恋愛の形なのです。
だから、彼らも。
彼ら自身の心をみつめて、恋の紆余曲折を乗り切って、互いの恋愛の形をみつけていくしかないのでしょうね?
それでも兄は、心配ですけど。
私は弟に恋人を否定されて、悲しい思いをしたので。華月にそのようなことをしたくない。
「わかりました。私はなにも言わないことにします」
「それが賢明だ。それに、おまえは私だけを見ていればいい。私の連月」
ふたり、笑い合って。甘いキスを交わした。
★★★★★
翌日。
いつの間にか私の部屋からいなくなった華月とムサファに。
私は、いろいろと聞きたいことはあったけれど、我慢して。
仕事の関係で一日しか休みが取れなかったという華月を、王宮のエントランスで見送った。
というか。アメリカに帰るのに午前の便に乗らなければならないというのに。エントランスで私の手を握り、一緒に帰ろうとごねたのだ。
「レンちゃん、ここにいたらダメだって。とにかく一度アメリカに行こう? な?」
「ハナちゃん、私は三峰商事の社員として、ここに仕事で来ているんだよ。仕事を放ってアメリカに行くことなんかできないんだ」
「仕事はアメリカで用意してやるし」
「三峰商事は、父さんが亡くなるまで勤めた会社だよ? 私は入社できたことを誇りに思っていて、会社のために微力ながら手を尽くしたいのです。だから。三峰商事以外の会社で働くつもりはないし。ラダウィ様の元を離れる気も、シマームから出るつもりも、ないんだ」
誠心誠意、私はしっかりと華月に告げましたが。
彼は私の手を離さなかった。
「もう、レンちゃんっ」
「華月」
しかし、静かな声でムサファに名を呼ばれ。
ぎくりとして顔を青くする、華月。
昨夜、いったいなにがあったのでしょう?
いいえ、聞きませんけど。
「わかったよ。でもレンちゃん、なにか嫌なことがあったら速攻俺のところに来て。絶対だよ?」
その言葉に。そんなことはないだろうと思いながらも、私はうなずく。
そうしたらようやく、弟は私の手を離したのだ。
華月とムサファが復縁できたのか、そこはわからない。
ですが、むくれながらもムサファに従う弟の様子を見て、なにかしらがふたりの間にあったのだろうと。
それは鈍いと指摘される私にも、さすがにわかりました。
いつか華月から、詳しい説明を聞きたい。その日がくるのを待っています。
「百計遂行、ご苦労だった」
「恐れ入ります」
王の言葉に、ムサファが深々とお辞儀をする。
そして去り際に、ムサファがこっそりと私に言った。
「蓮月様、あなたのおかげでみんなが幸せになる。私の言った通りになりましたね?」
彼に目礼されて、ドキリとする。
完全に、彼の手のひらの上で踊らされてしまいましたね?
死罪におののき、弟を裏切っている罪の意識にさいなまれ。私はつらい想いもしましたが。
でも、結果。
今、私はラダウィの隣で笑っていられている。
華月とムサファはどうなったのかわからないけれど、機嫌良さそうなムサファの様子を見れば、落ち着くところに落ち着いたのだろう。
三峰商事も、問題なく大きな事業を展開できるようになり。
確かに、みんなが幸せになったようですね?
