【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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48 懐かしの面々再び

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     ◆懐かしの面々再び

 ある日、北の離宮に懐かしいお客様がやってきた。
 戦場で、奴隷である俺と小枝の管理者をしていたローク先生だ。
 それというのも。俺の本業は殿下の従者で。
 殿下がどこかへ行くときはそれに付き従うわけだけど。殿下の不在時にエルアンリ様になにかがあったら大変だろう?
 王族が急変したら、診察する医者も命に関わるというのは、戦場で経験しましたからね。
 まぁ、エルアンリ様はそんな急変するような状態ではないけれど。
 容態が回復して、西の離宮に戻るときのことも考えたんだよ。
 王宮の医者は信用ならないってことが身に染みて。エルアンリ様もジュリアも変な医者に診てもらいたくない、という感じで。無理無理と首を振るので。
 じゃあ、ローク先生はどうだろう? という提案をしたんだ。

 ローク先生は医療支援として戦場に志願してやってきた。
 医者の本分をわきまえている方だし。
 ディオン殿下が瀕死の状態のときも、他の医者が責任を負いたくなくて尻込みする中、俺の手術を手伝ってくれた常識人でもあった。
 あと、こう言ってはなんだが。初老で、家族もいないみたいで。身軽なところもある。
 いわゆる、家族を盾にされ、第三王子派に脅されるような弱味がないんだよね。
 それに、お金にも執着なさそう。
 俺が魔法持ち、女神のいとし子だと知って、お金があれば身請けしてあげられるのにって言うくらいだからね。
 信心深いのも、グッドポイント。女神にあだなす行いにはためらうから。

 そんなことを殿下に言って。
 ローク先生をエルアンリ王子のお抱え医師にしてはどうかと、提案したんだ。
 そうしたら、背景を調べたうえで、検討をするということだった。

 結果、ローク先生は第三王子派と接点なしということで。まぁ、庶民だしね。
 エルアンリ王子のお抱え医師になるべく、まずは北の館に来たというわけなのだ。
 それにね、俺の医者道具も。ローク先生の伝手つてで手配できるでしょ? メリットしかない。

 騎士が操る馬車から館の前で降ろされたローク先生は。小さな黒いバッグをひとつ手に持って、口をポカーンと開けて玄関前に立っていた。
「ローク先生、いらっしゃぁい」
 可愛らしい笑顔満面の小枝が、玄関前にある石造りの階段を駆けおりて、ローク先生を迎えた。
「おぉ、コエダ。元気にしとったかぁ?」
「ぼくもパパも元気だよ。ね、パパ?」
 俺と、この屋敷の主である殿下も、階段を降りて先生を迎えた。
 殿下を見てローク先生はシャキッと背筋を正す。
 まずは俺が声をかけたけど。
「ローク先生、この度は急なお話を引き受けてくださり、ありがとうございます」
「タイジュも元気そうだ。黒い衣装が髪色と合って、なかなか格好良いではないか?」
「はは、ずっと白衣だったので。医者的にはたまに白が恋しくなりますけどね」
 先生と挨拶しつつ立ち話をしていると。
 殿下が言った。
「ローク医師、屋敷の中で詳しい話をさせてもらいたい。こちらへ」
 背筋ビシッのローク先生は。
 王族相手になにを話したらよいのかと口をハワハワさせて。ただうなずくことしかできなかった。
 緊張しすぎ。

 そうして先生を屋敷の中へ通し、サロンへと案内する。
「タイジュ、タイジュ、ここはディオン殿下のお住まいだろう? それにディオン殿下が出迎えてくださるなんて…わしはもしや、捕らえられたりしないだろうな?」
 先に立って歩く俺に、背後からこっそり恐々こわごわ聞く先生。
 俺は彼に笑みを向ける。
「そんなことありませんよ。お仕事の話ですって、手紙に書いてあったはずですよ?」
「詳しくは書かれていないし、王族に呼び出されたら、とにかく出向かなければ不敬なのだよ」
 それはそうなのだが。
 エルアンリ王子の専属医師になる話は、手紙には書けない。
 第三王子派に途中で奪われたら、情報が漏れてしまうだろう?
 なので、専属や状態などの細かいことは手紙に書けなかったのだ。

「実は先生の協力が必要になって。この国の薬などのことも聞きたかったし。あ、医療器材などもですが…」
「それはカバンにとりあえず詰め込んできた。足りないものは私が業者から取り寄せられるよ」
「それだけでも助かります。でも、本題はこれからですからね」

