【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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番外 モブにモヤモヤ、カッツェ・オフロの懊悩 ①

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     ◆モブにモヤモヤ、カッツェ・オフロの懊悩

 俺、こと。カッツェ・オフロは。セントカミュ学園の最終学年に上がって、すぐ。学園長室に呼ばれた。
 ちなみに、心の中では、自分のことを俺と呼ぶが。
 騎士科に所属している生徒は、礼儀作法に厳しいので。話し言葉は、私と言っている。
 全然、俺の性格とは異なるのだが。騎士として大成するためなら、仕方がない。

 なにせ、俺の家は、武門に名高い御家柄。
 優秀な騎士を輩出することに燃える、武芸第一のオフロ家だからな。家紋に泥は塗れないんだ。

 で、学園長室には。他に、魔法科で優秀な成績をおさめている、ベルナルド・ウィレム伯爵子息もいた。何事?
「君たちを呼び出したのは、他でもない。明日、この学園にイアン・カザレニア二十四世陛下と、その婚約者であるクロウ・バジリスク公爵子息が、ご入学される。我がセントカミュ学園が誇る、優秀な生徒である君たちに、陛下の従者として、学園生活のサポートをしてもらいたいのだ」

 学園長の話は、そういうことだった。
 俺もベルナルドも、すでに卒業レベルの修習を終えている。
 授業を免除しても支障がないので、白羽の矢が立ったみたいだな。

 つか、陛下の従者? なんて名誉なことだろう。

 騎士となって、陛下の御身を警護する。
 それは、俺がずっと。子供の頃から、胸に描いていた夢だった。
 それを、学園在学中に体験できるなんて。まさに夢のような話じゃないか?
 騎士科の生徒なら。いや、誰でも。金を積んででも引き受けたいことだ。

 俺は食い気味で、学園長に承諾し。ベルナルドも、うなずいていた。

 そして、翌日。
 俺とベルナルドは、緊張の面持ちで、陛下に引き合わされた。

 事前に、新聞で。陛下の容姿について書かれてあるのを、見ていて。なんとなく想像していたし。先日の夜会の席でも、遠目ながらお見かけしたのだが。

 間近に目にする陛下は、それはもう、美しく、気高く、男らしい立ち姿だった。

 王家の英雄伝説なんかは、子供の頃に、読み聞かせられるものだが。その登場人物みたいに、華々しくて。
 あれは、物語だと思っていたのに。王家の方は本当にきらびやかで猛々しいのだと、実感したのだった。

 俺は、身長はそれなりに高い方なのだが。
 陛下も、同じくらいの身長で。
 そして、学園の制服を着ている感じは細身に見えるが。
 いやいや、胸板や腕の筋肉が、しっかりとついているぞ?
 俺にはわかる。相当鍛えているな、と。

 そして、陛下のうしろに控えているのは、セドリック・スタイン騎士団長。
 燃えるような赤い髪。たくましい体躯の持ち主。
 当然だ。俺が目指している騎士、シヴァーディ・キャンベル騎士団副長と、騎士爵を争っている、この時代では一・二を争う剣豪だ。

 幼い頃から、俺は、陛下を守護する地位につきたいと思っていたし。
 騎士となったら、いずれ騎士団長を目指したいと思うものだが。
 現在、騎士団長であるセドリックにも。もちろん、俺は憧れていて。

 だから。そんな、陛下とセドリックというお二方が、目の前にいることに。俺は、舞い上がってしまっていた。

 だから、挨拶が済んだ瞬間、走り出した陛下に。ついて行くのが遅れてしまったのだ。
 虚を突かれたってやつ。マジかっ!

 セドリックは、如才なく、陛下の背中に、ぴったりとついて行っているというのに。
 もう、騎士としての、格の違いを見せつけられてしまった。そんな気になったよ。
 自分の有能さを、陛下にアピールしたかったのに。くそっ。

 そして、学園の中心にある、大きな木が立つ丘の上に登った陛下に、やっと追いついたとき。
 そこには、黒髪で小柄な男がいた。
 陛下に、涙を拭わせている、アレはなんだ?

「…クロウ・バジリスク」

 ベルナルドが、俺の横で小さくつぶやいた。
 え、あれが? 陛下の婚約者の、クロウ・バジリスク公爵子息?
 孤島から陛下を救出する手助けをしたという、あの噂の?

 凡庸な、ただの男に、一瞬見えたが。
 よく見ると、顔の造形は整っている。
 おとなしやかな印象で。線が細くて、中性的だな。
 学園長に言われていて、俺は陛下にも、あの男にも、従わなければならないのだが。

 嫌だった。

 クロウのことも、夜会で見かけてはいたが。ほぼ初対面。
 でも、少し思うところがあって。
 もちろん、陛下の婚約者だから、守れと言われたら、守るよ。
 でも、心情としては、心が波立つ感じで。嫌だった。

 だって。陛下とセドリックに、笑みを向けてもらえる、その位置にいるのは。もしかしたら、俺だったかもしれなかったのだ。

 彼が、俺だったらと思うのは。
 オフロ公爵家三男で、貴族階級で、陛下により近い年齢だった俺には。仕方がないことだった。


 公爵家に生まれたとはいえ、三男だった俺は、比較的自由に育てられた。
 十歳年上の長兄は、公爵家の後継者。
 そして、七歳年上の次兄は、王家をお守りする騎士になると決まっていた。
 三男である俺は、いずれ公爵家を出なければならないが。
 オフロ家の男子として、騎士を目指し、そこで身を立てようと、子供ながらになんとなく思っていた。