エントランスを出て、先にアテンドの車に乗り込んでいた華月は、私に手を振り。
弟を空港へ送るためムサファも乗車し。
ふたりを乗せた車が王宮から出て行った。
弟を見送りながら、私はラダウィに甘えるように身を寄せる。
私の肩を力強く抱いて、彼は言った。
「蓮月。おまえは繊細でか弱い心根だと、自分で思っているかもしれないが。おまえは死罪を覚悟しても愛を求めるような、シマームの熱砂のごとき情熱的な心の持ち主なのだ。だがな、私が仕向けたことながら、軽々しく生を諦めてはならぬ。おまえを失ったら、唯一の血縁であるハナが泣く。もちろん、私もな?」
ラダウィに言われ、私は。自分の愚かさを痛感した。
死罪になる覚悟を決めていた。
それほどに強い気持ちでラダウィを愛していると、私は思っていましたが。
私が死罪になったときの華月のことは、考えていなかった。
華月とは長らく、遠く離れて暮らしていたから。心も遠く離れているように感じていたのです。
けれどそれは、とても独りよがりの思い込みだ。
私の身を心配して、海の向こうから駆けつけてくれる弟。遠く離れていても愛していると言ってくれた弟。
自分だって、彼になにかがあったら飛んでいく。
華月と私は、同じ細胞で作られているのだから。私が彼を想う気持ちと、彼が私を想う気持ちは、いつだって同じ。
それを失念していた私が、馬鹿でした。
日本でひとり生きていた間に、私を大事に思う者のことを希薄に感じていたのでしょう。
自分は取るに足りない、ちっぽけな人間だって…。
私ひとりいなくなろうと、世の中はなにも変わらないのだって。
けれど、それで己の生を軽んじてはいけませんね。
「私の妃になったからには、破滅するほどの情熱は内に秘め、その尊い命を大切にしてほしい。おまえの激情が満足するほどに、私がたっぷりと愛を注いでやるから」
私を抱き寄せる手の強さに。彼の言葉に。愛を感じた。
「はい。ラダウィ様」
貴方の愛があれば、私が命を賭けるほどのものなどなにもありません。
ラダウィのそばで、彼の愛を甘受する。それこそが、私がずっと求めてきた幸せなのです。
幼い頃は、陽炎のように揺らめいていた彼の姿。彼の気持ち。
けれどもう、私が彼の心を見誤ることはない。
end
私は王の私室に足を踏み入れた。
砂漠の国とは思えない、緑豊かな庭を見渡せる部屋。
居間にあたる、その部屋の中央にある寝椅子に、王は寄りかかっていた。
「ラダウィ様、お呼びですか?」
たずねると、王が両手を広げるので。私は寝椅子に近寄り、彼の腕の中に身を預けた。
当たり前のように彼と抱き合える、この現状が甘くて。
胸の奥をくすぐられているように感じ、私はふんわりとした笑みを浮かべて彼をみつめた。
「ハナとの話し合いはどうなった? 弟に反対されても、私への気持ちは変わっていないだろうな?」
少しうかがうような目で見やるラダウィに、私は表情を引き締めて言う。
「いいえ、変わりました」
私の言葉に、王は眉を跳ね上げたが。
「ますます強く、貴方から離れたくないと思うようになりました」
「…こいつめ」
再び笑顔を向けると、ラダウィはニヤリと笑い。
お仕置きみたいにして私の唇をカプリと齧った。
すみません、悪戯して、調子に乗りました。
「ムサファが、華月と私の部屋にいるのですが。大丈夫でしょうか?」
弟を愛していると言うムサファが、華月に無体な真似はしないと思うけれど。
彼は油断のならない男だと、認識を新たにした。
見かけは変わらず、優しいお兄さん。でも、もうその認識だけでは駄目で。
彼は王の初恋すら切り札として使う、狡猾な人なのだ。
だから、兄として少しだけ不安になる。
「あいつはしたたかな男だ。おそらくここまでが計画の内だったのだろう」
「計画、ですか?」
「レンを私の伴侶に迎える手配をするという、私がムサファに課した条件のことだ。おまえが私の元で暮らすように仕向けるのが、第一。心も通じ合えれば、尚良い。だがムサファはそこに己の望みを加えた」
元々私はラダウィに好意を持っていました。それを、ムサファは懐柔されたときに華月から聞いていたと思います。
私がシマームに足を踏み入れた時点でラダウィの条件はほぼ成就する、とムサファは知っていたはずです。
ムサファが、真実を明かすタイミングをどうするつもりだったのかはわからない。
けれど、華月が王宮に来たとき。私を呼びに来たムサファは怒っていたように見えました。
だからムサファは、華月がシマームへ来ることは不本意だったのだろうと思って…。
いえ、そういえば。
私がアメリカに電話したのは傍受されていたと言っていましたね?
