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一年前のあの日のこと
しおりを挟む色とりどりの世界も、見渡さなければないのと同じことで。
私、浅沼(あさぬま)みなとは静かにため息を吐いた。
「疲れた‥‥」
またひとつ、ため息を吐いて呟いた。
分かっていたはずだった。
この広大な敷地を誇る白雪工業の生徒数が、自分の住んでいた地元の地域のそれと比較にならないことくらい。
それゆえに、生徒会の業務とかかる負荷がどれほど大きいかなんて、考えてみれば分かるはずだったのに。
『副会長、お願いします』
"お願いします"と頼まれるたび、無条件に手を差し伸べてしまう。それがたとえ、自分の仕事じゃなくても。
「この断れない性格もどうにかしないと身体がもたないぞ‥‥」
静かに歩いた。
誰かに会って、また仕事を頼まれるのではという恐怖が少しだけ。
本当に少しだけど、心の中に残ってた。
「はぁ‥‥ん?」
暗くなった校舎内。電気が付いている教室がまだあるなんて。
「誰かいる‥‥のか?」
霊だのなんだのの類は人並みに苦手だ。しかし副会長として、こんな時間にまだ残っている一般生徒を見過ごすことは出来なかった。
見てみると女子生徒が2人、寄り添うように座っていて、帰る気配は見当たらない。
もう帰りなさいと注意しなければ。
外も、早く出ないと暗くなってしまう。
声をかけようとした、そのとき。
「ーーっ」
見間違いなんかじゃなく、ほんとうに。
2人はそっと、口付けを交わしていた。
(なに、やってるんだ‥‥!)
不純異性交遊なんて言葉はあるが、はっきり言えば聞き馴染みなんてない。それなのに、不純同性交遊だなんて見るのも初めてだ。
「はるかはさ、頑張りすぎなんだよ」
口付けを交わしていた2人。
髪が短い女の子の方が、ボブカットの女の子の頭を撫でながら静かに囁いていた。
「頑張って頑張って、その先に光はあるかもしれない。頑張るのも大事なこと。でも、無理はしてほしくないよ」
「でも、みりなに喜んでほしくて‥‥!」
「はは、はるかが一緒にいてくれるだけで幸せなのにそれ以上もらっちゃったら溢れちゃいそうだよ」
「みりな‥‥」
「好きだよはるか。私をもっと頼ってよ。はるかに頼られたら私、なんでも出来ちゃいそう」
「みりな‥‥んっ、」
「帰る前にいっぱい、キス‥‥させて」
「‥‥ばか」
‥‥‥‥‥‥???
頭が働かない。
上手く動かせない。2人から、目が離せない。
(なにが、起こってたんだろう)
あまり人に見られていい気分のするものじゃない。二人のためにもここは退くべきだと分かるのに。
ドクンドクンと胸が高鳴ってしょうがない。初めて見る二人に、幸せになってほしくてたまらない。
「浅沼さん、まだ居たの?」
「先生……」
「あら、まだ電気が付いている教室があったのね」
消し忘れかしら、なんてその教室に入ろうとする先生を静かに止める。
「先生、ここは私が責任を持って消しておきます」
「え?別に電気くらい私が……」
「大丈夫です、今日が終わるまでには必ず」
「電気ひとつでどれだけ時間かけるつもり?」
色とりどりの世界は、見渡さなければ見えてこない。
私の世界に、こんな素敵な色が舞い込んでくるなんて。
「先生……」
「うん?」
「恋って素敵ですね……」
「……浅沼さん、働きすぎで疲れてるのかしら」
こうして私の世界は、満たされだした。
恋に恋する、浅沼みなとができあがった。
「へぇ、最初に見たものにしてはなかなかに濃いですね浅沼会長」
「ふふ、キスさえ戸惑う純愛も素敵だよ」
自分から私の過去が知りたいと話してきた割にえらく淡白な彼女、鞍月(くらつき)めいこに私は静かに指を振るう。
「恋とは尊い。私は見守れたらそれでいいんだ」
そう、それこそ。
漫画などに出てくるモブでいいんだ。
「……だめですよ」
「へ?」
ーーぐいっ
いきなり腕を引かれたかと思えば、唇に柔らかな感触。
チュッなんてリップ音を残すから、変になる。
「会長をモブになんてさせません。私が、ヒロインにしてあげます」
「……く、唇は、大事にすべきだよめいこ……」
「大丈夫です。会長になら、何を捧げても」
あの日から、
彼女に告白(というか暴言)された日からめいこはすっかり積極的で。
そういうのにはなれていない私はほとほと参ってしまう。
「好きですよ、みなと会長」
にっこりと笑う彼女は綺麗で。
上手く言葉が出てこない。
「…………その好意だけ、ありがたくもらっておくよ」
バクバクと鳴り出す心臓をおさえながら、
そう声に出すのが精一杯だった。
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