 それで、サロンに入ると。
 ソファにエルアンリ王子が座り、その婚約者兼護衛騎士のジュリアが彼のそばに立っていた。
 俺は王子の顔など知らなかったが。
 この国の国民であるローク先生は、エルアンリ王子を見知っていたようで。
 ディオン殿下とエルアンリ王子が並ぶのを見て。
 また口があんぐり開いてしまったのだった。
「タイジュ。わしは庶民で、王族の方とこのように近い場所でお会いするなど、もう本当に無理なのだが?」
「大丈夫、いずれ慣れます」

 サロンの前で立ち止まってしまったローク先生を、小枝が手を引っ張ってソファのところへ連れて行く。
 小枝はそのままローク先生の隣に座って。
 俺はディオン殿下が座る、その後ろに立ち。
 レギは入り口を守って、グレイが紅茶を給仕した。茶葉はクリーン済みです。

 それで、王宮の医者に毒を盛られていた話などをして、信頼できる医者にエルアンリ王子のお抱え医師になってもらいたいのだという話を。ここでは細かく説明した。
 王子の病状や、報酬などもね。

「しかし、タイジュ。わしはそのアレルギーというのはよくわからないのだが」
 この国では、アレルギーというものについての認識がほぼない。
 体質に合わない。ちょっと調子悪い。くらいで済ましていることが多いようだ。
 本当は体の中で過激に拒否反応を起こしているのだが。
 この世界では抗アレルギー薬などがないので。
 アナフィラキシー反応という、粘膜が腫れ上がって呼吸障害を起こすような強い症状が出ないよう。アレルギーの原因物質を、とにかく徹底的に排除していくという対処法しかない。

「食べ物でアレルギーが出たときの対処は毒物を食べたときと同じです。とにかく吐かせたあとに、水分を取らせて毒を薄める。ですが、どういう仕組みでアレルギーが起きるのかなどは、これからローク先生に俺の知識を共有します。この国では新しい症例のようなので勉強は必要ですが。対処法などもちゃんと伝えるので、エルアンリ様はご心配なく。先生には、常に医師がそばにいる安心をエルアンリ様に与えていただきたいのです。弱った体には精神的安定も良い薬なのですよ」
「そういうことでしたら。老いぼれに王宮勤めなど荷が勝ちすぎる仕事ではありますが。できうる限り尽力させていただきます」

 ということで、ローク先生も北の離宮で暮らすことになりました。
 エルアンリ王子専属なので、二階の、彼らの部屋の隣に住んでもらいます。
 これで俺も、殿下の従者の役割を心置きなくできますし。
 この国の薬についても理解を深められるし。聴診器や。ガーゼなど消耗する医療素材なども充実しますし。
 エルアンリ王子が西の離宮に戻っても、そばに医師がいれば安心だろうし。
 良かった良かったです。

     ★★★★★

 で、今日はローク先生の他にも来客があったのです。
 俺と小枝的には、懐かしい面々再び、と言ったところで。
 あの、奴隷商のユカレフが。北の離宮に現れたのだった。
 まぁ、勝手に入っては来られないので。もちろん殿下が呼んだわけなのですが。

 その理由は…。

 ローク先生はエルアンリ様たちとともに二階に上がられ。
 今サロンでは。俺と小枝、殿下とレギ。
 そして癖毛のオレンジ髪、ユカレフが。俺らの対面に座っているのだった。
 奴隷に堕とされたときの恐れの記憶が、この若者を見ると湧き起こってくるんだけどな。
 小枝もやはり怖いのか、俺にぴったりくっついている。

 まずは殿下が切り出した。
「タイジュ。以前言っていた、異国のショーユのことなのだが。遠い国ゆえ、なかなか仕入れ先がみつからなくてな。手を上げたのが彼しかいなかったのだ」
「醤油? 殿下、探してくれていたのですね? ありがとうございます」
「いや、みつからないという話なのだが」
「探してくれるというだけで嬉しいです。ここではお取り寄せが難しいことはわかっておりますから」

 寝起きで話したことだったから、つい日本で買い物する感じでお取り寄せなんて言ってしまったが。
 海まで五日かかり。流通も日本とは比べ物にならないくらいの世界なのだ。
 そう簡単に手に入るとは思えなかった。

 でも俺との世間話を本気にして、探してくれた気持ちが嬉しいじゃないか。

 その殿下の話に乗って、ユカレフが口を開く。
「タイジュ、俺は奴隷商を廃業した。しかしいろいろな国に伝手は残っているのでな。パンジャリア国との取引はなかったが、近くまでは行ったことがあるので。これからは物品の販路を広げていく予定なんだ」
 なるほど、ようやく話が見えてきました。
 ユカレフの言葉に、俺は期待に目を輝かせる。
「え、じゃあ、米と味噌と醤油も、ユカレフは手に入れられるのか?」
「あぁ。おまえが欲しいものはなんでも調達してやるよ。まぁ俺としては、タイジュには殿下に値の張る宝石をおねだりしてもらいたいものだがな」
「俺に宝石なんか似合わないっつうの。ねぇ、殿下?」
 ユカレフの軽口に、俺は首を振って。殿下を見やる。
 でも殿下は。
「宝石はともかく、おねだりは喜ばしいが?」
 なにやら目を細めて俺に言うのだった。でもね。
「商人の前でそんなことを言うと、鼻毛まで抜かれますよ」
 それでなくても、ユカレフはしたたかな商人だと思うので。気は抜けません。