「ムサファは、ハナちゃんに連絡を取った私を怒っていたのに。電話を傍受していたのなら、なぜ空港でハナちゃんを足止めしなかったのですか?」
「止めるわけない。ハナをシマームへ呼び寄せたかったのだからな」
王は私の肩を抱いて、楽しげな遊びの計画を立てているみたいな、愉快な様子で私の耳に囁く。
「まんまとハナをおびき寄せられて、あいつはほくそ笑んでいたはずだ。レンに怒って見せたのは、脅かして楽しんでいたのだろう。本当に悪い男だよなぁ? ムサファは…」
ラダウィはクスクス笑っているが、察しの悪い私は、まだピンと来なくて。
問いかけを重ねてしまう。
「ハナちゃんをシマームへ呼びたかった? ということですか?」
「そうだ。五年前におまえたちと疎遠になったという話は、ムサファと華月のことだと言っただろう? ムサファは私の父と兄を陥れて国外追放にしたのだが。そのごたごたのときに、恋人のハナと音信不通になったのだ。ムサファも私同様、この五年間は国政を整えるために身動きが取れなくて。ハナの消息を探せなかった」
そう言われれば。
華月は大学を卒業と同時に転居して、電話もメルアドもなにもかも一新した時期がありました。
けれど入社と同じくして環境が変わることはよくあることだから、私はあまり気にしなかったのですが。
まさか、そのときにムサファと距離を置いたのですか?
「さっきムサファは。ハナちゃんが先に裏切った、なんて言って。私はよくわからなかったのですけど。ハナちゃんがムサファとお別れしたということですか?」
「ありていに言えば、そうだな。ハナはフェードアウト破局を狙ったようだが、ムサファは納得していない。まぁ、あいつらがごたついたおかげで、私はレンの情報が手に入ったので。むしろ良かったが」
私の首筋に、ラダウィはチュッと音を鳴らしながらくちづけて。
好き、愛してる、という感情が伝わって、私は嬉しくなる。
「つまりムサファは。私の要求を叶えるこの機に乗じて。彼の望み、ハナと復縁するところまでを視野に入れていたのだ。嘘に耐えられなくなったレンが、ハナをシマームへ呼び寄せる。そこまでがワンセット。レンの心の動きまで、ムサファは計算していたということだな」
ということは、日本で私がムサファに泣きつき。
彼の指示通り、蓮月だということを誰にも言わずにシマームへ行き。
正体を明かすタイミングは私にお任せください、と彼が言ったのは。
私が華月をシマームに呼ぶまで待っていた?
全部、彼の思惑通りだったというわけなのですか?
え? いつから? シマームの一団が日本へ来る前から、計画は進んでいたのですか?
「国王の伴侶におまえを据えるのに、この国では多大な困難があっただろうが。どんな逆境も己のメリットに転化するのだから。末恐ろしくてしたたかな奴なんだ」
「ムサファとハナちゃんが…復縁っ?」
無意識に声が震えます。
華月がラダウィと付き合っていた、と思っていたときは。すんなり納得できたのです。
男同士の恋愛も、自分がラダウィに好意を寄せていたから、気に留めなかった。
けれど、相手がムサファだと思うと、胸騒ぎがして仕方がありません。
だって、私とラダウィがお互いに想い合っていると知ったなら。会社を巻き込むことなく、普通にシマームに呼び寄せても良かったではありませんか?
誤解を解けば、すぐにも私たちの想いは通じ合ったはずです。
ムサファだって、私に華月の連絡先を聞いて、普通に彼と復縁すれば良かったのでは?
なのに、わざわざこのような大仕掛けをして、大きな契約もして。スケールが大きすぎて、私の目はグルグルですけど。
とにかく、ムサファは大それた男ではありませんかっ?
彼を兄と慕っていたときが、もう遥か彼方へ行ってしまいました。
それに華月は。私にラダウィを近づけさせない、という理由でムサファと…恋人になった? みたいですが。
弟のこの仕打ちは容認できませんけど、それはひとまず置いておいて。
華月の恋愛対象は、もしかしたら異性なのでは?
