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番外 ディオン 愛で方がわからない ⑤
奴隷商もロークも部屋を出て。レギにも席を外してもらった。
これでふたりきりだな。
いや、コエダがいるから三人だが。
そうだ、名前を…。
俺はシクリと痛む腹に手を当て、ソファに再び腰かけた。
なんか、だるいな。寝不足のせいか。
「おい、おまえら。名前っ」
痛みに顔をしかめ、ため息交じりに聞いたら。なんかえらそうな感じになった。
しかし、名を聞いておかないと。俺が事前に知っていたことがバレそうだ。
ずっと、タイジュと、彼のことを呼びたくて。
泣く彼を、慰めてやりたくて。
そんなに悲観することはないと、安心させたくて。
でも、我慢したのだ。なんか……恥ずかしいから。
彼らはシャキッと背筋を伸ばして名を口にした。
ミクリャー・タイジュ、ミクリャー・コエダ。これで俺が名を呼んでも大丈夫。
しかし、レギの調べではミャー・タイジュだったのに。猫の鳴き声みたいで変な名だとは思っていたが。
どちらにしても。
「ふーん、ミクリャーが姓か。変な名だな。どこの国から来たんだ?」
名前には深く触れず、さりげなく身上調査をしてみた。
子爵邸で彼らが奴隷になったところまでは、レギが探り当てたが。その前がさっぱりわからないからだ。
若干、姓の違いはあったようだが。
それ以前に、親子がローディ領に入った記録は残されていない。かといってタイジュとコエダという名の者がローディで生まれたという記録もない。
いきなり彼らがローディ領に現れたとしか、言い様がないのだ。
「それより、ディオン王子。お顔の色が冴えません」
と言って、タイジュは無理やり診察を始めた。
誤魔化すつもりなのかな?
しかし、まぁ。痛いは痛い。
俺の軍服の前を開いて、包帯やガーゼを取り去ると。腹に手を添え、そろりと撫でた。
ためらいないというか、大胆というか。
まぁ、意識しているのは俺だけで、タイジュは医者の顔で真剣に診察をしているのだ。
そして、なんでか診察の手を、腹から首に移動させ、揉むように耳の下から鎖骨にかけて指先をあてる。
その感触に、俺はゾワリとした。
それは胸がギュッとするような、ゾワリだ。
首に触れられたら、彼の可愛いような綺麗なような顔が俺の目の前に寄って。
わ。黒い瞳が潤んで。目のふちが赤く色づいている。
さっきコエダと泣き合ったときの余韻、だろうけど。
ヤバい。色っぽい。ヤバい。
「お通じやおならは出ていますか?」
その色気のある顔から、思いがけない言葉が出てきて。俺はつい、目を丸くした。
「はぁぁっ? 王族になに聞いてんだっ」
ちょっと、怒りめで言う。
そんな、清らかで綺麗ないい顔で、おならとか下賤なことを言わないでくれっ。
しかしタイジュも、目を丸くした。
「いえ、診察ですから。王子は腸管を損傷したのです。その部分がしっかり機能しているか、確認しているのですよ?」
キリリとした顔で、任務遂行中だと言わんばかりに告げられ。
俺は、なんとか顔を取り繕って言う。
「…しっかり機能している」
「大変結構です」
タイジュはニッコリの、俺の好きなあの笑顔になった。
あぁ、今日からは。タイジュのこの笑みは俺だけのものになったのだな?
嬉しいな。
そう思っていたら、コエダがなにか魔法をかけ。
コエダにも魔法があったのだな?
