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番外 モブにモヤモヤ、カッツェ・オフロの懊悩 ③
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鋭い面もあるようだが。長く平民として過ごしていたクロウが、公爵子息として、如才なく振舞えている。それがなぜなのか、知りたかった。
俺などは、三男ではあったが、公爵家の人間として過ごしてきたというのに。
後継という、重い責任をいきなり背負わされて、心がわさわさしているというのに。
そんな話をしたら、クロウは無邪気に、三男の俺が後継なのか? と聞いてくる。
イラッ…。という気持ちを隠して。
俺は苦笑しながら、公爵家の醜態を話さなくてはならなかった。
長兄と次兄が、バミネに追随し。勘当されたということを。
陛下は、オフロ家が武門の家柄であることを承知していて。忠義に厚い家だと、称えてくれた。
陛下が、我が家を見守ってくださるということは、とても心強い。
だが、それも。長兄、次兄という、脅威がなくなったからこそ、言えることなのだろうと。陛下にまで、刺々しい想いがあふれてしまう。
こんなの、本心ではない。
俺は陛下を、心から敬愛しているというのに。
それに元々、俺はこんな深刻なことを、ぐちぐちと考えるような性質ではなかった。
もっと、気ままに。大らかに、生きてきたのだ。
なのに、湧き上がる、この黒い気持ちはなんなのだろう?
だって、わかっているのだ。兄上たちは、やり過ぎたのだ、と。
自業自得、その言葉を、苦々しく、のみ込むしかないのだと。
兄たちをかばったら、オフロ家は陛下に寄れなくなる。一族存続の危機なのだ。
今は、こらえるしかない。
兄上の犠牲の上を、土足で歩くしかない。
そんな、重々しい気持ちを抱えていた俺に。クロウは言うのだ。
「お兄様たちを、お好きだったのですね?」と。
は? 好き? そんな軽い話はしていない。
つか、兄弟なのだ。好きに決まっている。
でもそれは、言えないし。
好きだと、口に出しても、思っても、いけないことなのだ。
オフロ家のために。
オフロ家は、王家に背く意思はない。
だから、あえぐように、言った。
「あ…兄上は。間違ったことをしたのです」
「それでも。そんな簡単に心を切り離せない。それが肉親の情です。間違ったことをして、その処断は別の方がくだされた。だからカッツェも、同じように家族の情を切り離さなければならない、と思っているのでしょうが。それは無理にすることではない。公爵家の総意ではないかもしれませんが。カッツェはカッツェの想いを抱いていればいいのですよ」
クロウの言葉に、俺は息をのんだ。
そんなこと、誰も。祖父も。父も母も、言ってはくれなかった。
公爵家がそう決めたのだから、俺も従わなければって。淡々と、そう思っていたのだ。
兄上への想いに、背を向けて。
「兄を…嫌わなくてもいい? 兄に、背を向けなくてもいい?」
聞くと、クロウは、ちょこりとうなずいた。
「好きな人を無理に嫌うことはない。人間なのですから、ここは好きだけど、ここは嫌い、みたいなことだって、あるし、ね?」
彼の微笑み、それはすでに、王妃の気品を備えていた。
大きな愛で包まれ、あやされ、自由を許されるような慈愛を、彼の眼差しに感じる。
あぁ、そうだ。俺は、長兄の真面目なところが好きだったが。ちょっと融通の利かない頑固なところは嫌いだった。
あげく、賭け事で身を持ち崩したことは、上に立つ者の行いではないと思っている。
次兄にも、同じく。良いところも悪いところもある。
クロウが言うところの、人間、だからな。
俺は、兄たちの良いところを、本当に好きなのだが。
悪いところを断罪しても、好きだったところまで切り離さなくて、いいのだ。
兄上が、好き。尊敬していた。
その気持ちを、抱えていてもいいのだ。
兄上は愚かなことをしたが、反省が出来るのなら、命を取るほどではないと。陛下はそう思って、処断を祖父に任せたのだろう。
そして、祖父は。勘当したのだ。公爵家とは関係のないところで、生きろと。
それは、王家に忠実であるオフロ家としては、寛大な処置だった。
世が世なら、一族全員の自死もあり得た。
王家に反意したことこそが、大罪なのだ。
ずっと、心がモヤモヤしていた。その原因がいったいなんなのか、自分でわかっていなかったけれど。
今、ようやくわかった。
兄を勘当した家族を、家のことだけ考えて、尻尾きりをした、無情な一族だと。そう感じて、拗ねていたのだ。
家族なのに、冷たいじゃん?
