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そして、二人は……
しおりを挟むこの手の中に残していってくれた長野の勇気を唯は溢さないように胸にしまいこんで、校舎を出ると校門の前で見慣れた姿を見つけて唯は目を見開いた。
「……亮」
「……待ってたわけじゃないぞ。たまたま、部活の終わり時間と重なっただけだからな」
別に聞いてもいないのに亮は言い訳するようにそういって、唯の少し前を歩き始めていた。下手な嘘が先程までの纏っていた緊張を吸いとって、強ばっていた身体から力が抜けて自然と口元が緩んでいく。
ただ、待っていてくれたことが素直に嬉しかった。
「……で、何の話だったんだ?」
立ち止まり振り返ってくる亮。いつもは動揺もしないのに落ち着きのない動作。気にしてないと無理やり作った表情。でもその目は一直線に唯に向いけて気になると書いてある。いつも冷静さはどこにいったんだろう。いつもの亮らしくなくて、唯は思わず吹き出していた。
笑い転げるその前で、亮はむすっと不貞腐れてまた皴になったワイシャツの背を向けていた。その背中が、なぜか滲んでいく。
その背中は、何度見ているかわからない。いつでも、傍にあって、近すぎて、こんなにも肩幅も広くなっていて、背も高くなっていたことさえも気づかない。
ずっと言い訳していた気がする。亮はいつか明るい道を歩いていく人だ。そこを邪魔しちゃいけない。頭ではわかっている。だけど、私の心は離れたくないといつだって叫んでいた。
頭と気持ちの矛盾が、いつも二人の間にできる数センチと、薄いくせにやけに頑丈で高い壁になっていた。
きっと。どちらに正直になっても後悔する。だったら、私は……
唯はゆっくり歩を進めながら、空を見上げた。空は暗くなり始めて、一番星が輝きだす。
その光を分け与えてほしいと密かに願いを込めた。私のなけなしの勇気。どうか、この手に。
「……やっぱり、私はどうしようもなく亮が好きなんだって話」
唯の声が届くと同時に、前を歩いていた亮の足がピタリと止まってゆっくりと振り返ってきた。
いつものアーモンド形の双眸は、丸々としていた。いつだってその瞳を見れば、大体何を考えているかわかるはずなのに今は心臓の高鳴りが煩すぎて、よくわからなかった。落ち着かせようとすればするほど、この思いは独りよがりのような気がしてくる。
亮の沈黙がそれを助長していって、耐え切れず唯はその先を続けた。
「……何年も一緒にいて、今更だよね。ごめん。今の忘れて」
笑おうとしたつもりが大きな涙が勝手に目から溢れて焦る。こんな綺麗な夕焼けじゃなくて、もっと暗ければこの涙も気付かれなかったかもしれない。慌てて伝う水の後を拭うと、亮の息をのむ音が聞こえた。空を恨みながら、唯は亮の横を駆け足で通り過ぎようとする。それを遮るように、亮は唯の前に立っていた。
「ごめん」
「……謝るのは……」
「私の方」と言おうとしたら、すっと近づいてきた亮の唇に塞がれて目を見開くことしかできなかった。突然なくなった距離。重なっていた時間はほんの一瞬なのに、心臓が破裂するんじゃないかと思うほど、激しく鼓動する。頭の中は真っ白だ。重なっていた唇がゆっくりと離れて、私の放心していた視点に合わせるように亮の瞳が交わった。
途端に唯の顔に全身の血が集まって真っ赤に染まっていくのが自分でもわかるほど沸騰していた。
急に詰まった距離。確かに私も望んでいた。だけど。突然すぎるでしょ? 亮に抗議の目を向けると
「先に謝っただろう」
ニヤリと笑う亮は、ずっと見てきたいつもの余裕の笑み。嬉しいのか、悔しいのか、恥ずかしいのか。いろんな感情が入り組んで、訳がわからなくなって、声も出ず苦し紛れに亮を睨んだ。すると、思いのほか優しい眼差しにまた不甲斐なく胸がドキンと飛び上がった。
「俺は、目の前にどんなに高い壁があったって、迷いなく走って飛び越えてやろうって思う質なの、知ってるだろ? だけど、唯にだけはどうしてもそうはなれなかった。唯と俺は距離が近すぎて、目の前にあるハードルを飛び越えるための助走する距離さえもないからだって、勝手に言い訳して立ち止まる理由をつけていた。立ち止まっていたって、隣には唯がいて、居心地のいい関係はそのままで。それでいいじゃないかって。そんな理由をつけて逃げてたんだ。俺にとって唯は、何よりも大事で、かけがえのない存在だったから」
つまらない言い訳も、出し切った。もう逃げない。
助走をつけて、飛び越える。この手に一番大事なものをつかむために。
「俺、ずっと唯のことが好きだった。それこそ、覚えてないくらい昔から」
真っすぐ紡いだ言葉は、唯にちゃんと伝わってくれただろうか。唯の瞳を見つめると、みるみる透明の水の膜が出来上がって夕暮れに反射してキラキラ光っていた。今にもこぼれそうな雫を落とさないために、俺は唯の身体を自分の胸に引き寄せた。
自分の腕に閉じ込めた温もりは、想像以上に華奢で、驚くほど愛おしかった。
唯が手を伸ばしてくれなかったら、俺はずっとあのままだったかもしれない。そう思ったら、情けなくて仕方がない。
この先は、俺が唯を。伸ばしてくれた手を絶対俺は離さない。
「じゃあ……ま、とりあえず帰ろうぜ」
「うん」
身を離して歩こうとしたところで、二人の手が重なって、力が籠った。手を繋ぎなれていなくて、ズキンと痛む。けれど、それは甘く幸せな壁を破った痛みだった。
「幼稚園ぶりか?」
「本当にね」
笑い合う声は、今まで以上に弾んで跳ねていた。二人の声が暗くなった空に響いて、星が散りばめられていく。
「……みんなには、内緒ね」
「秋田とあさみにお膳立てされたんだ。無理に決まってんだろ」
二人がくるりと振り向いたその先に、三人の影がぱっと雲に隠れていた。
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