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第11話 夢の中の黒猫
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夜の静寂が、村をゆっくりと包み込んでいた。風が木の葉を揺らし、焚き火の名残がほのかに温もりを残している。
悠斗は、村の外れにある簡素な小屋の寝台に横たわっていた。試練で負った傷の痕がまだかすかに痛むが、それ以上に身体を満たしていたのは、疲労と安堵の重みだった。
天井を見上げる。暗がりの中で木の梁がぼんやりと浮かび、その隙間から月の光が細く差し込んでいた。
(なんで、俺は……ここにいるんだろうな……)
誰に聞かせるでもない思いが、心の奥で揺れる。
まぶたが自然と重くなっていく。肩の力が抜け、呼吸が穏やかになっていくのを感じながら、悠斗はゆっくりと目を閉じた。
意識が、ふっと深く沈んでいく。
まどろみの底で悠斗は、どこか遠くへ引きずられるような感覚に包まれていた。次第に視界が白く染まり、まるで霧に包まれたような空間が広がっていく。
やがて、霧が晴れる。
月明かりだけが照らす、古びた石畳の回廊。天井も壁も見えないまま、ただ先へと続く静かな道。その中央を、黒い影がすっと横切った。
悠斗は無意識に歩き出す。足元を歩く黒猫が、かすかな鈴の音と共に先導していた。
「……また、お前か。ミオス」
その言葉に、黒猫は足を止める。細い尻尾がふわりと揺れた。
「ようやく気づき始めたようだな、悠斗」
声は変わらない。柔らかく、低く、どこか艶のある音色。それは猫の姿をしていながら、確かに人の意志を帯びた存在のものだった。
「なにがだよ」
足音が止まり、悠斗の声が石畳に響く。
「お前、いったい何を見てる……俺を、どうしようとしてる?」
黒猫は振り返らないまま、なおも先へと歩みを進める。悠斗もまた、なぜかその背中から目が離せなかった。
「俺はただ、王の器がどう生き、どう堕ちるかを見たいだけさ」
夜風が吹き抜けるように、その言葉が回廊に残された。悠斗は眉をひそめながら、一歩を踏み出す。
その先に、何があるのかも知らぬまま。
足元で歩を進めていた黒猫が、ふと悠斗の膝に尾を絡めた。しなやかな動き。まるでその体が月の光で編まれているかのように滑らかだった。
悠斗は思わず立ち止まる。
「……何が目的だ、お前は」
その問いに応えるように、黒猫の姿がふわりと揺らぐ。光と闇が交差するように、その身体がゆっくりと形を変えていく。
次の瞬間――目の前に立っていたのは、黒髪の青年だった。肩まで伸びた艶やかな髪、蒼白の肌。そして何よりも印象的だったのは、獣のように鋭く光る金の瞳。
ミオスは悠斗を見下ろしながら、微笑んでいた。
「この世界には、本能と理性の境界がある」
その声は先ほどよりも低く、どこか艶を帯びている。
「お前は、その間に立つ者だ。人でも獣でもない、両方の目で世界を見られる者」
悠斗は眉をひそめ、短く息を吐いた。
「……まるで、選ばれたかのような言い方だな」
ミオスは軽く首を振る。
「選ばれてなどいない。俺が、お前に興味を持っただけだ。お前がここに来た。だから、俺は見ている。それだけの話だ」
その言葉に、悠斗はふと俯いたあと、顔を上げる。そして一歩、ミオスに近づく。
「じゃあ……俺のいた世界は? 日本での“俺”は、今どうなってるんだ?」
ミオスの瞳が微かに細められる。
「残念ながら、そこは俺の管轄外だよ。だが、一つ言える。あの世界は、お前なしでも進み続ける。君という存在が抜け落ちても……人は、時間は、何もなかったように流れていく」
「……そうかよ」
その声は静かだった。だが、わずかに滲んだ悔しさのような感情が、ミオスにも伝わったのかもしれない。
そう言うと、ミオスは悠斗の前に歩み出る。彼の手が、悠斗の胸元にすっとかざされる。
「だが……この中にある。お前が王になれる器かどうか――」
ミオスの瞳が、かすかに細められる。
「俺が、見極めてやる。生きるにせよ、堕ちるにせよ、その結末まで」
悠斗は胸元に感じる微かな熱と重みに、思わず喉を鳴らす。
「……お前、何なんだよ。いったい俺に……何を見てる」
ミオスは答えず、ふっと笑った。その笑みは、慈しみか、侮蔑か、あるいはただの退屈しのぎか――悠斗には、まだわからなかった。
視界がぐにゃりと揺れた。
立っていたはずの石畳が遠ざかっていく。ミオスの姿が、まるで霧の向こうに消えていくように、淡く、ぼやけて――。
「……楽しませてくれよ、王候補クン」
低く響いたその声だけが、耳に残った。
——そして、世界が一転する。
まぶしい光がまぶたを照らしていた。悠斗はうっすらと目を開ける。茅葺きの屋根。木の梁。見慣れた、精霊獣の村の朝の光景だった。
「……夢、だよな……あれ……」
ゆっくりと身体を起こし、指先に感触を覚えて、ふと手を見た。
その掌の中。ひと筋の、艶やかな黒い毛が、くるりと風に揺れていた。
「……でも、なんで残ってるんだよ……」
指先に触れるその毛は、まるで誰かが「確かにいた」と証明するかのように、しなやかに重みを持ってそこにある。
外では鳥が鳴いていた。目覚めた朝にしては、どこか不穏で、妙に現実味を帯びた夢の残り香だけが、悠斗の胸にわずかなざらつきを残していた。
(ミオス……お前は、俺に何を見てるんだ)
そう問いかけるように、指の隙間から黒い毛が、朝日を透かして煌めいた。
はたして、ミオスの真意とは?