家族よりも家が大事かっ、と憤っていた。けれど。
勘当は、一番優しい罰だった。
祖父も父も母も、兄上にちゃんと温情をかけていたのだ。
気にかけていなかったわけではない。クロウと話していて、そのことに気づくことが出来た。
道を踏み外した兄のことを、誰もが見限れと言ったけれど。
クロウは俺に、兄を想っていてもいい。俺の心のまま、俺の中にある家族の情を捨てなくてもいいと、言ってくれた。
ただ、公爵家の後継となることの、心構えを聞くだけのつもりだったのにな。
俺の心にくすぶっていたモヤモヤを、クロウが…いや、クロウ様が晴らしてくれた。
彼のことを、見直した。
そして、口先だけでなく、本当の意味で、尊敬してしまった。
「クロウ様、ありがとうございました。なんか、目の前が開けたような、すっきりした気持ちです」
公爵家の体面があるので、家を出た兄上たちを、甘やかすことは出来ない。
しかし、兄たちとの思い出や、兄が再起する過程を見守ることを、シャットアウトすることはないのだ。
そう思えば。
ついさっきまで、公爵家の後継となるからには、兄たちを心の中から排除しなければと思い込んでいた、その重苦しい気持ちが、軽くなるようだった。
優秀だった兄たちの代わりになるのではなく。
俺は俺として、胸を張って、公爵家後継の任を受けられる。
俺の中の心構えが、シカッとした、そのとき。
クロウは、自分が、俺になにをもたらしたのか、わからない顔で。公爵家の後継はシオンになる予定だから、シオンに教えを乞うた方が良い、と言い添えた。
はぁ? このように出来た御方を差し置いて、なんで、シオンが後継になるんだよっ。
こちらはこちらで、俺のイラッの対象だった。
騎士科の生徒でもないのに、すでに騎士団長に腕を見込まれている。
そして、手合せをしてみたら、マジでヤバい剣術、体さばき。
年下の、ポッと出の、俺と同じ、公爵子息の男。
騎士科の首席が全く敵わないとか。しかも、まだ十四歳? どういうことだ? あぁ?
「え…なぜ、クロウ様は後継者として非の打ちどころのない御方なのに」
そうしたら、クロウは可愛らしい笑顔で言ったのだ。
「だって、ぼくは陛下と結婚しますから」
あ、そうだった。公爵子息という同位点にばかり気が行っていて。陛下とクロウが結婚することを失念していた。
そ、そうか。結婚、するのか…。
俺は、新たに盛り上がってきたモヤモヤから目をそらして。笑みを浮かべた。
「あぁ、そうでしたね。それで、公爵家はシオンを…」
「それで、というよりも。公爵家の後継に、シオンほど相応しい者はいません」
クロウは、食い気味に、きっぱりと否定した。
シオンは、自分の代わりではなく。
シオンこそが、後継に相応しいのだと。
そんな兄を、シオンはうっとりとみつめる。
あぁ、そうだろうよ。こんなに己を肯定してくれる兄がいたら。そりゃ、うっとりしちゃうだろうさ。
心底、シオンがうらやましかった。
もしも兄上が、クロウのように。おまえが後継に相応しい。おまえになら任せられる、って。一言言ってくれたら。俺も、これほど悩まずに、後継を受けられたのだろうな?
そんな、己の心の動きに。俺は苦笑してしまう。
ベルナルドが、クロウの英知に触れて、簡単に堕ちたとき。単純なやつだと、馬鹿にしたが。
なんてことない。俺は、彼のたった一言で。コロリと陥落してしまった。
全く、俺も相当に、単純だな。
「貴方を、謹んでお守りさせていただきます、ね?」
気持ちとしては、クロウに跪いて、騎士の誓いを立てたいところだったが。
ちょっと前まで、クロウにイラついていた分、気恥ずかしくて。
軽さを感じるように、ウィンクして誤魔化した。
だが。もしもクロウが、陛下の婚約者じゃなかったら。
迷わず求婚してしまいそうなほど、好きだっ!
好意の奔流が、自分でも考えられないほどに、急激にぎゅぅぅぅっ、と高まっていった。
「カッツェ。我の目の前で、我の嫁を口説くとは、いい度胸だな?」
ほんのり隠した俺の本音は、陛下にはお見通しのようだ。
クロウに好意を寄せる者への嗅覚が、半端ないですね、陛下。
しかし、もう、嫁扱いなのはどうでしょうねぇ? なんだか、心が波立つなぁ。
いえいえ、陛下に忠誠は誓いますよ?
でも、結婚前にクロウを泣かせるようなことがあったら、俺がさらっても良いですかねぇ?
王家の忠義と、恋心は別物、というか? 心に嘘はつけない、というか?
だけど。クロウが幸せになるのなら。おとなしく見守るしかないのだろうか?
立派な騎士になって。
陛下とクロウが仲睦まじく並ぶ。その後ろで。クロウの幸せをみつめて、彼らを守護する。
それも、悪くない夢じゃね?
「カッツェよ。おまえは、近衛には入れぬ。そしてシヴァーディの前にも、立たせぬ」
なんて、夢想していたら、陛下がそんなことを言うから。
「そんなぁ、イアン様。お怒りを解いてくださいぃ」
それはないよぉ、陛下。
シヴァーディ様の前に立つ夢は、クロウとは別に、またまた特別な俺の夢なのですっ。
だから、邪魔しないでくださいよぉ。
陛下が手放さぬ限り、クロウに手は出しませんからっ。誓いますからぁっ。
放課後。陛下と。クロウたちが。馬車に乗り込んで帰宅するのを見送ったあと。
俺は、学園の施設である剣闘技場に戻り、剣術の鍛錬をした。
剣術の授業で、シオンに、コテンパンに負けたのだ。
あいつ、なにやら動きが動物みたいで。剣筋が全く読めない。
あぁ、魔法で猫に変化できるから? それで、あんな動きができるのか?
いや、ただ、俺が弱いだけ。
第四学年で、最後の剣術大会では。有終の美を飾りたかったが。
大会には、陛下も出場するらしいから。
優勝は、たぶん、無理。
陛下の剣は、騎士団長直伝だ。腕前は、魔法込みのセドリックと張るという。化け物である。
でも、せめて、年下のシオンには負けたくない。
トーナメントで、陛下とシオンが、どの場面で出てくるのかは、わからないが。
陛下と当たる前に、ぜひシオンと対決して、勝ち残りたいものだ。
クロウは…応援してくれるかな?
シオンと当たったら、弟を応援するかな?
でも、俺のことも、一緒に見てくれるよな。うん。俄然、やる気が湧いてきたぞっ。
オレンジ色の夕日が、剣闘技場に射し込んで。まぶしいなと思っていたら。
出入り口のところに、桃色の髪をふたつに結った…この頃よく目にする、御令嬢が立っていた。リーリア嬢だ。
あの、ほのぼのクロウを、なにをとち狂ったのか、悪辣令嬢呼ばわりしていたから。印象はよくない。
「カッツェ様、汗がすごいわ。これで拭いてください」
手を止めた俺を見て、彼女は剣闘技場に入ってきて。ハンカチを差し出す。
しかし、見知らぬ御令嬢からハンカチを貰うと、あとあと厄介だ。
これでも、ちょっとは女性にモテる。
ひとつハンカチを受け取れば、私も私も、と収拾がつかなくなる。そういう経験があったので。俺は手拭いを持参していた。
触らぬハンカチに、祟りなしだ。
「自分のがあるから、結構です。それより、このようなむさくるしい場所に、どのような用事が?」
屋内の剣闘技場は、その名の通り、剣で戦う場所なので。もれなく汗臭い。
乙女はここには、なかなか足を運びたがらないものだ。
「お兄様のことを、耳にしましたの。とても優秀な方らしいですわね?」
兄のこと、と言われたら。
俺は、公爵家の醜聞のことだと思ってしまう。
「だけど、カッツェ様はお強いですわ? お兄様のことなど忘れて、カッツェ様はカッツェ様の剣を貫いていけば、よいと思うの。剣術大会でお力を発揮されること、私、信じていますわ?」
ニコリ、と笑って。御令嬢は剣闘技場を出て行った。
イマイチ、なにが言いたかったのか。よくわからないが。
きっと、不祥事を起こした兄のことなど忘れて、剣の道に邁進しろ、みたいな?
そういうことを、言っていたのかな?
あぁ、やはり。みんな、兄のことを忘れろと言う。切り捨ててしまえ、と。
俺は、俺の想いを抱いていていい。
家族の情を、無理に切り離さなくていい。
兄に背を向けなくてもいい。
そう、言ってくれたのは。クロウだけだった。
真に、俺の気持ちを理解してくれるのは、クロウしかいない。
俺などは、三男ではあったが、公爵家の人間として過ごしてきたというのに。
後継という、重い責任をいきなり背負わされて、心がわさわさしているというのに。
そんな話をしたら、クロウは無邪気に、三男の俺が後継なのか? と聞いてくる。
イラッ…。という気持ちを隠して。
俺は苦笑しながら、公爵家の醜態を話さなくてはならなかった。
長兄と次兄が、バミネに追随し。勘当されたということを。
陛下は、オフロ家が武門の家柄であることを承知していて。忠義に厚い家だと、称えてくれた。
陛下が、我が家を見守ってくださるということは、とても心強い。
だが、それも。長兄、次兄という、脅威がなくなったからこそ、言えることなのだろうと。陛下にまで、刺々しい想いがあふれてしまう。
こんなの、本心ではない。
俺は陛下を、心から敬愛しているというのに。
それに元々、俺はこんな深刻なことを、ぐちぐちと考えるような性質ではなかった。
もっと、気ままに。大らかに、生きてきたのだ。
なのに、湧き上がる、この黒い気持ちはなんなのだろう?
だって、わかっているのだ。兄上たちは、やり過ぎたのだ、と。
自業自得、その言葉を、苦々しく、のみ込むしかないのだと。
兄たちをかばったら、オフロ家は陛下に寄れなくなる。一族存続の危機なのだ。
今は、こらえるしかない。
兄上の犠牲の上を、土足で歩くしかない。
そんな、重々しい気持ちを抱えていた俺に。クロウは言うのだ。
「お兄様たちを、お好きだったのですね?」と。
は? 好き? そんな軽い話はしていない。
つか、兄弟なのだ。好きに決まっている。
でもそれは、言えないし。
好きだと、口に出しても、思っても、いけないことなのだ。
オフロ家のために。
オフロ家は、王家に背く意思はない。
だから、あえぐように、言った。
「あ…兄上は。間違ったことをしたのです」
「それでも。そんな簡単に心を切り離せない。それが肉親の情です。間違ったことをして、その処断は別の方がくだされた。だからカッツェも、同じように家族の情を切り離さなければならない、と思っているのでしょうが。それは無理にすることではない。公爵家の総意ではないかもしれませんが。カッツェはカッツェの想いを抱いていればいいのですよ」
クロウの言葉に、俺は息をのんだ。
そんなこと、誰も。祖父も。父も母も、言ってはくれなかった。
公爵家がそう決めたのだから、俺も従わなければって。淡々と、そう思っていたのだ。
兄上への想いに、背を向けて。
「兄を…嫌わなくてもいい? 兄に、背を向けなくてもいい?」
聞くと、クロウは、ちょこりとうなずいた。
「好きな人を無理に嫌うことはない。人間なのですから、ここは好きだけど、ここは嫌い、みたいなことだって、あるし、ね?」
彼の微笑み、それはすでに、王妃の気品を備えていた。
大きな愛で包まれ、あやされ、自由を許されるような慈愛を、彼の眼差しに感じる。
あぁ、そうだ。俺は、長兄の真面目なところが好きだったが。ちょっと融通の利かない頑固なところは嫌いだった。
あげく、賭け事で身を持ち崩したことは、上に立つ者の行いではないと思っている。
次兄にも、同じく。良いところも悪いところもある。
クロウが言うところの、人間、だからな。
俺は、兄たちの良いところを、本当に好きなのだが。
悪いところを断罪しても、好きだったところまで切り離さなくて、いいのだ。
兄上が、好き。尊敬していた。
その気持ちを、抱えていてもいいのだ。
兄上は愚かなことをしたが、反省が出来るのなら、命を取るほどではないと。陛下はそう思って、処断を祖父に任せたのだろう。
そして、祖父は。勘当したのだ。公爵家とは関係のないところで、生きろと。
それは、王家に忠実であるオフロ家としては、寛大な処置だった。
世が世なら、一族全員の自死もあり得た。
王家に反意したことこそが、大罪なのだ。
ずっと、心がモヤモヤしていた。その原因がいったいなんなのか、自分でわかっていなかったけれど。
今、ようやくわかった。
兄を勘当した家族を、家のことだけ考えて、尻尾きりをした、無情な一族だと。そう感じて、拗ねていたのだ。
家族なのに、冷たいじゃん?