そのあとでタイジュも魔法をかける。
するとたちまち、痛みが消えた。
「く…ハハハッ」
俺は思わず、笑った。勝利の笑みだ。
アンドリューからタイジュの能力については聞いていたが。
しっかり彼に確認を取っていたわけではないから、彼の魔法がどんなものか、詳細はわからなかった。
しかし詠唱も呪文もなく力みもなく、軽やかに息を吸うように魔法を繰り出す、親子。
これはまさしく、女神のいとし子。いや、女神の使者だ。
もう逃がさない。俺は神の息吹を手に入れたのだ。
「売り払いたくなった暁? そんなもの未来永劫ない。おまえは一生、俺の元でこき使う。後悔しても、もう遅いがな?」
奴隷商から奪い取り、タイジュを手にして高揚し。愉快な気分のままにそう告げたら。
タイジュとコエダはヒシッと抱き合って、ポカンと俺をみつめていた。
あ? 怖がらせてしまったか? それとも引かれたか?
俺はただ、タイジュに一生俺の元で魔法を使ってもらうというような、そういうことを言いたかったのだが。
そばにいて、優しくして、優しくされたい。
タイジュの息子であるコエダともうまくやっていきたい。
そう、思っているのだが。
なんか、うまく行かないな?
恋も愛も、俺はよくわからない。
親の愛も恋人の情も、受けたことがない。経験がないから。
タイジュに、恋をしていると思うのだが。愛するって、どうしたらいいのだ?
俺は、愛で方がわからない。
★★★★★
馬車に乗り込み、王宮に向かう。王都への道程は、およそ七日間だ。
養生するのに、別荘などでタイジュたちとのんびりしたいところだが。戦況報告をするのに、一度は王宮に顔を出し父王に対面しなければならない。面倒くさい。
まぁ、それよりも俺は。先ほどのやり取りをなんとか誤魔化したかった。
ちょっと、本意とズレが生じている。言葉は難しいな。
「あの、ディオン王子にお聞きしたいのですが?」
するとコエダが一番に声を出した。
なんだ? なんでも答えてやるぞ? と思っていたが。レギが言う。
庶民は殿下に直接声をかけては駄目だって。
ええぇ? いや、仲良くしたいのだ。話しかけてくれても構わぬ。
しかしレギは。ここぞとばかりに自己紹介した。
ズルいぞレギ、抜け駆けだっ。
そうしたらコエダは、パパを解放したいから仕事を紹介して欲しいと言い出した。
タイジュは、子供を働かせる気はないみたい。
俺もそう思う。子供は余計なことは考えずに遊んでいればいいのだ。
でも、コエダがパパを身請けしたいと言い出したから。黙っていられなくなった。
「身請けはできない。タイジュは一生私のモノになったのだ」
「えぇ?」
コエダはおののくような声を出した。しょん垂れの眉毛がさらにさがって、可哀想だが。
しかし余計な期待を持たないよう、はっきりさせておいた方がいい。
「おまえは、気に入ったおもちゃを、それ以上の値を出すから譲ってくれと言われたら、あげるか? 商人奴隷は働き手という側面が強いが。個人所有の奴隷は、主の持ち物だ。私が首を縦に振らなければ、何億積まれてもおまえの身請けは成立しない」
だから子供のうちから働いたとしても、タイジュは永久に手に入らないのだ。
無駄な努力はやめて、子供は元気に遊んでいろ。それをタイジュも望むはず。
そう言いたかったのだが。
コエダは涙ぐんで意気消沈だ。うーん。
「殿下、コエダは俺のそばで育ててもいいですか?」
「構わぬ。おまえが俺の望みを果たせるならな」
おまえが私のそばにいて、眠りに誘ってくれるなら。なんでもおまえの好きにしていいのだ。
彼の唐突な質問の意図は、よくわからなかったが。
タイジュはホッとした顔をしていたから。良かった。
そのあとレギが、今後の仕事の話などをして。レギはコエダに仕事の世話をすると約束していた。
無駄なのに、と私は思うが。
コエダは嬉しそうに笑みを浮かべる。
子供の気持ちはよくわからないな。
そしてタイジュは、三食出て、王宮に寝泊まりできることに食いついていた。
そりゃあ…。
「第二王子の侍従が痩せこけて粗末な服を着ていたら、体裁が悪いだろうが」
だから衣食住は保障するぞ? あぁ、それから。
「おまえ、自分は奴隷だとか触れ回るんじゃねぇぞ? その首輪は奴隷だとひと目でわからないようにしているんだからな」
タイジュのことは手放せないから奴隷紋は外せないが。王宮では奴隷だということを忘れて、自由に過ごせばいい。そのことを引け目に思うこともないぞ?
