背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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追跡

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「面倒くせぇな……」
 亮はホテルの窓から下を見下ろし、カメラを手に待ち構えている記者らしき人間がエントランスに群がっているのを眺めていた。
 朝からホテルの外がやけに騒がしいのは、机の上に投げ捨てられたこのでっち上げ記事のせいだ。
『熱愛発覚! 宮川亮と山口アナウンサーの密会』
 写真は、あの料亭で山口を抱きとめた瞬間の写真が大きく載せられていた。

 今日は待望の休日だというのに唯に会にいくどころか、これじゃ身動きも取れない。
 予想だにしていなかった出来事に亮のストレスはこれまでにないほど深く溜まり、山のように高く積まれていた。 
「こんなことになって、申し訳ありません……」
 静かに怒りに打ち震えている亮に徳島の小さな声が響く。いつも自信満々でハキハキ喋る徳島の声は、これまで聞いたことがないほど弱弱しく小さかった。亮はその声に驚いて怒りに沈んでいた意識が引き上げられて、徳島の方へ向けられていた。針金が入っているんじゃないかと思えるほどいつもピシッと延ばされている徳島の背筋がぐにゃぐにゃに曲がり、項垂れていた。
「あの料亭は、関係者以外絶対入れないはずなんです。記者なんてもっての外。なのに、料亭の中に潜んでいて、躓いた瞬間を激写。しかも掲載した雑誌はビッグテレビ傘下の週刊真話。となれば、これは陰謀としか考えられません。……私の失態です。もっと私が下調べを徹底的に行っていれば、こんなことには……。本当に申し訳ありません」
 徳島の分析は正しいと思う。たしかに、思い返してみれば確かにかなりわざとらしかった。特に受け止めたときなかなか立ち上がらなかったのは、写真を撮らせるための時間稼ぎだったのだろう。そう思ったら、自分への情けなさで身体中の血が煮えたぎりそうだった。
 
「徳島さんのせいじゃないさ。これは俺の失態だよ。もっと気を引き締めておけばよかったんだ」
 あの脂っこい狸親父と赤い狸が亮の脳裏にちらつく。幾ら睨みつけても、あの不快な二人の笑みが頭から離れない。徳島は悔しそうに唇を噛んでいった。
「あの山口アナウンサーは、あまりパッとしなかったので、手っ取り早く今話題の宮川さんとの熱愛報道を流せば、名前が売れると考えたんでしょうね……。確実に売名できますから。そして、あわよくば本当に恋仲になれたらとでも考えていたんでしょう」
「でも、次の映画の話はあの狸社長から全面協力を得てたんだぜ? この記事を出して、俺の印象が悪くなったら映画の興行収入に直結するわけだろ? あの社長にもデメリットは大きいと思うんだけどな」
「それは、この記事。見てください。印象は悪くならないような記事でまとまっています。『爽やかで知的ある二人はとてもお似合いだ』と。ネットにもそういった書き込みが多数で、悪いイメージはなるべく与えないように配慮されている。そこからみて、熱愛報道とこれからの映画の宣伝の二つの相乗効果を狙ったんだと思います」
 徳島の説明を聞きながら、更に付け加えるべき狸たちの陰謀がもう一つあったのではとふと思う。
 あの社長に「うちの子はどうだ?」と問われた時はっきりと『僕には大切な人がいます』と告げていた。その答えに社長は驚き、山口は憤慨していた。狸血族たちは、思い通りにいかないのならば、俺と唯の関係を壊してやろうとでも思ったのかもしれないとも思える。
「なるほどねぇ……面倒くさいことよく考えるな」
 言葉は穏やかなまま収めているが、内心は腸が煮えくりかえりそうだ。ぐっと握った手のひらに爪が食い込んでも、怒りのせいで痛みさえも何も感じない。そこに徳島の先ほどよりももっと小さく、振り絞るような声が聞こえてきた。

「……その……。私が言うのも何ですが、水島さんは……大丈夫でしょうか」
 まさか徳島から唯を案ずる言葉が出てくるとは思いもしなかった亮は驚きながらも黙り込むしかなかった。距離が空いていたところに、この報道は痛手だ。これを機に唯は更に大きく距離を置こうとしているのかもしれない。そして、そのうち「別れよう」と無理やり笑顔を作って、平気なふりをしてそう言おうとするかもしれない。相変わらず、唯に電話をしても一向に出る気配もないし、折り返しの連絡は記事が出てから途絶えていた。現に徳島に心配されるくらいだ。今ここで、俺がもたもたしていたら本当に取り返しのつかないことになりかねない。終わりになんかしたくない。だけど、このままじゃ……。
 行くべき道が深い霧で閉ざされ亮が苦悶していると、徳島はずっと項垂れていた頭を上げて懺悔するように亮にいった。
 
「私……水島さんと会った時、宮川さんの人気失墜を恐れて、別れてくた方がいいと助言しました……。出すぎた真似をして申し訳ありません……。ですが、あの時はそれが正しいと私は信じて疑っていませんでした。どうしても宮川さんにこのまま上へ繋がる階段を昇っていってほしい。その一心でした。ですが、私は間違えてましたね。宮川さんがこれまで仕事をこなせてきたのは、水島さんがいたから。そう繰り返していた意味がやっとわかりました。宮川さんは、水島さんがいないと輝けない。今のそう痛感しています。それに……こんなことで水島さんが別れを決意するきっかけとなったならば、後味が悪くて私は夜も眠れません。私が出きることならば何でもさせていただきます」
 亮は徳島は紡いだ言葉に静かに耳を傾けながらしばらく熟考すると、ずっと探していたものを見つけたかのように亮の瞳に光が灯った。こういうとき、亮はとんでもないことを言い出すことがあることをよく知っていた。徳島は背筋をまたピンと伸ばして、身構えていた。
「じゃあ、これから、記者たちにばれないように唯の家に行く」
「え? どうやって? ずっと記者が張り付いています。裏の導線だって完全に包囲されています。ここから出るには、確実にあの記者たちの前を通らないと出られませんよ」
「俺の得意としていることは何だと思う?」
「映画……ですけど、それが……」
 徳島は瞳をあちこちに飛ばしながら、頭をひねらせていたがしばらくすると「あ!」と叫んだ。
「特殊メイク!」
「そう。俺の特殊メイクは、ちょっとやそっとじゃ見破られない。堂々と正面突破だ」
 亮は、ニヤリと笑う。
「すぐに道具を持ってきます!」
 徳島は今まで見たことのないスピードで部屋を飛び出していった。
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