【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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プロローグ②

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 階段を上り切った王は、扉を開ける。
 びた蝶番ちょうつがいが、ギィーッと、軋みの音をたてた。すると潮風が吹き抜け、王の輝く金の髪が揺れる。
 一歩、足を踏み出し。王は扉の向こう側へと進む。
 そこは城内で一番高い場所。塔のてっぺんだ。
 高台から、三百六十度。王はゆっくりと見渡していく。
 対岸には、王が統治する国、カザレニアがある。夜だから、生活の灯りが控えめに輝いていた。
 手前に目を転じていくと、城の周りには漆黒の海が広がっている。
 闇の世界に通じる入り口であるかのごとく、暗く、静かだ。

「この海を渡って、明日、死神がやってくる」

 王は、少しの憤りと、半分以上はあきらめの気持ちで、そっと目を閉じる。
 生まれたときから聞いていた波の音が、今夜はひどく耳障みみざわりだった。


 そこからタイトル『愛の力で王を救え!』がババーンと出て。
 巴が間違えて買ってきたわけではないことはわかった。わかったが…。

 新感覚恋愛シミュレーションゲームって、そういうことなのか?
 とにかく、出だしが暗すぎるんですけどぉ? これで乙女は満足するのだろうか。

 でも…。スチルの完成度は高い。

 背景も、水の揺らぎを得意とするアニメ会社が製作しているから、大当たり。
 石造りの螺旋らせん階段が、緻密に描かれていて。ちょっと、おどろおどろしい感じが良い。
 それに。潮風が吹き抜けて王様の金髪を揺らし、対岸を見渡すときに。彼の顔を、グルリと見せる演出は。良かった。普通に、カッコイイというか。
 まつ毛まで金色で。瞳の色合いがすごく綺麗で。金髪碧眼、と一言ではくくれない、髪は黄金に輝いていて、透明感のある青い瞳がキラキラしていて。

 キャラデザ、ぱねぇ。

 いかにも、王子様。いや、王様だけど。
 でも、貫禄かんろくがまだない、若い感じなんだよな。だから、王子様って感じだ。

 うん。巴や静が、キャーという気持ちはわかる。
 つか、オープニングも見た方が良かったんじゃね?
 絶対、ギャーとか、ロベルト様とか、叫ぶに決まっている。
 イアン様ですけど。

 うすうすお気づきでしょうが。ぼくの性的志向は、自分でもよくわかっていません。
 恋をしたことがないのです。

 アニメやゲームが好きで、その中のキャラに惚れ込むこともあるんですけど。
 女の子の可愛いキャラも好きだし、男の格好いいキャラも、好きになる。
 綺麗だったり、美しかったり、可愛かったり、格好良かったり、そのキャラの行動や性格に惚れることもあるし、アクションとかキャラの動きにすげぇとなったり。
 BLも、偏見ないんだよね。
 腐男子ほどではないけれど。巴と静がそこら辺に本を置いていて、たまに読んだりするし。
 純愛物は、普通に感動するし。感情移入もできるかな。

 でも、姉たちは。
「九郎でBLはないわぁ。こんなモブ顔で、美しい男たちの世界を汚さないでくれるぅ?」
 なんて、ひどい言いようだけど。わかっていますとも、モブ顔なのは。

 つか、モブでもいつか、恋して結婚するんだからなぁ? たぶん、だけど。

 とにもかくにも、そんなのは日常茶飯事で。
 リアルの人を好きになったことが、ぼくはないのだ。老若男女。
 別に、ひどいイジメにあったとか、そういうのはないんだけど。
 コミュニケーションが苦手だから。人と話すのが怖いのかも。

 なんか、おどおどしちゃうんだよね。買い物とかは普通にできるんだけど。
 あ、でも。ひとりで飲食店は苦手かも。できたらテイクアウトして、公園とか家で食べたい派。

 話がずれちゃった。
 だから。もちろん、恋人もいたことがないというか。そんな感じ。
 かといって、アニメやゲームのキャラを好きになって、本気でのぼせ上がるわけでもない。
 こちらの一方的な想いは、恋ではないとわかっているからなんだ。

 やはり、恋というのは。人と人が付き合って、良いことも悪いことも向き合って。それでも、好きぃ、となったとき。なんじゃないかな?
 他人と付き合ったことも、深く知り合ったこともないやつが、なにを言うんだと。自分でも思うけど。
 つまり、ぼくは。恋をしたことがないから。恋というものが、なにかもわからないということだ。
 だけど、綺麗なものは綺麗と思うし、素直に認めるし、好きになる。ということ。

 つまり。大きく話を戻しますが。
 ぼくはこの王様、ちょっといいなと思ったわけなのだ。
 だから、王様と恋愛、いいんじゃね? って。
 楽しみになってきた、のだけど…。

「成敗!」

 十回連続で、王様に殺されて。ぼくは頭を抱えた。
「ええ? なんでぇ? つか、これからラブになる相手殺すって、どういうゲーム? つか、主人公ちゃん女の子なのに、殺しちゃダメでしょ?」
 愛の力で王を救え! 通称アイキンは。選択肢を間違うと『成敗!』という声とともにすぐに殺されるクソゲーだった。

「成敗っ、て。何年か前に流行語になったけど。もしかして、元ネタ、これなのか? このゲーム、そんなに売れたのか? 全然攻略できないクソゲーなのに」
 初イベントで、王様とふたりきりになるのだが。
 そこで、全部の選択肢を試して。全部、成敗を食らった。なんでぇ?

「しかし、ここまで成敗されると、百年の恋も冷めるな。はぁ…なにが悪いんだぁ? 入口の、出会いの場面で、選択肢を誤っているのか? それか、気になるアイツを足止めしておかないとならないのか?」
 ふたりきりで、良い感じになると。必ず出てくるお邪魔ムシがいる。

 なんと、ぼくと同じ名前のクロウだ。

 クロウは仕立て屋で、長い前髪に隠れて顔もよく見えないモブだ。
 つか、仕立て屋で前髪長いって、どういうこと? 仕事舐めてんの?
 そして、とにかく邪魔。黒いコートを着ていて、陰気で。うざい。

 そんなに、主人公ちゃんが好きなのか?
 でも、あんなキラメキ王子、ならぬ王様がいるのに、おまえなんか、恋の相手になるわけねぇっつうの。
 同じ名前のモブ仲間として、忠告してやる。
 あきらめろ。もう、主人公ちゃんの恋路を邪魔すんじゃねぇ。

 そんなふうに、ブツブツ言いながら。いろいろやってみるのだが。一向に進まず。
 大きな、ため息をついた。
「あぁ、やっぱ。初めから終わりまでルートを間違わずに行かないとダメなやつなのかな? だとすると、攻略本が必須だな」

 古いゲームだけど、成敗が流行語になるくらいには売れたみたいだし。選択肢が違えば進めなくなるクソゲーだから、攻略本は出ているはずだと思って。
 ぼくは家を出て、古本屋に向かった。

 はたして、攻略本はあったのだ。

 夏の夜、少し空気が涼しくなって、過ごしやすい気温だった。
 うちに帰る前に、コンビニで棒アイスを買って。公園で食べながら、なにげなく攻略本を開く。
「ふーん、王様一択でやってたけど。他にも攻略対象がいるんだ? 執事と騎士と料理人? 変なチョイス。料理人攻略しても、王様を救えるのかな?」
 つぶやいたそのとき。目一杯明るい光が急に差し込んで。

 ガンと。なにかが当たった。

 ぼくは、なにが起きたかわからず。ただ、道端に倒れている。
「おめでとうございます。一六〇万分の一の確率で流れ星に当たった、素敵な貴方へ。贈り物です。どのキャラクターを選びますか?」
 なんか、光っているなにかが、ぼくに向かって言っているんだが。
 これが神様ってやつ?
 贈り物なら、現世で生きるの希望です。でも、もう死にそうです。
 差し出した手が、パタリと落ちる。つまり、ぼくは。なにも選んでいない、はずなんですけどぉ…。

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