ということを言いたかったのだが。
タイジュはコエダを抱き締めて、びっくり目だ。
ん? なんか、ニュアンスが全くうまく伝わらないな?
「あぁ、良かったなぁ、コエダ。成長期の子供を飢えさせたくなかったけれど、これからはバランスの良い食事を食べさせてやれそうだ。なによりコエダが元気で、奴隷から解放されたことがパパは嬉しい」
コエダが奴隷から解放されて嬉しい…その言葉は、俺の胸をえぐる。
俺はタイジュを、絶対に手放せないからだ。
でもタイジュも本当は、奴隷から解放されたいのだろう?
子供が一番だという顔をして、自分だけでも解放されたかったのだろう?
「茶番は終わりか?」
ヒヤリとした心のままに。俺はつぶやいていた。
「コエダ、この男はおまえが奴隷解放されて嬉しいなどとほざいているが。そんな綺麗ごとに騙されるなよ? 親と言えど、子にそれほどの情などあるわけがないのだ。今回はタイジュの身請けに対する条件だったが。もしもどちらかひとりを解除するという話だったとしたら、タイジュは子を差し出して、自分の身を守るに決まっているのだ」
親なんて、ただの記号。誰だって、己の命が一番大事なのだ。
父も母も、俺の命より自分を守った。
誰でも我が身が可愛いのだ。
タイジュは戦場で子供を守ってきた。良い父親なのは、少し見ただけでもわかるし。あの慈愛の笑みを持つ者が情に厚くないわけもない。
タイジュが、俺の両親と同じとは言わないが。
でもタイジュも人間だ。
コエダが親に過剰な期待をして、それが裏切られたとき。幻滅するのは可哀想じゃないか。
だから今のうちに、覚悟をさせておいた方がいい。
タイジュが自分の身を優先させても、そういうものだと納得できるようにな。
「パパは、そんな人じゃないもん」
コエダがそう言うなら、そうなのかもしれないが。
俺は親をそういうものだと思ってきた。
するとタイジュは。コエダをなだめるように優しく抱きしめて。
「俺の気持ちは、誰にもわからなくていい」
と、少し悲しげな顔つきでつぶやいた。
そんな顔をさせるつもりはなかった。
タイジュを否定したかったわけでもない。
ただ俺は、親に幻滅しきっているだけなのだ。
「…親ならみんな、子を優先するなんて。それが綺麗ごとだという王子の発言は、理解できます。ただ俺は、コエダが元気なのが嬉しい。ただそれだけなのです」
無理した笑みを浮かべて、タイジュは言い。
俺は彼から目をそらすしかなかった。
タイジュは、俺を否定しなかった。
思うところはあるだろう。コエダを守る彼の姿勢に嘘はないから。
けれどタイジュは、俺のこともコエダのことも、否定をしないことで守ってくれた、ような気がした。
もしも彼が俺の親だったなら。俺も人並みに、愛情のなんたるかを学べたかもしれないな。
彼に優しく抱きしめられたなら、さぞ心地よいのだろう。
それからしばらく。馬車の中は無言になった。
また空気を悪くしてしまった。
わかっている。俺はずっと、タイジュに感じの悪いことしか言っていない。
わかっている。しかしなぜか、攻撃的な言葉ばかりが出てきてしまうのだ。なんでだっ??