ムサファと一度距離を置いたのはそういうことなのでは?
十代のとき、兄思いの弟の気持ちを利用して、ムサファが言いくるめたのではありませんか?
したたかで頭脳派の彼なら、やりかねないから怖いです。
よもや、乱暴に弟の体に触れてはいないでしょうねっ?
兄は、オコで、心配です。
「どうした? 弟があの悪辣な男に捕まるのが心配か?」
ラダウィに目をのぞき込まれ。私はハッとする。
「…ちょっと」
それはそれは心配です、と思っていると。
ラダウィは苦笑して言うのだ。
「同じ心配を、ハナもしているのではないか? 凶悪な男に兄が穢されるとな。だが、おまえは聞く耳持たないのだろう?」
なるほど、華月はこういう心境なのですね?
私はようやく、弟の気持ちを察したような気がした。
華月の目には、ラダウィが乱暴で凶悪な王に見えている。
私の目に、ムサファが姑息で悪辣で計算高い男に見えているように。
けれど私は、どれほどラダウィが脅威の王であろうとも、彼から離れられません。
それに、ラダウィの言うように。もう自分の気持ちを曲げられない。
弟に思いとどまるよう諫められても、聞けないのです。
「恋愛は、互いにしかわからないことがある。私とおまえのようにな。だから、捨て置け」
私とラダウィは、嘘や誤解の中で少しずつ歩み寄って、愛情を、絆を、紡いでいった。
華月から見たら、私はラダウィに強引に絡め取られているように見えるのでしょうが。
私は彼の、砂嵐のような激しさに奪われたいし。
ラダウィは、そんな己のそばでおとなしく寄り添う私を望んでいる。
互いを欲する理由、それはふたりにしかわからないもの。
今は、穏やかで波風のない恋愛を好む人が多いから。激しさや熱さを求める私は、少し変わっているのでしょう。
ですが少数派でも、お互いが求め合っている。それが一番大事なことで。私たちの恋愛の形なのです。
だから、彼らも。
彼ら自身の心をみつめて、恋の紆余曲折を乗り切って、互いの恋愛の形をみつけていくしかないのでしょうね?
それでも兄は、心配ですけど。
私は弟に恋人を否定されて、悲しい思いをしたので。華月にそのようなことをしたくない。
「わかりました。私はなにも言わないことにします」
「それが賢明だ。それに、おまえは私だけを見ていればいい。私の連月」
ふたり、笑い合って。甘いキスを交わした。
★★★★★
翌日。
いつの間にか私の部屋からいなくなった華月とムサファに。
私は、いろいろと聞きたいことはあったけれど、我慢して。
仕事の関係で一日しか休みが取れなかったという華月を、王宮のエントランスで見送った。
というか。アメリカに帰るのに午前の便に乗らなければならないというのに。エントランスで私の手を握り、一緒に帰ろうとごねたのだ。
「レンちゃん、ここにいたらダメだって。とにかく一度アメリカに行こう? な?」
「ハナちゃん、私は三峰商事の社員として、ここに仕事で来ているんだよ。仕事を放ってアメリカに行くことなんかできないんだ」
「仕事はアメリカで用意してやるし」
「三峰商事は、父さんが亡くなるまで勤めた会社だよ? 私は入社できたことを誇りに思っていて、会社のために微力ながら手を尽くしたいのです。だから。三峰商事以外の会社で働くつもりはないし。ラダウィ様の元を離れる気も、シマームから出るつもりも、ないんだ」
誠心誠意、私はしっかりと華月に告げましたが。
彼は私の手を離さなかった。
「もう、レンちゃんっ」
「華月」
しかし、静かな声でムサファに名を呼ばれ。
ぎくりとして顔を青くする、華月。
昨夜、いったいなにがあったのでしょう?