悠斗は、村の外れにある簡素な小屋の寝台に横たわっていた。試練で負った傷の痕がまだかすかに痛むが、それ以上に身体を満たしていたのは、疲労と安堵の重みだった。
天井を見上げる。暗がりの中で木の梁がぼんやりと浮かび、その隙間から月の光が細く差し込んでいた。
(なんで、俺は……ここにいるんだろうな……)
誰に聞かせるでもない思いが、心の奥で揺れる。
まぶたが自然と重くなっていく。肩の力が抜け、呼吸が穏やかになっていくのを感じながら、悠斗はゆっくりと目を閉じた。
意識が、ふっと深く沈んでいく。
まどろみの底で悠斗は、どこか遠くへ引きずられるような感覚に包まれていた。次第に視界が白く染まり、まるで霧に包まれたような空間が広がっていく。
やがて、霧が晴れる。
月明かりだけが照らす、古びた石畳の回廊。天井も壁も見えないまま、ただ先へと続く静かな道。その中央を、黒い影がすっと横切った。
悠斗は無意識に歩き出す。足元を歩く黒猫が、かすかな鈴の音と共に先導していた。
「……また、お前か。ミオス」
その言葉に、黒猫は足を止める。細い尻尾がふわりと揺れた。
「ようやく気づき始めたようだな、悠斗」
声は変わらない。柔らかく、低く、どこか艶のある音色。それは猫の姿をしていながら、確かに人の意志を帯びた存在のものだった。
「なにがだよ」
足音が止まり、悠斗の声が石畳に響く。
「お前、いったい何を見てる……俺を、どうしようとしてる?」
黒猫は振り返らないまま、なおも先へと歩みを進める。悠斗もまた、なぜかその背中から目が離せなかった。
「俺はただ、王の器がどう生き、どう堕ちるかを見たいだけさ」
夜風が吹き抜けるように、その言葉が回廊に残された。悠斗は眉をひそめながら、一歩を踏み出す。
その先に、何があるのかも知らぬまま。
足元で歩を進めていた黒猫が、ふと悠斗の膝に尾を絡めた。しなやかな動き。まるでその体が月の光で編まれているかのように滑らかだった。
悠斗は思わず立ち止まる。
「……何が目的だ、お前は」
その問いに応えるように、黒猫の姿がふわりと揺らぐ。光と闇が交差するように、その身体がゆっくりと形を変えていく。
次の瞬間――目の前に立っていたのは、黒髪の青年だった。肩まで伸びた艶やかな髪、蒼白の肌。そして何よりも印象的だったのは、獣のように鋭く光る金の瞳。
ミオスは悠斗を見下ろしながら、微笑んでいた。
「この世界には、本能と理性の境界がある」
その声は先ほどよりも低く、どこか艶を帯びている。
「お前は、その間に立つ者だ。人でも獣でもない、両方の目で世界を見られる者」
悠斗は眉をひそめ、短く息を吐いた。
「……まるで、選ばれたかのような言い方だな」
ミオスは軽く首を振る。
「選ばれてなどいない。俺が、お前に興味を持っただけだ。お前がここに来た。だから、俺は見ている。それだけの話だ」
その言葉に、悠斗はふと俯いたあと、顔を上げる。そして一歩、ミオスに近づく。
「じゃあ……俺のいた世界は? 日本での“俺”は、今どうなってるんだ?」
ミオスの瞳が微かに細められる。
「残念ながら、そこは俺の管轄外だよ。だが、一つ言える。あの世界は、お前なしでも進み続ける。君という存在が抜け落ちても……人は、時間は、何もなかったように流れていく」
「……そうかよ」
その声は静かだった。だが、わずかに滲んだ悔しさのような感情が、ミオスにも伝わったのかもしれない。
そう言うと、ミオスは悠斗の前に歩み出る。彼の手が、悠斗の胸元にすっとかざされる。
「だが……この中にある。お前が王になれる器かどうか――」
ミオスの瞳が、かすかに細められる。
「俺が、見極めてやる。生きるにせよ、堕ちるにせよ、その結末まで」
悠斗は胸元に感じる微かな熱と重みに、思わず喉を鳴らす。
「……お前、何なんだよ。いったい俺に……何を見てる」
ミオスは答えず、ふっと笑った。その笑みは、慈しみか、侮蔑か、あるいはただの退屈しのぎか――悠斗には、まだわからなかった。
視界がぐにゃりと揺れた。
立っていたはずの石畳が遠ざかっていく。ミオスの姿が、まるで霧の向こうに消えていくように、淡く、ぼやけて――。
「……楽しませてくれよ、王候補クン」
低く響いたその声だけが、耳に残った。
——そして、世界が一転する。
まぶしい光がまぶたを照らしていた。悠斗はうっすらと目を開ける。茅葺きの屋根。木の梁。見慣れた、精霊獣の村の朝の光景だった。
「……夢、だよな……あれ……」
ゆっくりと身体を起こし、指先に感触を覚えて、ふと手を見た。
その掌の中。ひと筋の、艶やかな黒い毛が、くるりと風に揺れていた。
「……でも、なんで残ってるんだよ……」
指先に触れるその毛は、まるで誰かが「確かにいた」と証明するかのように、しなやかに重みを持ってそこにある。
外では鳥が鳴いていた。目覚めた朝にしては、どこか不穏で、妙に現実味を帯びた夢の残り香だけが、悠斗の胸にわずかなざらつきを残していた。
(ミオス……お前は、俺に何を見てるんだ)
そう問いかけるように、指の隙間から黒い毛が、朝日を透かして煌めいた。
はたして、ミオスの真意とは?
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