【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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番外 モブにモヤモヤ、カッツェ・オフロの懊悩 ③

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 鋭い面もあるようだが。長く平民として過ごしていたクロウが、公爵子息として、如才なく振舞えている。それがなぜなのか、知りたかった。
 俺などは、三男ではあったが、公爵家の人間として過ごしてきたというのに。
 後継という、重い責任をいきなり背負わされて、心がわさわさしているというのに。

 そんな話をしたら、クロウは無邪気に、三男の俺が後継なのか? と聞いてくる。
 イラッ…。という気持ちを隠して。
 俺は苦笑しながら、公爵家の醜態を話さなくてはならなかった。

 長兄と次兄が、バミネに追随し。勘当されたということを。
 陛下は、オフロ家が武門の家柄であることを承知していて。忠義に厚い家だと、称えてくれた。
 陛下が、我が家を見守ってくださるということは、とても心強い。

 だが、それも。長兄、次兄という、脅威がなくなったからこそ、言えることなのだろうと。陛下にまで、刺々しい想いがあふれてしまう。

 こんなの、本心ではない。
 俺は陛下を、心から敬愛しているというのに。
 それに元々、俺はこんな深刻なことを、ぐちぐちと考えるような性質ではなかった。
 もっと、気ままに。大らかに、生きてきたのだ。
 なのに、湧き上がる、この黒い気持ちはなんなのだろう?

 だって、わかっているのだ。兄上たちは、やり過ぎたのだ、と。
 自業自得、その言葉を、苦々しく、のみ込むしかないのだと。

 兄たちをかばったら、オフロ家は陛下に寄れなくなる。一族存続の危機なのだ。
 今は、こらえるしかない。
 兄上の犠牲の上を、土足で歩くしかない。

 そんな、重々しい気持ちを抱えていた俺に。クロウは言うのだ。
「お兄様たちを、お好きだったのですね?」と。

 は? 好き? そんな軽い話はしていない。

 つか、兄弟なのだ。好きに決まっている。
 でもそれは、言えないし。
 好きだと、口に出しても、思っても、いけないことなのだ。
 オフロ家のために。
 オフロ家は、王家に背く意思はない。

 だから、あえぐように、言った。
「あ…兄上は。間違ったことをしたのです」

「それでも。そんな簡単に心を切り離せない。それが肉親の情です。間違ったことをして、その処断は別の方がくだされた。だからカッツェも、同じように家族の情を切り離さなければならない、と思っているのでしょうが。それは無理にすることではない。公爵家の総意ではないかもしれませんが。想いを抱いていればいいのですよ」

 クロウの言葉に、俺は息をのんだ。
 そんなこと、誰も。祖父も。父も母も、言ってはくれなかった。
 公爵家がそう決めたのだから、俺も従わなければって。淡々と、そう思っていたのだ。

 兄上への想いに、背を向けて。

「兄を…嫌わなくてもいい? 兄に、背を向けなくてもいい?」
 聞くと、クロウは、ちょこりとうなずいた。
「好きな人を無理に嫌うことはない。人間なのですから、ここは好きだけど、ここは嫌い、みたいなことだって、あるし、ね?」

 彼の微笑み、それはすでに、王妃の気品を備えていた。
 大きな愛で包まれ、あやされ、自由を許されるような慈愛を、彼の眼差しに感じる。

 あぁ、そうだ。俺は、長兄の真面目なところが好きだったが。ちょっと融通ゆうずうの利かない頑固なところは嫌いだった。
 あげく、賭け事で身を持ち崩したことは、上に立つ者の行いではないと思っている。

 次兄にも、同じく。良いところも悪いところもある。
 クロウが言うところの、人間、だからな。

 俺は、兄たちの良いところを、本当に好きなのだが。
 悪いところを断罪しても、好きだったところまで切り離さなくて、いいのだ。

 兄上が、好き。尊敬していた。
 その気持ちを、抱えていてもいいのだ。

 兄上は愚かなことをしたが、反省が出来るのなら、命を取るほどではないと。陛下はそう思って、処断を祖父に任せたのだろう。
 そして、祖父は。勘当したのだ。公爵家とは関係のないところで、生きろと。
 それは、王家に忠実であるオフロ家としては、寛大な処置だった。
 世が世なら、一族全員の自死もあり得た。
 王家に反意したことこそが、大罪なのだ。

 ずっと、心がモヤモヤしていた。その原因がいったいなんなのか、自分でわかっていなかったけれど。
 今、ようやくわかった。

 兄を勘当した家族を、家のことだけ考えて、尻尾きりをした、無情な一族だと。そう感じて、拗ねていたのだ。
 家族なのに、冷たいじゃん?
 家族よりも家が大事かっ、と憤っていた。けれど。