家族よりも家が大事かっ、と憤っていた。けれど。
勘当は、一番優しい罰だった。
祖父も父も母も、兄上にちゃんと温情をかけていたのだ。
気にかけていなかったわけではない。クロウと話していて、そのことに気づくことが出来た。
道を踏み外した兄のことを、誰もが見限れと言ったけれど。
クロウは俺に、兄を想っていてもいい。俺の心のまま、俺の中にある家族の情を捨てなくてもいいと、言ってくれた。
ただ、公爵家の後継となることの、心構えを聞くだけのつもりだったのにな。
俺の心にくすぶっていたモヤモヤを、クロウが…いや、クロウ様が晴らしてくれた。
彼のことを、見直した。
そして、口先だけでなく、本当の意味で、尊敬してしまった。
「クロウ様、ありがとうございました。なんか、目の前が開けたような、すっきりした気持ちです」
公爵家の体面があるので、家を出た兄上たちを、甘やかすことは出来ない。
しかし、兄たちとの思い出や、兄が再起する過程を見守ることを、シャットアウトすることはないのだ。
そう思えば。
ついさっきまで、公爵家の後継となるからには、兄たちを心の中から排除しなければと思い込んでいた、その重苦しい気持ちが、軽くなるようだった。
優秀だった兄たちの代わりになるのではなく。
俺は俺として、胸を張って、公爵家後継の任を受けられる。
俺の中の心構えが、シカッとした、そのとき。
クロウは、自分が、俺になにをもたらしたのか、わからない顔で。公爵家の後継はシオンになる予定だから、シオンに教えを乞うた方が良い、と言い添えた。
はぁ? このように出来た御方を差し置いて、なんで、シオンが後継になるんだよっ。
こちらはこちらで、俺のイラッの対象だった。
騎士科の生徒でもないのに、すでに騎士団長に腕を見込まれている。
そして、手合せをしてみたら、マジでヤバい剣術、体さばき。
年下の、ポッと出の、俺と同じ、公爵子息の男。
騎士科の首席が全く敵わないとか。しかも、まだ十四歳? どういうことだ? あぁ?
「え…なぜ、クロウ様は後継者として非の打ちどころのない御方なのに」
そうしたら、クロウは可愛らしい笑顔で言ったのだ。
「だって、ぼくは陛下と結婚しますから」
あ、そうだった。公爵子息という同位点にばかり気が行っていて。陛下とクロウが結婚することを失念していた。
そ、そうか。結婚、するのか…。
俺は、新たに盛り上がってきたモヤモヤから目をそらして。笑みを浮かべた。
「あぁ、そうでしたね。それで、公爵家はシオンを…」
「それで、というよりも。公爵家の後継に、シオンほど相応しい者はいません」
クロウは、食い気味に、きっぱりと否定した。
シオンは、自分の代わりではなく。
シオンこそが、後継に相応しいのだと。
そんな兄を、シオンはうっとりとみつめる。
あぁ、そうだろうよ。こんなに己を肯定してくれる兄がいたら。そりゃ、うっとりしちゃうだろうさ。
心底、シオンがうらやましかった。
もしも兄上が、クロウのように。おまえが後継に相応しい。おまえになら任せられる、って。一言言ってくれたら。俺も、これほど悩まずに、後継を受けられたのだろうな?
そんな、己の心の動きに。俺は苦笑してしまう。
ベルナルドが、クロウの英知に触れて、簡単に堕ちたとき。単純なやつだと、馬鹿にしたが。
なんてことない。俺は、彼のたった一言で。コロリと陥落してしまった。
全く、俺も相当に、単純だな。
「貴方を、謹んでお守りさせていただきます、ね?」
気持ちとしては、クロウに跪いて、騎士の誓いを立てたいところだったが。
ちょっと前まで、クロウにイラついていた分、気恥ずかしくて。
軽さを感じるように、ウィンクして誤魔化した。
だが。もしもクロウが、陛下の婚約者じゃなかったら。
迷わず求婚してしまいそうなほど、好きだっ!
好意の奔流が、自分でも考えられないほどに、急激にぎゅぅぅぅっ、と高まっていった。
「カッツェ。我の目の前で、我の嫁を口説くとは、いい度胸だな?」
ほんのり隠した俺の本音は、陛下にはお見通しのようだ。
クロウに好意を寄せる者への嗅覚が、半端ないですね、陛下。
しかし、もう、嫁扱いなのはどうでしょうねぇ? なんだか、心が波立つなぁ。
いえいえ、陛下に忠誠は誓いますよ?
