1 / 1
あるお茶会
しおりを挟む手が震えた。
スプーンを取ることさえぎこちなく、動き出す前に一瞬手が止まる。
指の出し方は正しかっただろうか。
姿勢は。
それに、横向きに出されたスプーンは、軽くカップの中で縦にかき混ぜた後、縦にソーサーに置くことを忘れてはいけない。
シュミレーションをしている間に、肩が丸くなってしまった。
姿勢を正さなければ。
腰を立て、お腹に力を入れて肩を下げる。
こうすると、首が長く優雅に見える。
あごを上げて。
話に耳を傾けることを示すために、口角は常に引き上げるよう気を付ける。
視線は、常に話し手へ向けるのを意識する。
女学院で学んだことは、これだけだっただろうか。
他に、なにか見落としていることは。
格式高いお茶会では、自分だけが異物であるような気がする。
みんなが当たり前のようにできていることが、わたしはこれだけの努力をしないと出来ない。
互いに互いを採点する視線には、いつまで経っても慣れなかった。
それが、今日はいつもと様子が違う。
このお茶会に、見慣れない客人を迎えているのだ。
ベルさん、かっちゃんかっちゃん茶器を上げ下げするときに音を鳴らしている。
その度に、ナリス様の動きがぴくりと止まることに、気がついていらっしゃるのかしら。
まぁ、ベルさんは気にする必要がないのか。
もうこれ以上ないお方と婚約していらっしゃるから。
あぁ、ジェラール王子。
なぜ‥‥。
いいえ、考えてはいけない。
わたしは、こんなにマナーも習い、美容を気を配り、それに何より、あなたさまを思う気持ちはベルさんに劣るものではないというのに。
なぜ、わたしではダメだったのですか。
いいえ、いいえ、考えてはダメ。
わたしの努力はいったい‥‥。
無理をおして格上の夜会に出席し、他の男性に目もくれずに、あなたさまだけを見つめていた、あの時間はいったい。
髪の一房を上げるか下ろすか、それだけにどれだけの時間を費やしたか。
「ベルさんは、女学院のご出身でしたわよね。わたしもなのよ。なつかしいわ。テーブルマナーのキキ先生、いたわよね。今でも覚えているわ、茶器の扱いには、特に厳しくて。わたし、間違えた時に手の甲を叩かれたわ。」
それを言うなら、このテーブルにいる全員が女学院の出身だ。
在学中は、珍しいパルレ族がいることは知っていても、大人しいベルさんは視界に入らなかった。
謙遜して見せながらその実ベルさんを当てこすっている友人も、わたしと同じだったろう。
テーブルを囲む少女たちが、ちらちらとベルさんの出方をうかがっている。
ベルさんが何も言わないので、友人がさらに言葉を重ねた。
「お恥ずかしいわ。もちろんベルさんは、優秀な生徒だったのしょうけど。」
ベルは手に持っていたカップを慎重に置くと、気まずそうに背を丸めた。
「わたし、あまり優秀な生徒ではなかったから‥‥。」
「あら、いけませんわ、ベルさん。そんなところを見たら、キキ先生が卒倒されるわよ。
ほら、サシャを見習いなさいな。あの優雅な姿。サシャ、ベルさんのために、先生になってあげてはどうかしら?」
名を呼ばれて、わたしは努めて動揺を出さないようにしながら、友人が望む答えを返した。
「そんな、畏れ多いですわ。わたくしごときが、未来のリュビ族王妃にお教えするなど出来ましょうか。」
(はぁ、疲れた。)
夜、塞ぎ込んでいたベルに、ジェラールは寄り添い、なにも聞かずにベルの頭を撫でた。
(ごめんね、わたし、こんなので。ジェラールさま、恥ずかしくないかな‥‥。)
なにかを察したジェラールにより、これ以降、ベルがそうした茶会に出席することはなくなった。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる