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2、人一倍臆病
しおりを挟む人は誰でも、逃げ出したい場面がある。
私、橋浜(はしはま)みずきは常にその状態だ。
「はぁ、帰りたい‥‥帰りたいよおぉ」
叶わない願いと分かっていてもつい口に出してしまう。初の登校に一人で来るなんて無謀すぎた。怖い、もう周りの全てが怖い。
「うぅ、ほまちゃんなんで一緒に来てくれなかったのぉ‥‥」
幼なじみの玉川(玉川)ほまなちゃんの名前を口に出す。同じ高校になれたのは嬉しいけど、私と違ってアクティブすぎる彼女は「先に行くね!」と家を飛び出してしまったらしい。
そんなところも一緒にいて楽しいところだけど、今日は一緒にいてほいてほしかった‥‥。
中学や小学校で痛いほど教えられた知識を思い出す。
高校生になれば危険なお薬を勧められる危険があると。もしそうなったらどうしよう。たしか、なんで? って聞くのを繰り返すといいんだっけ。でもそれで相手が逆上したら?
メリケンサックとかで殴りかかってこられたらどうしたらいいんだろう。さすがにそこまで習ってはいなかった。逃げ足には自信あるけど‥‥でも怖いって気持ちは変わらない。
「うぅ、高校中退しようかなぁ‥‥」
「あら、入学式も終えてないのにそんなことを考えてるの?」
「っ?!」
背後が急に冷たくなって、やけに耳に響いてくる声に身体が強張った。
なに、この人‥‥。
「そんなに怯えないで? 私もあなたと同じ高校生よ」
「高校生‥‥」
言われてよく見てみれば。
顔立ちやスタイルに平凡な私とは多少差はあるものの、歳はあまり変わった様子はない。それ以前に、同じ高校の制服だった。
「あなたは‥‥」
「私はハヅキ」
「わ、私は健全な高校生活を送りたいです!」
「いきなりなんの宣言をされてるのかしら私は」
健全で平和な高校生活。青春という名の3年間を、ただ平和に過ごしたい。
人一倍臆病な私にとって、大きな夢だった。
「‥‥あなた、私が怖いの?」
「初対面はもれなく全員こわいです」
「お得みたいな言い方しないでくれるかしら‥‥」
初対面だけじゃない。そこそこ仲のいい友達だって、いつ裏切るかも分からない。カツアゲの時の「ジャンプしてみろ」に備えてジャンプ力だけは磨いてきたけど。それだけじゃこの世の中を生きていくにはあまりにハードモードだ。
「あなたは私に何の用ですか? カツアゲですか? 危ないお薬ですか!」
「臆病な割にすっごいグイグイくる」
「あいにく逃げ道をなくしてしまったようなので腹を括るしかないかと」
「まだ何もしてないし言ってもないのに勝手に覚悟決めないでくれる?」
あぁ、そうやって優しい顔をしながら狙ってくるんだろうか。健全な高校生活‥‥送りたかったなぁ。
「‥‥私はあなたをおとしいれる気なんてないし、興味もないわ」
「へ?」
「ただ、あなた下を向いて歩いてたから周りを見ていないでしょう。ここは校舎裏、教室とは正反対よ」
「えぇ?!」
言われてみてみればたしかに入学案内の時に歩いたところとは全然違う景色が見えた。どうやらこの人はそれを教えにきてくれたようだ。
「あ、ありがとうございます‥‥」
「分かればいいのよ」
「あ、あの‥‥えっと」
なんて親切な人なんだろう。こんなに優しく私に向き合ってくれて、そんな人になんて失礼な態度を‥‥。
「う、うくっ‥‥ありがとう、ございます‥‥!」
「ち、ちょっと?! 何で泣くのよ!」
「だって‥‥こんな親切な人に、私は、私はぁぁ‥‥」
臆病な自分が嫌だ。人を信じられない自分がひどい人間に感じてしまう。世の中にはこんなに優しい人もいるというのに。
「ひっく、うぅ‥‥ごめんなさい‥‥ごめん、なさい」
「‥‥」
なかなか止まってくれない涙がポタポタと下に落ちる。泣き虫も自分の中で治したい短所だった。
「‥‥あなたは、間違ってないわ」
「っ、え?」
「たしかに度が過ぎてるとは思うけど、警戒心を持つことは悪いことではないし、上手く活用すればあなたの臆病さは誇るべき長所になるのよ」
「そう、でしょうか‥‥」
そんなこと、初めて言われた。あんな失礼な態度をとった私にここまで向き合ってくれるなんて。
「あなたは人一倍臆病なのね」
「あと、泣き虫でもあります」
「素敵だわ」
「はい?」
顔を紅くして、嬉しそうな声。なんだか分からないけど、無意識に一歩下がってしまった。
「あなた、名前は?」
「橋浜‥‥みずきですけど」
さっきまでのクールな口調とは打って変わり、喜び隠しきれてない声色。にっこりと広角の上がった口元。ジリジリと迫ってくる態度がなんだか怖い。
「橋浜みずき、素敵な名前だわ」
「はぁ‥‥あ?!」
グイッと手を引かれ、抱き寄せられる。意味の分からない状況に頭がついていけなくて、また無意識に涙が出る。
「みずき、安心して。これからどんなことがあっても、あなたのことは私が守るわ‥‥だからーー」
ーー私のために、泣いて頂戴?
ペロリと目の下に生温い感触。涙を舐められたんだと気付くのにはだいぶ時間がかかってしまった。
「な‥‥あ、え?」
「うん、美味しい♪」
キャパオーバーにもほどがある。
ハヅキと名乗る女の子の、眩しいくらいの笑顔を脳裏に残しながら。
私は、ゆっくりと意識を手放した。
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