【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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2-9 重いと言うなかれ

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     ◆重いと言うなかれ

 王宮から公爵家に移って。二日ほどは家で家族団らんをしていたが。
 シオンが学園に通い始めると、なんだか暇になってしまった。

 父の仕事についていき、有力貴族の家を訪問したり。領地経営についてのイロハを、教わったり。
 または、編入試験を受けたり。
 なんとか受かったので、制服を仕立てたり。
 まぁ、いろいろやることは多かったけれど。ちょっとした合間が、なんだか手持ち無沙汰だった。

 なので、屋敷にいて暇なときは。
 アイリス用の、ビラビラドレスを仕立てちゃったりして。
 アイリスは、蛍光オレンジの長い髪だから。ドレスもオレンジにしてしまうと、色がうるさい。
 瞳の桃色に合わせるのが、ベストだと思うんだよね?
 十六歳の主人公ちゃんなのだから、思いっきりファンシーに。
 スカートはボリューミーに。フリルはビラビラ、でも下品にならぬようシフォン生地で軽やかに。
 そんな、可愛いドレスを、作りたくなっちゃったのです。

 うーん。我ながら、良い出来である。
 いつかアイリスに進呈できたらいいな?

 それと、父について外出するときの、道中の暇なときは。ハンカチを縫った。
 ぼくが離れていても、ゲームの強制力で、陛下がぼくを忘れないよう。
 ハンカチを見れば、ぼくのことを思い出せるよう。いっぱい作りました。

 もちろん、国王が持っていても、不格好ではない。エレガントなハンカチです。
 ワンポイントは、王家の紋章。縁には母から伝授されたレース編みを、縫いつけている。一枚一枚、模様が違うのですよ?
 縁飾りにまでこだわる猛者は、そうそういません。

 重いと言うなかれ。

 そこは仕立て屋の、面目躍如です。
「クロウ? せっかく父と、馬車に乗っているのだ。刺繍ばかりしていないで、少し、父と話をしようではないか?」
 おずおずと、ぼくの様子をうかがいながら、声をかけてくる父上。
 公爵様なのだから、もっと堂々としていればよいのに?
 たかが息子に、御機嫌取りをすることはありませんよ?

「刺繍をしながらでも、話は出来ます。仕事にしていたくらいですから、話くらいで手元が乱れることはありませんので。お気遣いなく」
 根が貧乏性なので、移動時間も、なにかしていないと、落ち着かないだけなのです。
 この、馬車に揺られる時間を、なにもしないでいるなんて、もったいない。
 ハンカチ三枚くらいは、余裕で作れそうですし。

 でも、まぁ、そんなこんなで。
 刺繍しながら、父とコミュニケーションを取ったところ。
 どうやら、やっぱり。権力を持ったシオンという感じだったな。

 できれば、陛下ではなく自分が、ぼくを幸せにしてやりたいのだと。切々と訴え。
 もしも陛下に、無理矢理従わせられているようなら、公爵家の威信にかけて王家と戦っても良い、なんて言い出した。

 ひえぇぇ、戦わないでください。
 ぼくと陛下は、相思相愛ですので。お構いなく。

 なので。ぼくの幸せを考えるなら、陛下との結婚を応援してください、と申しまして。
 父は。やはり、シオンと同じような嫌そうな顔で。
『クロウが幸せなら。応援するが。嫌なことがあったらすぐに離縁して、戻って来なさい』と。これまたシオンと同じようなことを言ったのだ。
 わかりました。父は、やっぱり厄介なシオンでした。これからはそのように接します。


 そして、四月十六日になり。
 明日にはようやく、陛下にお目にかかれる日になりました。
 あぁ、早く陛下にお会いしたいです。一週間は長すぎました。

 今日は、学園長が校内を案内してくれる日だったのですが。
 弟のシオンが、いち早く学園生活をしていて。以前、やはり、殿下とアイリスとともに、校内を学園長に案内してもらったという経緯があったので。
 今回の、学内の案内は、シオンがすることになった。

 白地に、濃い青のバイアスで縁をしめた、ブレザータイプの制服。
 アイキンの、ゲーム内学園の制服なわけで。
 やっぱり、ちょっとアニメチックな、美々しいデザインだ。

 白い制服の似合う生徒なんか、そうそういないよね?
 つか、モブのぼくが、その制服を着ると。超、浮いている感じだな。
 ボヤッとした凡庸な顔には、目が行かず。キラキラしい制服だけ、目立ってるみたいで。はぁ、イケてない。

 なんだか、この年になって、高校生の制服を着るというのは。コスプレ感満載で、ちょっと恥ずかしいのですが? 
 ま、お隣にシオンが並んでいるので。
 行き交う人の視線は、シオンに流れるだろうから。いいでしょう。

 そうして、シオンが学内をあちこちと、おおよそ案内し終え。庭に出たとき。
 学園長が案内していた、陛下の一団を、ぼくは校舎の中に、目ざとくみつけましたよぉ?

