恋する双眼鏡

歩くの遅いひと(のきぎ)

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恋する双眼鏡

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恋をして、好きだと言って、付き合って。

まるで俳句のような物語を始まりとして、恋は始まっていくんだと思っていた。
のんびりゆっくり、焦ってしまったら台無しだろう。じっくりな恋をみせてよ。私はそれが見たいんだ。

「浅沼会長、また恋愛観察ですか?」
「うん?めいこも見る?」
「はぁ……」

ため息とは失礼な。
私、浅沼(あさぬま)みなと のお楽しみの時間に水を差しておいて。いつもそうだ、
後輩で生徒会 書記の、鞍月(くらつき)めいこ は私が生徒会室でカップルの観察を楽しんでいるときに決まって現れる。

「そりゃ生徒会長が生徒会室でのぞきをしてるなんて知ってたら止めに来るでしょう」
「のぞきじゃないよ、見守りだ」
「言葉を変えただけじゃないですかもう……」

困ったように頭を抑えられても困る。私は恋人たちが時にすれ違い、時にぶつかり、より愛を深めていく姿を見るのが好きなのだから。

「めいこも可愛いんだし、してみたら?恋」
「っ‥‥!会長に言われなくても勝手にしてますよ」

「へぇ、それは興味深い!相手は誰だ?」
「会長には教えたくないです」

むぅ。まぁ分からなくもない。私がもしめいこの想い人を知った日には観察をすることは間違いないし。知りたいけど、当然の判断だろう。ものすごく知りたいけど。

「大体、会長は恋しないんですか?恋オタクなのに」
「恋オタクとは良いセンスだな。私はしないよ。見ているだけでお腹がいっぱいだ」

「会長、けっこう人気ありますよ?」
「恋は一方通行じゃつとまらないからね」

通いあってこその恋だろう。私のこの観察趣味はめいこしか知らないし、めいこは誰にも言わないでいてくれている。それもあってかクールだのカッコいいだの騒がれていることは私だって気付いている。しかし本当は涼しい顔で新しいカップルを探しているだけに過ぎない。つまり、みんな私を知らないまま好きでいるんだ。

「好かれることは嬉しいけど、理想を押し付けられたら困るからね。これでいいんだ」

恋をする二人に恋をして、私なりに人生を楽しんでいきたい。それが私の好きなことだから。

「……好きなことを共有できれば、会長はその人を好きになりますか?」
「うん?分からないな。だって自然と堕ちるのが恋だから」

こうしたら好きになる、なんてルールは不要だろう?そう言ってカップル観察のための双眼鏡を手に取ると、勢いよくそれを奪われた。

「じゃあ会長はいつ誰かを好きになるんですか!」
「な、なに怒ってるんだ?」

「会長は頭が弱いです!なんで私がこんなに生徒会室で会長に会って、会長の秘密を誰にも言わないのかまだ分からないんですか?!」
「頭が弱いって……割と失礼だなぁ」

そんなに怒らなくてもいいじゃないか。理由は至って簡単で、シンプルなのだから。私だってちゃんと分かってるよ。

「めいこは優しいからだろう?毎日私とここで会うのは、あわよくばこのカップル観察をやめてほしいと考えているからだ」
「違うわバカーー!!!」

「ぅわ?!ちょっ」

途端、すごい勢いで近付かれ思わず壁に背が当たってしまう。態勢を変えようとすると、間髪入れずにめいこの両手が私の体をおさえこんだ。


「好きだからに決まってるでしょ!?こんな趣味持った鈍感バカ会長でも好きになっちゃったの!バカ会長がカップル見て幸せそうな顔してるのが可愛くてひとりじめしたかったの!好きなの!こんなバカでも会長しか見えないの!」

「えぇ……」


なんだか、告白に見せかけて8割 悪口だった気がするんだけど……というか私、告白されたの?

「え、でもめいこさっき恋してるって」
「だから会長のことです」

「そんな素振り一度も……」
「してましたけど会長が気付いてないだけです」

私はちゃんと頑張ってアプローチしてたつもりです。なんて言われても分からない。

「最初はなにしてるんだろうとか、変態だとか思ってました。でも思っちゃったんです。幸せな二人を幸せそうに見つめるあなたが可愛いって。そして気付いたら、好きになってました」
「そ、そうなんだ?」

「私だって初恋がこんな双眼鏡持って生徒会室に通うバ会長なんてイヤです」
「ねぇほんとは私のこと嫌いじゃない?」

「大好きに決まってるじゃないですか」

綺麗なウソのない瞳。そんな目で真っ直ぐな言葉をぶつけられてしまうから、何も言えなくなってしまった。

「好きです。私、恋とか興味なかったのに会長しか見えなくなっちゃったんです」
「う、うーん」

まいった。
そりゃ好きだと言われて嫌な気はしないけど、どうすればいいのか分からない。そもそも恋愛する分に関しては興味がないわけだし。

「みなとさん」
「……へ」

ちゅっ。
不意に名前を呼ばれて、唇に響くリップ音。
キスされたんだと気付くまで少し時間がかかってしまった。

「恋をしてる人たちを見るのを忘れちゃうくらい、甘い恋をみせてあげますから」

ーー覚悟しててくださいね?

イタズラっぽく笑われて、満足気に生徒会室を出て行くめいこの背中を私は見つめることしかできなかった。


「腰、抜けた……」


置いていかれた双眼鏡。
でも今は、めいこのことしか考えられそうになかった。

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