世の中、つまらないもので。

歩くの遅いひと(のきぎ)

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それぞれの世界

1話ー2[水色の世界]

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 生まれた時からすでに運命は決まっていた。自由なんて、ないものだと思っていた。

 代々引き継がれてきた“葛城家の使用人一家”。物心ついた時にはもう、“跡継ぎ”と呼ばれる運命はとっくに始まっていたのだから。

「今日は空手、明日は柔道…なんで習い事は格闘技ばかり」

 子どもの頃に感じた疑問の返事は帰ってくることもなく、清水家の娘として生まれたからには主人のために力をつけるしかなかった。


「どうして自分のしたいことをしないの?」


 主人に出会う、この時までは。



「おじょう、さま」
「あなた、清水ね。よく話は聞いているわ」

 話に聞いていた“お嬢さま”は、少し暗い性格で、「つまらない」が口癖だと言われていた。優しい笑顔と明るい口調。聞いていた話とはまるで違う姿に清水は少し戸惑ってしまう。そもそも、使用人が鍛錬をするはずのこの部屋に、どうして主人の姿があるんだろう。

「話に聞くとあなたは父親のいうことばかりしているそうだけど、ピアノとか音楽には興味ないの?」
「そんな娯楽にかまけていては清水家が廃れてしまう、と」
「そう、音楽に触れたことのない人が言いそうなことね」

 まだよく名前も知らない、父親の主人の娘。将来は私がこの娘に仕えるのだと聞いていた。その姿は写真で見ていたよりも愛らしく、綺麗だった。

「いい?あなたの父親はそう言ったのかもしれないけど今はあなたの意見を聞いているの」
「私の、ですか」
「そう、清水はいま何をしたいか。これからどうしたいかを知りたいの」

 清水は困った。言いつけを破って体罰だ、なんてことはなかったものの、今まで父親を世界として生きてきてしまった。自分の意見などありはしないし、分からない。食べ物の好き嫌いさえ、分からないのだ。
 しかし目の前で質問しているのはいずれ主人となる人だ。“分からない”なんて解答は、許されるはずもない。

「もしかして、分からない?」
「いえ!そんなことは……」

 ない、と言い切れない自分を見て将来の主人はニコリと笑った。

「いいのよ、分からなければ、知っていけばいいんだもの」

 その言葉は、自分の中にスッと入って溶けていく感じがした。

 温かいその言葉に、清水は少しだけ戸惑ってしまう。欲しい言葉があったわけでも、全てを投げ捨てたかったわけでもない。ただ1つ、嬉しかった。

「あなたの世界はあなたが見たものたちが教えてくれるわ」

 どこか暗い目をして、「つまらない」とばかり口にするお嬢さま。そんなもの、どこにも居たりはしなかった。ただ言われて従うだけだった人生を、照らしてくれる女の子が、そこに居た。世界は、“言葉”だけでは分からないんだ。

「あたしはつらら、葛城つららよ。あなたの名前はなあに?」
「私は、清水___」

 清水は世界の彩り方をまだ知らない。好きなものも、嫌いなものさえわからない。
 でも、少しずつ、少しずつ知っていけばいい。だって私の世界は私が知っていく。きっと、この主人の色に、染まっていくんだ。

「新しい世界を、私に教えてください。お嬢さま」

 忠誠を誓うようにゆっくりとひざまずいて、差し出された自分より少し小さな手にそっとキスをして。幼い頃の清水は誓った。
 主人であるつららと共に、自分の世界を学んでいくと。

「私はやはり格闘技が好きみたいです」
「そう?じゃあ飽きたら一緒にピアノをしましょう」
「喜んで」


 自分の世界である主人を、どんなものからも護ってみせると。
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