俺はいったい、なにをやっているのやら。
なんで、好きな相手に優しい言葉をかけられないのだろうか。
はぁと、重いため息をついて。俺は腹をさする。
傷を抱えて長い長い帰途につくのは。いつも憂鬱だ。
だが今回ばかりは、違う。俺はタイジュという味方を得たのだから。
移動中に急に具合が悪くなる、などというリスクを考えなくて良くなっただけでも、気持ちが軽くなるものだ。
それは俺にとって、とてもありがたいもの。
移動の時間というのが、一番無駄な時間で。本を読んだり仕事の書類に目を通したりしたいのだが。
寝不足状態での移動は体調を崩しやすく。馬車が動いている中で字を目で追っていけば、たちまち具合が悪くなり。ただただ気持ちが悪い状態が続くという。
馬車の中で、寝て英気を養う幹部も多いが。
私は馬車で寝られたためしがない。
つらい移動を、奥歯を噛んで耐えるしかない。
今までは。
そうだ、今はタイジュがいる。
タイジュは本当に、俺に眠りをもたらしてくれるだろうか? その魔法があるのだろうか。
「おい」
タイジュに寄りかかって寝るコエダが起きないように、静かに声をかける。
またぶっきらぼうな言い方になった。
でもタイジュは先ほどのことも怒った様子は見せず。こちらに目を向ける。
「傷が痛んで眠れない」
そうして、俺は彼に手を差し出した。
「診察いたしましょうか?」
それではない。俺が欲しいのは…。
「眠りたいだけだ。早くしろ」
誘うように、俺は指先をチョイと動かす。
この手を取って、俺を眠りに導いてくれ。
そんな気持ちを込めて、彼をみつめると。
俺の指先を、タイジュは手の先で握ってくれた。
あたたかい。指、手、優しいぬくもり。
その指先から、なにかが流れ込んでくる感覚があって。
俺は、すぅーーーっと……。
★★★★★
目が覚めた。ぱっちり。スッキリ。
そして、夢を見ていたな。すごくリアルな長い、夢。
まぁ、現実にあったことだが。タイジュとの出会いをおさらいしたような、脳内で整理したような。そんな夢だった。
今は朝の四時。窓の外はまだ暗く。ベッドの中にはひとりきりだ。
タイジュ、どこに行ったのだ?
俺は寝台から抜け出て、窓の外を見やる。
移動中の宿なんて、セキュリティーが不十分な中で。寝られたことはなかったが。
ぐっすり寝たな。
改めて、タイジュの魔法は最高だと確信する。高笑いしたい気分だ。子供が起きるからしないけど。
夢では、馬車の中で寝たところまでだったが。
昨夜の出来事もちゃんと覚えているぞ。
タイジュをベッドに誘ったら。顔を赤くして、オロオロして。
可愛いなぁ、タイジュは。あの反応は、まだ十代だろうな?
そうすると、コエダが生まれたのは十五歳…くらい? 早婚だな。
コエダの母のことなども、おいおい詳しく聞きたいが。聞きたくないような気もするな。うーむ。
しかし子供もいるのに、あの初心な反応は。ただただ、そそるな。
そういえば、未経験だとも言っていたか。男同士が、ということだと思うが。
そうか。男と寝たことはないのだな? まぁそうだろうな、父親だし。
いつか、彼に触れる日が来るだろうか? 触らせてくれるだろうか?
