元ペットショップ店員、異世界で精霊獣の王になる

凪木桜

文字の大きさ
7 / 19

第7話 フィオナの疑いと村の掟

しおりを挟む
 木で編まれた半円形の会議場は、朝の冷たい空気の中でも張り詰めた緊張感に包まれていた。
 中央に一歩進み出た悠斗は、丸太で組まれた床の上に立たされている。

 その周囲を囲むように、年老いた精霊獣たち——白髪混じりの狼、角を持つ鹿、柔らかな羽毛を持つ鳥の獣人たちが、重々しく腰掛けていた。
 彼らの目はどれも、剣のように鋭く、冷ややかだった。まるで裁きを下す者たちが、罪人を見据えるように。

 やがて、中央の席に座る白髪の狼獣人が、ゆっくりと口を開いた。

「……外から来た者には『証』が要る。我らは、信じぬ者に安息を与えぬ」

 その言葉に、評議会の周囲に詰めかけていた若い獣人たちがざわつき始める。

「スパイだ!」
 「人間だぞ、何を信じろって言うんだ!」
 「排除すべきだ、村を守るためにも!」

 怒声と罵声が飛び交い、場が一瞬荒れそうになる。だが、その空気を静かに切り裂いたのは、落ち着いた一人の声だった。

「……私はあの日、こいつの中に違和感を感じた」

 壇上に立つフィオナが、腕を組んだまま悠斗を見据えていた。金色の瞳が、揺らぎもなく真っ直ぐに悠斗の瞳を貫く。

「その正体が敵意によるものか、そうでないのか——それを、試練を通して見極めたい」
「……違和感って、ずっと言ってるけどさ」

 悠斗は肩をすくめ、吐き捨てるように言った。

「何がそんなにおかしいんだよ。俺、魔術も使えないし、ただ巻き込まれただけだ。……違和感って言うなら、はっきり説明してくれよ」

 フィオナはほんの一瞬だけ目を細めた。だがその問いに答える代わりに、静かに告げた。

「説明する価値があるのは、選別を生き残った者だけだ」

 その言葉は、悠斗の胸に氷のように突き刺さった。
 村の空気が冷え込む。誰一人、彼に味方する者はいないようだった。

 そのときだった。
 評議会の木組みの静寂を、ひょいと軽やかに破る音がした。

 ――ぽすん。

 悠斗の肩の後ろに何かが降ってきたかと思えば、次の瞬間にはふわふわの黒い尻尾が、彼の首筋に絡んでいた。

「え~? 試練? 楽しそうじゃん!」

 頭の後ろから聞こえてきたのは、やけに明るく無邪気な声だった。

「ねぇねぇ、どんなの? 迷宮? 鬼ごっこ? それとも狩りごっこ? ふふ、どれも楽しそう~」

 肩越しに振り返ると、そこには相変わらず悪びれもなく笑うルナの姿。
 会場の空気にまったく頓着せず、彼女は悠斗の横にするりと立っていた。

 だが、村人たちの反応は真逆だった。

「ルナ、ふざけるな!」
「これは評議の場だぞ!」
「軽口を叩く場ではない!」

 怒号が飛ぶ中、ルナは悪びれず、尻尾をふりふりと揺らす。それどころか、悠斗の肩に手を乗せて、くすりと笑った。

「ふざけてないよ~? ただ……なんか、面白くなってきたなぁって」

 彼女は言いながら、ちらりと評議会を見渡す。そして、また悠斗の耳元へと顔を近づけ、声をひそめた。

「ねぇ、もし怖くなったら……逃げてもいいんだよ?」

 その囁きは、冗談のようでいて、どこか本気にも聞こえた。

「あたしはどっちでも楽しめるし。君が選んだ道の先に、何があるのか……見るの、けっこう好きなの」

 悠斗は言葉を失いながら、ルナの顔を見つめ返す。
 金色の瞳は、あいかわらず何を考えているのかわからない。だがその奥に、一瞬だけ確かな熱を感じた。

「……なんなんだ、お前はほんと……」
「猫ってのは、気まぐれで自由なもんなの。知らなかった?」

 にゃっと笑ったルナの笑顔だけが、冷たい評議の場にほんの少しだけ、色を灯していた。そしてただひとり、この村で変わらず自分に触れてくる存在。それが彼女だった。

 だが、それでも——。

 ここは敵の中に一人で立っているような場所だった。

 試練を受ける。それはつまり、「受け入れられるか」「排除されるか」の二択。
 その場で長老が再び言葉を重ねた。

「選別の場は、北の森に眠る『狼の洞窟』……そこで、お前自身の『証』を示してみせよ」

 村の空気がざわりと揺れた。

 悠斗の視線は、壇上のフィオナへと向けられる。
 だが彼女は、やはり何も言わない。信じていない。だが、見ようとしている。

(だったら——見せてやるよ)

 静かに、悠斗は拳を握りしめる。



 静まり返った評議の場で、ひとつの石板が悠然と運ばれてきた。
 表面には古びた文字が刻まれており、その文言は、誰もが暗記しているように繰り返される掟だった。

 長老――白髪の狼獣人は、その石板の前に立ち、低く、だが確かに届く声で告げた。

「……外より来たりし者は、闇と牙に試されねばならぬ。狼の洞窟を越え、生を持ち帰る者のみが、村の友と認められる」

 言葉の終わりと同時に、周囲にざわりと空気が揺れる。
 悠斗は一歩、前に出て問うた。

「洞窟……? 獣の巣か何かか……?」

 それに応じたのは、彼のすぐ横に立つフィオナだった。その金色の瞳には、曇りも迷いもない。

「狼の洞窟は、古の精霊獣たちが眠る場所……その牙と記憶が、今もなお残る墓所だ」

 そして――。

「……本物の狼が、お前を選ぶか否か。そこで試される」

 悠斗は、しばし黙って空を見上げた。夕日が差し込む中、木々の葉が風に揺れていた。

「選べる選択肢……他にねぇのか」
「ない」

 フィオナの答えは、あくまで即答だった。だが、すぐに、ほんのわずかだけ声色を緩めて言葉を継ぐ。

「……だが、生きて戻れば、少しだけ信じてやる」

 それが、彼女なりの情けだったのかは分からない。けれど、それを遮るように、ふわりと黒い影が悠斗の隣に現れる。

「うん、生きて帰ったら……あたしがいい匂いのおやつ、あげる♡」

 ルナ。猫耳をぴょこっと揺らしながら、彼女はくすくすと楽しそうに笑う。

「……今それ言うか」
「うん、今だから言うの。だって、今がいちばん……ドキドキしてるでしょ?」

 その無邪気な声に、悠斗は肩の力を抜いた。
 周囲の空気はまだ冷たいままだったが、それでもひとつ、熱が灯ったような気がした。

 やがて、出発の合図が鳴る。

 沈みゆく陽を背に、悠斗は狼の洞窟へと向かって歩き出した。背に感じる無数の視線を振り払うように。

 牙と記憶が眠る場所で、悠斗の運命が牙を剥く——はたして生き残れるのか!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます! ※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止

処理中です...