願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

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ヒマワリ2

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 店内に入ってきたのは、銀縁眼鏡の倉木だった。
「倉木さん」
 駆け寄ると、倉木は目じりを下げて、ほっとした表情を浮かべていた。
「お久しぶりです。マンションの方へ伺ったのですがいらっしゃらず、諦めて帰ろうとしたらちょうど影山さんを見かけて」
「わざわざ、来ていただいて申し訳ありません」
 頭を下げて、上げたとき目に入ってきた倉木の表情は、一転曇っていた。
 いい話を持ってきたわけではなさそうだ。
 
 私と倉木を見比べてくる三浦に、今住んでいる部屋を紹介してくれた不動産屋さんですと、説明を加えると、胃が重くなってきそうだった。三浦は、抜け目なく三浦へ頭を下げた。
「営業中に押しかけて、申し訳ありません。少しだけ影山さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。開店して間もない時間は、お客さんはほとんどいらっしゃらないので。個室使ってください」
 私がありがとうございますというと、三浦は微笑みながら、そそくさとカフェカウンター中へ引っ込んでいく。気を利かせてくれたのだろう。
 
 私が先頭に立って、個室へと足を向けて、部屋に入る。席に腰を下ろしたと同時に、倉木は早々に本題に入っていた。
 
「お母さまが、紅羽さんを血眼になって探しているようです」
 予想通りといってもいい。当然そうなるだろう。私が頷くと、倉木は神妙な面持ちになっていた。
「先日同じく不動産屋を営んでいる友人から、連絡が来たんです。影山紅羽さんの名前でどこかのアパートやマンションを賃貸ももしくは、購入契約をしていないかどうかを、興信所を使って片っ端から調べ上げているらしいと。僕のところにも近いうちに調べが入りそうなんです。そうなっ時には、適当に胡麻化すつもりではありますが、正直自信がありません。変に拒むとむしろ怪しまれてしまうと思いますし」
 倉木は、悩ましいところだと、眉間にしわを寄せる。
「僕名義で契約のやり直しをしてもいいかと思ったんですが、不自然でしょうし、岩国が影山さんを手助けしていたということが、わかってしまうでしょう。そうなってしまうと、あいつの立場が危うくなると思うんです」
 その通りだ。
 春樹が私を逃がすために、手を尽くしたわかってしまえば、母の逆鱗に触れてしまう。母は目には目をどころではなく、その数倍上乗せて報復をする質だ。あの場をめちゃくちゃにするように娘を唆したとでもいって、岩国に責任を取れと責め立てるかもしれない。
 春樹は、岩国グループのトップをずっと目指している。その道を閉ざさせてしまうことだけは、絶対に避けなければならない。奥歯を噛んで、倉木を真っ直ぐに見つめる。
「お二人には、これまで私のために、たくさんご尽力していただきました。これ以上ご迷惑おかけする訳にはいきません。もし、倉木さんのところにそのような調査が入った場合は、拒むことはせずありのまま受けてください。そこで、私の名前が出てきて、知らぬ顔をしていただければ。手出しは無用。放っておいてください」
「……わかりました。代わりの策を示せればよかったのですが……」
 申し訳ないという倉木に私は首を振る。
「倉木さんや岩国さんには、感謝しかございません」
 深々と頭を下げると、倉木はひたすら重苦しい顔をしていた。そんな思いをさせてしまって、本当に申し訳ないと思う。
 その後、新しく手に入れたスマホで連絡先を交換し
「また何か動きがありましたら、すぐに連絡を入れます」
 倉木は、そういって店を後にしていた。
 
 空を飛べそうなほど軽く、晴れやかだった空が、分厚い雲が垂れ込めて一気に真っ暗になる。
 私の顔はそんな感じだったのだろう。
「何かあったの?」
 三浦は瞳を心配色に染めて、尋ねてくる。倉木から次に連絡が入るときは、調査が入ってきたという知らせだろう。
 手に入れた自由を手放したくなくて、ぎゅっと両手を握りしめようとしたけれど、左手が痺れて、指の隙間からどんどん溢れ落ちていくような気がした。引き結んだ唇を震わせる。
 
「近いうちに、ここを辞めなくてはならなくなると思います」
「……急にどうして?」
 先日は、過去は話さなくていいといわれたけれど、話したいと思った。眉を潜める三浦に、私はすべてを話していた。
 これまでの経緯。自分が置かれている状況。残された道は二つ。観念して家に戻るか、どこかに身を隠すかだ。どちらを選んだとしても、ここはいられなくなる。
 
「ありがとう。話してくれて。辛かったわね……」
 寄り添ってくれる言葉が、ズタズタに傷ついていた心の傷跡にしみた。じわっと視界が滲みそうになるが、そんな感傷に浸っている場合ではない。前を見据えるしかない。
  
「そういうことなら、私の名前でアパートなり新しく契約すればいいんじゃないかしら?」
「ありがとうございます。そのお気持ちは有難いです。でも、そこまで店長に寄りかかる訳にはいきませんので」 
 頼ってしまえば三浦が私に加担していた知られたら、何をされるかわからない。

 連れ戻されれば、常に誰かの監視下におかれ、これまで以上に自由を奪われ、母のいいなりになるしかなくなるだろう。ならば、せめて悪あがきをして、お金がなくなるまで、ネットカフェや格安ホテルを点々とするか。ともかく、今の時点でいい未来は見えないけれど、覚悟しておくしかないだろう。
 

「あの……そんな状況で、ある日突然やめることになるかもしれません。それでも……ギリギリまでここに私を置いてもらってもよろしいでしょうか?」
「それは、もちろんいいけれど……他に手立てはないのかしら」
 三浦は、ずっと考え込んでいるようだった。有難いけれど、申し訳ない。そんな思いがぶつかり合い、穴を作って私を落としていく。

 ふと、カウンターで花を咲かせているヒマワリが視界に映る。優しく花弁を撫でる。ほんの少しでも華かな明るさを、分けてほしい。けれど、その明るさは、今の私には眩しすぎて、目が痛くなりそうだった。
 
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