いや、すぐではない。彼もうなずいてくれたら、の話だ。
無理に進める気はない。タイジュは奴隷だから、主の俺が命令すれば拒むことはできないが。
タイジュは女神の使者だから。彼の意思を踏みにじるようなことはしない。
神の意に背くことのないよう、そっと心に問いかけて。ゆっくりゆっくり近づいていくのだ。
はじめは、眠りをもたらしてくれたらいい。
でもいずれ、恋や愛をタイジュと経験してみたい。
はじめて胸に湧いたこの想いが、タイジュと関わることでどう変化していくのか。
俺も知りたいのだ。
人並みに眠ることができて。頭もすっきりしてくると。
これからのことがなにやら楽しみになってくる。
タイジュとコエダ、あの親子を、どうやって愛でてやろうか。
なにはさておき、しなければならないのは。
彼らが笑顔で話しかけてくれるうちに、優しい言葉を返せるようにすることだ。
これでふたりきりだな。
いや、コエダがいるから三人だが。
そうだ、名前を…。
俺はシクリと痛む腹に手を当て、ソファに再び腰かけた。
なんか、だるいな。寝不足のせいか。
「おい、おまえら。名前っ」
痛みに顔をしかめ、ため息交じりに聞いたら。なんかえらそうな感じになった。
しかし、名を聞いておかないと。俺が事前に知っていたことがバレそうだ。
ずっと、タイジュと、彼のことを呼びたくて。
泣く彼を、慰めてやりたくて。
そんなに悲観することはないと、安心させたくて。
でも、我慢したのだ。なんか……恥ずかしいから。
彼らはシャキッと背筋を伸ばして名を口にした。
ミクリャー・タイジュ、ミクリャー・コエダ。これで俺が名を呼んでも大丈夫。
しかし、レギの調べではミャー・タイジュだったのに。猫の鳴き声みたいで変な名だとは思っていたが。
どちらにしても。
「ふーん、ミクリャーが姓か。変な名だな。どこの国から来たんだ?」
名前には深く触れず、さりげなく身上調査をしてみた。
子爵邸で彼らが奴隷になったところまでは、レギが探り当てたが。その前がさっぱりわからないからだ。
若干、姓の違いはあったようだが。
それ以前に、親子がローディ領に入った記録は残されていない。かといってタイジュとコエダという名の者がローディで生まれたという記録もない。
いきなり彼らがローディ領に現れたとしか、言い様がないのだ。
「それより、ディオン王子。お顔の色が冴えません」
と言って、タイジュは無理やり診察を始めた。
誤魔化すつもりなのかな?
しかし、まぁ。痛いは痛い。
俺の軍服の前を開いて、包帯やガーゼを取り去ると。腹に手を添え、そろりと撫でた。
ためらいないというか、大胆というか。
まぁ、意識しているのは俺だけで、タイジュは医者の顔で真剣に診察をしているのだ。
そして、なんでか診察の手を、腹から首に移動させ、揉むように耳の下から鎖骨にかけて指先をあてる。
その感触に、俺はゾワリとした。
それは胸がギュッとするような、ゾワリだ。
首に触れられたら、彼の可愛いような綺麗なような顔が俺の目の前に寄って。
わ。黒い瞳が潤んで。目のふちが赤く色づいている。
さっきコエダと泣き合ったときの余韻、だろうけど。
ヤバい。色っぽい。ヤバい。
「お通じやおならは出ていますか?」
その色気のある顔から、思いがけない言葉が出てきて。俺はつい、目を丸くした。
「はぁぁっ? 王族になに聞いてんだっ」
ちょっと、怒りめで言う。
そんな、清らかで綺麗ないい顔で、おならとか下賤なことを言わないでくれっ。
しかしタイジュも、目を丸くした。
「いえ、診察ですから。王子は腸管を損傷したのです。その部分がしっかり機能しているか、確認しているのですよ?」
キリリとした顔で、任務遂行中だと言わんばかりに告げられ。
俺は、なんとか顔を取り繕って言う。
「…しっかり機能している」
「大変結構です」
タイジュはニッコリの、俺の好きなあの笑顔になった。
あぁ、今日からは。タイジュのこの笑みは俺だけのものになったのだな?
嬉しいな。
そう思っていたら、コエダがなにか魔法をかけ。
コエダにも魔法があったのだな?
そのあとでタイジュも魔法をかける。
するとたちまち、痛みが消えた。
「く…ハハハッ」
俺は思わず、笑った。勝利の笑みだ。
アンドリューからタイジュの能力については聞いていたが。
しっかり彼に確認を取っていたわけではないから、彼の魔法がどんなものか、詳細はわからなかった。
しかし詠唱も呪文もなく力みもなく、軽やかに息を吸うように魔法を繰り出す、親子。
これはまさしく、女神のいとし子。いや、女神の使者だ。
もう逃がさない。俺は神の息吹を手に入れたのだ。
「売り払いたくなった暁? そんなもの未来永劫ない。おまえは一生、俺の元でこき使う。後悔しても、もう遅いがな?」
奴隷商から奪い取り、タイジュを手にして高揚し。愉快な気分のままにそう告げたら。
タイジュとコエダはヒシッと抱き合って、ポカンと俺をみつめていた。
あ? 怖がらせてしまったか? それとも引かれたか?