 勘当は、一番優しい罰だった。

 祖父も父も母も、兄上にちゃんと温情をかけていたのだ。
 気にかけていなかったわけではない。クロウと話していて、そのことに気づくことが出来た。

 道を踏み外した兄のことを、誰もが見限れと言ったけれど。
 クロウは俺に、兄を想っていてもいい。俺の心のまま、俺の中にある家族の情を捨てなくてもいいと、言ってくれた。
 ただ、公爵家の後継となることの、心構えを聞くだけのつもりだったのにな。
 俺の心にくすぶっていたモヤモヤを、クロウが…いや、クロウ様が晴らしてくれた。

 彼のことを、見直した。
 そして、口先だけでなく、本当の意味で、尊敬してしまった。

「クロウ様、ありがとうございました。なんか、目の前が開けたような、すっきりした気持ちです」
 公爵家の体面があるので、家を出た兄上たちを、甘やかすことは出来ない。
 しかし、兄たちとの思い出や、兄が再起する過程を見守ることを、シャットアウトすることはないのだ。
 そう思えば。
 ついさっきまで、公爵家の後継となるからには、兄たちを心の中から排除しなければと思い込んでいた、その重苦しい気持ちが、軽くなるようだった。

 優秀だった兄たちの代わりになるのではなく。
 、胸を張って、公爵家後継の任を受けられる。

 俺の中の心構えが、シカッとした、そのとき。
 クロウは、自分が、俺になにをもたらしたのか、わからない顔で。公爵家の後継はシオンになる予定だから、シオンに教えを乞うた方が良い、と言い添えた。

 はぁ? このように出来た御方を差し置いて、なんで、シオンが後継になるんだよっ。

 こちらはこちらで、俺のイラッの対象だった。
 騎士科の生徒でもないのに、すでに騎士団長に腕を見込まれている。
 そして、手合せをしてみたら、マジでヤバい剣術、体さばき。
 年下の、ポッと出の、俺と同じ、公爵子息の男。
 騎士科の首席が全く敵わないとか。しかも、まだ十四歳? どういうことだ? あぁ?

「え…なぜ、クロウ様は後継者として非の打ちどころのない御方なのに」
 そうしたら、クロウは可愛らしい笑顔で言ったのだ。
「だって、ぼくは陛下と結婚しますから」

 あ、そうだった。公爵子息という同位点にばかり気が行っていて。陛下とクロウが結婚することを失念していた。
 そ、そうか。結婚、するのか…。

 俺は、新たに盛り上がってきたモヤモヤから目をそらして。笑みを浮かべた。
「あぁ、そうでしたね。それで、公爵家はシオンを…」
「それで、というよりも。公爵家の後継に、シオンほど相応しい者はいません」
 クロウは、食い気味に、きっぱりと否定した。
 シオンは、自分の代わりではなく。
 シオンこそが、後継に相応しいのだと。

 そんな兄を、シオンはうっとりとみつめる。

 あぁ、そうだろうよ。こんなに己を肯定してくれる兄がいたら。そりゃ、うっとりしちゃうだろうさ。
 心底、シオンがうらやましかった。

 もしも兄上が、クロウのように。おまえが後継に相応しい。おまえになら任せられる、って。一言言ってくれたら。俺も、これほど悩まずに、後継を受けられたのだろうな?

 そんな、己の心の動きに。俺は苦笑してしまう。
 ベルナルドが、クロウの英知に触れて、簡単に堕ちたとき。単純なやつだと、馬鹿にしたが。
 なんてことない。俺は、彼のたった一言で。コロリと陥落してしまった。

 全く、俺も相当に、単純だな。

「貴方を、謹んでお守りさせていただきます、ね?」
 気持ちとしては、クロウに跪いて、騎士の誓いを立てたいところだったが。
 ちょっと前まで、クロウにイラついていた分、気恥ずかしくて。
 軽さを感じるように、ウィンクして誤魔化した。

 だが。もしもクロウが、陛下の婚約者じゃなかったら。
 迷わず求婚してしまいそうなほど、好きだっ!