いいえ、聞きませんけど。
「わかったよ。でもレンちゃん、なにか嫌なことがあったら速攻俺のところに来て。絶対だよ?」
その言葉に。そんなことはないだろうと思いながらも、私はうなずく。
そうしたらようやく、弟は私の手を離したのだ。
華月とムサファが復縁できたのか、そこはわからない。
ですが、むくれながらもムサファに従う弟の様子を見て、なにかしらがふたりの間にあったのだろうと。
それは鈍いと指摘される私にも、さすがにわかりました。
いつか華月から、詳しい説明を聞きたい。その日がくるのを待っています。
「百計遂行、ご苦労だった」
「恐れ入ります」
王の言葉に、ムサファが深々とお辞儀をする。
そして去り際に、ムサファがこっそりと私に言った。
「蓮月様、あなたのおかげでみんなが幸せになる。私の言った通りになりましたね?」
彼に目礼されて、ドキリとする。
完全に、彼の手のひらの上で踊らされてしまいましたね?
死罪におののき、弟を裏切っている罪の意識にさいなまれ。私はつらい想いもしましたが。
でも、結果。
今、私はラダウィの隣で笑っていられている。
華月とムサファはどうなったのかわからないけれど、機嫌良さそうなムサファの様子を見れば、落ち着くところに落ち着いたのだろう。
三峰商事も、問題なく大きな事業を展開できるようになり。
確かに、みんなが幸せになったようですね?
エントランスを出て、先にアテンドの車に乗り込んでいた華月は、私に手を振り。
弟を空港へ送るためムサファも乗車し。
ふたりを乗せた車が王宮から出て行った。
弟を見送りながら、私はラダウィに甘えるように身を寄せる。
私の肩を力強く抱いて、彼は言った。
「蓮月。おまえは繊細でか弱い心根だと、自分で思っているかもしれないが。おまえは死罪を覚悟しても愛を求めるような、シマームの熱砂のごとき情熱的な心の持ち主なのだ。だがな、私が仕向けたことながら、軽々しく生を諦めてはならぬ。おまえを失ったら、唯一の血縁であるハナが泣く。もちろん、私もな?」
ラダウィに言われ、私は。自分の愚かさを痛感した。
死罪になる覚悟を決めていた。
それほどに強い気持ちでラダウィを愛していると、私は思っていましたが。
私が死罪になったときの華月のことは、考えていなかった。
華月とは長らく、遠く離れて暮らしていたから。心も遠く離れているように感じていたのです。
けれどそれは、とても独りよがりの思い込みだ。
私の身を心配して、海の向こうから駆けつけてくれる弟。遠く離れていても愛していると言ってくれた弟。
自分だって、彼になにかがあったら飛んでいく。
華月と私は、同じ細胞で作られているのだから。私が彼を想う気持ちと、彼が私を想う気持ちは、いつだって同じ。
それを失念していた私が、馬鹿でした。
日本でひとり生きていた間に、私を大事に思う者のことを希薄に感じていたのでしょう。
自分は取るに足りない、ちっぽけな人間だって…。
私ひとりいなくなろうと、世の中はなにも変わらないのだって。
けれど、それで己の生を軽んじてはいけませんね。
「私の妃になったからには、破滅するほどの情熱は内に秘め、その尊い命を大切にしてほしい。おまえの激情が満足するほどに、私がたっぷりと愛を注いでやるから」
私を抱き寄せる手の強さに。彼の言葉に。愛を感じた。
「はい。ラダウィ様」
貴方の愛があれば、私が命を賭けるほどのものなどなにもありません。
ラダウィのそばで、彼の愛を甘受する。それこそが、私がずっと求めてきた幸せなのです。
幼い頃は、陽炎のように揺らめいていた彼の姿。彼の気持ち。
けれどもう、私が彼の心を見誤ることはない。
end
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みんなの感想(7件)
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完結お疲れさまです。
リアル(主に仕事の方)がばたばたしていてあまり感想書きにこれなかったです。。。
やっぱりハナちゃんいいな…
強めのブラコンだけど、理系のデキる子…いい…
ハナちゃんもムサファに腕輪とかもらったりするんでしょうか(どきどき)