俺はただ、タイジュに一生俺の元で魔法を使ってもらうというような、そういうことを言いたかったのだが。
そばにいて、優しくして、優しくされたい。
タイジュの息子であるコエダともうまくやっていきたい。
そう、思っているのだが。
なんか、うまく行かないな?
恋も愛も、俺はよくわからない。
親の愛も恋人の情も、受けたことがない。経験がないから。
タイジュに、恋をしていると思うのだが。愛するって、どうしたらいいのだ?
俺は、愛で方がわからない。
★★★★★
馬車に乗り込み、王宮に向かう。王都への道程は、およそ七日間だ。
養生するのに、別荘などでタイジュたちとのんびりしたいところだが。戦況報告をするのに、一度は王宮に顔を出し父王に対面しなければならない。面倒くさい。
まぁ、それよりも俺は。先ほどのやり取りをなんとか誤魔化したかった。
ちょっと、本意とズレが生じている。言葉は難しいな。
「あの、ディオン王子にお聞きしたいのですが?」
するとコエダが一番に声を出した。
なんだ? なんでも答えてやるぞ? と思っていたが。レギが言う。
庶民は殿下に直接声をかけては駄目だって。
ええぇ? いや、仲良くしたいのだ。話しかけてくれても構わぬ。
しかしレギは。ここぞとばかりに自己紹介した。
ズルいぞレギ、抜け駆けだっ。
そうしたらコエダは、パパを解放したいから仕事を紹介して欲しいと言い出した。
タイジュは、子供を働かせる気はないみたい。
俺もそう思う。子供は余計なことは考えずに遊んでいればいいのだ。
でも、コエダがパパを身請けしたいと言い出したから。黙っていられなくなった。
「身請けはできない。タイジュは一生私のモノになったのだ」
「えぇ?」
コエダはおののくような声を出した。しょん垂れの眉毛がさらにさがって、可哀想だが。
しかし余計な期待を持たないよう、はっきりさせておいた方がいい。
「おまえは、気に入ったおもちゃを、それ以上の値を出すから譲ってくれと言われたら、あげるか? 商人奴隷は働き手という側面が強いが。個人所有の奴隷は、主の持ち物だ。私が首を縦に振らなければ、何億積まれてもおまえの身請けは成立しない」
だから子供のうちから働いたとしても、タイジュは永久に手に入らないのだ。
無駄な努力はやめて、子供は元気に遊んでいろ。それをタイジュも望むはず。
そう言いたかったのだが。
コエダは涙ぐんで意気消沈だ。うーん。
「殿下、コエダは俺のそばで育ててもいいですか?」
「構わぬ。おまえが俺の望みを果たせるならな」
おまえが私のそばにいて、眠りに誘ってくれるなら。なんでもおまえの好きにしていいのだ。
彼の唐突な質問の意図は、よくわからなかったが。
タイジュはホッとした顔をしていたから。良かった。
そのあとレギが、今後の仕事の話などをして。レギはコエダに仕事の世話をすると約束していた。
無駄なのに、と私は思うが。
コエダは嬉しそうに笑みを浮かべる。
子供の気持ちはよくわからないな。
そしてタイジュは、三食出て、王宮に寝泊まりできることに食いついていた。
そりゃあ…。
「第二王子の侍従が痩せこけて粗末な服を着ていたら、体裁が悪いだろうが」
だから衣食住は保障するぞ? あぁ、それから。
「おまえ、自分は奴隷だとか触れ回るんじゃねぇぞ? その首輪は奴隷だとひと目でわからないようにしているんだからな」
タイジュのことは手放せないから奴隷紋は外せないが。王宮では奴隷だということを忘れて、自由に過ごせばいい。そのことを引け目に思うこともないぞ?
ということを言いたかったのだが。
タイジュはコエダを抱き締めて、びっくり目だ。
ん? なんか、ニュアンスが全くうまく伝わらないな?
