願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

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エーデルワイス3

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 私がマネージャーと働き始めて、三カ月。
 ドラマの撮影は、いよいよ終わりに近づいていた。遠目から撮影現場を眺める。湊を中心に、和気あいあいとした空気が漂っていた。
 
 話の内容は、シリアスで常に緊張感があるのだが、撮影現場は和気あいあいとしていた。撮影を始めてからだいぶ時間が経ったから、共演者との絆も深まっている。監督らしき人と湊が、親しげに話し合っている姿も度々みられる。
 
 そんな俳優陣たちの中で、一人異質な女性が目をひいた。みんな、ティシャツに、ロングスカートやジーンズを履いている中で、ミニスカートは余計目立っていた上に、群を抜いて足が長い。時折、野次馬からも聞こえてきていた。ずっと撮影をみてきたが、初めて見る顔だった。どうやら終盤だけの登場のようだが、存在感がある。
 
「リコは、やっぱスタイル抜群だね」
「九どころか、十頭身なんじゃない? さすが、モデルよね」
 どうやら、彼女はリコというらしい。
 みんなが感嘆はその通りだと思った。胸を強調させるようなラインのシャツまで着ていて、ともかく、スタイルの良さを強調させるという目的のファッション 。役柄もそういった立ち位置なのかもしれない。それに関しては、理解できた。しかし、どうしても心に引っ掛かってしまうことがあった。野次馬も同じように感じたようで、反応していた。
 
「休憩中なのに、佐藤蓮と距離近くない?」
「サトくんに、色仕掛けしてるんじゃないの? 嫌な感じ」
 リコを非難する声が、あちこちから上がっている。それがリコ自身の耳にも届いたのか、ずっと湊に向かって前屈みになってい身体を伸ばし、長い黒髪の小顔が、騒いでいる野次馬へ向けられていた。
 野次馬たちは、眉間に皺を寄せてどよめく。その中の数人は、怯えたようにその場から立ち去っていった。
 私も気になって、リコへ視線を移した。その瞬間、背筋が凍りついた。
 リコの瞳は、鳥肌が立つほど鋭利だったのだ。こちらへ顔を向けられいるわけではない。横顔だけだというのに、まるで首にナイフを突きつけられているかのようだ。背筋にぞっと鳥肌がたった。
 
 そこに湊の出番が回ってきて、輪から抜けていく。リコもそれに続くように、一歩ひいて、ずっと睨み付けていた野次馬から少しずつ視線をずらす。そして、私と目が合った。彼女の鋭利な瞳が見開かれ、黒目が収縮して、白目の面積が大きくなっていた。
 私の視線も、まるで金縛りになったかのように動けなくなる。手足も感覚が消えていきそうだった時、名を呼ばれた。
 
「まつりちゃん」
 その声で金縛りにあっていた術が解けた。呼ばれた方向へ移動させるとその先に川島がいた。笑顔で手をふっている。
 失われていきそうだった体温が、ゆっくりと戻って、私は笑顔を作った。 
「川島さま、お疲れさまでした」
 ペコリとお辞儀をすると、川島から堅苦しいのはやめようぜと、声がかかり頭をぽんぽんと叩かれた。背筋の鳥肌が消えていく。 そして、川島は白い歯を見せてくれる。
「俺は、一足早く今日でこのドラマ撮影は最後なんだ。明後日、映画の撮影の時に、またな」
 はいと、頷く。そこに、後ろからリコと湊は話をしながら歩いてきていた。
 リコの大きな笑い声が、ここまで聞こえてくる。湊の隣で浮かべるリコの笑顔は、目尻が下がっていて鋭さが和らいでいたのだが、湊が私に「お疲れ様」と声を投げると、一変していた。ぎょろりと大きな目を向けられ、肩がびくっと跳ねてしまう。

「蓮君、あの人誰?」
 冷たい声が、聞こえてくる。私は、丁寧に頭を下げた。
「佐藤蓮のマネージャーの鈴木まつりと、申します。本日は、お疲れさまでした」
「マネージャー? 鈴木?」
 何が、そんなに疑わしいのか。ともかく、訝しいとばかり厳しい目付きで、頭のてっぺんから爪先まで、何度も往復される。 
 あまりよくない目で見られることには、ほかの人よりも耐性が付いているはずなのだが、どうしてか彼女の視線は苦手だった。条件反射のように、変な汗が背中を伝って身動きができなくなる。
「じゃあ、俺は今日で撮影最後になりまーす。ありがとうございましたー」
 川島の挨拶が助け舟となってくれて、私を拘束していた視線が外される。みんなから拍手が起こり、湊の相手役のヒロイン役の女性が花束を渡していた。
 湊も川島の方へ歩み寄って、笑顔で握手を交わしていた。リコの熱の籠った視線は再び湊に向かっていく。湊は、その視線に気づかぬふりをして、上手に逃れていっていた。
 