でも、結婚前にクロウを泣かせるようなことがあったら、俺がさらっても良いですかねぇ?
王家の忠義と、恋心は別物、というか? 心に嘘はつけない、というか?
だけど。クロウが幸せになるのなら。おとなしく見守るしかないのだろうか?
立派な騎士になって。
陛下とクロウが仲睦まじく並ぶ。その後ろで。クロウの幸せをみつめて、彼らを守護する。
それも、悪くない夢じゃね?
「カッツェよ。おまえは、近衛には入れぬ。そしてシヴァーディの前にも、立たせぬ」
なんて、夢想していたら、陛下がそんなことを言うから。
「そんなぁ、イアン様。お怒りを解いてくださいぃ」
それはないよぉ、陛下。
シヴァーディ様の前に立つ夢は、クロウとは別に、またまた特別な俺の夢なのですっ。
だから、邪魔しないでくださいよぉ。
陛下が手放さぬ限り、クロウに手は出しませんからっ。誓いますからぁっ。
放課後。陛下と。クロウたちが。馬車に乗り込んで帰宅するのを見送ったあと。
俺は、学園の施設である剣闘技場に戻り、剣術の鍛錬をした。
剣術の授業で、シオンに、コテンパンに負けたのだ。
あいつ、なにやら動きが動物みたいで。剣筋が全く読めない。
あぁ、魔法で猫に変化できるから? それで、あんな動きができるのか?
いや、ただ、俺が弱いだけ。
第四学年で、最後の剣術大会では。有終の美を飾りたかったが。
大会には、陛下も出場するらしいから。
優勝は、たぶん、無理。
陛下の剣は、騎士団長直伝だ。腕前は、魔法込みのセドリックと張るという。化け物である。
でも、せめて、年下のシオンには負けたくない。
トーナメントで、陛下とシオンが、どの場面で出てくるのかは、わからないが。
陛下と当たる前に、ぜひシオンと対決して、勝ち残りたいものだ。
クロウは…応援してくれるかな?
シオンと当たったら、弟を応援するかな?
でも、俺のことも、一緒に見てくれるよな。うん。俄然、やる気が湧いてきたぞっ。
オレンジ色の夕日が、剣闘技場に射し込んで。まぶしいなと思っていたら。
出入り口のところに、桃色の髪をふたつに結った…この頃よく目にする、御令嬢が立っていた。リーリア嬢だ。
あの、ほのぼのクロウを、なにをとち狂ったのか、悪辣令嬢呼ばわりしていたから。印象はよくない。
「カッツェ様、汗がすごいわ。これで拭いてください」
手を止めた俺を見て、彼女は剣闘技場に入ってきて。ハンカチを差し出す。
しかし、見知らぬ御令嬢からハンカチを貰うと、あとあと厄介だ。
これでも、ちょっとは女性にモテる。
ひとつハンカチを受け取れば、私も私も、と収拾がつかなくなる。そういう経験があったので。俺は手拭いを持参していた。
触らぬハンカチに、祟りなしだ。
「自分のがあるから、結構です。それより、このようなむさくるしい場所に、どのような用事が?」
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乙女はここには、なかなか足を運びたがらないものだ。
「お兄様のことを、耳にしましたの。とても優秀な方らしいですわね?」
兄のこと、と言われたら。
俺は、公爵家の醜聞のことだと思ってしまう。
「だけど、カッツェ様はお強いですわ? お兄様のことなど忘れて、カッツェ様はカッツェ様の剣を貫いていけば、よいと思うの。剣術大会でお力を発揮されること、私、信じていますわ?」
ニコリ、と笑って。御令嬢は剣闘技場を出て行った。
イマイチ、なにが言いたかったのか。よくわからないが。
きっと、不祥事を起こした兄のことなど忘れて、剣の道に邁進しろ、みたいな?
そういうことを、言っていたのかな?
あぁ、やはり。みんな、兄のことを忘れろと言う。切り捨ててしまえ、と。
俺は、俺の想いを抱いていていい。
家族の情を、無理に切り離さなくていい。
兄に背を向けなくてもいい。
そう、言ってくれたのは。クロウだけだった。
真に、俺の気持ちを理解してくれるのは、クロウしかいない。
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次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
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多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
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志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
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サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
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