 好意の奔流が、自分でも考えられないほどに、急激にぎゅぅぅぅっ、と高まっていった。
「カッツェ。我の目の前で、我の嫁を口説くとは、いい度胸だな?」
 ほんのり隠した俺の本音は、陛下にはお見通しのようだ。
 クロウに好意を寄せる者への嗅覚が、半端ないですね、陛下。
 しかし、もう、嫁扱いなのはどうでしょうねぇ? なんだか、心が波立つなぁ。

 いえいえ、陛下に忠誠は誓いますよ?
 でも、結婚前にクロウを泣かせるようなことがあったら、俺がさらっても良いですかねぇ?
 王家の忠義と、恋心は別物、というか? 心に嘘はつけない、というか?

 だけど。クロウが幸せになるのなら。おとなしく見守るしかないのだろうか?
 立派な騎士になって。
 陛下とクロウが仲睦まじく並ぶ。その後ろで。クロウの幸せをみつめて、彼らを守護する。
 それも、悪くない夢じゃね?

「カッツェよ。おまえは、近衛には入れぬ。そしてシヴァーディの前にも、立たせぬ」
 なんて、夢想していたら、陛下がそんなことを言うから。
「そんなぁ、イアン様。お怒りを解いてくださいぃ」
 それはないよぉ、陛下。
 シヴァーディ様の前に立つ夢は、クロウとは別に、またまた特別な俺の夢なのですっ。
 だから、邪魔しないでくださいよぉ。
 陛下が手放さぬ限り、クロウに手は出しませんからっ。誓いますからぁっ。


 放課後。陛下と。クロウたちが。馬車に乗り込んで帰宅するのを見送ったあと。
 俺は、学園の施設である剣闘技場に戻り、剣術の鍛錬をした。

 剣術の授業で、シオンに、コテンパンに負けたのだ。
 あいつ、なにやら動きが動物みたいで。剣筋が全く読めない。
 あぁ、魔法で猫に変化できるから? それで、あんな動きができるのか?
 いや、ただ、俺が弱いだけ。

 第四学年で、最後の剣術大会では。有終の美を飾りたかったが。
 大会には、陛下も出場するらしいから。

 優勝は、たぶん、無理。

 陛下の剣は、騎士団長直伝だ。腕前は、魔法込みのセドリックと張るという。化け物である。
 でも、せめて、年下のシオンには負けたくない。
 トーナメントで、陛下とシオンが、どの場面で出てくるのかは、わからないが。
 陛下と当たる前に、ぜひシオンと対決して、勝ち残りたいものだ。

 クロウは…応援してくれるかな?
 シオンと当たったら、弟を応援するかな?
 でも、俺のことも、一緒に見てくれるよな。うん。俄然がぜん、やる気が湧いてきたぞっ。

 オレンジ色の夕日が、剣闘技場に射し込んで。まぶしいなと思っていたら。
 出入り口のところに、桃色の髪をふたつに結った…この頃よく目にする、御令嬢が立っていた。リーリア嬢だ。
 あの、ほのぼのクロウを、なにをとち狂ったのか、悪辣令嬢呼ばわりしていたから。印象はよくない。

「カッツェ様、汗がすごいわ。これで拭いてください」
 手を止めた俺を見て、彼女は剣闘技場に入ってきて。ハンカチを差し出す。
 しかし、見知らぬ御令嬢からハンカチを貰うと、あとあと厄介だ。

 これでも、ちょっとは女性にモテる。
 ひとつハンカチを受け取れば、私も私も、と収拾がつかなくなる。そういう経験があったので。俺は手拭いを持参していた。
 触らぬハンカチに、祟りなしだ。

「自分のがあるから、結構です。それより、このようなむさくるしい場所に、どのような用事が?」
 屋内の剣闘技場は、その名の通り、剣で戦う場所なので。もれなく汗臭い。
 乙女はここには、なかなか足を運びたがらないものだ。

「お兄様のことを、耳にしましたの。とても優秀な方らしいですわね?」
 兄のこと、と言われたら。
 俺は、公爵家の醜聞のことだと思ってしまう。

「だけど、カッツェ様はお強いですわ? お兄様のことなど忘れて、剣を貫いていけば、よいと思うの。剣術大会でお力を発揮されること、私、信じていますわ?」
 ニコリ、と笑って。御令嬢は剣闘技場を出て行った。

 イマイチ、なにが言いたかったのか。よくわからないが。
 きっと、不祥事を起こした兄のことなど忘れて、剣の道に邁進しろ、みたいな?
 そういうことを、言っていたのかな?

 あぁ、やはり。みんな、兄のことを忘れろと言う。切り捨ててしまえ、と。
 俺は、俺の想いを抱いていていい。
 家族の情を、無理に切り離さなくていい。
 兄に背を向けなくてもいい。
 そう、言ってくれたのは。クロウだけだった。

 真に、俺の気持ちを理解してくれるのは、クロウしかいない。

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