 それから、湊と車に乗り込み帰宅の途へついていた。その車中では、現場では常にキリッとしていた顔から少しだけ、緩んだ顔になっている。
「明日で、ドラマの撮影も終了です。どうでしたか?」
 三か月の撮影期間。信じられないほど、あっという間に過ぎて行っていた。
「初めてのことだらけで、付いていくのでやっとでした。俳優さんって、凄いですね。ずっと忙しく動き回られていて」
「この仕事は、体力勝負みたいなものですからね」
「身体にはくれぐれも、気を付けてください」
「それは、紅羽さんもですよ。マネージャーさんは、細かい仕事たくさんありますから、根詰めないように」
「はい、私も気をつけます」

 明日ドラマが終われば、翌日から地方で泊まり込んで映画の撮影が始まる予定だ。
 たしか、場所は関東の北部。自然溢れる場所だった。スマホで確認しようとしたとき、赤信号で車がとまった。
「あの、一つ注文……というか、お願いがあるんですけど」
 ずっとフロントガラスへ向いていた視線が、こちらに向く。スマホに伸ばそうとした手を止めて、湊へ姿勢を正した。
「はい。仕事のことでしょうか?」
「仕事……というか、川島のことです」
 川島という名前を聞いて、以前移動中での出しゃばったことを思い出す。勢い余ってつい言ってしまったのは、大失態だった。怒られても仕方のないことだ。
 ちゃんと受け止めなければ。ちゃんと自分自身へ反省を促すためにも、顔をしっかり上げておく。
 湊は、ゆっくり口を開いた。
「あいつが、ずっと仕事について悩んでいたのは知ってたんです。でも、僕からどんな言葉をかけてやったらいいか、わからなくて、ずっと悩んでいました。そこに、紅羽さんが川島へ言葉を投げかけてくれて、本当に有難かったです。川島はすごく救われたと思います。だから、本当にありがとう」
 説教されると思っていたのに、感謝を述べられていた。よかったと、ふっと肩の力が抜けて、ほっと安堵が広がったのだが。
「あいつは、悪い奴ではないです。でも……あいつ、すぐに乗せられる性格なので、あまり焚きつけるような発言は控えてほしいな……と」
 やはり、やめてほしいという言葉。
 やっぱり、湊に不快な思いをさせてしまった。私の仕事は、湊に気持ちよく仕事をしたもらうことが使命なのに。
 私は、短い髪を耳にかけ、すぐに頭を下げた。
「出しゃばって、湊さんに不快な思いさせて、本当に申し訳ありませんでした!」
「あ、いや……そういう意味じゃなくて」
 湊は、慌てて意味が違うという。その時、信号が青に変わった。ゆっくり車が発進していく。
 私は頭の思考回路を急発進させ、流れに乗せてみたが、いまいち湊の言いたいことがわからなかった。これは、一重に自分の理解力が足りないせいだ。
 車のスピードが乗ってエンジン音が静かになったところで、湊はその先を続けた。
 
「……あいつ、すぐに勘違いするんです。それで、ともかく突っ走る。そうなると、何というか……僕の心も穏やかじゃなくなるので……」
 湊は頭を掻きながら、前を向いたままそういった。
 湊にしては珍しく、歯切れが悪かった。
 そこで、やっと理解する。そんなこともすぐにわからないなんて頭の回転が遅いと、反省しながら、ピシッと背筋を伸ばした。
「はい、心しておきます。私はあくまでも、湊さんのマネージャーです。川島さんのマネージャーではありません。川島さんに自分のマネージャーも兼ねていると勘違いされないように、しっかり線引きしてまいります」
 
 気合を入れて、心を入れ替えると宣言をすると、湊は、目を丸くしていた。
 もしかしたら、やる気が空回りして、また変な方向へ突っ走っているのかもしれない。不安が立ち込めて来そうになった。湊は左折するために、車を停車させ、歩行者がいない確認している所だった。
 その顔を盗み見たつもりが、思い切り目が合った。湊の目尻がふっと下がる。
 そして、再びゆっくりとアクセルを踏み込んでいた。曲がった時に起きる遠心力が消えた。
「それでこそ、紅羽さんですね」
 湊の口角が上がっていた。そして、その顔は笑いを堪えているようなそんな表情になっている。私はちょっとだけ湊を睨む。
「……湊さん、私で遊んでます?」
「いやいや、本当に褒め言葉ですよ。そういう紅羽さんが、僕は好きですよ」
 もう外は夜だというのに、陽光の下で風が吹気抜けていくかのように爽やかな声音だ。じめじめしていた心がさっと乾かされたみたいに、晴れやかになる。
 そこにちょっとだけいたずらっぽい笑みが乗っているから、子供扱いされていることは、明白だ。
 だけど、こんな私だ。そんな扱いされても、何も反論できない。ただ、ぷくっと頬を膨らませることしかできなかった。
 湊は、楽しそうに声を上げて笑っていた。
「そんな顔してくれるなんて、嬉しいですね」
 湊がそんなことを言ってきて、自分の頬を撫でてみる。 いつもならば、奥から湧いてくる感情は、一度頭の思考回路へ乗せてからでないと、でてこなかった。
 自然に溢れる感情を何も考えず表に出したのは初めてだ。そんな自分自身の変化に、驚いている自分が少し嬉しくなっていた。自然と笑みが溢れる。
 そんな私へ向けられた湊の目は、とても優しく温かかった。
 
 
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