「あぁ、良かったなぁ、コエダ。成長期の子供を飢えさせたくなかったけれど、これからはバランスの良い食事を食べさせてやれそうだ。なによりコエダが元気で、奴隷から解放されたことがパパは嬉しい」
コエダが奴隷から解放されて嬉しい…その言葉は、俺の胸をえぐる。
俺はタイジュを、絶対に手放せないからだ。
でもタイジュも本当は、奴隷から解放されたいのだろう?
子供が一番だという顔をして、自分だけでも解放されたかったのだろう?
「茶番は終わりか?」
ヒヤリとした心のままに。俺はつぶやいていた。
「コエダ、この男はおまえが奴隷解放されて嬉しいなどとほざいているが。そんな綺麗ごとに騙されるなよ? 親と言えど、子にそれほどの情などあるわけがないのだ。今回はタイジュの身請けに対する条件だったが。もしもどちらかひとりを解除するという話だったとしたら、タイジュは子を差し出して、自分の身を守るに決まっているのだ」
親なんて、ただの記号。誰だって、己の命が一番大事なのだ。
父も母も、俺の命より自分を守った。
誰でも我が身が可愛いのだ。
タイジュは戦場で子供を守ってきた。良い父親なのは、少し見ただけでもわかるし。あの慈愛の笑みを持つ者が情に厚くないわけもない。
タイジュが、俺の両親と同じとは言わないが。
でもタイジュも人間だ。
コエダが親に過剰な期待をして、それが裏切られたとき。幻滅するのは可哀想じゃないか。
だから今のうちに、覚悟をさせておいた方がいい。
タイジュが自分の身を優先させても、そういうものだと納得できるようにな。
「パパは、そんな人じゃないもん」
コエダがそう言うなら、そうなのかもしれないが。
俺は親をそういうものだと思ってきた。
するとタイジュは。コエダをなだめるように優しく抱きしめて。
「俺の気持ちは、誰にもわからなくていい」
と、少し悲しげな顔つきでつぶやいた。
そんな顔をさせるつもりはなかった。
タイジュを否定したかったわけでもない。
ただ俺は、親に幻滅しきっているだけなのだ。
「…親ならみんな、子を優先するなんて。それが綺麗ごとだという王子の発言は、理解できます。ただ俺は、コエダが元気なのが嬉しい。ただそれだけなのです」
無理した笑みを浮かべて、タイジュは言い。
俺は彼から目をそらすしかなかった。
タイジュは、俺を否定しなかった。
思うところはあるだろう。コエダを守る彼の姿勢に嘘はないから。
けれどタイジュは、俺のこともコエダのことも、否定をしないことで守ってくれた、ような気がした。
もしも彼が俺の親だったなら。俺も人並みに、愛情のなんたるかを学べたかもしれないな。
彼に優しく抱きしめられたなら、さぞ心地よいのだろう。
それからしばらく。馬車の中は無言になった。
また空気を悪くしてしまった。
わかっている。俺はずっと、タイジュに感じの悪いことしか言っていない。
わかっている。しかしなぜか、攻撃的な言葉ばかりが出てきてしまうのだ。なんでだっ??
