願わくば一輪の花束を

雨宮 瑞樹

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ルリマツリ

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 湊が提供してくれた部屋に到着した私は、すぐに眠りに落ちていた。明け方、隣から怒声と激しい物音が聞こえたきがして一瞬だけ目が覚めたが、すぐにまた睡魔が襲ってきて、しっかりと目覚めたのは、太陽はだいぶ高い場所にある頃だった。たくさん寝たはずなのに、体が怠い。完全に気が緩んだせいだろう。
 
 起き上がったベッド横の白い壁を見やる。この隣が、湊の部屋だ。
 昨日部屋の前で別れるとき、この部屋のカギを渡された。
「明日は、早朝から仕事があるので、帰ってきたら顔出しますね。部屋は自由に使ってください。必要なものはだいたい揃っていると思いますので」
 湊に言われている。
 
 寝室からリビングへ移動して、カーテンを開けて、バルコニーを出てみる。ここは六階。
 よく手入れされた緑豊かな中庭が、眼下に広がっていて、視線をまっすぐにすれば、高層ビル群が間近に見えた。緑とアスファルトの融合が、不思議な光景に見える。
 ここが、煌びやかな世界に身を置く人達の世界なのかもしれない。
 
 この場所に身を置かせてもらっている間は、せめて湊に迷惑をかけないためにも、この場所に馴染めるように努力しなければならない。真新しい新しい空気を全身に取り入れるべく、深呼吸して再び部屋に戻った。
 リビングのキッチンには、食器もあるし、調理器具も揃っているようだ。じっとしていると余計なことばかり考えてしまいそうだ。久々に自炊するのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、寝室の隣にあるもう一つの部屋のドアを開ける。寝室と同じくらいのサイズの部屋が、丸々クローゼット部屋になっていた。男性と女性の洋服や靴がずらりと、収納されていた。サイズも様々だ。
 湊が言っていたが、他のタレントの分の衣装も、倉庫代わりに使用しているらしい。どれも、もう使用されないものだから、好きに使っていいということだった。
 住んでいたマンションに荷物を取りに帰ることができず、全部リセット状態の私にとって有難い話だった。
 ズラリと並んでいる洋服の中から、シャツワンピースを選んで、着替えて、一先ずの日用品を買いそろえるため、外へ出た。
 
 エレベーターで降りて、エントランスを出る。
 中庭を抜け、門を出てしばらくすると、すぐに人が多くなった。前に住んでいた場所は学生街ではあったが、これほどの人口密度ではなかった。実家も都内ではあったが、住宅街だったため落ち着いていたから、余計そう感じるのかもしれない。
 本屋によって、履歴書を買ったり、日用の消耗品を買いこむ。部屋に返ってくるときは、大荷物だった。

 家に帰ってきて一息ついて、キッチンの前に立つ。長袖の裾をまくると腕の傷が顔を出したが、私は全く気にならない程度。前の部屋でも自炊しようと思っていたのだが、なかなかできずに終わっていた。買ってきた野菜と肉を並べて、早速取り掛かる。小さいころ、みんなのご飯を作っていたがだいぶ昔のことだ。
 やり方など、ほとんど忘れてしまっているかと思ったが、いざ目の前にしてみれば、勝手に手は動いてくれていた。
 
 玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの皮をさっと剥いて、ジャガイモは水にさらし、切っていく。肉と野菜に火を通して、水を入れてぐつぐつ煮始める。久々の料理のわりに順調だなと思う。
 じっと水が沸騰するまで、待つ。

 さて、これからどうするか。
 新しく部屋を借りなきゃいけないけれど、今はそうもいかないだろう。ならば、やはりここでしばらくお世話になるしかなくなるかもしれない。せめて、ここの家賃の支払いはしなければならないとは思うが……こんな高級マンションだ。恐らく、とんでもない価格なのだろう。
 せめて、取られたお金さえあればよかったのにと思ってしまうが、ないものは仕方ない。
 あれは自分への戒めだし、そもそも母から与えられていたお金だ。私のお金じゃない。頼ってはダメだ。
 ぐつぐつと気泡が現れ始め、灰汁が出始める。それをしばらく無心で取り払う。
 ともかく、お世話になるのならば、少しでもお金は払うべきだろう。
 早く働く場所を探さないと。どこがいいだろうか。また、カフェもいいかもしれない。左腕を擦る。時々、鈍い痛みが走ることがあるが、問題ないだろう。近くにはお洒落なお店がいっぱいありそうだ。明日にでも、街を散策してみようか。今回は、店に飛び込み直談判ではなく、しっかりと現代の力に頼ろう。
 そんなことをつらつらと考えていたら、だいぶ時間もたって、外も暗くなっていた。
 灰汁も取りすぎというほど、きれいに取れて、ルーを加えて混ぜ込む。そこに、玄関のインターホンが鳴っていた。
 湊だろう。
 玄関へ急いで行って、腕をまくった裾を元に戻してから、ドアを開ける。すでにマスクやサングラスは全部取り払われて、素顔のままの湊がそこにいた。

「お疲れ様です」
 声をかけると、少し困ったような表情を浮かべて苦笑していた。
「せめて、インターホンで相手を確認してから開けてくださいね」
「あ、そういえばそうですね。すみません。どうぞ、入ってください」
 湊を中へ招き入れようと玄関のドアを開け放つ。そんな私の行動に湊は、少し目を見開いて額に手をやっていた。
「だから、そういうところですよ」
 少し睨まれて溜息をつかれてしまうが、何か迷惑なことを言っただろうか?
 よく意味が分からず首を傾げていると、カレーの香りがキッチンから漂ってきた。
 しまった。火を消し忘れていた。
「ともかく、どうぞ」
 ドアを大きく開いたまま、急いでキッチンへ向かう。
 え? と戸惑う湊の声は、カレーの濃い香りでかき消されていた。

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