「ま、冗談はともかく。これはお近づきの印だ。これからユカレフ商会をどうぞご贔屓ひいきに」
 そう言って、ユカレフはカバンから瓶を取り出すのだった。
「つか、自分で持ってきておいてなんだが。この黒い液体でいいのか?」
 机の上に瓶を置くユカレフも。殿下もレギも。なにやら不可思議な表情でソレを見るが。

 俺と小枝は目をピカリーンと輝かせる。

「そうです、これでぇすっ」
 俺は歓喜して、その瓶を受け取り。日に透かして見やるのだった。
「あぁ、この黒の中にも深みのある色」
 そして栓を外して匂いも確かめる。
「うん、香りも。これはまさしく醤油っ。小枝、醤油だぞ」
「あぁあ、これはまごうことなき醤油です。パパッ」
 喜びのあまり、ヒシッと抱き合う俺たち親子。
 その光景をユカレフはジト目で見やるのだった。
「いや、どんだけだよ、ショーユ。つか、相変わらずだな、このベタベタ親子わっ」

 というわけで。ユカレフを通じて。醤油をゲットしたのだった。
 味噌と米は、おいおいということで。

「そうだ、奴隷商を廃業したと言っていたけど。あの、俺たち以外の奴隷はどうなったんだ?」
「廃業を決めてから売れる奴隷は売り飛ばし、売れ残りは順次奴隷紋を解放していった。大多数はとっとと逃げていき、全く大損だよぉ。早く俺がその気になれば、タイジュも奴隷解放されたのに、とか思ったか?」
 ニヤニヤ笑いでユカレフに聞かれ。
 むむっと思いつつ。それは、やはりそう考えちゃうけど。
 売れる奴隷を売ったって、セールみたいな?
 ニコイチの約束を守ってくれればいいが、金銭回収が目的だろうから、それで小枝が売られちゃったらヤバいじゃん。だから今の環境でいいです。
 だって小枝は可愛いんだから、ピンなら引く手あまたで。売られてしまうに決まっているだろ?
 ダメダメ無理無理。
 
「いや、それよりも。一緒に戦場に行ったハッカクという子供のことが、ずっと気掛かりなんだ。知らないか?」
 聞きたかったのは、こちらの方なんだ。
 ハッカクは年若かったから、戦場に駆り出されて、本当に心配していた。
 当時は奴隷の身で。親子で生き抜くのに精いっぱいで。ハッカクのことをどうにもできなかった。

 それが歯痒かった。

 今も奴隷なのは変わりないから、ハッカクを保護できないけど。
 現在どうしているのか、彼の消息を知りたかったのだ。
 戦場に出ていたから、最悪なことも覚悟はして。ユカレフにたずねた。

「ハッカク? 彼は今、俺の下で働いている。戦場で生き抜いて、奴隷解除をすることになったが。行く当てもないと言うからウチで雇ったんだ。他の働き手とともにパンジャリアへ買い付けに行っているぞ」
「本当ですか? 良かった。命の危険がない安全な職につけたんですね?」
「まぁ、そういうことだ。地盤を固めて、弟を探すのが夢だって言っていたかな?」
 そうかぁ。弟も奴隷商に捕まったって言っていたもんな。
 見つけ出せるといいんだけど。

「ハッカクの弟はユカレフのところにいたんじゃないのか?」
「タッチの差で、身請けされたんだ。廃業したとはいえ、奴隷商のときの約束事で身請け先は明かせないことになっている。タイジュの頼みでも、こればかりは。暴露すると逮捕なのでな」
 そうか。兄弟が離れ離れなのは悲しいことだが。
 この国のルールなのだろうから、仕方がないのかな?

「ハッカクが顔見知りなら、今度こちらに来るときは、タイミングが合ったら連れて来てやる」
「本当か? ユカレフ、ありがとう。楽しみに待っているよ」
 嬉しさに笑みを浮かべれば。
 ユカレフも柔らかく笑った。
 奴隷商だったときより、ユカレフの表情も丸くなったような気がする。

 まぁ、それより。醤油だよ、醤油っ。
 ふふふーん、今日の夕食はなにを作ろうかなぁ? 

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