俺はいったい、なにをやっているのやら。
なんで、好きな相手に優しい言葉をかけられないのだろうか。
はぁと、重いため息をついて。俺は腹をさする。
傷を抱えて長い長い帰途につくのは。いつも憂鬱だ。
だが今回ばかりは、違う。俺はタイジュという味方を得たのだから。
移動中に急に具合が悪くなる、などというリスクを考えなくて良くなっただけでも、気持ちが軽くなるものだ。
それは俺にとって、とてもありがたいもの。
移動の時間というのが、一番無駄な時間で。本を読んだり仕事の書類に目を通したりしたいのだが。
寝不足状態での移動は体調を崩しやすく。馬車が動いている中で字を目で追っていけば、たちまち具合が悪くなり。ただただ気持ちが悪い状態が続くという。
馬車の中で、寝て英気を養う幹部も多いが。
私は馬車で寝られたためしがない。
つらい移動を、奥歯を噛んで耐えるしかない。
今までは。
そうだ、今はタイジュがいる。
タイジュは本当に、俺に眠りをもたらしてくれるだろうか? その魔法があるのだろうか。
「おい」
タイジュに寄りかかって寝るコエダが起きないように、静かに声をかける。
またぶっきらぼうな言い方になった。
でもタイジュは先ほどのことも怒った様子は見せず。こちらに目を向ける。
「傷が痛んで眠れない」
そうして、俺は彼に手を差し出した。
「診察いたしましょうか?」
それではない。俺が欲しいのは…。
「眠りたいだけだ。早くしろ」
誘うように、俺は指先をチョイと動かす。
この手を取って、俺を眠りに導いてくれ。
そんな気持ちを込めて、彼をみつめると。
俺の指先を、タイジュは手の先で握ってくれた。
あたたかい。指、手、優しいぬくもり。
その指先から、なにかが流れ込んでくる感覚があって。
俺は、すぅーーーっと……。
★★★★★
目が覚めた。ぱっちり。スッキリ。
そして、夢を見ていたな。すごくリアルな長い、夢。
まぁ、現実にあったことだが。タイジュとの出会いをおさらいしたような、脳内で整理したような。そんな夢だった。
今は朝の四時。窓の外はまだ暗く。ベッドの中にはひとりきりだ。
タイジュ、どこに行ったのだ?
俺は寝台から抜け出て、窓の外を見やる。
移動中の宿なんて、セキュリティーが不十分な中で。寝られたことはなかったが。
ぐっすり寝たな。
改めて、タイジュの魔法は最高だと確信する。高笑いしたい気分だ。子供が起きるからしないけど。
夢では、馬車の中で寝たところまでだったが。
昨夜の出来事もちゃんと覚えているぞ。
タイジュをベッドに誘ったら。顔を赤くして、オロオロして。
可愛いなぁ、タイジュは。あの反応は、まだ十代だろうな?
そうすると、コエダが生まれたのは十五歳…くらい? 早婚だな。
コエダの母のことなども、おいおい詳しく聞きたいが。聞きたくないような気もするな。うーむ。
しかし子供もいるのに、あの初心な反応は。ただただ、そそるな。
そういえば、未経験だとも言っていたか。男同士が、ということだと思うが。
そうか。男と寝たことはないのだな? まぁそうだろうな、父親だし。
いつか、彼に触れる日が来るだろうか? 触らせてくれるだろうか?
いや、すぐではない。彼もうなずいてくれたら、の話だ。
無理に進める気はない。タイジュは奴隷だから、主の俺が命令すれば拒むことはできないが。
タイジュは女神の使者だから。彼の意思を踏みにじるようなことはしない。
神の意に背くことのないよう、そっと心に問いかけて。ゆっくりゆっくり近づいていくのだ。
はじめは、眠りをもたらしてくれたらいい。
でもいずれ、恋や愛をタイジュと経験してみたい。
はじめて胸に湧いたこの想いが、タイジュと関わることでどう変化していくのか。
俺も知りたいのだ。
人並みに眠ることができて。頭もすっきりしてくると。
これからのことがなにやら楽しみになってくる。
タイジュとコエダ、あの親子を、どうやって愛でてやろうか。
なにはさておき、しなければならないのは。
彼らが笑顔で話しかけてくれるうちに、優しい言葉を返せるようにすることだ。
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2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
第三章 完結
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
推しの運命を変えるため、モブの俺は嫌われ役を演じた
月冬
BL
乙女ゲームの世界に転生した俺は、ただのモブキャラ。
推しキャラのレオンは、本来なら主人公と結ばれる攻略対象だった。
だから距離を置くつもりだったのに――
気づけば、孤独だった彼の隣にいた。
「モブは選ばれない」
そう思っていたのに、
なぜかシナリオがどんどん壊れていく。
これは、
推しの未来を知るモブが、運命を変えてしまう物語。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)