ハナちゃんがアメリカで作り出したなんかしらのアイテムがシマームでヒットしたりするのかな~などと妄想しちゃいます。
三峰の平川さんとかもいいキャラなので活躍が期待できますね。
(シマームがいい感じに発展する立役者になってほしいものです。。現地の人に尊敬される外国人的な…)
さてさて、次回作も楽しみにしています。
…私はその前に…はやくリアルが落ち着いてイセ龍の続きを読みたいと思っていますが…
(まだ無理かな~(;´Д`)残業滅ぶべし…)
nashiumaiさま、いつも感想をくださりありがとうございます。
お忙しい中、むに王を完走していただき、本当に嬉しく思います。
ムサファは王族ではないので、腕輪は贈りませんけど。あれは、王家の紋章入りなので。
でも、独占欲も執着も激しい男なので、ヤバいなにかを贈るかもしれませんね(笑)首輪とかピアスとか…。
ハナちゃんが商品開発している物は、すでに世界的にヒットしているものです。設定では某リンゴの会社をイメージしておりますので。冷や汗。
平川さんも、ちゃんと設定していて。彼は既婚者でお子様も多く、日曜はマイホームパパ的な? 家族でキャンプしちゃうみたいな? 爽やか笑顔で休日も元気な人です。そんなことも考えたり。BのLの世界では萌えませんけど(笑)
次回作も見ていただけるよう、楽しいお話を考えたいです。どうぞよろしくお願いします。
お仕事が忙しそうですが、お体をご自愛ください。まっとうなお勤め人ではない私は、お勤め人の方を物凄く尊敬しております。むに王やその他作品が、nashiumaiさまの日々の清涼剤になれば、これほど嬉しいことはありません。
私も残業滅べと呪っておきますね(笑)
そして余裕が出来たらイセ龍をよろしく♡
では、むに王に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回作でお会い出来たら嬉しいです。よろしくお願いします。
nashiumaiさま、いつも感想をくださりありがとうございます。
もうエピローグ。いろいろあったはずなのですが。あわわあわわ、としているうちにエピローグになりました。ここまでお付き合いくださり、いつも本当にありがとうございます。好きです♡
ハナちゃんは、本編中は蓮月の後ろにぴったりとくっついていて、得体のしれない感じはあったかもしれませんが、ふたを開ければ、ただのブラコンでしたね?
ハナちゃんの職業は、明日書いていると思いますので、おたのしみに。
お母さんとも円満です。あちらは再婚しているので、べったりではないけど仲が良い感じ。天野父とも憎んで別れたわけではないので、葬式にも参列しています。子供たちとも仲が良いです。
母の話はともかく。
ハナちゃん…nashiumaiさまの目の付け所はさすがです。
主役のふたりはラブラブですけど、あと二話で、どうなるのかぁ? おたのしみに。
あ、最初の方でご指摘のあったトライリンガルは爆速でお直ししました。また、なにか気になる点がありましたら、教えてくださいませ(笑)
では、あと二話ですが。最後までお付き合いくださったら嬉しいです。よろしくお願いします。
楽しく読ませていただいております!
読み手は蓮月だと分かって読んでいるので、じれじれ感が増して面白いです☺️ ラダウィ視点があったら楽しそうだなと思いました!
敬語キャラっぽい子好きなので蓮月どタイプでした笑
しーさま、感想をくださりありがとうございます。久々に、読者様の想いを聞くことができて、とても嬉しいです。
じれじれを楽しんでいただき、嬉しいです。
ですが、今回はラダウィ視点はなしにさせていただきました。おまけで書くかもしれませんが、今はまだ決めていない感じです。
過去作では、攻め様の心情を書いていることが多いのですが。今回は彼の気持ちは言葉になっているかな、と思いまして。
そろそろ終盤戦です。ラダウィの気持ちもまだまだ明かされていないところがありますので。お楽しみに、引き続き見ていただけたら嬉しいです。
蓮月がどタイプだなんて、嬉しいお言葉、ありがとうございます。うすうすお気づきでしょうが、ラストスパートに入っております。蓮月の恋の行方を見守ってくださいね? よろしくお願いします。