リュビの嫁(余話)

KI☆RARA

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あるお茶会

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手が震えた。

スプーンを取ることさえぎこちなく、動き出す前に一瞬手が止まる。
指の出し方は正しかっただろうか。
姿勢は。
それに、横向きに出されたスプーンは、軽くカップの中で縦にかき混ぜた後、縦にソーサーに置くことを忘れてはいけない。

シュミレーションをしている間に、肩が丸くなってしまった。
姿勢を正さなければ。
腰を立て、お腹に力を入れて肩を下げる。
こうすると、首が長く優雅に見える。
あごを上げて。

話に耳を傾けることを示すために、口角は常に引き上げるよう気を付ける。
視線は、常に話し手へ向けるのを意識する。

女学院で学んだことは、これだけだっただろうか。
他に、なにか見落としていることは。

格式高いお茶会では、自分だけが異物であるような気がする。
みんなが当たり前のようにできていることが、わたしはこれだけの努力をしないと出来ない。

互いに互いを採点する視線には、いつまで経っても慣れなかった。

それが、今日はいつもと様子が違う。
このお茶会に、見慣れない客人を迎えているのだ。


ベルさん、かっちゃんかっちゃん茶器を上げ下げするときに音を鳴らしている。
その度に、ナリス様の動きがぴくりと止まることに、気がついていらっしゃるのかしら。

まぁ、ベルさんは気にする必要がないのか。
もうこれ以上ないお方と婚約していらっしゃるから。
あぁ、ジェラール王子。
なぜ‥‥。
いいえ、考えてはいけない。
わたしは、こんなにマナーも習い、美容を気を配り、それに何より、あなたさまを思う気持ちはベルさんに劣るものではないというのに。
なぜ、わたしではダメだったのですか。
いいえ、いいえ、考えてはダメ。
わたしの努力はいったい‥‥。
無理をおして格上の夜会に出席し、他の男性に目もくれずに、あなたさまだけを見つめていた、あの時間はいったい。
髪の一房を上げるか下ろすか、それだけにどれだけの時間を費やしたか。

「ベルさんは、女学院のご出身でしたわよね。わたしもなのよ。なつかしいわ。テーブルマナーのキキ先生、いたわよね。今でも覚えているわ、茶器の扱いには、特に厳しくて。わたし、間違えた時に手の甲を叩かれたわ。」

それを言うなら、このテーブルにいる全員が女学院の出身だ。
在学中は、珍しいパルレ族がいることは知っていても、大人しいベルさんは視界に入らなかった。
謙遜して見せながらその実ベルさんを当てこすっている友人も、わたしと同じだったろう。

テーブルを囲む少女たちが、ちらちらとベルさんの出方をうかがっている。

ベルさんが何も言わないので、友人がさらに言葉を重ねた。
「お恥ずかしいわ。もちろんベルさんは、優秀な生徒だったのしょうけど。」

ベルは手に持っていたカップを慎重に置くと、気まずそうに背を丸めた。
「わたし、あまり優秀な生徒ではなかったから‥‥。」
「あら、いけませんわ、ベルさん。そんなところを見たら、キキ先生が卒倒されるわよ。
ほら、サシャを見習いなさいな。あの優雅な姿。サシャ、ベルさんのために、先生になってあげてはどうかしら?」
名を呼ばれて、わたしは努めて動揺を出さないようにしながら、友人が望む答えを返した。
「そんな、畏れ多いですわ。わたくしごときが、未来のリュビ族王妃にお教えするなど出来ましょうか。」



(はぁ、疲れた。)

夜、塞ぎ込んでいたベルに、ジェラールは寄り添い、なにも聞かずにベルの頭を撫でた。

(ごめんね、わたし、こんなので。ジェラールさま、恥ずかしくないかな‥‥。)

なにかを察したジェラールにより、これ以降、ベルがそうした茶会に出席することはなくなった。

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