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4.5、行動力のある変態
しおりを挟む迫ってくる影から、女の子から。なけなしの体力を使って必死に逃げる。
「みずき、私はあなたを守るわ」
「今はハヅキさんが怖いよ!」
廊下を走って階段を降りて、踊り場に出て。
「あの、教室に入れば‥‥!」
ガクガクいいそうな足に力を入れて手を伸ばす。あと少し、あと少しなんだ。
「っ、やった、届いーー‥‥!」
扉に手をかけたその瞬間、ぐいっと抱き寄せられた。誰かになんて、言うまでもない。
「捕まえた」
「ひっ、」
逃げ出そうとじたばたしてみても、びくともしない。あの細い腕のどこにそんな力があるんだろう。
「怯えないでいいわ。いまあなたの瞳に流れてる一滴でいいんだから」
ごくりとなるハヅキさんの喉音。正直、その顔に怯えてるってことをきっとこの人は知らない。
普段白い顔をこの時だけ紅くして喜ぶ、その顔が。
「や、やだっ」
「すぐに終わるから‥‥じっとしてて」
「やだってば‥‥あっ、」
ほおを包むように持ち上げられ、嫌が応にも向き合ってしまう。この手からはきっと逃れられないって知っている。
「‥‥そう、そのまま‥‥」
ーーぺろっ
目の下から生温い舌の感覚。あぁ、今日もひどいくらいに泣いている。
「うん、ごちそうさま♪」
解放された腕から抜け出して、息を思い切り吸い込んだ。我慢しなくていいのになんて呟かれるけどそうじゃない。
「まったく素直じゃないわね。みずきはいつも逃げちゃうんだから」
「純粋に嫌だから逃げてるんですよ!怖いし!」
「守るって言ってるじゃない」
「それは‥‥! ありがたい、ですけど」
世の中は危険すぎる。友人関係だっていつ裏切られるか分かんないし、大人になって再会して変なツボ売られたらどうしようって考えてしまえば誰を信じればいいのか分からなくなる。
「だからってなんで対価が私の"涙"なんですか!」
「甘くて美味しいのよね」
「まったく答えになってないですね?!」
あぁもう、頭が痛い。それにこんなところ、誰かに見られたらどうするというんだろう。
「大丈夫よ、見られたりしない場所に逃げるようみずきを誘導してるし、もし見られたりしても記憶を消せば問題ないわ」
「そっか、大丈夫なんだ‥‥って!! 私、誘導されてたんですか?!」
「みずきは思った方に逃げてくれるから楽よ。ありがとう」
「こんなに嬉しくないありがとうは初めてですね!!」
ニコニコと言ってくれるが私がまんまとハヅキさんの思い通りに動かされていることを意味していて、なんだか腑に落ちない。私はハヅキさんの"奇行"に協力する気はないのに。
「奇行とは失礼ね」
「えっ、読心術?!」
「口に出てたわよ思いきり」
「うそ‥‥」
ほまちゃん以外の友達がいなかったがために、ほまちゃんが近くにいない時はよくひとりごとが無意識に出てしまっていた。妹に指摘されて直したつもりだったのに、どうやら治っていなかったらしい。
「まぁ、そういうことよ。さっきも言ったけどもしもの時は記憶を消すから大丈夫なの」
「き、記憶を消す‥‥ですか」
一瞬嫌な予感がよぎったけど、それを察したのかハヅキさんは優しく私を抱き寄せた。
「全部消すわけじゃないわ。見られた時の数秒の記憶だけ消すの。もちろん、みずきは消さないけどね」
もう、なんの話をしているのか分からない。全部の記憶を消すわけじゃないっていう言葉に安堵しながらも、話についていけてない感じはあった。
涙を舐める行為が"食事"と呼ばれている意味も分からないし、そもそも人間には記憶を消す力なんてもちろん備わっていない。何者なんだろう、このひと‥‥。
「あなたは、人じゃないの‥‥?」
「言って信じるなら教えてあげるけど」
言っても信じてもらえないなら二度手間じゃない、なんてため息を吐く姿はすごく人間ぽい。
でもなんだろう。真っ赤に染まった瞳の色は、なんだか吸い込まれそうでぞくりとする。
「もう一回、私のために泣いてくれるなら話してあげる」
「あ、ならけっこうです」
「なんでよ!」
なんでじゃないよもう。私だって泣きたくて泣いてるわけじゃないのに。半分以上、むりやり泣かされたようなものだ。そして生憎、不思議すぎて若干の恐怖はあるけど、そこまでの興味もない。
「あなたが人の涙を舐めたい変態だってことにすれば合点がいきますし」
「個性と言いなさいよ失礼ね」
誰が言うか。嫌でしょそんな個性。
「それに、誰でもいいわけじゃないわ。私はあなただからいいのよ」
「そんな真面目な顔で言われても‥‥」
「あなたのようなよく泣いてくれる人を探して、私は田舎からはるばる来たの!」
「行動力のある変態じゃないですか!」
あぁもう先が見えない。
まったく共感ができない「涙の味」について語り出すハヅキさんを見ながら。
「授業、始まりますよ‥‥」
「テレポートくらいならできるわよ?」
「なんなんですかこの人‥‥」
入学早々えらいひとと知り合ってしまったかもしれない。
隠しきれないため息を吐きながら、そんなことを思ったりした。
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