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5、たったひとつの強がり
しおりを挟む頭がガンガンと揺れていく。小さな頃から泣き虫だと言われ続けた私はその言葉にさえ臆病になって。
いつからだったか、何に対しても怯えてしまう性格になっていた。
「はな、離してください!」
「いやあなた、腰抜かして歩けないじゃない」
「だとしても担ぐのは違うと思うんです!」
うるさい子ねぇなんてため息を吐く女の子。同い年である私を肩に乗せ担いでいるというのに軽々とだだっ広いこの校舎を歩いていく。
なんなのその筋力。華奢なその腕からはとても想像できない力に驚きが隠せない。
そして、もうひとつ。
「なんだったんですか、あれ!」
すぐに気を失っちゃったから現実味は湧かないが、間違いなく夢ではなかったと言い切れる。
彼女に舐められた感触が、うっすらと残っているから。目の下辺りをペロリと。
「だから食事だっていってるじゃない」
「目の下舐めるのが食事‥‥垢舐めですか?!」
「あんなにビクビクしてたくせにどうしてそうもテンション高いのよ」
「離してくれたら静かにしますから!‥‥ーーっ、うわぁ?!」
「あぁもう、耳が痛い」
あれだけ抵抗しても動かなかった身体は彼女によってあっさりと落とされた。というか、投げませんでした?この人。
下が庭でよかったけど、容赦ないなぁ。
「誰も信じてもらえるなんて思ってないわよ」
「は、はい?」
「本当だったら橋浜みずき、あなたの記憶は私の催眠によって消されてる。でもそれをしないのはあなたに期待してるからよ」
「き、記憶?催眠って‥‥?」
聞き慣れない言葉が流れていく。なんだろう、上手く飲み込めない。
ドクドクうるさい。これは、なんだ。
「そのままの意味よ。私は催眠によって人の記憶を多少ならいじられるし、疲れるけど消すことだってできる」
「っ‥‥」
「でもそれをしないのは何か。それはあなたのその泣きやすい体質が欲しいからよ」
「なん‥‥で」
声が出ない。手が震える。全部聞いておいて今さら、怖いなんて思っちゃったんだ。
「私、吸血鬼の一族なの」
ーードクンッ!
胸が痛いほど跳ねた。身の危険を感じたとき、身体は正直だ。立ち上がって逃げようと床に手をつけば、グッと押さえつけられた。
「安心してみずき。あなたには危害を加えない。そうね‥‥傷一つもつけないと言えばいいかしら」
「し、信じられません。早く、私を帰してください」
「行き先は一緒でしょう。冷たいわね」
「ひっ」
冷たい指先。体温なんて存在しないかのような手。湧き上がる私の恐怖心を煽るには、あまりに十分すぎた。
「私はもう、血を飲みたくはないのよ。だから代わりに人の涙を飲んでいたの」
「それを、信じろって言うんですか」
「あなた臆病な割にはなかなか強情ね‥‥」
当たり前だ。普段なら誰かに肩をぶつけてしまっただけでも謝って逃げ出す私だけど、逃げられないこの状況で、命の危機まで感じているならもうなりふり構っていられない。
「私は‥‥自分はどうしようもない人間だと思っていますが、命を捨てる気は毛頭ありません!」
「だから傷ひとつ付けないってば‥‥強情ねぇ」
ため息がひとつ。その口からこぼれ落ちる。私は相変わらず、震えを止めることが出来ずにいた。
「‥‥ねぇ、今何時か分かる?」
「今‥‥9時50分ですけ‥‥ど?!」
う、うそ?!もうそんな時間だったの!?入学式もとっくに始まっちまっちゃってるしクラスでの自己紹介もできてない。初めが肝心だってほまちゃんにもお母さんにも言われていたのに!!
「あぁ、もうダメだ‥‥学校やめるしかない」
「そんな退学理由を学校が受理するわけないでしょ」
「遅刻者として卒業までずっと吊し上げられちゃうんだ‥‥」
「そんなわけないじゃない‥‥いや、そうね」
「やっぱりそうなんですか?!」
「えぇ、今の時代遅刻なんて大罪だわ」
「えうぅ‥‥」
それはよくない。目立つことなく無難に学校生活を始めたかった私にとって、それは実に厳しい現実だ。遅刻は罪だし、この歳で犯罪者になんてなりたくなかった。
「でも大丈夫。私の言う通りにしてくれたら、その未来を変えてあげられるわ」
「な、なんですか?!」
「まず、私の正体を誰にも言わないこと」
「言いません!」
「あとは、これ」
「こ、れ?」
にこやかな笑顔で、妙に、聞き覚えのあるセリフ。
「私のために、泣いて頂戴?」
綺麗な声が耳に響き渡って揺れていく。現実から遠ざかっていくような。
「みずき、返事は?」
「わかり、ました‥‥」
「よくできました」
ペロリと目の下を舐められる。生暖かいはずの舌が、やけに冷たくてゾワリとした。さっきまでの話が、現実味を帯びていく。
「うん、やっぱり"本物"の涙は格別だわ♪」
やけにうれしそうな彼女ーーハヅキさんを見上げながら、私は大変であろう"これからの学校生活"に、怯えずにはいられなかった。
「嬉しそうで‥‥なりよりですよ」
その言葉だけ、たったひとつの強がりだった。
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