『TRAVERUMINA』~名も無き世界に光あれ~

ネコミケ

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第一章 一新紀元

6-3

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領主様……もとい、ヴェスター様。


…まさか、今日会ったばかりの人に名乗られるなんて思っていなかった。


狼さんの耳も少し反応したように見えたが、すぐに納得したような顔を見せる。


だが、私は動揺する気持ちが隠し切れない。








"呪術"。


それは、ざっくり言うと、指定した"触媒"を介して対象に影響を与える魔法の総称である。


特殊な効果を発揮する闇魔法の中でも異端でかつ陰湿なものなので、あまり良い印象は持たれていない。


触媒は何でもいい。但し、呪う対象にかかわりが深ければ深いものを使うほど、より高い効果を発揮しやすくなる。


さらに、触媒を使うという特徴を持ったこの魔法には、一度触媒さえ手に入れてしまえば射程を無視して発動することができるという大きなメリットがある。


…ただ、呪術を使った本人に、術に応じた代償が発生する、という無視しがたいデメリットも存在する。


例えば、呪いを主に使って戦闘を行う場合に、最も効率よく大きな効果が期待できる方法は次の通りだ。


何らかの方法で対象の血液を入手し、それを呪術に適した特殊な紙に含ませるか瓶に詰める。


それを触媒として闇魔法の疾病効果や他系統の魔法(例えば炎魔法で火傷させたりなど)で対象に不利益な効果をもたらし、戦闘を有利にするという方法だ。


この方法の代償は、血を触媒としているため、それに関係して術者自身の血液を消費してしまい、貧血を起こしてしまう、というものとなる。


戦闘中に急に意識が朦朧としてしまうなんて考えるだけでも恐ろしいので、これを対面戦闘で使う者などほとんどおらず、専ら暗殺のような用途で使われるのが関の山だ。


まあ、この呪術だけで生き物を殺そうなんてことをしようものなら、先に術者の血液が枯渇して死亡してしまうだろうが…。


体毛を触媒にするという方法もあるが、その場合の代償は、端的に言ってハゲる。


スキンヘッドの者ならノーダメージかと思いきや、頭髪以外の全身の毛も抜け去った挙句、毛穴が焼けるような痛みで襲われるらしく、まああえて使うほどのものではないのだ。


呪術を極めたものは、自分の都合のいいものを代償に充てられるという噂もあるが、何より術者が少なすぎて、真実は闇の中である。


…というわけで、呪術を好んで使うのは、血液を補給できる吸血鬼の一族や、古来から呪術を伝統的に使っているらしい東の果てに住む日陰者の一族など、ごく少数に限られている。





さて……そんな呪術だが、ある日世界中を揺るがす事件を起こす。


約百年前。


私が生まれるよりも前だが、そこそこ最近のことだ。


そんな時代に、人々は恐怖の渦に包まれることとなる。


『固有名詞呪術事件』


…通称、"名付けの呪い"。


世界中を揺るがすことになったそれは……人類の生活に、文化に、多大な影響を与えた。
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