 これはチャンス!
 ぼくは、陛下にハンカチを渡そうと思って、慌ててポケットから取り出した。

 そうしたら、突風が吹いて、ハンカチを一枚、飛ばしてしまったのだ。
「ああぁぁ?」
 高く、舞い上がる、ぼくのハンカチ。
 まるで漫画のように、捕まえようとするぼくの手を、するりとかわして。ひらりと、遠くへ飛ばされ。
 ぼくはそれを追いかけて、一生懸命、丘の上へと駆け上がるのだった。

 ハンカチは、木の枝に引っかかった。
 低いから、すぐにも取れそうだと思ったが。ぴょんぴょん飛んでも、微妙に届かない高さで。

 シオンは、庭でランチを食べましょうとか言って。弁当を、ベンチの上で広げていたところだったから。すぐにはぼくに、追いついてこられず。

 ぼくは小首を傾げた。
 木登りなんかしたことがないから、どうしたものかと、悩んだが。

 そうだ、ぼくには、今、魔法があるではないか?
 前世と合わせて四十年余り、魔法とは無縁の生活だったものだから、つい忘れがちだけど。

 そういえば、ぼくは。魔法でなんでもできる、ハイパーチートさんになっていたのだった。

 木にしがみつき、とにかくよじ登る。
 足をかけるところに、水魔法を使って氷で補強すれば、階段を登るみたいに、すいすい登れるじゃん?
 そうして、初めての木登りに成功し。ぼくは枝に体を乗り上げた。

 うわぁ、高い。
 枝の上からの景色は、学園全体が見渡せる、最高の見晴らしだった。

 煉瓦で建てられた、ノスタルジックな校舎の全容が見えます。
 緑豊かで、大きな大きな敷地の中に、ところどころ森のような場所もありますね?
 上を見上げると、空に手をばっと広げるみたいに、枝が四方に伸びている。そこから木漏れ日がさして。すごい綺麗だ。
 初めての木登りに、ぼくは感動した。
 懸垂なんかできません、自分の腕の筋肉では。
 普通なら絶対、木登りなんかできないけど。魔法が使えるって、なんて便利なんだろう? 最っ高ぅぅ、です。

 そうだ、感動している場合ではない。
 ぼくは、枝の先に引っかかっているハンカチに、手を伸ばす。枝を這っていき、少しずつ近づいて、なんとかハンカチを指先で捕まえた。
「兄上っ」
 シオンの声がして、下を見ると。
 なんでか、シオンが、セドリックに羽交い絞めされていて。
 ぼくの真下には、陛下がいた。

 へ、陛下っ?

 驚いて、手をすべらせ。おーちーるー。
 と思ったけど。痛くない。
 恐る恐る目を開けると、間近に陛下の麗しいお顔が。

 あぁ、金髪にけぶる青い瞳。高い鼻梁、色っぽい肉厚の唇が、ニコリと笑みをかたどる。
 まぶしくて、まぶしくて。神のごとき威光で、死神であるぼくは、塵と化しそうですぅ。

 というわけで。下にいた陛下が、ぼくをナイスキャッチしてくれたのだった。
「あぁ、空から天使が降りてきたのかと思った」
 いえいえ、天使様は、陛下のような美しいお方にこそ、相応しい称号でございます。
 そのようなピカピカに輝く御方に、またもや、お姫様抱っこされてしまい。ぼくは、ポッと頬を染めた。
 上から落ちてきた、成人男性を受け止めるたくましさに、心底憧れてしまいます。

 だが、ぽやっと見惚れていられたのは、そこまでだった。
「はじめまして。我はイアンだ。君の名は?」
 陛下の言葉に、ぼくは驚愕も驚愕して。目がポロリとこぼれるほどに、目を見開いた。

 ひえぇぇへぃあぁぁぁ? 陛下? ぼくをお忘れですか?

 もしかして、今、キャッチした際に、頭を打ってしまいましたか?
 それとも…やっぱり? 公式、やりやがったなぁ?
 ついについに、ゲームの強制力を発動しやがったのかぁ?

 つか、陛下の中に、もうぼくのことは存在しないのでしょうか?
 そう思うと、目頭がぎゅうぅっと熱くなってきて。
 大粒の涙がボロボロ出てきた。

「へ…陛下が…記憶喪失にぃ? ぼくを、クロウのことを、お忘れですか?」
 たずねると、目の前の陛下は呆気にとられたように口を開け。
 目をオドオドと揺らした。

「わ、我が、クロウのことを忘れるわけなかろう? …泣くでない」
 そ、そうなのですか? ならいいけど。
 でも、涙はしばらく止まらなかった。

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