 だから、同じく騎士を目指す次兄と、よく剣の鍛錬をした。
 兄が、セントカミュ学園に入学すると。兄の二個上の先輩であるシヴァーディ様が、とても美しい剣士で。しなやかな剣技が素晴らしいのだと、鼻息荒く教えてくれて。
 兄に感化されて、俺もすっかりシヴァーディ様に心酔してしまって。
 学園主催の剣術大会で、彼を直接目にしたこともあって。
 さらに、シヴァーディ様談義を、熱く語り合ったり。
 次兄とはそんな、仲が良い兄弟だった。

 真面目な長兄は、年の離れた弟の俺を、よく可愛がってくれた。
 買い物に、よく連れて行ってくれたけれど、案外ケチで。なんでも与えてくれるような、甘さはなかった。
 しかしそれで、なにが大事なものなのか。良い品は高くてもいいが、どうでも良い品に手を出そうとしない、みたいな。買い物の極意を、教えてもらったな。
 公爵家だからと、羽振りよく、肩で風を切って歩くような真似は、下品なことだと。
 そんな長兄を見て、育ったから。
 家の威を借る鼻持ちならないやつには、ならないで済んだのかもしれない。

 公爵家という裕福な家で。でも三男だから、大きな家を背負うというプレッシャーを感じることもなく。
 家族仲も良くて。最高の環境で育ってきた、俺。
 その歯車が狂ってきたと感じたのは。俺が七歳のときだった。

 貴族の子息は、七歳になると、大きな夜会でお披露目をするという慣習がある。
 去年は、王太子であるイアン様が、七歳のお披露目をされた。
 そして、今年は俺の番。
 王太子のイアン様と俺は、一歳しか年が違わず。三男だが、公爵家の家柄である俺は、王太子の一番のご学友候補になるはず、だったのだ。

 しかし、その年に。国王がご逝去し。
 喪に服するため、夜会は中止になった。

 それを受けて、王太子イアン様は、国王に即位されたが。
 その後十年間も、万民の前に姿を現すことがなかったのだった。

 だけど、俺は。長い間。いずれ陛下のご学友になると、あきらめることなく思っていて。
 陛下の隣に立ち。同じ時間を過ごして。
 騎士科を優秀な成績で卒業したら、陛下の唯一無二の親友兼、頼れる騎士、相棒、右腕、そんな立場になるのだ、と。夢想していた。

 騎士になって、陛下の一番近くで、陛下を、王家を、お守りする。
 それこそが、公爵家を継げない俺の、最高の進路だと思っていた。
 できれば、陛下と友達のように気の置けない仲になり、心身ともにゆだねてもらえたら。

 そんなふうに、考え続けて。とうとう、第三学年を修了してしまった。
 もう、卒業するだけの成績も、マスターしているけれど。
 陛下と顔を合わせる機会が、全くなかったことを、残念に思いながら。
 普通に、第四学年を過ごして。卒業してから、騎士団に所属するのだろうな、なんて。ぼんやり考えていた。

 そんなとき、俺の人生を反転させるような神の声が、王都中に響き渡ったのだ。

「我はカザレニア国王、イアン・カザレニア二十四世である。我は、この十年間、王城にて幽閉状態にあったのだ」
 陛下は、バミネによって孤島から出ることができずにいて。
 今、この本土に、ようやく渡ることができたのだ、ということを。
 どういう原理かわからないが。町中に、陛下の説明が流れていた。

 陛下が復権を果たすと、公爵である父上と、オフロ家の長老である祖父は、すぐに行動に出た。
 兄上ふたりを、勘当したのだ。

 騎士団に入った次兄は、あんなに、シヴァーディ様を素晴らしいと言っていたのに。すぐに、バミネに鞍替えした。
 シヴァーディ様が失脚し、騎士団の団長に、バミネがついたら。それに追随するのが、家のためだと言っていた。
 俺は、そんなのは納得できなかったが。
 次兄は、そうしたのだ。

 長兄は、次兄によって、バミネを引き合わされ。
 良い稼ぎになると、賭け事をやらされる。
 初めは儲けていたが。すぐに公爵家の金を使い込むようになって。
 そのときには、負けても、賭け事が面白いからやる、という依存症に陥ってしまっていた。

 公爵家後継者として育ってきた、兄だから。
 厳しく律してきた兄だから。
 バミネに、悪の種を植え付けられて。あっという間に、身を持ち崩してしまったのかもしれない。

 だが、父たちの早すぎる処断は、そのような裏事情を加味してくれてはいないように、俺は感じたのだ。
 陛下の復権に、邪魔になる芽は摘む。
 公爵家に、害が及ぶ前に、切る。
 そのような非情さに、見えた。

 次兄は、バミネが好きで、ついて行ったわけではないのでは?
 長兄は、依存症を治せば立ち直るのではないか?
 そういう思いが、心の奥底でくすぶっていた。

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